「ああ・・・未知さん・・・」
「ああ、未知さん・・・・」
ずっと聞きたかった言葉を聞けて、震えるような幸せを感じながら、何故か目が覚めた。
なんだ・・・夢か・・・・・・
もっと見ていたかったなと思いながら、暗闇に目を凝らし、時計を確認すると、昨夜眠ったのが早かったからか、まだ1時を少し過ぎたばかりだった。
俺は寄り添うにように眠っている、未知さんからそっと身体を離して、一人窓際に立ち、外を眺めた。
窓の外には京都の町並み。
高いビルがない分、夜景ってほどではないが、まだ、あちこちに灯がともっている。
そう言えば、さっきビールでも飲もうと思ってたんだよなと思い出して、冷蔵庫からビールを取りだして、小さな硝子のコップに注いだ。
そんな気配りは無用だとわかっているのに、つい、音を立てぬように、静かに瓶をテーブルに置く。
コトリそれでも小さな音がたち、なにげに未知さんに目をやると、驚いたことに、今さっきまで眠っていた未知さんがちんまりと布団の上に正座して、俺の方を見つめていた。
「わっ!!どうしたの?俺が起こしちゃった?」
俺が慌ててそばによると、未知さんはなんでだか、涙を浮かべて俺の胸にすり寄ってきた。
「ちょ・・ちょっと、ほんとにどうしたの?怖い夢でもみた?」
枕元の小さなランプの紐を引き、ほんのりとした明かりを灯すと、未知さんのためにいつもと同じようにセットして置いておいたペンのついたメモを引き寄せる。
『啓士がいなかった』
漏れる小さな嗚咽を堪えながら、未知さんがペンを走らせる。
「ああ、ごめん。ぐっすり眠ってたから・・・・・ごめんね、怖かった?」
未知さんは異様なくらい暗闇を怖がる。
音のない世界を知らない俺には、推測することしか出来ないけど、未知さんは俺と一緒に住むまでずっと明かりを付けたまま眠っていたという。
今は俺に触れることで安心できるのか夜中に良く未知さんの手が俺の存在を確かめるように触れてくることがあるけど、電気を消しても眠れるようになったようだ。
目が覚めたら知らない部屋だし、俺が横にいなかったら、きっと目が覚めた瞬間怖い思いをしたんだろう。
未知さんが頷きながら、ぎゅっと俺に抱きついて、俺を確かめるかのように俺の頬に、未知さんの柔らかい頬をすり寄せてきた。
途端に俺の心臓が性懲りもなく跳ね上がる。
ちょ・・・ちょ・・・と、まさかまた、途中で寝ちゃったりしないよな?
「未知さん・・・俺・・・」
未知さんが求めてるのは俺の暖かさや温もりだってわかってるけど、ハッキリ言って、こう何度も煽られたら、たまらない。
何度も、何度も頬や、唇の端に優しいキスを降らして、未知さんの反応を伺う。
「お、おれ・・・・未知さんを抱きたいよ・・・・」
自分でも情けないほど、震えを帯びた声だった。
ああ、俺・・・すっごい、せっぱ詰まってたんだなぁって、自分が可哀想になるような声だった。
未知さんは俺の唇の動きが読めたのか、驚いたようにちょっと身体を俺から引き離す。
だ・・・だめ・・ってこと?
確かに俺も今まで、ここまでストレートに言ったことなかったけど・・・・・
呆れられちゃったのかなぁ、未知さん・・・
あさましいと思われたんじゃないかと、あんなこと言って嫌われたんじゃ無いかと思うと、いても立ってもいられないくらい、自分が恥ずかしかった。
「ご、ごめ・・・ん。
未知さん寝てたんだもんな。
今の忘れて。
ほら、俺ちゃんと側にいてあげるから、眠るといいよ」
あははと笑い飛ばそうとしたけど、頬のあたりが引きつって上手く笑えなかった。
そんな俺に、不思議そうな目を向けた未知さんが、さらさらと紙に書いたものをスッと俺の前に差し出した。
俺の喉が音をたたて小さく鳴ったのが夜の静寂にひびく。
「み・・・・みちさん?」
紙に書かれた意外な言葉にマジで心臓が止まりそうになったんだ。
『僕も啓士に抱かれたかった。いつも、どう言えばいいのか分からなかったから、啓士がそう言ってくれてとても嬉しい』
紙から目を上げると、恥ずかしそうに俯いた未知さんは乱れてもいないシーツを手のひらで整えていた。
俺・・・まだ夢見てるんだろうか?
未知さんが・・・
未知さんが・・・ああ・・・夢じゃないよな?
「い、いいの?」
俯いている未知さんを覗き込むように、問いかけると、返事のかわりにゆっくりと桜唇が俺の唇を盗んだ。
ふれあい、混じり合う柔らかな唇と口腔。
秘やかな艶めかしい濡れた音が俺の耳を犯す。
引き裂きそうになる衝動を抑え、未知さんの身体から浴衣を剥ぐと白い裸体がオレンジ色ぽい枕元の小さなランプの明かりに浮かび上がる。
キスを続けながら、手のひらをなめらかな肌に這わすと、普段は訊けない未知さんのくぐもった声が、唇から漏れる。
俺は未知さんの声がもっと、もっと聴きたくて、口づけを桜唇から胸に咲く桜色の花弁に移した。
「ふっ・・・・ぅうぁ・・・」
未知さんの漏らす甘やかな声に、俺の熱はどんどんと上り詰める。
俺の指が唇が未知さんを柔らかく溶かしているあいだ、未知さんはずっと、切ない声を聴かせてくれる。
柔らかくとろけた未知さんの深部に俺自身を深く結びつけると、未知さんは俺の名前を上がった息の合間に、呟きながら、むせび泣くようにハラハラと涙を零す。
ずっとずっと抱いていたかった。
ずっとずっと、未知さんと一つになっていたかった。
激しく愛し合ったあとは優しく。
ゆったりと愛し合った後は燃えるように。
何度も何度も飽きることなく未知さんを抱き、未知さんを貪り、未知さんに溺れた。
二人で抱き合いながら、溶け込むように闇に呑まれて行くと、真っ赤な曼珠沙華が遙か遠くで秋風に揺れているのがはっきりと見えた。