Crystals of snow story

鈴ちゃんの気持ち

[もう一度だけ、ささやいて]番外編の番外〈笑〉

「じゃな、鈴、おやすみ」

「研くん・・・・・・」

いつもの儀式を終え、さっさと帰ろうとした研くんを僕は呼び止めた。

目の前にいる幼なじみの研くんは僕にとってただの幼なじみなんかじゃないし、研くんだって僕のこと憎からず思ってくれているはずなんだけど・・・・・

どういうわけか、ちっとも、僕たちの間は進展しないんだ。

こうして、毎日、口先だけの愛のささやき受け続けて、もうすぐ一年が経とうとしている、中二の四月。桜も終わり、赤や白のツツジがちらほらと咲き始めたころ。
僕の家の前庭に植えてある背の高い花みずきが塀を越えて真っ白な花弁を覗かせていた。

「ん?俺なんかお前の荷物、預かてったっけ?」

ほら、また、そんな見当違いな事を言い出す。ほんとに、研くんって鈍感。

僕は勇気を振り絞って、ここ、二、三日何度も反芻していた言葉を口にした。

「ううん。あのね・・・・・・研くん、今日、泊まっていかない?」

ああ、いっちゃった。

「なんだよ・・・・・急に」

胸がドキドキ言ってうるさいくらい。

分かってる?僕のいった泊まっていかない?は、単なる泊まっていかない?じゃないんだよ?
僕たちは幼なじみでしょっちゅう今までだって泊まりっこしてるしけど、僕たちもう中二だし・・・・ほんのちょっと、先に進んでもいいよね?

キスぐらい、もうしてもいいよね?

もちろん、一気に関係を進めてしまう覚悟が出来てるわけじゃないけど・・・・・

でももし、キスだけじゃ止まらなくて、研くんがそれ以上を望むのなら、僕は・・・・・・・うわ・・・なに考えてるんだろ、僕。。。。。

キス・・・て、どんな感じなんだろう。
研くんの唇はきっと暖かくて・・・・
初キッスってやっぱり甘いのかな?
チョコみたいにとろけちゃうかも・・・・・・

あれ?折角僕が勇気を出して誘ったのに、研くん、なんだか上の空みたい。

「研くん?」

「わっ!!!!ごめん!!」

変なの、そんなにびっくりしなくてもいいのに。

「クスクス、どうして謝るの?」

「え、あ・・・あは。あっはは・・・」

研くんは、あたふたしながら、僕から後ずさった。もしかして、研くんも同じこと考えてくれたのかな・・・・そうだったらいいのに。

「どうして逃げるの?ねぇ、だめ?」

僕は大きく瞳を見開いて、甘えるように言った。

「だ、だめな事ないけど・・・・・ほら、パジャマとか去年貸して貰ったやつじゃもうちっこいし」

「大丈夫だよ。この間、ママが今度研くんが来たときようにって、新しいパジャマ買ってきてくれたんだ。ね、うちから電話すればいいでしょ?」

決心が揺らがないうちに僕は研くんの腕をさっと取ると急いで玄関に向かった。

ちょっと、強引だったけど、そうでもしないと僕たちはずっと今のスタンスで足踏みしたまんまに違いないんだもの。

「ただいま〜」

「ぼっちゃま、おかえりなさいませ。あれ、研二さんもご一緒ですか?」

お手伝いの春代さんがニコニコと研くんを迎え入れてくれる。研くんは春代さんのお気に入りなんだ。

「うん。今日研くんうちに泊まるから、春代さん、悪いけど、夕食頼むね」

「まぁまぁ、どうしましょう。研二さんは沢山召し上がってくださるから、大急ぎで支度しないと。ぼっちゃまも研二さんのせめて半分でも召し上がってくださると良いんですけどね」

どうしましょうと言いながらも楽しそうに春代さんはキッチンの方に行ってしまった。きっと、研くんの好きなものを沢山つくってくれるに違いない。

研くんはと言えば、僕の部屋で、家に電話を掛けたり、さっさとお風呂に入ったり。ご飯の時間までろくに僕と話しもしてくれない・・・・

もしかしたらいやだった?研くんは僕との関係を進めたくなんかないの?



「お、うまそーーーー」

今夜の食卓はお味噌汁に豚カツ、ポテトサラダ、鰹のたたきに茶碗蒸し、それに春らしく筍の若竹煮っていうのかな?研くんが好きそうなものが沢山並んでいた。

「ぼっちゃんの好きなイタリアンにしようかと思っていたんですけど、研二さんはこういったものの方がお好きでしょう?」

春代さんは割烹着を脱ぎながらニコニコと立っている。

「ありがとう、春代さん。俺めちゃくちゃ腹減ってきた」

イスにどかっと座って初めて、嬉しそうに春代さんに笑い掛けた。

研くんったら、さっきまで難しい顔してたくせに。

僕より、ご飯の方が好きなの?

