Crystals of snow story

*** 四季、ゆる、ゆる ***

僕が、その子の視線に気がついたのは、春もまだ早い桜のつぼみがちらほらと綻ぶ、そんな季節だった。

毎朝、登校時に駅前ですれ違う中学生。

地元の駅のほど近くにある公立中学の、中学生。

毎朝電車に乗って通学する櫻綾の生徒は、事故防止のためにネームプレートをつけてはいないけれど〈名札をつけているとよからぬ人たちがいかにも知り合いみたいに名前を呼んで、どこかにつれて行かれることが、実際にあったそうなんだ〉、彼らはもちろん胸にその名前を記しているから最初はもう少し幼く見えた、その、かわいらしい男の子が意外にも僕たちとは2つ違いの中学3年生だって言うことも胸の赤いバッチが教えてくれていた。

柔らかな春の日差しを受けながら、毎日、毎朝、彼の視線は僕の姿をすり抜けて、僕の横にいる、研くんに注がれている。

そんなことは、今までも良くあることだったけど、彼の澄んだ瞳は特にとても綺麗で、僕はなんだかとても羨ましくなってしまう。

とっても純粋に研くんに憧れている、少年の瞳。

きっと、僕のように、愛されたいとか愛して欲しいとか、そんな邪な気持ちの混じらない純粋無垢なこころ・・・・・・・

研くんが僕に求めているのはきっと、そんな綺麗な恋心なんだと、そのころの僕は思っていたんだ。

ほんのりと、バラ色に頬を染め、僕なんかよりずっと、純情可憐なその少年は、いつも、いつも、研くんだけを夢見るように見つめている。

そして僕は、ほんの少し傷ついた心を慰めるために、研くんに微笑みかける、研くんが彼の純粋な瞳に気づきませんようにと願いながら・・・・・・・

その子の視線にばかり気を取られていたせいか、もっと真剣で情熱的なもう一つの視線の存在に僕が気づいたのはそれから随分とたったころのことだった。

毎日一緒に登校している友達同士なんて、ごく普通の朝の光景なので、みんなから『さっち』と呼ばれているその少年を、彼が愛していることに気づくのが遅くなってしまったんだ。

『たっくん』と呼ばれているほうの少年は、僕より随分背も高く、きっと私服でいれば高校生に見られるだろうなって感じで、同じように登校している、女の子たちの視線も、チラチラと、研くんとその子の間を行ったり、来たりしている。

「なんか、今日もうっとうしいなぁ・・・」

「うん。もうじき、梅雨入り宣言するんじゃない?」

曇った、空を見上げて顔を曇らせている研くんに僕がそう言うと、

「あ〜〜俺、雨嫌え〜」

「研くんは、雨が嫌いなんじゃなくって、雨降りの日に体育館でする、筋トレが嫌いなんじゃない」

クスッと笑う。

「ちぇ。それを言うなって」

僕の笑顔につられたように笑いながら、くしゃっと大きな手で髪を撫でると、少し離れた場所にいた、さっちくんが惚けたような顔で立ち止まった。

そして、その背後では、たっくん、くんが般若のように顔を顰めて僕たちを見つめていた。

おもわず、二人の表情の好対照に、プッ・・・・と吹き出したら研くんがなんだよ?と首をひねった。

「ううん、なんでも、ないよ。ほら、急ごうよ、早く電車に乗らないと雨降って来ちゃうでしょ」

僕は、まだなんにも気がついていない研くんの手をとって、足早にその場を去った。

そうだよ、急いでよ、ハンサムくん。

研くんが、さっちくんの視線に気づかないうちに・・・・・・・・

僕のためにも頑張ってね・・・・・・・・

 

その日の朝。

僕がいつもの待ち合わせ場所に着くと、時たま見かけるおなじみの嫌な光景に出くわしたんだ。

研くんが、女子高生数人にくるりと取り囲まれている。

花紺のブレザーに短いチェックのプリーツがたくさん入ったスカートは僕たちとは電車で反対方向にある、女子高校の制服だ。

まだ僕が見えていないのか、研くんったら、なんだかやけに嬉しそうに話してるじゃない?

僕は、つんっと顎をあげて、その一団体の前を無言で通り過ぎて、さっさと横断歩道を渡り始めた。

「お、おい、鈴!」

案の定、慌ててる研くんの声が後ろから聞こえたけど、立ち止まってなんかあげない。

スタスタと、歩いていくと、さっちくんたちとすれ違う。

僕にちょっと、怪訝そうな目を向けたのはたっくん、くんの方だけで、その後ろからとぼとぼと、さっちくんは、夕べ何かあったのかな、瞼を朱に染めて、うつむきながら歩いてきたんだ。

あれ・・・・どうかしたのかなぁ・・・・・と思っていると。

「待てって!」

「わっ」

「さっちっ!」

ほとんど同時に、僕の背後で三人の声が。

驚いて振り返ると、たっくん、くんに背中を支えられた、さっちくんの手を研くんが握って、体勢を整えさせている。

これって・・・・・どう見たって、研くんがぶつかって、転ばしかけちゃったんだよね?

