**不誠実な恋人** 

 

脳髄を貫くような衝撃。    

晴天の霹靂ってのは、まさにこれなんだろうなと、貫かれた脳髄の端っこにへばりついていた理性が、ポツリと呟いた。        

初産を間近に控えた姉貴が、旦那を引き連れて実家に戻ってきた翌朝、その大いなる衝撃は俺にもたらされたんだ。  

「正臣!ちょうどよかったわ。ねぇ、あそこにある本とってくれない?」  

なんだよ・・・通りすがりの俺なんかひっつかまえないで、あっちでゴロゴロしてる自分の旦那にたのみゃぁいいのに、姉貴って奴は弟を召使いかなんかと勘違いしてるんじゃないのかよ。  

まだ醒めきらない重い瞼を擦りながら、悪態を胸の中でぼそぼそ呟いた俺は、はち切れんばかりに膨れ上がっているお腹をさすり、本棚の前に立っている姉貴に、仕方ねぇなぁと近づいた。

「あふぅ〜。どれよ?」  

欠伸をかみ殺した俺に、

「あのへんに確かあったと思うのよ。ほら、いとこの真奈美ちゃんが赤ちゃん生んだときに、父さん、名付け親になって欲しいっていわれたじゃない?あの時の姓名判断の本があるはずなのよ」  

堆く積まれた本好きの親父の書架。その、てっぺんの辺りを指さして姉貴は言った。

「ああ、名前の画数がどうとかって書いてあるやつか・・・」

「そう、それよ」

「以外だね。姉貴も寛さんも、そんな迷信気にしないのかと思ってたよ」

「バカバカしいって、確かにちょっと前までは思ってたわ。いやぁね、段々世間のしがらみって身について来ちゃう」  

ちょっと前までは、それなりにいかしてた姉貴も、今や化粧っけのないただの妊婦と化して、カラカラと笑った。  

まあ、それはそれで、コロコロしてて、年中ダイエットだとか言って、小鳥ほどしか食べ物も食べずにギスギスしてたころより案外可愛らしい。  

俺は姉貴の膨らんだお腹に「おい、元気か?」と朝の挨拶を済ませてから、頼まれた本を探し出した。  

そんな俺の親切を仇で返すつもりは毛頭なかったんだろうけど、目一杯背伸びをして、本棚の奥を覗き込んだ俺の背後から、姉貴は魚雷を撃ち込んだんだ。

「そうそう、正臣。最近、光一朗さんと会った?社内じゃもっぱらの噂だそうだけど、光一朗さんも独身主義に終止符を打つみたいね。来週の日曜にお見合いするんですってよ」

「・・・・・・・・」  

爪先だったままの足下に、バサバサッと書架の本がなだれ落ちた。

「・・・・・・・・・でしょ?お見合いなんかしなくても、引く手あまただと思うんだけどね。  

なんでも、専務の紹介だそうだから、出世街道まっしぐらってとこね。まあ、もともと寛さんとは同期入社と言っても、光一朗さんは別格だったけど」  

目の前は瞬時に真っ白。

一斉照射されて燃え尽きた、灰の原野にポツンと立ってるって感じ。  

のっそりと機械的に手を動かして、足下の本を拾い集めてる間中、姉貴の言葉が凄く遠い所から聞こえていた。    

 

 

俺と光一朗との出会いは一年半前の姉貴の結婚式。  

社内恋愛の末結婚した二人にとって、光一朗は職場の同僚、大手商社の若手エリートだった。  

普通、二次会に家族は行かないもんなんだろうが、俺は姉貴の友人達に無理矢理に連れて行かれ、飲みつけないカクテルなんかを飲まされて、気が付いたらタクシーの中、それもどういう経緯か知らないが、しっかりと光一朗に肩を抱かれていた。  

白状すれば、披露宴の間中、俺の目は光一朗に釘付けだったんだ。

なんせ、生まれてこの方こんな綺麗な顔を見たことなんかなかった。  

有り体に言えばきっとこれって、一目惚れって奴なんだろう。  

光一朗の人となりなんて、考える余裕も時間もなく、それこそ、異性とか同性とか思う暇もなく、俺は文字通り恋に落ちた・・・・・・・・んだ、たぶん。  

アルコールで薄ピンクの紗が掛かった俺の視界の中、ほんの十数センチの超至近距離に理想とする美貌が迫り、

「次の日曜、どこかへ行かないか?」  

耳元で優しく囁かれた俺は、思わず体中に戦慄が駆けめぐって、真っ赤になったまま、コクッと頷いてしまった。  

別に愛の告白をされたわけでもなく、ましてホテルに連れ込まれたわけでもなかったのに、家まで送って貰った、たかだかそんなことぐらいで舞あがっちまった俺が超バカだった。  

