Crystals of snow story

ももいろシリーズ番外・ハロウィン企画

*** Jack-o'-Lantern ***

 

残暑がようやく去り、空の高さや風の涼しさが秋色を帯び始めると、色づく山々の無いこの都会の街角は、あちらこちらにオレンジ色のカボチャや真っ黒な蝙蝠である意味おどろおどろしく色付き始める。

節操もなく、祭りごとなら何でも来いの都会の街の風景が珍しいのか、正志はあちらこちらのウィンドウや店先のディスプレイに、きょろきょろしながら文弥の斜め前を歩いて居た。

「お前、ハロウィンの飾りを見るのは初めてなのか?」

学生服を脱ぎ、やや大人っぽくなったとは言え、まだ19の正志の横顔には幼さが残り、もの珍しげにあちこちを眺める様はかわいらしく、思わずクスリと笑ってしまう。

「いあ、テレビで見たことはあるけどよ・・・」

そう言いながら、大きなカボチャをくりぬいて作ったランタンを本物かどうか気になるのか指でつついて、納得したのか、小さく頷いた。

数歩後ろに戻ってきたかと思うと、その腕をそのまま文弥の背に回して勢いよく抱き寄せる。

「そーいえば、山田のじいちゃんが、こんなかぼちゃ作ってたっけなぁ。なにすんだろうと思ってたけど、こうやって、飾り用に売れんのかもな」

「最近はけっこう、メジャーなイベントになってきたしなぁ。
需要も多いんじゃないか?」

正志が無事大学に合格し、上京して来てから半年が過ぎた。

1年半前より背丈は5a、肩幅も少し大きくなっているのだろう、抱き寄せられると以前に増してすっぽりと包み込まれるような気がする

相変わらず人目を惹く少し気の強そうな正志の端麗な容貌は都会に埋もれることもなく、行きすぎる女の子達のグループが振り返り囁き合うほどだ。

それに引き替え、山裾の町では超有名人だった文弥は1人で歩いて居れば、雑踏の中、隠れ蓑術でも使ったように目立たないのだが、正志は誰の目を気にすることなく、文弥の肩を抱いたり、手を握ってくるので2人で居れば自ずと人の目を惹いた。

慣れってのは、怖いな・・・・

抱き寄せられても抗わなくなったどころか、冷たくなってきた秋風に正志の体温が心地よく感じられるのだから、困ったものだと文弥は自嘲する。

「でもさ、センセ。なんでカボチャで提灯作るんだ?」

まったく人目など気にもならない正志が頭半分上の位置から、唐突に質問をした。

二人っきりの時は、時々照れくさそうに「文弥」と呼ぶこともあるが、未だ癖なのか普段は先生と呼ぶ。

「あー、なんでも元々は蕪だったそうだぞ。今も発祥のイギリスは確かそうらしい。アメリカに渡ってからカボチャになったとか何かで読んだけどな」

「へえ・・・・蕪かぁ、水分多くて細工しにくそうだよなぁ。
外国のはもっと、硬いのかな?
あ、センセよぉ。
あっこに、キット売ってるぜ。
買って帰ってつくらねぇ?」

疑問文の?が付いたお伺い文のはずだが、文弥が返事をする前にとっとと、ジャケットの内ポケットから財布を取り出した正志は、頭ほどもあるオレンジのカボチャと使い捨てのカッターナイフや蝋燭、作り方の書いたレシピがワンセットになった『Jack-o'-Lantern キット』なるものを買いに数店舗先の雑貨屋へと行ってしまった。

「それを言うなら、つくらねぇ?じゃなくて、作るぞだ」

正志に聞こえないのを承知で、文弥はぼそっと呟いたが、そういう行為もかわいらしく感じるのだから、どうしようもないが。

*:.。.☆.。.:*

 

正志の部屋は文弥の実家から歩いても15分ほどの高層マンションの一室。

学生が住むにはかなり贅沢な広さで、正志自身もハッキリ知らないと言っていたが、家賃は文弥の月収の半分以上、下手すると全部持って行かれそうなぐらいするのかも知れない。

