Crystals of snow story

*幻惑のなぎさ*

 

「母さ〜ん、僕、ちょっと散歩してくるからぁ」

亡き爺ちゃんの13回忌だとかで、母の実家、つまり海辺のおばあちゃんの家に家族そろってやってきた僕は、法事も終わって、みんながまだお膳を囲んでしんみりと想い出話に花を咲かせている家から抜け出した。

4月終わり、まもなくGWになろうかという春の午後。
松林を抜けた先に拡がる太平洋は晩春の暖かな日差しにキラキラと煌めいている。

僕の母さんの実家は、三重県と愛知県の県境に位置する湾に面している、海辺の小さな町で、おばあちゃんは母の兄一家と共に小さな雑貨店を営んでいるんだ。

昔判、コンビニみたいな店で、食料品から生活雑貨、文房具からちょっとした雑誌なんかまで、小さな店舗に所狭しと並んでいる。
僕は売り物の雑誌をパラパラと眺めながら店番をしている従兄に「コーラ一本もらっていくね」と声を掛けてガラス張りの冷蔵庫から缶コーラを一本抜き出すと、海岸へと向かう松林の方へ歩いていった。

人口僅かなこの町もやはり過疎化が進み、夏になれば関西からのレジャー客が結構来るんだけど、連休前の今はひっそりとしていて、しばらく一人になりたい僕にはちょうど良かった。

小さな入り江を取り囲むように、田舎町には不似合いな洒落た家が5.6件建っている。その中でも白くて大きな一軒が父さんの親友、榊原さんの別荘だそうで、大学生だった父さんが榊原さんに誘われて、避暑に来たときに母さんと恋に落ちたそうだ。

おばあちゃんの雑貨店は今でも夏には別荘に色んなものを届けているから、母さんもきっと配達の手伝いなんかをしていたんだろう。

都会育ちでお金持ちで、見た目も華やかな父さんと田舎育ちで年中日に焼けて、まるで男の子のようだったと言う母さんの一夏の恋は僕を身ごもるというアクシデントに見舞われ、結構ドラマチックなものだったらしい。

母さんの親友でもあり義姉でもある伯母さんは時々うっとりとしながら僕にこの町始まって以来のラブロマンスを訊かせてくれたりする。

つまり、この町には何処の海辺の町にでもある、おきまりの暑さに浮かされたような一夏の恋に落ちて、辛い目に遭う女の子が少なからずいるらしいんだけど、母さんはその中では郡を抜いた成功例で、さしずめ町の女の子たちにとって、羨望の的、王子様に見初められたシンデレラってことらしい。

でも、そうなるまでは結構廻りの反対とかが激しくて、人目を忍ぶように逢瀬を重ねた二人は、良くこの海辺で密会をしたんだという。
二人ともハッキリは言わないけど、伯母さんの話によると僕はどうやら入り江にある洞窟の入り口、小さな渚で結ばれて生を受けたようなのだ。

だから、「渚」って名前なんだそうだけど・・・
もちょっと、捻ってくれても良さそうなもんなのに・・・・

苦笑を漏らしながら、僕の足はゆっくりと誰もいないその渚に向かう。

数年前から男女のことが少しずつわかる年頃になった僕は、つい最近まで何とも言えない恥ずかしいような気持ちにさいなまれて、この渚に降りることが出来なかったんだけど、今なら僕にもわかる。

秋人に愛される喜びを知ってしまったから。

僕たちは長い長いトンネルを抜けて、やっと愛を確かめ合えるようになったから・・・・・

両親の家柄とか遠距離とかの障害を越えて結ばれた熱い思い・・・・・

今なら、どれだけその想いが激しかったか想像できてしまう。
たった、三日逢えないだけで、僕はこんなにも辛いのだもの・・・・
まして、長期の休みにしか逢えなかったなんて、どんなに辛かったろう。

サクサクと鳴る砂浜を踏みしめて、何年も何百年も掛けて波が浸食して出来た小さな洞窟の入り口にたどり着き、海を眺める形で僕は腰を下ろした。

そっとポケットから出した携帯の履歴を取り出す。

ここは圏外だから、秋人に電話は出来ないけれど、ここ数日間に秋人から受けたメールを僕は繰り返し読んだ。

今、なにしてるの・・・・?

