Crystals of snow story

*Capture a Boy*

 

「へへ、これで良しっと♪」

丸めたタオルをこんもりとベットの中に突っ込んで、ちょっと姉貴の部屋からくすねてきた、ヘアピースを上掛けの羽毛布団と枕の隙間からちょこっと覗かせて由希は、満足げに呟いた。

我ながらうまい具合に膨らんだものだと感心する。

「俺って、天才♪」

へへっと、指先で鼻の頭を擦った。

毎週成瀬家で繰り広げられる、大捕物。
今だって、窓の下にさえ、見張りが立っていて、易々と逃げ出せそうには無い。ただいま7:25分。あと5分もしないうちに誰かが由希を起こしに来るだろう。
次期社長である由希を会社に連れていって、社長教育なんてものを施すために・・・・・・

何が悲しくて、花の17歳の俺が毎週日曜日に苦虫を噛みつぶしたような顔のおじさんや、でっぷり太ったおばさんと貴重な時間を過ごさなきゃなんねぇんだよ・・・・・

先週はあえなく捕獲されちゃったけど、今日は絶対に逃げてやる!と自分に誓うと由希はぐっと拳を握りしめた。

「靴、履いた。財布持った。金とカードも入ってるな、良し」

由希が最終確認を終えたとき、ドアが控えめにノックされた。
ノックと同時に、滑るようにクローゼットへと滑り込んで息を潜める。

「坊ちゃまが、逃げたぞ〜!!!!」

数秒後、屋敷内は蜂の巣を突っついたようなパニックになった。

逃げたって・・・・・・

俺は刑務所の囚人かよ・・・たく・・・

案の定、屋敷に呼び戻されたのか、窓の下にいた見張りが走っていった。

こっそりとクローゼットから出てきた由希はそろりと窓によりキョロキョロとあたりを伺い、机の脚に縛り付けて置いたロープを垂らして、軽やかに庭に降り立った。その姿はやはり囚人の脱走劇のようだ。

降り立った、由希の姿はベージュ地のTシャツで袖の部分が紺色のラグランタイプの切り替えになっていて、胸にはKISSとやはり紺色で文字が描かれている。スリムタイプのジーンズに包まれている細い足。
高校二年生の男子にしては163CMと小柄で、その大きな瞳も相まって、おきゃんな女の子といった印象を受ける。

名前が「由希」なので、黙っていれば大抵の場合女の子としての扱いを受けた。それがまた、小柄なことを気にしている由希には気に入らないのだが。


逃げ出したばかりの屋敷からは、まだ大声が聞こえてくる。

「坊ちゃまをお探しするんだよ!!!」

ばあやの卒中を起こしそうな悲壮な声をBGMに由希は悠々と勝手口から逃亡を果たした。

☆★☆

「しょうのない奴だ・・・・・」

秘書の成瀬から、息子の脱走劇の報告を受けた、由希の父、長谷部由隆(はせべゆたか)は、ほとほと困ったように、顔を綻ばせた。
長谷部にとって由希は晩年に出来た一粒種だった。

二代目とはいえ、小さな呉服やだった、長谷部商店を今や、主要都市にいくつもファッションビルを持つまでの会社にするためにがむしゃらに働いて、そして、ようやく自分の幸せはと振り返ったときにすでに40代に入ろうとしていたのだ。

由希の母親は、そんな長谷部が始めて愛したかけがえのない人で、由希はその妻に生き写し。
遅くに出来た一人っ子と言うのも手伝って、長谷部は由希を溺愛し、散々甘やかして来たのだが・・・・・・

そのせいで、根は優しいのだか可愛い外見が災いしてか、お姫様気質の我が儘な子供に育ってしまったことを長谷部自身も自覚していた。
昔っから、三代目にろくな跡取りはいない。

三代目で家は潰れるなどといわれるに付け、益々不安になってきた長谷部は毎週日曜日に由希に経営者のなんたるかを教えるために、その道のエキスパートを付けて、教育し始めたのだが、結果はこれなので有る。

