Crystals of snow story

胸には赤いリボンの薔薇

 

「あ〜〜、うっかり、英語の予習するのわすれちゃったぁ
困ったなぁ・・・・・僕、今日、たぶん当てられる日なんだよね」

英語の垣田先生は、律儀に出席番号順に生徒を当てていく、昨日は浜田君で終わったから、多分、今日の3人目で僕の番のはずなんだ。

本当は、うっかりって言うより、英語が大の苦手な僕は夕べ予習しようとはしたものの、分けわかんなくて、投げ出したって、わけ。

でも、ほら、僕の小さな呟きを聞きつけた数人の同級生がわらわらと寄ってきて、ノートやら、書き込みをした教科書を差し出してくれる。

ふふ。みんなありがとうね。



回りに集まってきたのも教室の中にいるのも、全部むさ苦しい男子生徒ばかり。

なんせ、ここは中高一貫の男子校、櫻綾学院高等部。

小学部までは男女一緒なんだけど、中学からは男子と女子が別れるんだ。

そのせいなのか、なんなのか・・・・
僕みたいに可愛い男子生徒はみんなから、ちやほやされるって、わけ。
もちろん、クラス全員にちやほやされるわけじゃないけどね。
一部の生徒を除いては、先生方も、なんでだか、僕たちには優しいんだ。

まるで、どこの集団でも必ず標的を見つけようとする、スケ−プゴ−トとの逆さま版みたいに、ある一定の条件のなかで、愛でるものを見つけようとするのも、人間の性なのかもしれないね。

櫻綾には、そういったアイドル的な存在が僕を含めて数名存在してるんだ。

まぁ、僕のようにその特権を甘受して、学生生活をエンジョイしているものもいれば、闇雲にかわいがられるのをいやがる人もいるし、一学年上の乙羽鈴矢先輩のように、表面上はバリケ−ドを全く感じさせないようにしながらも、鋼鉄の鎧を身に纏って、誰一人付け入る隙のない人もいるんだけどね・・・・

まぁ、あの人の場合、すでに契約済みだから、仕方ないんだけどね。

「わぁ。写させてもらっていいの?ありがとう」

僕が、晴れやかな笑顔を向けると、みんなの反応はさまざまだ。

嬉しそうにはしゃぐ奴。

照れくさそうに笑う奴。

大したことじゃないと、カッコつける奴。

ほんとうは、自分も側に来たかったのに、これずに、席で固まってる奴。

あとは、全く関心が無いとでも言わんばかりに、無視してる奴・・・・・・


遠く離れた教室の一番前で、黒板の横にあるコルクボ−ドから不要になったプリントを剥がしている紺色の背中に僕の視線はほんの少しの間、留まる。

窓の外から差し込んで来ている一条の光が彼が筋張った指先で丁寧に外していく押しピンにキラリと跳ね返って、教室の天井に不思議な模様を踊らせてた。

いつも、僕がらみの教室の空騒ぎには無関心を装ってる彼の名前は伊集院剛(たける)。

彼は中学からの編入組、いわゆる学年でもトップの成績の持ち主で、たいてい何らかの委員を先生から仰せつかっている優等生なんだ。

彼とは中学の3年間に引き続き、4年間、同じクラスなんだけど、ほとんど話をしたことがない。
誰とも話さないってわけじゃなくて、僕とは接触を持ちたくない・・・ってかんじかな。

中学二年の時のマラソン大会を除いては・・・・・・ね。

ああでも、あのときも、話らしい話はしなかったっけ・・・・
具合の悪くなった僕を保健室まで背負って行ってくれた伊集院は、それまで見たことの無いほど優しい目をして、僕に、気分はもうだいじょうぶかい?って聞いてくれたんだ。

でも。
伊集院が僕に優しかったのはそれ一回きりだった・・・・・
その後は、前と同じくらい、ううん、もっと、僕を無視してる。
それ以来、僕はどうしてか伊集院の姿を目の端で追っちゃうんだ。

彼から見れば、この閉鎖された空間でアイドル扱いに甘んじている僕なんて、凄く滑稽に見えるんだろうなって、わかってるのに・・・・・・・・・

僕はもう一度、あのときのように、彼に優しい目で、見つめて欲しいとおもってる。

もう一度だけ、見つめて欲しいって・・・・・

そんな気持ちが、恋なんだって、気づいたのはほかでもないこの日。

バレタインディ当日の朝のことだった。

毎年恒例のこの行事。
男子校とはいえ、水面下ではチョコが飛び交うのが常だった。
登校途中に近くの橘女子の子にチョコを貰ったりするほかに、そっと同級生や下級生が鞄の中や靴箱に秘めた想いを忍ばせたりするんだ。

