Crystals of snow story

*櫻の園*

80000キリ番記念ショート

それは見たこともないほど、綺麗な光景だった。

降りしきる櫻の花びら、その中に一対の男女。

まるで作り物の精巧な人形のような少年と、可憐な櫻の精のような美少女。

中等部からの編入はかなりの難関だと言われている櫻綾(おうりょう)学院は幼稚舎からエスカレーター式で上がってくる生徒が大半の由緒正しき学院なんだ。

競争率50倍とも70倍とも言われる難関を突破して、ようやく入学した、その櫻綾学院、中等部の入学式で僕はその類い希なる美しいカップルを見た。

一枚の絵画のように収まっているかの二人のシルエットは僕の幼い胸に生まれて始めての甘い疼きをもたらした。

若干15名ほどの外部組は彼らの姿に浮き足立っているのに、エスカレーター組の生徒達は当たり前のように彼らと挨拶を交わしている。

まぁ、いくら綺麗だとは言っても、小学生の時から一緒じゃ、見とれるって事もないわけで・・・・・・・・

受験の日に知り合った、伊本潤(いもとまさる)は硬派なきりりとした顔立ちを綻ばせて、

「はぁ・・・・・綺麗だね。あの子たち・・・・・・・・・それにしても小柄な方の子はとても男子だとは思えないね」

と、嘆息した。

「え・・・・・・・?ええ?あれ、お・・・・男ぉ???」

大きな声で聞き返した僕は、今更ながら自分の逆上せっぷりに呆れてしまう。

櫻綾は中等部から男女別になっていて、ここはれっきとした男子校で、彼らはちゃんとチュニックの詰め襟という男子生徒用の制服を身につけているのだ。

いくら可憐な風貌をしていたとしても、彼は紛れもなく少年なんだ。

そんなことに今まで気が付かないほど、僕は彼らに見とれていた。

美しい絵のような二人に・・・・・・・

ジェラシーと言う名の痛みを伴って。

いや、僕が魂まで持っていかれそうなほど、捕らわれていたのは美少女に見まがう彼ではなく、その傍らに立つ美神にだったのだけれど・・・・・

彼の名前は浅野史郎。

やっと、ここまで僕はこれた。

彼の(かたわら)に。

この櫻綾に・・・・・・・・・

人並みな頭の構造しか持たない僕にとって、今回の中学受験は暴挙に等しいほど大変な事だったのだ。

この一年間・・・まさに寝るまも惜しんで、机にかじり付いてきた。

すべては彼の傍に少しでも近づくために。

僕たちはとても長い間、お互いをずっと、意識してきた。

僕は彼に、彼は僕に嫉妬し、憎み・・・・・・・・・そして憧れていた。

月に一度僕たちは同じ食卓を囲み、僕たちはお互いを牽制しながら成長を続けてきたのだ。

同じ時間、同じ空間を僕たちは共有し、僕たちだけの言葉で僕たちは誰にも聞こえない会話を続けて来たはずなのに・・・・・・・・・・

なのに、一年前の春。史郎はいつもの会食時に宣言したんだ。

「お父さん、もうこんな茶番はやめましょう。
僕も孝太郎も来年には中学生になります。
世の中のことや男女のことが分からない年じゃない。
おばさんだって、僕の顔を見るたびに、壊してしまった家庭に罪悪感を覚えてるはずだ。まして僕はあなた方が不幸にしてしまった、母にそっくりなんだから。
ああ、お父さん、そんなに困ったような顔をしないで。
何か事務的な要件が有れば会社の方に連絡を入れますよ」