つまり、由希には立派な後継者になる意識などさらさらなかったのだ。

しかし、有る意味長谷部にも落ち度は有る。
16歳の今日まで、好きなものを買い与え、甘やかすだけ甘やかして置いて、ハイ、今日からは立派な後継者に生まれ変わりなさいといわれても、そうは上手く行きっこないのだ。

「どうしたもんだろうな・・・・成瀬・・・」

長年自分に仕えてきてくれている、秘書の成瀬、いや、単なる秘書と言うよりも英国で言うところのバトラーのような存在の成瀬に長谷部は困り切った視線を投げかけた。

成瀬の両親も一代目に仕えていた単なる住み込みの庭師と家政婦の息子だったのだか、生まれつき利発な少年だった成瀬は一代目に見込まれ、高等教育の面倒を見てもらい大学時代にはイギリスに渡英し、キッチリとした執事教育を受けた。

つまり成瀬は日本には稀な本物の執事なのだ。

イギリスの貴族にさえ最近は本物の執事を雇っている物は少ないだろう。
バトラーとは仕えている館に身も心も捧げれる状態を保つために、一生独身を貫かねばならないと言う厳しい決まりがあるからだ。

成瀬も40代半ばという年齢でありながら、もちろん独身を貫き、長谷部の屋敷の一室にすんでいる。

二代目である長谷川が時代の波に乗り、会社を大きくしてこれたのも、その影で成瀬の細かいアドバイスがあってこそなのだ。

「由希ぼっちゃ間には、くすくす・・・・参りましたね、旦那様」

成瀬は、未だ青年の面影を残した整った顔立ちの目元をおかしそうに細めながら、小さく笑った。

「笑い事ではないよ、成瀬・・・・・」

「確かに、笑い事ではありませんが、私どもが一日見張っているわけにも・・・・ああ、良いことを思いつきました、旦那様・・・」

名案が浮かんだとばかりに、成瀬は楽しそうに、ある計画を長谷川に話し始めた。

☆★☆

その日の夜遅く、由希は、前の晩に鍵を開けて置いた一階の書斎の窓からこっそりと屋敷に忍び込んだ。
抜き足差し足でなんとか自室まで戻り、そうっと部屋に入ると鍵を掛け、真っ暗な部屋の中でほうぅ・・・・吐息を吐いた。

屋敷に連れ戻されるだけなのだから、帰りは堂々と帰っても、隠れて帰っても同じような気がするのだか、やはり、由希的には皆を出し抜いてこっそり出ていったからには、こっそり戻り、翌朝、脱走劇などどこ吹く風と知らない顔で
朝食の席に着くのが美徳だとでも感じているのだろう。

部屋に明かりを灯すと、慌てて、ばあやか、執事の成瀬が飛び込んで来ると思うとおちおち電気も付けられなくて、暗がりの中、部屋に据え付けてあるバスルームへと壁を伝いながら行くことにした。

成瀬は苦手なんだよなぁ・・・・・・

由希にとって、成瀬は父親以上に苦手な相手なのである。
父はなんと言っても、由希を溺愛してるから、怒るといってもいつも目が笑っている。
可愛くてしかたのない由希なのだから、小言を言いつつも本当にしかたのない子だと、どこか本気では無いのだ。

だが、成瀬は違う。
我が身を長谷部家に捧げてきた成瀬だけに由希に対する希望も、期待も父以上に大きいのだ。
成瀬の整った綺麗な顔立ちで、お説教をされると普段が優しい成瀬だけに身が震えるほど恐いのだ・・・

「怒らなきゃ好きなんだけどなぁ・・・・・」

成瀬は由希の初恋の相手だった。
もちろん、それは小さな頃の憧れのようなもので、由希が幼い頃の成瀬は本当に作り物のように綺麗で繊細な青年で、まだ性別がなんたるかが分かっていなかった由希はいつか成瀬と結婚しようと思っていたほどなのだ。
そんな幼い由希の言葉に成瀬はいつも「いいですよ、由希様が大きくなったら、私と結婚して下さいね」と言ってくれたものなのだ。