思えば、苦しい受験がやっと終わり、小うるさい姉貴もいなくなって、さあ、これから始まる高校生活を思いっきりエンジョイしようと意気揚々としていた春休み。   

あの日から、俺の恋に苦しむ受難の日々が始まったんだ。     

 

 

真壁光一朗・・・・・・噂だけは随分と聞いていた。  

直に三十になる男を形容するのに綺麗ってのは変だけど、そう言うしかないほどステキなんだと、耳にタコができるほど姉貴達に聞かされていたからだ。  

今は旦那とラブラブの姉貴だって、入社した当時は寛さんのひの字も口に上らず、同じ短大から入社した友人の弘美ちゃんと、口を開けば、光一朗さんがどうしたのこうしたのと、いつも騒いでたんだから。    

 

俺と光一朗はそれ以来、ほとんど日曜の度にデートを重ねている。  

一線こそは越えてないが、俺達は恋人同士、の筈なんだ・・・・  

つきあい始めて一年が過ぎたあの日。

新緑が燃えるようだったあの春の日、ちゃんと言葉にして光一朗は好きだと言ってくれた。

俺のこと抱きしめて、キスだってしてくれた・・・一番大切な人だと言ってくれたんだ・・・・  

 

それなのに・・・見合いってなんなんだよ。・・・    

 

 

今日一日、どうやって過ごしたのかなんて思い出せない。  

たしか、学校には行ったよな?

それとも、一日中俺、ここに座ってたのかな?

 

八畳一間の飾りっけのない洋室。  

俺の部屋に今夜もジャスト八時に携帯の着メロが鳴り響いた。  

あんまり、光一朗が笑うから、今は【チャルメラ】じゃなくて【スターウォーズのテーマ】が部屋に何度もリフレインしている。  

鳴った途端に携帯に飛びついたくせに、俺には電話に出る勇気がない。  

『見合いするなんて、デマなんだろう?』と笑って話せるほど、俺には愛されてる自信なんかないんだ。  

俺は鳴り続ける携帯を掌に載せたまま、じっと小さな機械を凝視し続けた。  

何かを断ち切るように、プチっと電子音が止んだ途端、俺はほぉ〜と長い息を吐き、そのままゴロンとベッドに横たわった。  

この一年と六ヶ月、結局俺が一人でクルクル踊っていたってことなのかよ?  

あの日、長かったプラトニックな関係をやっとの思いで打破して、一気に世間並みな恋人関係になるんだろうなと覚悟を決めていたのに、一向に俺達の関係を進めようとしなかったのは俺の知らないところで、見合い話が進んでいたせい・・・・・?  

専務の紹介って言ってたよな。  

きっとどこかの、いわゆる深層の令嬢ってやつ?  

俺達の関係も今なら冗談で済むもんな。  

一人っ子の光一朗が、友人の弟を実の弟のように可愛がっているって。  

一線を越えちまったらどんな言い訳も通用しない。

優しくて綺麗な光一朗。大人ぶった物わかりのいいしらっとした顔で、あんたはそこまで計算してんのかよ。  

ちくしょう・・・・・・・・畜生!

腹立ち紛れに羽根枕を壁に投げつけたら、光一朗に貰ったフランス土産の陶器の置物が俺のハートの変わりにパリンと音を立てて壊れた。   

 

放課後、校門を出たところに見慣れたオフホワイトのシーマ。

金色のエンブレムが午後の陽光にキラリと光っている。  

相変わらず表情の読めないサングラスをかけて、ボンネットに寄り掛かるように立っている長身の光一朗を、女子学生が遠巻きに眺めながら下校していく。  

初めて見る、光一朗のダークスーツ姿。  

ダークグレイの三つ揃い。

タイトなシルエットに似合いすぎるほど似合ってる。  

結婚式ではタキシードを着てたけど、それ以来俺と会うときはいつもあまり年齢差を感じさせない、カジュアルなスタイルだった。 

まあ、俺とのデートはいつもお子様タイムだからドレスアップする必要もない。

朝の九時から夕方の五時ってのが定番で、一夜を共に過ごすどころか、晩飯前には必ず家に送り届けられていた。  

改めて絵に描いたようなビジネスマン姿を見せつけられると、俺と光一朗の十二年という大きな年の差を痛いほど思い知らされる。  

結婚なんて、と思うのは俺が子供なだけで光一朗にとっては、もう避けて通れない現実なのかも知れない。  

 