それだけ言うと、史郎は何事もなかったかのように、食事を再開し、蒼い顔で固まっているママに今日のシチューはとても美味しいですねと笑い掛けた。

「史郎!!!ちょっと、まって!どういうこと?」

父さんが車をガレージから出す間に僕は玄関で靴を履いている史郎を捕まえた。

ママのまえで言い争いはしたくなかった。だって、お皿を片づけているママの肩が小刻みに震えていたのを見ちゃったのだから。

「悪かったな、孝太郎」

跪いてる僕の頭をひとなでして史郎は再び靴ひもを結ぶ。

「もう来ないって・・・・・なんで・・・・」

涙が出そうだった・・・・・・・

「もう、これ以上は無理なんだよ・・・・・・・・あの人が壊れちまうんだ」

史郎は悲しそうに笑った。

あの人・・・・・・僕とママがお父さんを奪ってしまった、史郎の美しいお母さん。

「大人になったら、また会おうな、孝太郎」

返す言葉がなくて黙り込んでしまった僕に、いつも辛辣な史郎が、真摯な表情を向けた。

「史郎・・・・・・ぼく・・」

涙で史郎の顔がぼやけだす・・・・・・・・・

「バカ、泣くな・・・・・・・・」

滲んだ視界で史郎のブラウンの髪がゆれた。さらりと、僕の頬にかかる。

さらりと・・・・・・・・・・くちびるに暖かいものもふれた。




「そろそろ、体育館に移動だって、いこうか」

伊本くんに促されて、僕は、史郎達がたむろしている櫻並木の方へと近づいていく。

一歩進むごとに僕の動悸がドキドキと高まっていくのが分かる。

僕が受験することは知らなかったはずだ。まして僕がここに入れるなんて史郎は夢にも思ってやしないだろう。

僕を見て、史郎はどんな顔をするだろう。

良く来たなと言ってくれるだろうか・・・・・・・

ひとり想像に耽っている僕の背後から、突然、

「おーーい、鈴!わりい、待たせたな!!」

元気な声が、史郎と美少年にかけられた。かの美少年は「鈴」っていうんだ・・・・なんとも似合いの可愛い名前。

思わず、伊本くんと一緒に振り返った少年はこれまた、二枚目予備軍って感じのさわやかな少年だった。

なんだよ・・・・史郎の廻りってこんなのばっかり?

何となく嫌な気分で前に向き直ると、並木の傍にいたはずの史郎が目の前に突っ立って、僕を見下ろしていた。

・・・・・・・・去年までは背なんか2CMと変わらなかったはずなのに。目の前の史郎は頭半分僕より背が高くなっていた。

「やぁ、げ、げんき?」

前よりもシャ−プさに磨きのかかった史郎の顔は、なんだか、怒ってるみたいに強張ってて。さっきまでの浮かれた気分は花びらといっしょに一斉に散り始めた。

「何してるんだ」

声が・・・・違う。お父さんによく似た深みのある声に変わってる。

「なにっ・・・・て、櫻綾に入ったんだ僕・・・・・」

迷惑だと言われるのが恐くて、僕は唇を噛みしめた。

「入ったって・・・・・・・ここの外部からの競争率はすごいんだぞ。
バカだな・・・・・孝太郎は・・・・」

フッと、息をはくように史郎が呟いた。

「だ・・・だって」

バカだもん、僕。そーだよ、知ってるよ!バカだからメッチャここに外部入学するの大変だったんだから!

「大人になるまでなんて、待てないもん。待てなかったんだもん!」

キッと睨み上げたら、あの日と同じ真摯な瞳が僕を捉えた。

目と目が逢うと、史郎のブラウンの瞳が優しく揺れた。

「そっか・・・・・。ほら来いよ、俺の連れ紹介するからさ」

「え・・・あ、じゃぁ、僕も」

ちょっと離れた所から傍観している伊本くんに向き直ったのに、史郎は僕の手をしっかりと握って、さっきまで立っていた並木の方に引きずっていく。

櫻の木の下では、さっきよりずっと、ずっと絵になっている二人が仲むつまじく桜色に染まっているフレームの中に佇んでいた。

今日は櫻綾学院、中等部の入学式。

僕らの学舎(まなびや)は、櫻の園。

                    ★END★

 

80000のキリリクで憂里さまより「史郎と孝太郎」のお話をと言っていただけたので、この二人の関係を暴露させて頂きました〈笑〉

以前の次回作アンケートでも、この二人のお話を上げたように、この二人が主人公になる本編の計画はすでにあるんですが、いかんせん書きたいものばかりが山になっていて、一つずつ片づけていかないとどーにもこーにもならない状態なのです〈苦笑〉

キリはサクサクショートで、を実行していたら、予告編ばかりになる懸念もでてきてしまったんですけど・・・・

はぁ・・・サクサク書くので許してね(^^;)

さて、ここで問題です。

この二人は腹違いの兄弟か否か?○×で答えてみてね。

正解者には・・・・・・氷川の熱いキスを(*^_^*)え?いらない??そーよね、私もいらないけど〈爆〉