「ちぇ、昔はもっと、かわいげあったのにさ」

そのころは、自分ももっと素直で可愛かったことをすっかり棚に上げて、由希はぶつぶつと言いながら、バスルームの扉を開け、服を脱ぐと暗がりの中でも白く浮き出ている籠の中にほりこんだ。

闇の中で、ゆっくりと湯にあたった由希は綺麗に身体も頭も洗い、開け放したままのドアから手を伸ばして、バスタオルを取ろうとするのだが、さっきあったはずの所に手を伸ばしても何故かタオルに指が届かない。

「あれ・・・?確かさっきここに・・・・」

その瞬間、パッと目の前にタオルが飛んできた。

「あ。サンキュ。。。。。え?」

タオル・・・・・・今、飛んできたんだよな?

目に入ってる、湯をごしごしとタオルで拭くと、由希は闇になれてきた瞳で部屋の中をぐるっと見渡した。

「ええもんみせてもうて、おおきに」

ぼんやりとした視界の中で、寝室のベッドの上に足を組んで座っている男がにやにやと笑っていた。

「ぎゃぁあああ・・・・・・・・うっっっん・・」

悲鳴を上げかけた由希の所に今度はタオルじゃなしに男が文字通り飛んできて、大きな手のひらで口を押さえつけられる。
由希の柔らかい肌が恐怖で一瞬にして総毛立ち、カタカタと傍目にも分かるほど震えだした。

「ちょ・・ちょっとまちいいな、俺は怪しいもんやないで、ここの執事してる成瀬美嗣の甥っ子で成瀬信昂(のぶたか)いうんや」

「ふご、もごご・・・?」

「手、はなすで?さわがんとってや??」

男がゆっくりと由希の口元を押さえていた手を離すと、由希は喘ぐように息を吸うと、キッと男を睨み上げた。

「な、なんで、成瀬の甥が俺の部屋にいるんだよ!!!」

「なんや?訊いてへんのん?俺、今日から由希ちゃんと寝食を共にするんやで?仲良うしょうな」

またしても信昂と名乗った男はニヤリとわらう。

「う、嘘言うな!なんで、俺がお前なんかと!!」

「うそやないって、美嗣(みつぐ)叔父さんにたのまれたんや。由希ちゃんのめんどうみたってなって、な」

「だから、何で、おまえが俺の面倒を見ないといけないのかって聞いてるんだよ!」

「まぁ、そうカッカしなや。可愛い顔がだいなしや。それより、はよ、服きいや?そのままやったら、襲ってまうで、俺」

「わ、わぁ〜冗談はよせぇ〜」

相変わらずつかみ所が無い飄々とした大阪弁の男にもう一度ぐいっと抱き寄せられた、由希はあわてて、服を身につけ始めた。

なんだよ、こいつ〜
本気なのか冗談なのか、さっぱりわかんねぇじゃん・・・・・・・

気が強そうではあるが、所詮温室育ちの由希ちゃんの心臓は今にも口から飛び出しそうなほどバクバクしている。

今までも結構真剣に同性から口説かれたことはある由希だが、こんなわけのわからない男は初めてだった。

真剣じゃないだけに、おもしろ半分で襲われそうな気がしているのだろう。
服を身につけた後も、一定の距離を置いて、毛を逆立てた子猫のように身構えている。

そんな、由希の様子を信昂と名乗った男が、いつの間にか部屋の端に据え付けられている予備のベッドに腰掛けながら、相変わらずニヤニヤと眺めていた。

ベッド持参で入ってくる泥棒もいないだろうから、やはりこれは、信昴のいうように、成瀬の指示なんだろうか?
それにしても、よくもまぁ、こうも似てない叔父・甥がいるもんだと、由希は少し落ち着いてきた頭で考えた。

