Sweet whistle

色とりどりの自動車がまるでおもちゃのミニカーが並ぶように何もない道路の路肩に並んでいる。  

いったい何人いるのか見当も付かない程、ピッタリと肩を寄せ合う恋人達の群。  

大晦日の深夜、後数分で1000年に一度の瞬間を迎えるミレニアム。  

息も凍る程冷え込んだ夜気が、いやが上にも荘厳な緊張を教会でも神社でもないこんな場所にさえ運んでくる。    

時折ヒュルヒュルと音を立てて吹きすさぶ浜風は、真っ暗でその姿を見せない潮の薫りを、痛さを感じるほどの冷気に紅く染められた鼻先に、微量ながらも運び、ここが海のすぐ側なのだと教えていた。    

「さ、寒いよぉ〜」  

元旦に予定していた千波つきのデートの子細を電話で話していた今日の午後、何故か唐突に二人っきりで深夜の初詣に行こうと秋人は僕を誘ったんだ。

「夜は冷えるから暖かくして来るんだぞ」  

と、強く念を押されたのに、舞い上がってしまった僕は約束の時間に秋人が迎えに来ると、いつも着ている紺色のピーコートを羽織るやいなや、紅白もそっちのけに家を出てきてしまった。  

行き先をはっきり尋ねることもせず、いつものように他愛のないおしゃべりをしているうちに、僕は電車を乗り継ぎ何故か神社なんかどこにも見あたらない辺鄙な場所へとつれて来られたんだ。

「初詣って?」  

キョロキョロ辺りを見回す僕の手をしっかりと握った秋人は、黙ったままドンドンと暗闇の方へと進んでいく。

「ねえ?秋人!ここいったいどこ?」  

秋人の向かう先には何もない。

ただ、真っ暗闇の海に通じる岸壁に、何故か黒山の人集り。  

ようやく立ち止まった場所には、そこここのアベックがいちゃいちゃと抱き合い、暗がりも手伝ってか、僕の右隣に立っている派手な二人はさっきから口唇を合わせたままだった。  

な、なんなの?ここ・・・カップルばっかり・・・・  

寒さにカタカタ震えながらも異様なムードに怯んだ僕は、横に立つ秋人を困惑気味に見上げた。  

寒さのせいで涙を滲ませ鼻水を啜って、もぞもぞと身体を揺すっている僕とは対照的に、どこにいても腹が立つほどカッコイイ秋人は、モデルのように颯爽と風上に立って、容赦なく吹き付ける浜風を僕に当たらないように遮ってくれていた。

「心配するなって、こんな所で押し倒したりしないから」  

不安顔の僕に冗談ぽく笑って、

「しっかし、お前の顔ぐちゃぐちゃだな。千年の恋も冷めるぞ。
暖かくして来いっていっておいたのに、マフラーも巻かずに来るから冷えちまうんだ」

「だ、だって!こんな所に来るなんて言わなかったじゃないか!僕、すっごく寒いんだからね!」  

真っ赤になった僕がハンカチでごしごし顔を拭いている横で、秋人はクククッと、今度は声を立てて笑った。

「仕方ないな、暖めてやるから来いよ」  

後ろから僕を引き寄せた秋人は暖かそうなカシミヤのブラウンのコートの胸元から引き出したコートよりワントーン薄いマフラーを外して、僕の首にクルリと巻き付け、僕ごと腕の中に抱き込んでくれた。