覚悟を決めて近づいた俺に、光一朗はほっとしたように頬を緩めて微笑んだ。

「よかった。元気そうで。3日も電話に出ないから具合でも悪いのかと心配したよ」  

手慣れた仕草で、助手席を俺のためにサッと開く。  

光一朗は優しい。  

だけど、きっとその優しさは俺にだけ向けられるわけじゃない。優しさが身に付いてるだけで、きっと誰にだって同じように優しいんだ。  

そんな優しさなんか、俺はいらない・・・・。

「具合なんか悪くない。電話に出る気がしなかっただけさ」  

次々と下校してくるクラスメート達の視線が何事だと俺達に注がれる。

光一朗なんか無視して帰りたくても、嫌でも人目を引く光一朗とこんな所で揉めたら明日には学校中の噂になっちまう。  

仕方なく、すんなりとシートに滑り込んだ。

「早く出せよ。カッコ悪いだろ」  

鞄を胸に抱きかかえて、俯いた。  

ずっと痛かったはずなのに光一朗とふたりっきりの空間にいるって言うだけで、嫌になるほど鞄で隠した胸がドキドキと高鳴る。

滅茶苦茶頭に来てるはずなのに、相変わらず光一朗の顔すら俺はまともに見れやしない。  

ずっと俺が一人で踊ってる。バカみたいに・・・ずっと・・・

 

「ご機嫌斜めなんだね」  

国道へ滑り出しながら、光一朗の横顔がフッと笑う。

「なんか用、あんだろ。さっさっと済ませちまおうぜ」  

別れ話・・・しに来たんだろ・・・

「話し・・・?いや、正臣の顔が見たかったんだ。電話にも出ないし、心配したんだよ」 

光一朗の左手が伸びて、俺の髪をふわっと撫でた。

途端に俺の身体が全身ゾワリと総毛立つ。

「そんなに警戒しなくてもいいよ。なにも、正臣の嫌がることは何もしないから」  

慌てて俺から手を離すと光一朗は微笑みを口元から消して、ハンドルをギュッと握りしめた。  

交差点に車がさしかかると、光一朗は強引な程車線を左に変えて、俺の家の方向に進路を変えた。

「ど、どこに行くんだよ?」

「送るよ。悪かったね、突然あんなところで待ち伏せしたりして・・・」

「まって!俺、光一朗に話があるんだ!」  

俺は思わず叫んだ。        

 

ここに来るのは、2度目。  

それもこの前は玄関で靴を履いたまま中には入らなかった。  

二週間前の日曜日、珍しく、コンサートのチケットを部屋に忘れてきた光一朗に付き合って、俺は初めて光一朗の部屋に来たんだ。   

コンサートまでの時間は十分にあるんだから、ちょっと上がっていかないか?と誘われるのを心待ちにしてたのに、結局すぐに光一朗は寝室からチケットをヒラヒラさせて戻ってきた。  

俺は玄関に突っ立ったまま、光一朗の愛猫、人なつっこいチンチラのルルを抱いて待っていた。  

青い目のルル・・・いいなお前は、ずっと光一朗と一緒に居られて・・・    

 

今もソファに座っている俺の膝にふわふわと暖かいルルが載り、ゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らしている。  

一二畳ほどのシンプルなリビング。その奥にどのぐらいの広さか知らないが光一朗の寝室がある。  

ちょっと着替えてくるからと寝室に入ったきり、光一朗はまだ出てこない。    

俺の知らない光一朗の生活。光一朗らしくすっきりと片づけられている室内。  

淡いシルバーグレーのカーテン。

コンポ形式のオーディオラックには凄い数のCD。

大画面のテレビ。

部屋の隅には難しそうな本の並んだ本棚とパソコン。  

そして、膝の上の愛らしいルル。  

ここに奥さんがいれば、まるで理想の新婚カップルのお部屋ってカンジ・・・シンプルな部屋の所々に彼女好みのピンクの小物が増えて、お花が飾られ、キッチンにある二人がけのテーブルに手料理が並べられる。  

完璧だね・・・光一朗・・・あんたに一番不必要な小物は、この俺・・・だけだもんな。      

 

 

