Crystals of snow story

*煌めきの銀河へ*

 

(3)

ブラッドはフィルの話を聞きながら、簡易ベッドから、軽い身のこなしでひょいと飛び降りるとレイラもそれに続いた。

副操縦席のフィルに『勝手にさわるなよ』と釘を差して、自分は複雑な計器に囲まれたメインの操縦席に収まる。

照明を暗いスリープモードから、通常の標準光量に戻し、巨大なメインスクリーンに座標をだした。

両手の指を忙しく動かしながら眠っている間の微妙な誤差を修正し、明るい光の中で改めて感嘆させられる、銀色に光る髪に縁取られたフィルの美しい横顔に尋ねた。

「それで、何のために地球5にいきたいんだ?」

「俺んとこの星は、一夫多妻の国なんだ」

「ほーお。そりゃうらやましいな」

ハレームやマハラジャ。一人の男が数多くの妻を娶る風習は、昔の地球にも数多く存在したと訊く。

「男にとってわな。でも、その為に人口を1:4ぐらいに保たなきゃならないんだ。そこで政府が混乱を避けるために第一夫人の子供は男性にそれ以下の子供は女性にって決めちゃったんだ」

「おまえの母親は何番目なんだ?」

フィルは、ちょっと口ごもるように、うつむいて、

「第三婦人・・・」

と、つぶやく。

「そりゃ、よかった。俺は今の小生意気な小僧より、昨夜の美少女のほうがよっぽど世の中の為になると思うがな」

「バカ言うな!」

突然フィルが頬を上気させて怒鳴った。

「あんた、男だからそんな風に思うんだ。

俺ん星の女になって見ろ

俺の母さまなんか、俺を生んで身体壊してから床に伏せる事が年々多くなって、おやじなんか滅多に顔も出しゃしない。

他の妻たちだって、いつまた若くて美しい娘がおやじの目に留まるかと恐々としてるし、同じ屋敷に住んでててもまるで敵同士みたいに憎み合ってるんだぞ!
おやじにしてみれば好都合なのかもしれないけどな、あっちに行ってもこっちに行っても、寵愛を得ようと妻も子供も手ぐすね引いて待ってるんだからな。
俺はぜったいに、あんな人生なんて、送るもんか!」

「あなたの気持ちは分かったけれど、そのことと地球5にいくことがどうつながるの?」

ブラッドの横で沈黙を保っていたレイラが小首を傾げながら口を挟んだ。

「地球5は、すげー大都会だろ?だから大金を稼げるかも知れないじゃないか」

「大金を稼いでどうするんだ?」

大金と女性の悲哀とがどう関係あるのか理解できずに、ブラッドは形のいい眉を顰めた。「第一夫人の子供の中にも極まれに男になりたくない奴が居る。
たとえば、恋人がすでに18歳をすぎた男だったりする事も有るんだ。

そうすると、そいつの権利が水面下で売買されるんだ・・・途轍もない高額でだけど」

「つまり、お前にはその金が必要って訳か。闇取引なら値段は有ってないようなもんだろうが、大体の相場はどの程度の金額なんだ?」

「おおよそ20000ギル・・・」

「20000ギルだってぇ?」

ブラッドは、あんぐりと口を開けてあきれたようにフィルをみた。

20000ギルと言えば、最高にテクノロジーの進んだ地球5の、かなり治安のいい街で高層階の高級フラットが悠に買える金額だ。

フィルのような少年がたとえ少々ヤバイ仕事に手を染めても、1年や2年で到底かせげる金額ではない。

「お前、いったいどうやってその金を稼ぐつもりなんだ?」

「そんなこと、まだわかんないよ」

呆れるほど無邪気に夏の空を思わせる空色の瞳を輝かして、フィルは屈託なく笑った。 その綺麗な笑顔のなかに昨夜の美少女が見え隠れする。

惜しいな、女になって4・5年もしたら、ふるいつきたくなるような美女になるだろうに

ブラッドは蜂蜜色の巻き毛にすみれ色の瞳を持ち、サクランボのような紅い唇をした、おとなの女になったフィルを頭に描き、堪らず小さな口笛を吹いた。


「ブラッド。また、新しい依頼が一つ届いてるわよ」

フィルとともにノンカフェインのコーヒーを飲んでいるブラッドのもとに、レイラが小さな金属板で出来た、スペースメールを銜えて来て膝の上に置いた。

地球5に行くことばかりに夢中で、ブラッドの仕事のことなんか考えもしなかったフィルは、メールをコンピューターに差込み読み始めたブラッドの後ろから、覆い被さるようにメールの内容を醸し出したコンピュータースクリーンを覗き込んだ。

スクリーンの文字は宇宙共通語で書かれてはいるのだが、まるで暗号文の用に文字が羅列しているだけで、フィルにはちんぷんかんぷんだった。

「ねえ、ブラッドって何の仕事してんの?」

「しがない、日雇いのボディガード」

言葉とは裏腹にキリッとした口元に笑みを浮かべた精悍な横顔は、しがなさなど微塵も感じさせない。

「へーえ?かっこいいんだ!!フリーのボディガードなんだ!」

ブラッドの肩に手を置いて尊敬の眼差しを向けていたフィルの顔が、ふいに強張った。

「テ・・・テ、地球5のブラッド・・・・、あ、あ、あんた。も、も、もしかして、地球5のブラッドなのか!」

面倒くさそうにブラッドはメールから顔を上げる。

「それが、どうかしたのか?」

「お、俺を弟子にしてくれ!」

フィルは突然ガバッとブラッドに抱きつく。

「な、何なんだよ、いったい?俺に抱きつくときは女の姿の時だけにしてくれ!」

ブラッドは柄にもなく狼狽えて、あわててフィルを引き剥がした。

フィルにはどうも弱いようです(笑)

 

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