「もうちょっとだからな、渚」  

秋人の体温で暖められたマフラーが僕を包み、背中にピッタリとあわされた秋人の身体が僕の震えを魔法のように瞬時に納めてしまう。

温もりに、ホウッと息を付いた僕はゆったりと秋人に背中を預けながら訊いた。

「もうちょっとって何が?
ねえ、秋人。なんで、こんな所にみんな貯まってるの?」  

悴んでいた身体が少し落ち着いてくると、まわりの恋人達の熱気に煽られて、後ろから廻された腕がやけに恥ずかしい。  

「渚・・・・・・」  

ちぎれるほど凍えて痛くなった僕の耳朶に秋人の暖かい息がかかる。

「え?なに」  

後ろに立つ秋人をふり仰ぐように顔を上げた。

「来年もよろしくな。

いや、これからもずっとだ・・・・・・・」  

秋人の甘い声が僕に囁いた。

「・・・う、うん・・・」  

暗闇のせいで、はっきりとは見えない秋人に、コックリと頷いた僕は嬉しさに震える声で返事を返した。   

2000年を迎えるミレニアム。  

1000年に一度しかない訪れることのないこの瞬間を僕は今、秋人と迎える。    

僕が大好きな大好きな大切な人と二人っきりで・・・・  

「いよいよだぞ」  

秋人が僕の頭上で小さく呟くと同時に、まわりの人たちがいっせいにカウントダウンをし始めた。  

何もない空間にシュプレヒコールのように調和のとれたカウントが大きな波になって拡がる。

   ・・・・5・・・・

   ・・・・4・・・・

   ・・・・3・・・・

   ・・・・2・・・・

   ・・・・1・・・・

    ボォ〜〜  

冷え切った大気を響かせて、いっせいに港に係留していた船が汽笛を鳴らし出した。

「あっ。。・・な、なに?・・秋人?」  

驚いてクルリと振り返った僕の目前に秋人の笑顔があった。

「ハッピーニューイヤーだ。渚」

「あ、あけまして・・・!」  

決まり文句を返そうとした僕の口唇が全てを言い終わらぬうちに、近づいてきた秋人の暖かい口唇に塞がれてしまった。    

寒さもお祭り騒ぎにわく人々の喧騒も僕たちのまわりから消え去り、秋人の熱い抱擁は、新年を祝う汽笛が鳴りやむまで僕を離そうとはしなかった。

 

「ステキだね・・・あんな演出があるなんて知らなかった」  

終日運転をしている帰りの電車に乗り込みながら、僕はもう一度秋人に感謝の言葉を言った。    

口唇を離したあと、汽笛とキスの余韻にぼぉーっと浸っていた僕に、

「渚と迎えるミレニアムには最適の場所だと思ったんだ」と秋人は甘く囁いてくれたんだ。

 

「ああ、でも別にミレニアムだからってわけじゃない、毎年恒例のことなんだ」  

ニッコリと笑顔を返した秋人の毎年恒例と言った言葉が何かやけに気に掛かる。

「どこで知ったの?」  

さり気なく、僕もニッコリと聞き返した。

「どこって、昔、誘われて・・・」  

なにげに返した言葉が途中でハタと止まり、 秋人の薄茶の瞳が、填めたなと、僕を見詰め返した。

「ふぅ〜ん。そう・・・僕は二番煎じなんだ?それとも毎年誰かと来てるわけ?」  

愛されている筈だと信じる僅かな自信と、ほんの少しの不安とを笑顔に載せて、僕は再び笑いながら聞き返す。  

過去があっても構わない、今、僕だけの秋人なら、これからずっと永遠に僕だけの秋人であるのなら・・・・  

信じてもいいんだよね・・・  

これからは僕だけの秋人だって・・・・・・  

「バカだな、渚は。
俺から誘ったのは渚だけだし、二度と渚以外とは行かないよ」  

僕の想いを包み込むように優しさを眸に宿した秋人は、慈しみを込めて僕の肩にそっと腕を廻した。

「約束だよ」   

広い肩に僕はコツンと額を載せて呟いた。
    

車窓の向こうに不夜城の煌めきが流れていく。

同じように絶え間なく流れる無限の時の中で奇跡にも等しい確率で僕は秋人に出会い・・・惹かれ・・・もっとも近しい場所にいる。
   

いま、僕達の新たな千年が始まった。

〈END〉       

 

☆お客様へ☆

今年は氷川雪乃並びに〈Crystals of snow〉をご贔屓くださり誠にありがとうございました。〈今年と言ってもまだ、半年にも満たないのですが・・・^^;〉

来年はやたらとキリのいい、2000年♪今年以上に頑張りたいと思いますので、よろしくお願い致しますm(_ _)m〈ペコリ〉

あなたにとって、あたらしい年がよりよい年になりますように(*^_^*)

1999/12/31