普段は女の子扱いされている僕のところにも、毎年いくつかはやってくる。
ほんとは、自分が貰いたいんだとはおもうんだけどね。

今年も、登校途中にいくつか笑顔で受け取って、教室に入ると僕が来るのを待っていた数人の取り巻きに囲まれて、我先にとまたしてもチョコを渡された。

ところが、いただきものも上の空のまま、囲まれた塀のような身体越しに、僕の胸がきゅんっと激しく締め付けられた。

だって、いつもは堂々とした態度の伊集院が、誰かが見てやしないかと、回りに目を配りながら、机の中からサッと取りだしたチョコの包みをそっと鞄にしまっている姿が目に飛び込んで来たんだもん。

誰に貰ったの?

ねぇ、それ、どうしたんだよ・・・・・・

喉元までせり上がってきた固まりを無理矢理僕は飲み下した。

イヤだと思ったんだ。

伊集院が誰かにチョコを貰うなんて・・・・・
誰かが伊集院のことが好きだなんて・・・・・
とっても、イヤだって思ったんだ。

そのとき、初めて自覚した。

伊集院にもう一度微笑んで欲しいって思うのは僕が伊集院のことが好きだってことなんだって・・・・

結局その日は、休み時間になると、みんなが貰ったチョコの数を自慢したり、渡したいけどまだ渡せずに持ってるんだなんてことを、話してた。

そんな話を聞いていると、僕はますます不安になってくる。
だって、もしかしたら、あれは誰かに貰ったチョコじゃなくて・・・・
渡しそびれたチョコなのかもしれないって。

ううん。
まだ今日は終わってないんだ。
もしかしたら、今から渡しにいくのかも。

なんか、さっきから、伊集院、鞄の中に手を入れたり出したりして落ちつきないし。

ど、どうしよう・・・・・・・・・・

僕の心臓はまたしてもギュ−−と目に見えない何かに押しつぶされる。

そ、そうだ!
僕から、告白すればいいんだ。
伊集院が誰かに告白する前に僕とつき合ってくださいって。
そしたら、もしかしたら・・・・・伊集院の気だってかわるかもしんない。

僕は思わず、教室中を見回して、残りの同級生の可愛いどころを脳裏に浮かべる。

うん、大丈夫。

だって、僕がいちばん可愛いもん。

そうだよ。
いま伊集院がチョコを渡そうとしてるんだったら、相手は櫻綾の生徒なんだから、僕より可愛い生徒なんて、そうそういやしないんだから。

普段は僕のことなんか知らんぷりしてるけど、僕に告白されてクラッとこないはずはないよね。

伊集院が誰かにチョコを渡す前に、僕がチョコを伊集院に渡せばいいんだ!!

なぁんだ、簡単なことじゃないか。

名案に朝から落ち込んでいたい気持ちが一気に晴れた。

ん・・・・・でも何か僕、大事なこと忘れてるような気が・・・・

ま、いいかぁ。

なんとなく、心に疑問はのこったけど、僕はそのまま伊集院の行動を見守った。

あ、伊集院がどっかに行っちゃう!
早く行かなきゃ。

昼休み、食事を終えた伊集院が教室から出ていくのを見つけた僕は、ガバッと席を立って、慌てて戸口へと向かう。

「あれ、茜ちゃんどこいくんだい?」

「え・・・えっと、えっと、お手洗い!!」

教室の出口で取り巻きクンたちに囲まれそうになって、僕は慌ててついてこれない場所を叫んで廊下に走り出た。
早くしないと、見失っちゃう。

小走りで、追いかけた伊集院は、3階へと続く、階段を上っていく。

階段を上るってことは、え?上級生?
伊集院年上が好きなの?

そのまま階段を駆け上がって、廊下に出ると、伊集院は2年生の一団と談笑してた。

その中には例の乙羽先輩もいたんだけど、どうやら、卒業式の運営委員の打ち合わせかなんかみたいで、櫻綾の有名どころが一斉に集まってた。

チョコを渡すって、雰囲気じゃないから大丈夫だけど・・・・
まさか、伊集院、チョコを渡したい相手って・・・・・乙羽先輩じゃないよね?