僕のこと少しは考えてる?

最後にキスしたのはいつだったっけ?

最後に・・・肌をあわせてからもうずいぶんたつね・・・・・

僕は応えることのない機械に向かって、小さな声で呟いた。

秋人・・・・・・

ねぇ、秋人・・・・

逢いたいよ・・・・



そのままじーーっと広い海原を眺めていると、自然のスクリーンは雄大なパノラマを映しだした。
真っ青だった空は、萌えるような赤に染まり始め、海と空の境界線は金色にぼやけ、滲むようにゆっくりと夕日が海と空の果てに沈んでいく。

ああ・・・・・・

なんて綺麗なんだろう・・・・・

僕もこのまま夢幻の世界に溶けてしまいそう・・・

ああ・・・君にも見せて上げたい。

今すぐここに来てくれればいいのに・・・



しばらくぼんやりとその世界に身も心も浸りきっていた僕の横でサクッと砂を踏む足音がした。

ゆっくりと振り向いた僕は夕日に照らし出された背の高いシルエットに、にっこり微笑み掛けた。

意識は霞の掛かったように揺れているのに、僕は大切な人を待ちわびていたんだってことだけが鮮明に思い出せた。

ああ、やっぱり来てくれたんだね。

「よかった・・・・来てくれないかと思っていたよ」

僕に向かって、聞き慣れた、バリトンが歌うように囁いた。
輝きを増した光にブラウンの髪が透けて金糸のように輝いている。
ゆっくりと、近づいてきた彼は僕に口づけようと腰をかがめる。

愛しさに、にっこりと微笑み返した僕を逞しい腕が力強く抱きしめる。

馴染んだ感触に、僕はふっと、不安になった。

この感触あまりにも、しっくりときすぎないか?

『秋人じゃない・・・・・』

真側で見た青年の顔は、確かに秋人に似てはいるけど、秋人とは別人だった。
思わず怯んだ僕を彼は労るように更にきつく腕の中に抱き込んだ。

「怖がらないで・・・・晄・・」

優しく慈しみに満ちた声が僕の耳朶を掠めた。

あ・・・晄??

う・・・・うそ?
もしかして・・・父さんなの?

大きく見開いた瞳に映ったのは紛れもなく父さんの顔。
ただし、秋人と変わらない年齢のわかかりし頃の父さん・・・・・
今の父さんよりも若くて、その分余裕のない真剣な表情。

頬に暖かい唇が触れゆっくりと、僕の唇へと降りてきた。

どこか被現実的なのに、感覚だけは異様にリアルでダイレクトに僕に伝わってくる。
乾いた唇と、その中にある暖かな濡れた舌先をハッキリと唇に感じだ。

ちょ・・ちょっと。。やば・・・

父さん、僕だよ!!

ちょっと、やめ・・・・

「愛してるよ。逢いたかった・・・」

「わっ!ん・・・・ぅ」

ささやきと同時に僕の唇はしっかりと塞がれてしまった。
咄嗟に閉じようとした唇を器用にこじ開けて、怯える舌をゆっくりと吸われる。
そのまま、僕が仰け反って逃げないように頭の後ろを大きな手が支え、情熱的な口づけが何度も角度を変え僕を襲う。