20畳はあるだろうリビングダイニングのテーブルの上にカボチャを置いた正志は、早速ジャケットを脱いで無造作に椅子に掛けると、シャツの腕まくりをしランタン作りに取りかかり始めた。

「そのまま削り始めたら後始末が大変だぞ。
ほら、新聞紙下に敷け。
それに、ジャケットもいつも言ってるだろう、ちゃんとハンガーに掛けないと皺になるだろうが・・・・」

小うるさい、小姑か女房か僕は・・・・・・

2人分のジャケットをハンガーにつるした後、正志と出会って以来、癖になってしまった溜息をまた一つ付く。

溜息を付き終わると、今度はピンク色のハート模様のエプロンに手を伸ばした。

いったい、正志はどこでこんなものを買ってきたのだろうか、ご大層に肩ひもや裾にはひらひらまで付いているときている。

毎回抵抗は感じるものの、これしかないんだしと、エプロンを付けると、勝手しったるキッチンで文弥は夕飯の準備にかかった。

一般家庭用の、大きな冷蔵庫は飲み物以外いつも殆ど空っぽで、文弥が忙しくてほおっておくと、正志はコンビニ弁当しか食べないので、こうして早く帰れた日は材料を買い仕方なく作ってやっているのだ。

文弥自身、別段料理が好きと言うわけでもない。

実家住まいの文弥が料理を覚えたのは正志と出会った町に赴任し、一人暮らしをしたからなのだが、生憎あの町には夜遅くまで空いているコンビニなど無かったので、幸か不幸か文弥は一年間の自炊を強いられ随分色んなものを作れるようになった。

それに、田舎町での教師暮らしは旬の野菜や果物を「先生食べて下さい」と町の人が持ってきてくれるので、材料が豊富にあった。

それこそ、今まで食べたこのとないような山菜の調理法まで、暇をもてあましているご隠居さんが手取足取り教えてくれたりしたのだから、自ずとレパートリーも増えるというものだ。

便利なのも良いのか悪いのか・・・・

元々手先も器用で今も鼻歌を歌いながらカボチャを刻んでいる正志なのだから、料理ぐらいすぐ作れるようになりそうなものだが、マンションの一階には24時間営業のコンビニやドラッグストアなど、日常生活に必要なものが全て揃って居るし、金銭的にも裕福な正志は一向に包丁をもつつもりにはならないらしい。

「センセ、去年の七夕覚えてる?」

具材も煮え、市販のクリームシチューのルーを鍋に入れた頃、すっかりカボチャの中をくり抜いた正志は慎重に口のギザギザを刻みながら訊いた。

「あ、ああ」

そういえば、変わった七夕だったなと、文弥は僅かに視線を宙に泳がせて一年前を思い出す。

浴衣を着た子供達が蝋燭を手に持ち、「ろうそくだせ〜」と歌を歌いながら町を練り歩き、家々を訪ね、お菓子をもらうのだ。

「ハロウィンと似てるとおもわね?」

「そうだなぁ、あの時は気が付かなかったけど、似てるよな?」

七月七日ではなく、旧暦の八月七日で七夕祭りをする地方があるのは仙台の有名な祭りで知ってはいたが、目の前で見た子供たちの行事は初めてだった。
北の方の七夕ではそういう風習が今も所々に残っているのだと、文弥は町のお年寄りにおしえて貰った。

「ハロウィンもそうらしいけど、死者の魂の鎮魂っていうか、迎え火とか送り火の意味合いなんだろうなぁ。
昔話やお伽噺も、どの国もよく似た話があるけど、こういうのもそう考えると面白いよな
僕なんかは、あんまり土着の行事ってのを知らないから、お前のところで一年を通して良い経験をさせてもらったよ」

娯楽の少ない、小さな町や周りの村々の人々にとっては、それこそ高校の体育祭ですら、立派な祭り事だったのを文弥は懐かしく思い出す。

「ガキの頃は結構嬉しかったもんだぜ。
たいした物を貰う訳じゃないけどなぁ
飴だのガムだの、買ったってしれてるんだけど、
何処へ行っても用意してくれててさ。
みんな、俺が一番多いぞって、みせあいっこして、競い合って」