「あとは、僕が片づけとくから、春代さんもう帰って良いよ。いつもの時間過ぎちゃってごめんね」

春代さんにあたるなんて、筋違いだけど、早く二人になりたくて、僕もさっさと研くんの向かい側に座って、頂きますと手を合わせた。

「じゃぁ、あとはお願いしますね。木原さんも今夜は帰ってこないようですから戸締まりだけはしっかりしてくださいね。
でもよかったわ、研二さんがいらしてくれて、ぼっちゃんだけだと、しんぱいで」

「もう、大丈夫だってば。じゃぁね、春代さん」

苦笑しながら、春代さんに早くと手を振った。

研くんに食べてねと微笑んだら、お休みなさいませと扉の向こうで声がして、玄関の重たいドアにがちゃりと鍵の掛かる音が、微かに聞こえた。

ああ、やっとふたりっきりになれたよ、研くん。

★★★★★

「何か飲む?研くん?」

大型の食器洗い機に二人でお皿をしまい込むと僕は研くんを見上げて聞いた。

それほどまだ身長差はないけど、至近距離から見上げるとなんだかドキドキする。

「あ・・・・・・うん。なんでも・・・・」

「ワインのもっか?」

こういうことにはムードが必要だものね。

「え、おい、だめだろそりゃ・・」

「ビデオ観ながらちょっとだけ飲もうよ。これから大人のビデオ観るんだから、ね、飲み物も・・・・」

ウインクして、キャビネットから赤ワインのフルボトルと綺麗な江戸切り子のグラスを取りだした。

パパが借りてきた、なんだか、怖い映画。

これを観てるときママが怖がってパパにしがみつくと、パパは笑いながら大丈夫だよって、わたしがいるだろうって、ママを抱きしめて、キスしてるのを僕見ちゃったんだ。

僕が怖がったら、抱きしめてくれる?

ねぇ・・・・・・キスしても良いんだよ・・・

「新しいの開けたらばれちゃうけど、これちょっと開いてるんだ。
ほら、綺麗な色でしょ」

二つのグラスの六分目あたりまでワインを注いだ。

「さて、鑑賞会しようね〜僕、これ前から観たかったんだけど、ほら、大人のビデオって、ママたちがいたら観れないでしょ?」

恐がりの僕に恐い夢見るから鈴は見ちゃダメよってママに言われたけど、大丈夫、研くんがいるから。

怖くない、僕。

スイッチを入れて、研くんを振り返ったら研くんの顔は赤らんで強張っていた。研くん、怖いの苦手だったのかな?それともふたりっきりだから?

「あれ、もうワイン飲んじゃったの?、真っ赤だよ研くん」

「え、あ、いや、うまいよな、このワイン」

「あ、そうだ、ムード作りに照明落とすね」

暗くしなきゃあとでキスされるとき恥ずかしいよね。

手元のリモコンで照明を調整する。スウゥ−−−と明かりがフェ−−ドアウトして、僕たちの廻りを薄闇が覆う。

「ビデオの再生するね」

「は、はう」

「少し、寄って良い?・・・・僕、ちょっと怖いんだ・・・・」

ビデオが明るい光を放ち、音楽がかかる。

ちょっと、怖い・・・・

ビデオよりもその先に起こることが。

そっと身体を寄せると研くんの身体がまたちょっと逞しくなっていることに気づく。

心の準備なんて出来てないけど・・・・
まだ僕たち中二だけど・・・
研くんが望むならキスより先にちょっとだけなら、いってもいいよ・・・・・・・・・

胸がドキドキして爆発しそう・・・・・

その瞬間、研くんが、ギュッと、僕の身体を強く抱きしめた。

「研くんも怖いの?」

先に進むのが怖いのは僕だけじゃない?

「へっきだよ・・・・鈴を怖がらせたりしない・・・・・」

「きゃぁ〜〜!!!!!!!!」

ビデオから女性の絹を引き裂くような悲鳴がして、僕もここぞとばかり『キャ!』と、研くんの胸に顔を押しつけた。

早く、研くん。俺がいるから怖くないよって言って、それから・・・・・・・

しばらくじっと、研くんの言葉と、降りてくるであろう柔らかな口づけを待っていたのに、いっこうにその気配はなくて、僕は上目遣いにそっと研くんを伺ってみた。

研くんは惚けたように光を放っているテレビを見つめている。

どうして???

なんで、ビデオなんか観てるの?

こ、これって・・・・・・・

もしかして、僕に魅力がないって事?

消沈しきった僕の横で研くんは再びグラスにワインを注いで飲んでいる。
それも上等なワインはさすがに良い風味がするな、なんていいながら・・・・・・。

ビデオに悲鳴が響くたびに、わざとギュッと抱きついて、

「や、怖い!怖い!!」

なんて、言いながら身体を押しつけてみてもいっこうに何かが起こる気配はなくて。

結局、二時間近くも見たくもないビデオを見ていたってわけ。

なんだか、悲しすぎ。。。

僕の独り相撲なのかな・・・・

研くんは僕のことただ単に幼友達として好きなだけで、僕一人がその先に進みたいって思ってるだけなのかも。

哀しみに打ちひしがれていたら、研くんが僕の髪に頬を愛しげに押しつけて、肩を抱く腕に力を込めた。

僕のこと、ほんとはとっても好きなんだよね?

僕の一人相撲なんかじゃないよね?

なのに、僕が誘っても分かってくれない・・・・・

もう。研くんのど・ん・か・ん。

でも、そんな研くんが、大好きだよ・・・・・

〈END〉