「・・・・・んんっ、ん!」

僅かにジタバタ出来るもののなんだか体中の力が抜けて、その上、言葉を紡ごうとしても、しっかりと塞がれた唇からはうめき声しか出すことが出来ない。

そのうち、僕の身体は父さんの重みでしっかりと砂浜に固定されて、シャツの中にまで手が入って来た。

ご・・・強引だよ、父さん!
それに、分かんないけど、手際よすぎ・・・・

ああ、ダメ・・・

ダメだったら・・・・

あ、秋人ぉ・・・・・どうしよう・・・・

大して抵抗もしないうちに、シャツのボタンは全部外されて、いつのまにか上半身を完全に潮風に晒していた。

秋人の顔を思い出すなりポロポロと僕の瞳から涙が零れ落ちた。

「晄・・・・怖がらないで・・・でも、やめられないよ、君が欲しいんだ」

涙を唇で吸い取りながら父さんは優しく僕の頬を撫でる。
父さんの瞳にはいつも秋人の瞳に宿る燃えるような炎が見えた。

「と・・・・父さん・・・ダメ、ダメだよ・・・」

漏れる嗚咽とともにやっとの事で言葉を紡いだ僕に、父さんは切なげな眼差を向けて、

「お父さんには必ずわかっていただくから、晄、今は僕だけを信じて・・・」

「ち・・ちがう・・」

「晄・・・・・拒まないで」

「ひゃっ・・・・ぁ」

僕の言葉なんな聞くきもないのか、そのまま僕の首筋に顔を埋めてしまった。

ああ・・・・そうか・・
今の父さんには僕の存在なんか分かんないんだ・・・・
いくら僕が父さんって呼んだって、父さんには僕が母さんにしか見えていない・・・
絶望にカタカタ震えながら涙を零す僕を父さんは優しく指先と唇で愛撫していく。

駄目だと、理性が警笛を鳴らしているのに、僕の息は確かに愉悦の色を帯びて、少しずつ甘い吐息を紡ぎ始めていた。

ああ・・・・・どうしよう・・・

その時、ゆっくりと父さんの手は僕の下着にかかり、僕の中心を包み込んだ。

「ひっ!」

瞬間、父さんの手がしばらく止まった。

「晄・・・・・・」

つぶやきが、僅かな躊躇いを僕に伝える。

そ、そうだよ。

母さんにはこれは無いよね?

僕は母さんじゃないでしょ?

わ・・・わかってくれたよね?

「ね・・・・僕とじゃ無理なんだよ。だからさっきからダメだって言ってるのに」

本当に駄目な理由はそれじゃないけど、今そんなこといっても通じないし。

「ね・・・・放して・・お願い・・」

安堵で僕の身体から力が抜けた。

ところがホッとしたのもつかの間、父さんの手が薄い布ごしにゆっくり僕自身を弄びだした。

う・・・うそぉ・・・・?!

「大丈夫だよ、晄・・・・・・こんなことは些細なことだ」

「さ、些細なことぉ?!」

「そうだよ、僕が愛してるのは晄、君自身なんだ、性別なんか関係ないよ」

父さんはそりゃ、綺麗な顔で微笑んだんだ。
幸せそうに、にっこりと。
僕は不覚にもその笑顔にふにゃっととろけそうになってしまった。

バカバカ、渚・・・父さんにメロメロになってどうするんだぉ〜

性別なんて関係ないって・・・

そりゃ・・・た、たしかにそうだけど・・・

で、でも、僕たちが愛し合うにはもっと違う障害が・・・・

ああ、ちがうぅ〜

これじゃ、まるで障害がなければ愛し合いたいみたいじゃない・・・・

あっ・・あっあ・・だめ。

そんなとこ触っちゃだめだよぉ〜

「ふふ・・・晄・・・・もうこんなになってる・・かわいいよ」

父さんは耳朶を甘噛みしながらこれでもかと言うくらいセクシーに泣きべそをかいている僕に囁いた。

囁きにズクンと、僕の奥深くが疼き僕はたまらず父さんに抱きついてしまった。。

う・・うそ・・・・

父さんの手に翻弄されて紛れもなく快感の波が繰り返し襲ってくる。

「あっ・・・は・・ん、やっ・・ヤダ・・」

ぼ・・・僕・・・・・

さ、さいて・・・・・・

でもなんで、父さんは変だって思わないんだよ〜

一人で迫り来る快感にパニクっている僕の頭の端に昔母さんが笑いながら話した言葉が過ぎった。

「父さんね、ずっと、私のこと男の子だって思ってたんだって。失礼しちゃうわよね。まぁたしかにあの頃は『ぼく』なんて言ってたりしたんだけどね」

もしかして・・・・・

今も、「晄」が男の子だと信じてる??