ふううん・・・・僕には素っ気ないくせに、乙羽先輩にはそんな風に笑うんだ。

2年生の、それも、櫻綾を仕切っているような一団の中で、威風堂々としている、伊集院はとっても格好いいけど、なんだかとても憎らしく思えた。

「あれ?柳葉、伊集院になにか用か?」

僕の姿に目を留めた、伊本先輩が、そういうと、伊集院の顔がサッと強ばったような気がした。

「あ・・・・はい。すみません。ちょ・・・・ちょっと・・・伊集院に・・その・・」

「悪い、柳葉、後にしてくれないか?俺はまだ」

「行ってあげていいよ、伊集院君。もうだいたい話は纏まったからね。あとでこの進行表を清書したらプリントアウトして、君の教室に届けるから」

断りかけた伊集院のことばを乙羽先輩が遮ると、渋々頭を下げて、

「すみません。じゃぁあとはよろしくお願いします」

伊集院は僕の方へとやって来た。

僕の言うことは何にも聞いてくれないくせに・・・・・
先輩の一言には素直に従うんだ・・・・・

「用事って、なにか問題でも?」

伊集院がぼそっと僕に尋ねた。

「えっと、あの・・・・ここじゃ、ちょっと・・」

いくら何でも廊下で告白はできないよ。

まして、僕、告白されたことは星の数ほどあるけど、告白したことなんかないんだから。

「ああ、じゃ、ここ、入って」

伊集院は何でもないことのように、スタスタとはずれの空き教室に入っていく。

中にはいると寄せられた机の上には、レポート用紙が置いてあって、たぶん、ここで、伊集院たち卒業式運営委員が放課後とかに集まって作業をしてるんだろう。

「で?なに?」

もう一度、伊集院は僕に尋ねた。

勢いに任せてここまで来ちゃったけど・・・・・
そ、そうだ、チョコを渡すんだった!

チョコを・・・・え・・?チョコ?

うわぁ〜〜僕、伊集院に渡すチョコなんか持ってないって!

「柳葉?」

一人で青くなったり赤くなったりしてる、僕の顔を、伊集院は怪訝そうにのぞき込むと、ちょっとまっててくれと言い残して、僕を空き教室に置いていってしまった。

どうしよう・・・・・
まさか、今日貰ったチョコの中からどれかを流用するってわけにはいかないよね?

ああ、もう、こんなことならちゃんと用意してくればよかったよ。

チョコじゃなくても、告白代わりになんか渡すものないかな。
えっと。えっと・・・・・・・

あ・・・コレだぁ!!!

教室の隅で、色紙や紙テープが積んである箱と一緒に、僕は卒業式で卒業生が胸に付ける赤いリボンの薔薇のブローチがぎっしり詰まった箱を見つけたんだ。

「わるい、待たせたね」

その中から一個薔薇をつまみ出して、制服のブレザーの胸ポケットの上に付け終わったとき、伊集院が戻ってきた。

くるっと扉の方に振り返ると同時に僕は思い切って告白したんだ。

そう、一世一代、生まれて初めての告白。

「受け取って!」

え・・・・?

今そういったのは、僕・・・・だよね?

でも・・・・・でも・・・・・目の前にあるのは、なに?

「柳葉・・・・受け取ってくれないか?」

もう一度、落ち着いた伊集院の深みのある声が言った。

「僕に?」

「ああ、たくさん貰ってるだろうから、渡すのはやめようかとおもっていたんだが、折角、柳葉と話す機会ができたんだから、渡すだけ渡しておこうかと・・・・・」

「僕に、くれるの?その、チョコ・・・・・僕に?」

2年前の笑みそのままに、伊集院は少し照れくさそうに笑ったんだ。

「それより、柳葉は俺になにを受けとれって?先生から何か言づてでも預かってきてるのか?」

見当違いのことを言ってる伊集院の胸に、僕はぱっと飛び込んで叫んだ。

「胸のリボンが見えないの?僕を受け取ってって言ったんだよ」

セント・バレンタインズ・デイ。

大好きな誰かに愛を告白する日。

*END*

こちらも過去バレンタインに登録頂いたお客様に限定でお送りした作品です。

茜ちゃんは、研鈴番外の「晴れた日には新しい靴を履いて」にも、ちょこっと出てきていますが、お分かりになりましたか?

こうなるともう、櫻綾学院シリーズですよね(笑)

さて、取りあえずNOVELに並べましたけど、目次の整理しないとですね・・・・・・・悩んじゃいます。