急いで三人の方に、駆け戻ると、

「大丈夫か?さっち」

「ごめんね、君。大丈夫?怪我はない?」

背の高い二人が腰を屈めて、さっちくんに声をかけていた。

僕はため息をつきながら、くいっと、研くんの肘をひっぱる。

「ちょっとっ、研くん、何やってるんだよ」

「鈴…」

困ったように、研くんは僕を振り返るけど、もう・・・・ほんとに。

「大丈夫?痛いところない?」

研くんの前に回って、さっちくんの身体にけががないか確かめた。

うん・・・怪我はしてないみたいだ・・・・・

「ごめんね。彼、カッとなったら周りが見えない困った人だから…」

「鈴っ」

僕の後ろで、研くんが小さく叫ぶ。

「ほら、研くんも、ちゃんと謝って」

振り向きざまに、眉をしかめると、研くんも、ぺこんと頭を下げた。

もう、ほんとに、こういうときに口べたって困るよね。

「本当にごめんね。怪我してない?」

「だ…」

もう一度だけ、念を押すように僕が尋ねると、

「大丈夫ですっ。こいつの面倒は俺が見ますからっ」

ちょっと、力が入りすぎた感じで、たっくん、くんが口を挟んだ。

その、恋心の熱心なかわいさに僕は思わず微笑んでしまう。

そうだよね、僕たちになんか大事なさっちくんの面倒をみてほしくないよねって、思わず言葉にして言ってあげたくなっちゃうくらい。

「うん、じゃあ、もしも後で怪我とか見つかったら連絡してもらえるかな?僕たちは…」

急いで、胸ポケットからメモをだそうとすると、

「知ってます。櫻稜の東森研二さんと乙羽鈴矢さんでしょ」

たっくん、くんがネームプレートもないのに僕たちの名前を言った。

そう、ちゃんと、ライバルの名前ぐらい君なら調査済みだよね。

僕が肩をすくめて目配せすると、相変わらず鈍い研くんは何で名前を知ってるんだ?って目を丸くしていた。

「有名人ですから。お二人とも」

「そうなんだ」

わかってるよとクスッと笑いを漏らすと、僕の心が読めたのか、たっくん、くんは挑戦的に僕の顔をじっと凝視している。

うん。君は研くんとちがって、感が良いみたい・・・・

でも、さっちくん・・・・・・・は・・・・

苦労するよね、お互いに。

僕が、もう一度ニコッとたっくん、くんに微笑んだとき、研くんがさっちくんの頭をなでてあやまると、

「ともかく、本当にごめんね。痛いところとかでてきたら、必ず連絡してね」

パッと顔色を変えた、たっくん、くんは、いきなりさっちくんを後ろに隠してしまった。

驚いている研くんと、必死に笑いをこらえている僕に、

「電車、来ますよ」

たっくん、くんがぶっきらぼうに言う。

「あ!」

僕たちは、顔を見合わせた。

「じゃあ、悪いけど、お先に」

ニコッと笑って僕たちは駅へと駆けだした。

背中に、二人の熱い視線を感じながら。

熱い視線を感じなくなったのはいつ頃からだろう。

もちろん、毎朝、あの二人とはすれ違うし、時折、挨拶もしたりするのだけど、いつ頃からか、さっちくんの熱い眼差しは、研くんから、たっくん、くんに移っていった。

研くんに向けられていた純粋無垢だった、綺麗な瞳が、時たま女の子たちに囲まれるたっくん、くんに軽い嫉妬の炎を燃やしていることに、僕は気づく。

そして、教えられる。

恋って・・・・・・・綺麗なだけじゃだめなんだってことに・・・・

あこがれと、恋の違いに。

僕たちが分かり合えるより、ずっと短い時間で彼らはそのことをちゃっんと、克服したんだって、ことに・・・・・

「どうかしたか、鈴?」

肩越しに、二人の背中を見送っていた僕に研くんが腕を廻した。

「ううん。雪が、ひら、ひらって、今にも舞ってきそうだなって、おもって・・・・・・」

僕はそっと、廻された研くんの腕に頬を押しつけた。

* END *

たっくんとさっち&もも♪ちゃんに心からの愛と感謝を込めて・・・・