う。。うそ・・じゃぁぼく・・・・

「や・・・・ん・・あっ・あぁ・・・・」

頭の中が混乱して白くスパークしたときに、もう一方の手の長い指が結ばれるための場所を探り当てた。
長い指は僕を傷つけないように慎重に愛撫を繰り返す。

まだそれほどこの行為にはなれてはいないものの、初めてではない僕の蕾は理性とは全く違う次元で甘く溶けだして、今、熱を放ったばかりなのに熱い疼きをもたらし始めた。

も、もう・・・・

だ・・・だめ・・・・

快感と罪悪感で声を出して泣き出した僕はどうして良いかわからなくて、父さんの胸に顔を埋めた。

ゆっくりと、あつい熱が僕の身体に入り込んでくる。

「泣かないで晄・・・愛してるよ・・・」

初めて聞く父さんの上擦ったような、切ない声・・・・

「真澄さん・・・・・」

身体の中に父さんを感じ、深く深く結ばれたとき、僕の一番深いところから、僕では無い誰かが父さんの名を呼んだ。

寄せては返す海のリズムの律動に揺られ翻弄され、僕はもう一度、さっきとは比べものにならない高みへと駆け昇っていく。

「あ・・・あぁ・・・・・!!」

弓なりに身体を逸らしたその瞬間、僕の罪の意識を喜びがすべて包みこんで歓喜の極みに弾け飛んだ。



「渚・・・・・」

寄せては返す波の音が、僕の名前をよぶ・・・・・

「う・・・うん」

「ほら、こんなところで寝てると風邪ひくよ」

頬に掛かった髪を撫で上げてくれる、大きな手が優しい。
この手はつい今し方、僕を抱いて・・・・

「わ!!!!!と、とうさん!!」

ガバッ起きあがった僕はドキドキしながら自分の着衣を手のひらと目で確かめた。

「どうしたんだ、渚?変な夢でも見たのかい?」

怪訝そうに僕を覗いた父さんは、今の、そう渋〜い、父さんで、僕の服はちゃんとしていてボタンも掛け違えずにあるべき所に収まっていた。

「ゆ・・ゆめ??」

あれは・・夢?

は・・・・はは・・・・

まだ収まらない胸の動悸をごまかすように、僕は白々しい笑い声を上げた。
ホッとしたと同時に冷や汗がつーっと背中を伝う。

「ははは。こんなところでうたた寝なんてしてたら、女の子に間違われて襲われても知らないよ」

襲われてもって・・・・

強引に襲ってきたの父さんじゃないか・・・・

夢に怒るなんて理不尽だとはわかっていても、つい恨めしげに整った綺麗な顔を睨み上げてしまった。

「なんだ?恐い顔して」

くくくっと、笑って父さんは僕を抱えるようにして立ち上がらせた。

「あ・・・・」

ふらりと足下がふらついた。

この感じ・・・・・

まるで・・・・あの、後みたい・・・・・

はは・・・まさかね。

今度は血の気がサッとひいた・・・・

「帰ろうか、渚。かあさんが心配してるよ」

「う・・うん・・・・」

「顔が赤いな・・・こんなところで寝るからだぞ」

うっすらと闇に包まれた水際で、父さんは僕の肩をしっかりと抱いてくれる。

僕もおずおずと父さんの腰に腕を廻したけど、父さんの身体に触れるたびに僕の胸は異様にドキドキする。

これ・・しばらく続きそう・・・・・

いくら夢だっていたってなぁ・・・・・

秋人には一生言えないな・・・


入り江から松林に上がって行きながら、そっと後ろを振り返ったら、愛し合う恋人たちの影が微かに見えたような気がした。

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さて、皆さまいかがでしたでしょうか?

「15万」でも対談をリクして下さったMAMA様とリク作品の受け渡しのさいに、やりとりをしているうちに氷川がちょっとした墓穴を掘ったことからこんなお話が生まれてしまいました〈笑〉

さすがに、モノホンの近親をこの二人では描けません・・・・・(><)

ですのでこれは渚の見た夢。

あるいはファンタジー好きの氷川に言わせればちょっとした時空の歪みが生まれ若き日の晄MAMAと渚が共鳴して起きた、パラレルだと思って下さい。

このお話のベースにはパパとママのお話が盛り込まれていますので少し長くなってしまいましたが楽しんでいただければ幸せです。

このお話の感想も、メールまたは裏BBSで聴かせていただけたらうれしいので宜しくね(^-^)