じっくり観察してみると、信昴は由希と同じく高校生くらいだろう。
成瀬とは違ってがっちりしたタイプで、顔立ちも成瀬には似ていない。
まぁ、一般的にはハンサムな部類に入るんだろうけど・・・・・・

「おまえって成瀬に似てないな」

元々成瀬に淡い恋慕を抱いている由希は、どうせお目つけられやくがつくなら、成瀬に似た奴が来ればよかったのにと、少々残念そうにつぶやいた。

「美嗣叔父さんにか?ああ、そうかぁ?叔父さんに似て、かなりええ男やと自分ではおもてるんやけどな」

手のひらでクリっと顔を人撫でしながら、しれっとした顔でそう言った信昴に由希はどこがだよ・・・と心の中で毒づいた。

「俺、もう寝る!おまえ絶対にこっちに来るなよ!!」

がばっと、軽い羽毛布団を頭まで被った由希は小さく丸まって、信昴に背をむけた。

ああ、なんで、こんなことになっちゃったんだろう・・・・・・

睡魔に襲われ意識が途絶えるころ、由希は幼い頃、成瀬の腕に抱かれ、低く優しい声で、子守歌を歌って貰ったころの夢をみた。
なんだか、その夢は現実のように、暖かかく由希を包んでくれる。

あったかい・・・・・・

「偉い、かわいらしい無防備な顔して・・・・・・寝てしもて・・・
美嗣叔父さんも殺生やわ・・・・48時間つきっきりで俺にこんな子の子守しろやなんて。
男の子やて聞いてたから、バイト料の高さに即返事してしもたけど、こんなんやったら、その辺の女の子とひっついて寝る方が、楽やんか」

もしょもしょと子猫がすり寄るように腕の中で眠る由希の頬に掛かった髪を人差し指でゆくいながら、信昴はそっと、バラ色の頬に唇を寄せてみた。
鼻孔を擽るのは、柔らかなシャボンの薫り。

「ともかく、よろしゅうな、由希ちゃん」

静かに寝息を立てている唇をなちょっと残り惜しそうに眺めた後、信昴もゆっくりと瞼を閉じた。



「もう、なんで、俺の居場所がわかんだよ!」

登校時はもちろん下校時にはちゃっかりと校門で毎日まっている信昴をなんとか出し抜こうと、お昼休みにこっそり学校を抜け出した由希が行きつけのブティックで着替えるための洋服を物色しているところをまたしても信昴に捕獲された。

こんなことはもう、日常茶飯事で、信昴が現れていらい、由希に全く自由などないのだ。

「そりゃ〜もう、愛の力ちゅうやつや」

まるで犬の嗅覚でも持ち合わせているのかと思うほど、正確に由希の居場所を探し出す、信昴に、ぷっつんと切れてわめき立てても、相変わらず、本心なのか冗談なのかわからない、関西弁で、柳に風と受けながらされて、由希の感情は益々ヒ−トアップする。

「だいたいなぁ〜、日曜の勉強会にさえ出たらいいんだろ?!
なのに、なんで、毎日くっついてくるんだよ!ああ、もう、くっつくなって、うっとうしい!!!」

「おお〜痛て。由希ちゃんそんなにカリカリせんときいや、かわいい顔がくずれんで」

ぱしっと由希に払われた手のひらをひらひらと仰ぎながら、信昴はもう片方の手で由希の荷物を持ってやった。

「うるさい!!いいから、信昴は帰れよ!だいたい、お前大学生なんだろ?
俺にかまってないで、たまには学校に行くとかないのかよ」

「そんなこといわれたかてなぁ・・・・・俺は美嗣叔父さんに、48時間ちゃんと監視せぇって言われてるんやから、文句やったら、叔父さんにゆうたらええやんか。
それに、俺、ちゃんと、由希ちゃんが学校行ってる間に講義うけにいってるんやで」