腕白盛りの正志が絣の浴衣を着て、お菓子を貰っている様が目に浮かぶようだ。

想い出話に花が咲いている間に、いつのまにか、通りに飾ってあったものと遜色なく出来上がったランタンに、オレンジ色の蝋燭が灯された。

一軒家に住んでいても、顔を知ってる人はどれだけいるんだろうと思うぐらい希薄な街では、そんな行事自体あったとしても成り立たない。

正志の町が懐かしい。

みんながみんな顔見知りのちょっとそれが辛いなと感じたこともある文弥だが、こうして離れてみると、それは蛍光灯のあかりと蝋燭の明かりの差のようで、ほんのり暖かかった。

*:.。.☆.。.:*


ランタンを作り終り、散らかったゴミを片付けると、手持ちぶさたになったのか、コンロの前に立ちクリームシチューを煮込んでいた文弥を、後ろから正志がのぞき込んできた。

「サラダも仕上がったし、もう少しで出来るからな」

振り向かずにそう言うと、

「センセよお・・・・・飯、後にしようぜ」

ほら、きた・・・・

いつものことだが、文弥の髪や肩のあたりを指先で弄ぶように弄り出す。

本人が意識してしているわけでは無いのだろうが、かまって欲しい正志の合図なのだ。

「ほっとくと焦げ付くだろう、ほら、そこに座ってろ、すぐ食えるから」

紆余曲折したあげく、恋人同士になったふたりだが、ふたりっきりになるとすぐベッドへ行きたがる正志と違って、文弥には若干今も行為自体に抵抗が残る。

「火消して、後で暖めればいいじゃんか、な?
それぐらいなら俺出来るし、センセはなんもしなくていいからさぁ」

甘えるように、正志は文弥の肩に頭を凭せ掛ける。

「なぁ〜、あっち、いこうぜ」

「お前は、することしか考えられないのか?」

「だって、好きだもんよ。したいじゃん?センセ、やなのかよ?」

甘えた口ぶりに、拗ねた色を載せる。

「嫌だって言っても、する癖に・・・・」

「だって、本気で嫌がってねぇだろ?それに、そのエプロン付けてっと新妻みたいでかわいいし」

付けてると可愛いと言いながら、いそいそとエプロンの後ろのひもを解きに掛かるのは何故なのか・・・・

「お前の『?』は、毎回何のために付くんだ?
質問ってのは返事を訊いて考慮するもんだぞ。
だいたい考慮する気がないなら・・訊くなよな・・・・」

言いたいことを全て言い切れたのかどうか、正志の伸ばした手が、IHヒーターのスイッチを切り、くるりと文弥の立ち位置をずらすと、覆い被さってきた唇が言葉を遮る。

初めて口づけた頃は、少年特有の柔らかな唇だと感じたのに、ここの所の正志の貪るような口づけはしっかり雄の香りがする。

正志が大人の男に近づけば近づくほど、数少ないとは言え、極ノーマルな女性経験がある文弥にとって、受け入れる側に立たなければならない正志との交わりは、やはり精神的にも肉体的にもまだ少し辛い。

背徳感と共に、罪悪感のようなものもある。
正志の激情を、受け入れてしまってよかったのかどうか。

自分自身のこともそうだが、正志にとってこんな関係がいいことなのかどうか、とても不安なのだ。

折角、色んな人と知り合える場所に出てきたのに。正志にはこれから広がる可能性が山ほどあるはずだ。

たまたま、小さな町でふっと物珍しくやって来た文弥に心惹かれただけなのだから、もっと大きく視野を広げて、もっと正志に相応しい誰かを見つけるべきではないのだろうかと。

現に、何処にいても独特の魅力を持つ正志は煌びやかなものに慣れた都会の人々の目さえ、惹きつけて止まないのだから。

「なあ、センセも俺が好きだろ?なぁ・・・」

そんな文弥の不安を敏感に感じているのか、肌を合わせながら、何度も確かめるように、正志は訊く。

繰り返される愛撫の中で、繰り返される正志の言葉はまるで呪文のように、翻弄される文弥の意識の中に流れ込んでくる。

「好きなんだ」「俺が惚れたのはセンセだけだぞ」と

そのうち、正志の言葉と行為に体中が満たされていくと、ああ、僕もやっぱり正志が、正志だけがきっと好きなんだと・・・・・文弥の思考が変化していく。

思わされているのか、思っているのか分からなくなる。

ただ、不安や後悔があるのは確かだが、一つだけとても確かなものが、文弥の中にもあった。

正志を失いたくないと思う強い思い。

一年離れて暮らした正志が追いかけてやって来てくれたとき、もう二度と、このプライドが高く傲慢で不遜な態度を取りはするものの、心根の優しい一途な少年を失いたくないと思った気持ちは紛れもない文弥の本心だった。

