Crystals of snow story

*10年分のチョコレート*

2001バレンタイン企画

「東森さん!」

案の定、電車から吐き出された瞬間に声をかけられた。

振り返ると、4つむこうの駅にある、橘女子の女の子達だ。
髪を長く延ばした少女が紙袋を、ついっと研クンの前に差し出して、頭を垂れた。

「う、受け取ってください!」

研くんの手がそっと、紙袋に伸びる。

よかった・・・・先に渡しておいて。

僕は研君に悟られないようにホッと安堵のため息をもらす。

心が揺るがないことを知っていても、想いとは常に不安で不確かなものにすぎない。
ずっと、ずっと、10年という長い歳月をかけて研くんはその確かな想いを僕に浸透させてきたからと言って、それがこれからも永遠に続くなんて保証は何処にも有りはしない。

だから、たとえ恋人同士になったとしても、少しでも、自信に繋がるものをみな求めてやまないんだと思う。

「ごめん。俺、受け取れないんだ」

思いがけない返事が僕の耳に飛び込んできた。

渡しかけた袋を、やんわりと押し返された少女もその子の友人も驚いたように目を見開いている。

彼女たちが驚くのも無理はない、そういったものは一切受け取らない僕と違って〈それでも郵便や靴箱には勝手に入ってはいるけれど〉今まで研クンはこういう公の場所で、拒絶すると言うことをしたことなんかなかったからだ。

そのまま、すたすたと駅の自動改札を通り抜け、なんにもなかったような顔で歩いている研クンの肘を僕は引いた。

「ねぇ?どうしたの?いままで、ちゃん受け取って上げてたじゃない?なんか、可哀想だったよ、あのこ」

僕がそう言うと研くんは不思議そうに僕を見下ろした。

「お前いつだって、断ってるじゃん?」

・・・・・う・・・・・、そうだけど。。。

「俺に受け取って欲しいわけ?」

「そ、そう言うんじゃないけど」

「俺さぁ。お前のこと、きっついなぁって思ってた」

「え?」

「断るにしろ、なんにしろ、受け取ってやるくらいすればいいのにっておもってたよ。
片思いって、辛いんだぜ。
だからさ、その上、必死の形相でプレゼントや手紙を渡すことさえ、拒否されてうなだれて消沈する奴らをみてっと、まじで可哀想で・・・・
鈴って、本当はすげぇ冷てぇやつなんじゃないかって思ってたよ」

「だって・・・だって、受け取って上げる方が!」

「うん。そうなんだよな。その気もねぇのに気を持たせる方がずっと残酷なんだって、俺も、気がついたんだ。
本命がいないなら複数の想いをうけてもいいかもしんない、だって1%でも望みあんだもんな。
だけど、俺、鈴を手放す気なんか200%ないもん、だから鈴以外のチョコ、受け取ったりしちゃいけねぇんだ」

あっさりと最大級の告白をしたことに気づいているのかいないのか、研クンは200じゃたんないな、1000にしとくかなんて呟きながらふふっと楽しそうに微笑んでいる。

「それより、まだちょっと時間有るよな?」

返す言葉もなく真っ赤になって俯いてしまった僕を、研くんは下足箱に向かう生徒達の群とは反対方向に引っ張っていく。

クラスメート達が次々に僕たちに向かっておはようと声をかけてくれる。

研クンは全くいつもと変わらぬ様子で、挨拶を交わし、冗談すら飛ばしている。

僕はまだドキドキしているって言うのに・・・・・・・・・・

研クンに連れられて着いた先は体育館の裏手。
昼休みにはちょっと悪い子たちがたむろしていたりするその場所は早朝の所為か誰一人いなかった。

「鈴・・・・・・・・これ」

研クンが鞄の中から取りだしたのは、僕の渡した物とは違うけど明らかにチョコレートと分かるしろものだった。

びっくりして、しばらく研くんの手中をじっと見つめてから、ゆっくりと瞬きをした。
何度瞬きをしてもやっぱりそれはそこにある。

「チョコ・・・・・くれるの?」

研くんは返事の変わりに、照れくさそうな笑みを返す。

「ありがとう・・・・・」

そっと受け取ると、

「10年分・・・・・・・・にしてはちっこいけどな。買ってきた奴だし」

受け取った腕ごと、引き寄せられて抱きしめられた。

ゆっくりと、唇が重なる。

チョコレートよりも甘い、研くんの唇が・・・・・・・

10年分のそのチョコレートはなんだか、ちょっぴりほろしょっぱい味がした。
嬉し涙というスパイスが10年分詰まっていたから・・・・・



「なぁ、鈴。あれ、覚えてるか?」

すでに予鈴は鳴り終わっているのに、真っ赤になった目と鼻では戻れないやと、体育館の壁にもたれていると、研くんが訊いてきた。

「なにを?」

「ほ、ほれ、お前言ったじゃん。好きな奴にチョコやったら、ホワイトデーにいいもん貰えるんだって」

「うん。研くん毎年いろんなもの僕に買ってくれてるよね」

「いや・・・だから・・・そぉのぅ・・・」

研くんの目が急に泳ぎだして、さっきキスしたときより頬が赤いような気がする・・・・・・

「あのさぁ・・・・結局、俺達、引退試合負けちまって・・・・・うやむやになっちまってただろ?」

ああ、なんだ、あのことね。

ほんのちょっぴりあの日の苦い思いが僕の胸に走る。

うふふと誤魔化すように僕が笑ったら、今度こそ傍目にも分かるほど真っ赤になった。

「わ、笑うなよ!俺あんときすっげぇショックだったんだぜ!!」

「僕が悪い訳じゃないでしょ?賭けに負けたのは研くんだよ」

僕の方がきっと何倍もショックだったよ研くん、わかっていながら僕はわざととぼけてみせる。

だからね、今はそっとしておくんだ。

僕たちの気持ちがちゃんと恋人同士として寄り添うその日まで・・・・・・

「だ・・・だから・・・鈴ぅ・・・・・な?」

あんまり研くんが可愛くて、僕はツイッと伸びをすると、赤い頬にチュッと音を立て口づけた。

「お返しはゆっくり考えとくね。
そろそろ、行こうよ。本鈴がなるよ」

「鈴ぅ〜・・・・・・・・」

情けない声を出しながらも僕の後ろからちゃんと研クくんはついて来てくれる。

10年前と同じように。

そしてきっと10年後も同じように・・・・・・・・・

〈END〉



ショートで、ちょこっと企画物・・・・・・・・のつもりだったのに〈笑〉

結局は中編ぐらいの長さになってしまいました。。。

幼い研くん達を楽しんでいただけたでしょうか?

おまけについては完璧にネタバレというか本編を最後まで読んで頂ければ、ああそう言うことかと分かって頂けると思います。

まだ本編はしばらく続きますので、研&鈴の二人を見守ってやってくださいね。。。