「嘘ばっかり言うな!俺の後をスト−カ−みたいに四六時中くっついてくるくせに。
じゃなきゃ、こんなに見つかるわけないだろ」

ぷんぷんと怒りながらスタスタと歩く由希の後を信昴はくすくすと笑いながら追う。

ほんまかわいいなぁ・・・・
自分にめにみえん、首輪がくっついてるなんて、疑いもせぇへんねんから。

信昴はさっき由希の手から受け取った通学バッグの隠しポケットの中にある、ココ○コムの位置情報システムの子機にご苦労さんと、つぶやいた。

「なんか言ったか?」

さんざん罵詈雑言を浴びせかけて気分が晴れたのかかわいらしい顔で振り返った由希の肩に信昴は腕をまわして、

「なんも言うてへんで。それよか、由希ちゃん腹減ってないか?お好み焼きでも、喰うていこうや」

「え〜?お好み焼き??」

お好み焼きってキャベツに小麦粉混ぜたやつだろ?と、怪訝そうに眉をひそめた由希に、

「この角曲がったとこに、美味しい店があるんや。
ちょっと、小汚い店やけど本場の味でおいしいんやで」

怒ってはいてもいつの間にか信昴のペースに飲まれてしまう由希は結局、その日も信昴に誘われるままに本当に小汚い店で『おいしいぃ♪』と言いながらお好み焼きを食べてしまった。

☆★☆

コ、コホ・・・・・・コホン・・・・コン

「ん・・・・・ぅん?大丈夫か信昴?」

最初は嫌だった、信昴の添い寝にもいつの間にか慣れてしまった由希は、いつも、近くにあるはずの信昴の広い胸を無意識のうちの捜しながら、尋ねた。

夢と現実の挟間で、もう随分前から苦しそうな咳を聞いているような気がしたからだ。

信昴・・・・・いない・・・・・

ゆっくりと覚醒してくる意識の中で、信昴の身体が側に無いことをなんだかとても物足りなく感じた。

今でもあまり身体の丈夫な方では無い母は由希を産むことが凄く身体に負担だったらしく、由希の幼い頃は良く床に伏せていたから、由希は物心ついたころから、いつも一人でこの大きな部屋に眠っていたのだ。

誰かの傍らで眠ることがこんなに暖かいなんて由希は17にして初めて知った。

その、信昴が、今夜は由希の隣にいない。

もう少し先に延ばせば、信昴の身体に指先が届くようなそんな気がして、由希はシルクのシーツの上に腕を伸ばしてみるが、指は虚しく空を描くだけだ。

とたん、元々広いクイーンサイズのベッドなのだがいつも以上に広く感じてしまう。


「だいじょ・・・・・コン、コン」

もう一度、名前を呼ぼうとすると、信昴の声が随分離れた場所から聞こえた。
どうやら壁際に置いてある簡易ベッドにいるようだ。

由希は、むっくりと暗闇に中に上半身を起こした。

「大丈夫って・・・・お前、ずっとさっきから咳き込んでるじゃん・・・熱があるんじゃないのか?」

そう言えば、今朝から、信昴の口数が少なかったなと思い出した。

今日は週に一度の勉強会で、信昴がこの屋敷にきて、4回目の日曜日だ。

今までさんざん、逃げる算段をしてきた由希だが、どう計画を企てても、いったんは逃げ出せたと思っても、必ず信昴に見つかってしまったので、さすがの由希もさすがに逃げようとしなくなっていった。

逃げるだけばかばかしい・・・・・・・

それに、こいつといるのも結構嫌じゃないし。

そう思って、まじめに俺が、勉強会に出てやったから、いらぬ冗談も言わないのかとおもってたんだけど・・・・・・

もしかして、朝から具合が悪かったのか?