*:.。.☆.。.:*

 

柔らかなベッドの中から、開け放たれたドアの向こう側、リビングにあるカボチャから零れて来る蝋燭の光を文弥はボンヤリと見つめていた。

19と言う年齢のせいか、元々もっている強さのせいなのか、一旦ベッドに入ると空恐ろしいほど、正志は毎回文弥の体力を消耗させる。

正志の使っている浴室から水音が聞こえる。

僕も、シャワー浴びなきゃ・・・・でもだるいな。

心地よい気怠さが躯に残る。

それでもずっとベッドに居るわけにもいかず、ごそごそと寝返りを打ちながらベッドの脇に脱ぎ散らした衣服に文弥は手を伸ばした。

そういえばと、シャツを掴んだままの手が止まる。

僕の彼女は、行為の後、なんの疲れも見せず、さっさと服を着てたような気がするけど・・・・・・・

そうか、だから遠距離になったとたんに、振られたのか。

さほど自尊心の高い文弥ではないが、正志と自分自身を比べてみると、明らかに自分は男としてあまり女性を喜ばすことが出来ていなかったのかと、打ちのめされていた。

そんな文弥の気持ちなど知りもせず、戻っておいでと言えば、喜び勇んでもう一度ベッドの中へ飛び込んで来そうなぐらい元気な正志は、シャワーを終え、すっきりした顔で、いそいそとダイニングテーブルの上に文弥が作ったシチューやサラダを並べていた。


「お前さ、なんでこれ、ジャック・オ・ランタン」っていうか知ってるか?」

ようやく身支度を整え、テーブルに着いた文弥がランタンを指さして訊いた。

「ん?しらねーよ。だいたい、そんな洒落た名前ついてるんだ?ただ、単にカボチャのオバケ提灯だと思ってたし、俺」

物憂げにスプーンでお皿をつついている文弥とは正反対に、食欲旺盛な正志は、籠に盛ったバケットを一つ取り出し、半分に千切ると、子供みたいにシチューに付けながら頬張った。

「なんでも、悪いことばっかりした男が死んだときに、死者の門へ着いたんだが、そこで門番にさ、口八丁で騙して生き返ったけど生き返った後も反省はしなくて。
その後死んだとき『お前はもはや天国へ行くことも、地獄へ行くこともまかりならん』って言われて、地獄の業火の中から石炭を一つもらって、彷徨い歩いてる男の話から来てるんだそうだ」

「地獄の門番を言いくるめるなんてたいしたもんだな、そいつ」

笑う正志に、

「今、ふっとこの話思い出したんだけど。
お前なら絶対門番を言いくるめられそうだよなぁ」

なんせ、お前に言われたら、結局、そうかもっておもっちゃうし。

「そうだなぁ、もし、俺がセンセ残して、ぽっくり逝っちまったら、門番の奴を言いくるめてでも戻ってくるだろな」

「ふ、文弥1人にしておけないじゃんか」と、照れたように言うと、正志は叉パンを口にほりこんだ。

2人で歩む先が天国か地獄か・・・・

まあ、正志がいれば大丈夫かも知れない。

どっちにも行けずに彷徨うのも、2人で彷徨うならそれもまたいいかもなと文弥は思った。

仲むつまじく、クリームシチューを食べる2人を『Jack-o'-Lantern』の光が柔らかく照らす。

正志の削ったギザギザの口が、ほんの少し笑みを深くしたように見えたのは、錯覚だったのか、それともハロウィンの精霊の悪戯だったのか。

揺らめく蝋燭の光に照らされ、秋の夜は静かに静かに帳を降ろす。

END