Crystals of snow story
*鈴ちゃんのお誘い*
[もう一度だけ、ささやいて]番外編
「じゃな、鈴、おやすみ」 「研くん・・・・・・」 いつもの儀式を終え、帰ろうとした俺を、なんだかもの言いたげに鈴は引き留めた。 俺、東森研二は目の前にいる超美少年の幼なじみ、鈴に情けないほど惚れている。 でもそんなことを気にも留めていない鈴は、俺の兄貴にぞっこんで、そっくりな声をしている俺に、毎日「愛してるよ、鈴矢」と囁かせる、とんでもないやつなんだ。 だけど・・・・・それをイヤだと言えない俺は、もっと情けないんだけどな。 こうして、毎日、愛をささやき続けて、もうすぐ一年が経とうとしている、中二の四月。桜も終わり、赤や白のツツジがちらほらと咲き始めたころ。 「ん?俺なんかお前の荷物、預かてったっけ?」 さっきの鈴の、甘い吐息で、まだドキドキしていた俺は、引き留められて、なおさら胸をバクバクさせた。 「ううん。あのね・・・・・・研くん、今日、泊まっていかない?」 「なんだよ・・・・・急に」 ドキンと胸が跳ね上がる。 分かっている、鈴の泊まっていかない?は、単なる泊まっていかない?だ。 分かっていながら、最近得たばかりの色んな知識がぐるぐると頭の中を高速回転する。 キス・・・て、どんな感じなんだろう。 「研くん?」 「わっ!!!!ごめん!!」 「クスクス、どうして謝るの?」 「え、あ・・・あは。あっはは・・・」 俺は、あらぬ妄想を見透かされたんじゃないかと、あたふたしながら、鈴から後ずさった。 「どうして逃げるの?ねぇ、だめ?」 鈴はきょとんと大きな瞳を見開いて、無意識に首を左に傾げている。 昔からの、鈴の癖だ。そんな仕草がとても可愛い。 「だ、だめな事ないけど・・・・・ほら、パジャマとか去年貸して貰ったやつじゃもうちっこいし」 「大丈夫だよ。この間、ママが今度研くんが来たときようにって、新しいパジャマ買ってきてくれたんだ。ね、うちから電話すればいいでしょ?」 まだ、動揺冷め切らない俺の腕をさっと取ると、鈴はさっさと門の中に入り、御影石で出来た前庭の歩道を玄関に向かって歩いていく。 「ただいま〜」 「ぼっちゃま、おかえりなさいませ。あれ、研二さんもご一緒ですか?」 俺たちが小さいときからおばさんだった、お手伝いの春代さんがニコニコと俺たちを迎え入れてくれる。 「うん。今日研くんうちに泊まるから、春代さん、悪いけど、夕食頼むね」 「まぁまぁ、どうしましょう。研二さんは沢山召し上がってくださるから、大急ぎで支度しないと。ぼっちゃまも研二さんのせめて半分でも召し上がってくださると良いんですけどね」 どうしましょうと言いながらも楽しそうに、春代さんはキッチンの方に行ってしまった。 俺はと言えば、鈴の部屋で、家に電話を掛けたり、鈴に勧められて風呂に入ったり。なんで、鈴が急に泊まれと言ったのかも聴けずにメシの時間になってしまった。 「お、うまそーーーー」 急な来客のはずなのに、テーブルには俺の好物がずらりと並んでいた。それもいつもなら、ナイフやフォークがずらりと並んで食べるような、堅苦しい食卓なのに、今日は味噌汁に豚カツ、ポテトサラダ、鰹のたたきに茶碗蒸し、それに春らしく筍の若竹煮なんてのがでんとテーブルに置いてあった。 「ぼっちゃんの好きなイタリアンにしようかと思っていたんですけど、研二さんはこういったものの方がお好きでしょう?」 春代さんは割烹着を脱ぎながらニコニコと立っている。 「ありがとう、春代さん。俺めちゃくちゃ腹減ってきた」 イスにどかっと座って初めて、二人分しか用意されていないことに気づく。 「あとは、僕が片づけとくから、春代さんもう帰って良いよ。いつもの時間過ぎちゃってごめんね」 鈴も、向かい側に座って、頂きますと手を合わせた。 「じゃぁ、あとはお願いしますね。木原さんも今夜は帰ってこないようですから戸締まりだけはしっかりしてくださいね。 「もう、大丈夫だってば。じゃぁね、春代さん」 苦笑しながら、春代さんに手を振った鈴は俺に食べてよね、と微笑んだ。 お、俺たちもしかして、ふたりっきり? 箸を持つ指がカタカタと震えだしたとき、お休みなさいませと扉の向こうで声がして、玄関の重たいドアにがちゃりと鍵の掛かる音が、微かに聞こえた。 ★★★★★ 食事をしながら話を聴くと、鈴の両親は一週間ほど海外に行っているらしく、住み込みで家の雑事をしている木原さんもご主人のいない今夜は親戚の家に泊まってくるらしい。 