またしても激しく咳き込む、信昴に由希は不機嫌そうに尋ねた。

なぜ、腹立たしいのかはよくわからない。

ただ、なんとなく、へそのあたりがむかむかする。

ベッドをおりて近づいてくる由希を信昴は慌てて止める。

「あ、あかんって、近寄ったら、うつってまう・・・」

「なにいってんだよ!熱あるんだったら、医者に行かないと駄目だろ?今日だって一日俺にくっついてて・・・・・まったく、具合悪いなら悪いってちゃんと言え!」

熱を計ろうと、額にのばした由希の手を信昴は慌てて、遮った。

「な・・・・なんともないんや、ほんまやで」

「何ともなくないだろう!真っ赤な顔してるじゃないか!!」

この期に及んでなお、どこも悪くないとうそぶく信昴にますます腹が立つ。

病人相手に何をムキになってるのかがわからないが、口惜しくて由希は唇を噛みしめた。

「俺。広瀬を呼んでくる!」

くるりと信昴に背中を向けると、咳き込みながらもほっとため息をつくのが聞こえて、なおさら由希は腹が立った。

なんだよ・・・・・・
お前にとって、俺はお守りをするだけのガキで、具合の悪いことさえ言えないってのかよ・・・

広瀬の部屋につくころには由希の目に涙がいっぱい貯まっていた。



「どうなさったんです?」

真夜中に起こされたというのに、嫌な顔ひとつ見せず、広瀬は涙目の由希に尋ねた。

もちろん夜中なので薄手のローブをパジャマの上に纏っただけだが、相変わらず何を着ていてもよく似合う。

「信昴が・・・・・具合悪いんだ」

「そうですか、それはご迷惑をお掛けしましたね」

すぐに、由希の部屋の方へ歩き出した、広瀬のローブの袖を由希はギュッと握りしめた。
小さなころ、不安に駆られると由希は良くこうして広瀬の服を握りしめてはなさなかったものだ。

「大丈夫ですよ、信昴は殺しても死なないタイプですから」

広瀬は小さなころから由希を安心させる魔法の笑顔を向けた。

優しくて、暖かい広瀬の笑顔。

その笑顔が今までは誰よりも好きだったのに・・・・・・・

今までは?

由希は自分の心にわき上がってきた疑問の答えが見つからずに、もう一度強く広瀬の袖を握りしめた。

☆★☆

「もともと、一ヶ月の契約でしたので。あれにもあれの勉学もありますしね」

その夜、広瀬に連れられて夜間診療にいったまま信昴は由希の屋敷に帰ってこなかった。

問いつめる由希を、広瀬は困ったような笑みを浮かべてのらりくらりとはぐらかしてしまう。

それに、どうして信昴の居場所が知りたいのだと反対に問われても由希にもちゃんとした理由がわかっていなかった。

「由希ぼっちゃまも、きちんとお勉強会に出席して下さっていますし、信昴がいない方が平日はのびのび出来て、楽でしょう?」

広瀬に正論を正面から言われると、そうだと頷くしかなかった。

実際由希はここ一月というもの信昴から逃げ回っていたのだ・・・・逃げる必要が無くなったのに、なにが不満だといわれても、答えることなど出来ないでは無いか。

一人で寝るのが寂しい・・・・・

まさか、そんなことは広瀬には言えない。

それに、広瀬にそう言ったら「私が添い寝して差し上げましょうか?」ときっと真顔で答えるだろう。

だから・・・・・そうじゃなくて!

そうじゃなくて・・・・・なんなんだ?

俺は・・・・・・信昴にいて欲しい。



カンカンカンと鉄製の階段を軽快にかけ上ってくる音がさわやかな青空の下に響いてくる。

この音を聞くのはさっきから3回目。

学生が住むボロアパートなんて由希にはテレビのドラマでしか見たことがないしろものだ。

先の二人もまた、何となく高そうな洋服を着た、ちょっと気品のあるボーイッシュなかわいこちゃんが野郎ばかりのむさ苦しいアパートの前廊下に膝を抱えて座っているのに驚いて、部屋に入ったあとも、気になる様子でなんどかちらちらと首を覗かせていた。

「信昴」

ちょっと癖のある長めに髪が階段から覗いたとたん、ドアの前で座り込んだ姿勢そのままで由希は小さな声で名前を呼んだ。

踊り場まであがってきた信昴の手から、ぽとりとコンビニのビニール袋が落ちた。

「どないしたんや?由希ちゃん・・・・・・」

「俺だって、お前ぐらい探せる」

スクッと立ち上がった由希は身体を屈めて、信昴の落としたビニールを拾った。中にはジュースのペットボトルと水着姿の女の子が表紙を飾っている青年向けの漫画雑誌が二冊入っていた。

「なんだ・・・・お前こんなの読むのか?」

眉を顰めた由希の手から慌てて、信昴は袋を奪い後ろ手に隠した。

「あ・・・あはは。これはやな、せ、先輩に頼まれてやな」

「別に良いわけしなくてもいい。俺には関係ないからな」

由希は関係ないといいながら、プンとかわいらしく拗ねた様子でそっぽを向いた。

そして、そのまま言葉を続ける。

「俺、お前がいないと寝れなくて困る」

「へ・・・・・・なんやて?」

照れくさそうに頭に手をやっていた、信昴の腕がだらりと下がった。

「お前に一緒に寝てくれって言ってるんだ。いやか?」

「い・・・・・いやかて・・・・・由希ちゃん、それ・・・」

こくりと、信昴は喉をならしたが、雑念を振り払うように大きく頭を振ってみた。

まさか・・・・・まさかな・・・・
俺、幻聴を聞いてるんや・・・・・

「なんだ、いやだってのかよ?」

「い、いやなわけあらへんやろ・・・・せやかて・・由希ちゃん、一緒に寝るって・・・その」

「お前と一緒だとすっごい気持ちいいんだ」

由希の言葉に信昴はドキッとする。

ま、まさか・・・・夜中にちょこっとしたいたずらがバレてたんか??

「そ、そら・・・由希ちゃんがええていうんやったら、もっと気持ちようしたるけど・・・・・」

「お前と寝ると暖かいし、俺、小さなころにクマのぬいぐるみ抱いて寝てたのをおもいだすんだ」

照れ照れと笑う信昴の笑顔が、引きつった。

お・・・・俺?クマのぬいぐるみの代わりか??

「俺と寝るの嫌か?」

ジーンズの上に出している、信昴のシャツの裾を急にギュッと掴んだ由希の声のトーンが急に不安げな色を帯びた。

そう言えば、あのときも叔父さんのローブの袖をずっと握ってたよな・・・・

あの夜、熱が出た俺を心配してくれた由希。
熱のせいもあったのだろうが、もうこのまま由希の側にいたら、自分が何をするかわからなくて、病院で点滴を受けているときに信昴は広瀬に言ったのだ。

「やめたいと」

広瀬は信昴に理由を問うこともなく、わかったから眠りなさいと優しく微笑んでくれた。
何も言わなくてもわかってくれているような気がした。
むかしから、そう言う人なのだ、あの人は・・・・・・・

決して適わない。
勝てないと思った・・・・・・・

ちゃんと由希の口から聞いた訳ではないが、信昴が感じていたとおり由希が広瀬を好きなのだとしたら、俺なんかには適わないと・・・・

「俺でええんか・・・?」

「お前がいいんだ」

「美嗣叔父さんやのうても?」

広瀬の名を口にするとき、信昴の胸がチリっと妬けた。

「お前じゃなきゃ、眠れない・・・・」

由希の手の中でキュっと木綿のシャツが鳴った。

「そうか・・・・・俺、捕まえたら放さへんで?ええか?」

「お前のしつこさは十分わかってる」

雲間が晴れるように、明るく笑う由希に、

ほんまに、自分のゆうてること、わかってへんくせに。
まぁ、とうぶんはクマのぬいぐるみで我慢しとこか。

そっと、信昴は由希を抱き寄せて、囁いた。

「由希ちゃん、捕まえ〜た。もう、ぜったい、逃がさへん」

END

ちょっぴりわがままな由希ちゃん如何でしたか?

若い子もいいですが、執事の成瀬のお話が書きたい・・・・・

攻め受けどっちでしょうねぇ書くとしたら

中年の恋も一度チャレンジしてみるかな?(。-_-。)ポッ