さっきの春代さんは通いのお手伝いさんで、八時になると帰ってしまうのだ。 「何か飲む?研くん?」 大型の食器洗い機に二人でお皿をしまい込むと鈴が俺を見上げて聞いた。それほどまだ身長差はないけど、至近距離から見上げられるとなんだかドキドキする。 「あ・・・・・・うん。なんでも・・・・」 「ワインのもっか?」 「え、おい、だめだろそりゃ・・」 飲めないわけじゃない、そりゃ。。。飲んだことはあるけど・・・・ 「ビデオ観ながらちょっとだけ飲もうよ。これから大人のビデオ観るんだから、ね、飲み物も・・・・」 鈴が可愛くウインクして、キャビネットから赤ワインのフルボトルと綺麗な江戸切り子だという薄水色のグラスを取りだした。 おおおお、おとなのビデオぉぉお!!!!!!! 「新しいの開けたらばれちゃうけど、これちょっと開いてるんだ。 鈴は俺の驚きなんかに気づいていないのか、二つのグラスの六分目あたりまでワインを注いだ。 なんで、そんなもん、観んだよ??? 「さて、鑑賞会しようね〜僕、これ前から観たかったんだけど、ほら、大人のビデオって、ママたちがいたら観れないでしょ?」 そ、そんな、可愛い顔して、ニコニコ、セッテング始めるなよ〜 観たくないぞ、俺!! いや、観たくないわけじゃないけど、お前と一緒に観たくなんかない!! う・・・・・・・テレビのす、スイッチが入った。 え、わ、鈴!こ、こっちくんな!!! 俺なにしでかすか、わかんねぇぞ!!!!! 絶句したままこころの中で叫んでる俺の横に、鈴はストンと腰を下ろした。 「あれ、もうワイン飲んじゃったの?、真っ赤だよ研くん」 「え、あ、いや、うまいよな、このワイン」 俺は慌てて、テーブルに置いてあるグラスを奪うと、一気に飲む干した。くぅ〜!!!!!!来る。か−−−−ッと、一気に胸が焼けた。 「あ、そうだ、ムード作りに照明落とすね」 ムードずくりぃ???? も、もしかして、鈴、これって、誘ってるのか?俺を・・・鈴・・・・・ さ、誘ってるんだよな?! 鈴の手元のリモコンで照明がスウゥ−−−とフェ−−ドアウトして、広いリビングはぼんやりした薄暗がりになった。 「ビデオの再生するね」 「は、はう」 興奮している俺の返事はなんだかまともな声になっていない。 「少し、寄って良い?・・・・僕、ちょっと怖いんだ・・・・」 ビデオが明るい光を放ち、鈴の言葉に派手な音楽がかかる。 怖い・・・・・・怖いんだな、鈴・・・・・ そっと身体を寄せてきた鈴のぬくもりに、俺はごくりと生唾を飲んだ。 お、俺だって、まさかお前が誘ってくれるなんて思ってなかったから、心の準備が・・・・ ビデオをじっと見つめている鈴の表情は硬い。 鈴だって、緊張してるんだ・・・・・ ここで俺が怯んだら・・・・・・ 俺は一大決心をして、ギュッと、鈴の身体を強く抱きしめた。 「研くんも怖いの?」 鈴が腕の中で、心細げに囁く。 「へっきだよ・・・・鈴を怖がらせたりしない・・・・・」 ゆっくりと、鈴の顔に唇を近づかせたその時、 「きゃぁ〜〜!!!!!!!!」 女性の絹を引き裂くような悲鳴がして、鈴も『キャ!』と、俺の胸に顔を押しつけた。 『きゃ〜〜ぁ!』???? 俺は、夢から覚めたような気分で、薄暗がりの中で光を放っているテレビに目をやった。 はぁあああぁぁあ? こ、これって・・・・・・・ 映っていたのは確かにR指定とか言う、大人向き、高校生以上しか観ちゃダメのスプラッタ映画だった。 俺の、高まっていた熱が急激にヒュルヒュル−−−−と萎んでいく。 腕の中にはさっきよりもっともっと俺に身体を寄せて、俺の腕の間からちょっとだけ目を覗かせた鈴が「大人のビデオ」を震えながら観ていた。 鈴ぅ、こんなもん、親と一緒に観ろよな・・・・・ 俺はなんだか泣きたくなってきた。 消沈しきった俺は開いている方の手で、グラスにワインを注ぎ、またグィッと煽る。 悲鳴が響くたびに、キュッ!と、俺に廻された腕に力が入り、 「や、怖い!怖い!!」 なんて、可愛い声を出して鈴はずっと俺にしがみついていて・・・・・・・ それも、二時間近く。 まさに拷問ってカンジ。。。 でも、ピッタリと寄せてくる鈴の身体は柔らかくて、ほんのりと暖かくていい匂いがする。 まぁ、これも役得かな・・・・・・・ 今度は遊園地のお化け屋敷にでも誘うか、なんて柔らかな鈴の髪に頬を載せたまま俺は考えていた。 〈END〉 |
いかがでしたでしょうか?
これは本編の半年ほど前のお話です。以外と鈴ちゃんはマジでお誘いをかけていたのかもしれないんですけど、そこの所はどうなんでしょうね?