無言のまま、コーヒーカップが目の前の小さなテーブルに置かれ、普段着に着替えた光一朗が俺の横に腰を下ろした。  

革張りのソファが光一朗の重みで、ゆっくりと傾しぎ、光一朗の方に鼻先を向けたルルが俺に抱かれたまま『みゃあん』と可愛らしく鳴いた。

「なに?話って」  

口火を切ったのは、光一朗。  

光一朗が着替えてる間中、ずっと頭の中で反芻していた言葉を俺は恐る恐る口に出した。  

お願い、光一朗。いつもみたいに『いいよ』って、俺に微笑んでよ。

俺の望みはいつもちゃんと聞いてくれるだろ・・・

「次の土日、俺をどっか遠いとこに連れてってよ。一泊でさ。一回も旅行なんて行ったことないじゃん。な、いいだろ?」   

縋るように見上げた光一朗の顔には明らかに『困ったな』とでかでかと書いてある。  

二発目の魚雷・・・・  心のどこかで信じてた・・・噂は所詮噂なんだと・・・光一朗を信じてたのに・・・  

完全に撃沈。

「ごめん、正臣。来週は無理なんだ、どうしても抜けられない用事があってね」

「いいよ・・・わかってる。見合いすんだろ」

「ハハ。なんだ、知ってたの?」   

なっ・・・!なんだはないだろう。俺がこんなにハートブレイクしてるのに、あんた何で笑ってんだよ!

「黙ってる、つもりだったのかよ・・・・・・」  

俺、光一朗が認めたら泣いちまうかと思ってた・・・・・・だけどここまで開き直られたら、なんか泣くのも馬鹿馬鹿しい。

「わざわざ正臣に話す事じゃないからね」

「そう・・・・・・俺には関係ないことだもんな」

「正臣にこんな話をしするのはなんだか照れくさくてね。実は早いうちに子供を作っておいたほうがいいぞ、って専務に勧められたんだよ。

僕はそういうことに疎いから、ちっとも考えてなかったんだ。だから、いい機会かと思って専務にお任せしたんだ。   

まだ写真しか見てないんだけど、凄く綺麗なこなんだ。正臣も見るかい?」  

撃沈した駆逐艦を粉砕すべく、三発目の魚雷が撃ち込まれた。   

罵倒してやろうと口を開き掛けたのに、ニコニコと相好を崩している光一朗を見ると、呆れて何も言えなくなった。  

そんなに嬉しそうに話すかぁ普通・・・・・・・

それに何であんたの見合い写真を俺が見なきゃなんないんだよ!

あ、あんたの綺麗な躰ん中にはきっと、青い血が流れてんだよ!!

怒りで身体がふるふると震えだした。

「俺・・・帰る」  

早速写真を取りに机の引き出しを開けに行った光一朗の背中に声を掛け、ルルを膝から降ろしてスクッと立ち上がった。

「帰る?ああ、そうだね。もうじき5時になるな、送っていくよ」  

スナップ写真らしいものを何枚か手にしたまま、光一朗は壁掛け時計を見上げた。

「いい。俺、寄りたいとこあるから」

「どこに?今からかい?」

「今からって・・・まだ5時前だぜ?俺のこと小学生かなんかと勘違いしてんじゃねぇの?友だちとクラブに行く約束してんだよ。

誰かさんと今日会うつもりなんかなかったから、制服のままじゃやばいかもな」  

苛ついて舌打ちした俺に、

「クラブ?未成年の行くところじゃないだろ?」  

眉根を寄せての如何にもな、ご忠告。

「光一朗には関係ないことさ。俺が補導されても光一朗には迷惑なんか掛かんないから安心しなよ。じゃね」

憮然と片手を挙げた俺に、

「正臣、待てよ。旅行のこと、怒ってるんなら謝るよ」

「旅行?ハッ!冗談も分かんないのかよ?俺が光一朗となんかマジで旅行に行くわけねえじゃん。

そうそう、おみやげやるよ!」  

胸の内ポケットから取りだした携帯を、明らかに戸惑っている光一朗に向かって投げつけた。  

咄嗟にパシッと受け止めた光一朗の手からスナップ写真がヒラヒラと舞い落ちて、そのうちの一枚が俺の足下に落ちてきた。  

何・・・・これ・・・???  

 

 

「どういうことなんだよ!」

「どういうことなんだい!」  

向かい合ったまま、俺と光一朗は同時に叫んだ。

「みみみ、見合いって・・・・・・?!?!」

「見合いの話なんか、どうでもいい。それよりこれはどういうつもりなんだ?僕からの電話はもう受けないって事なのかい?」

「ででで、電話なんか、今関係ないだろ!見合いって誰がすんだよ!」

「誰がって、ルル以外に誰がいるんだ?」  

憤懣を漂わせ、携帯を握りしめたままの光一朗の広い胸に俺は臆面もなく泣きベソをかきながら飛びこんでしまった。

「正臣・・・?」

「こ、光一朗の見合いだって・・・俺、俺」 

張りつめていた力が身体から抜けていく。  

スナップにはそれはそれは綺麗なチンチラの雄。

確かに綺麗な猫(こ)には違いないや。

「僕が・・・見合い?正臣がいるのに?」  

呆れ返ったように呟いて、それでも光一朗は俺を力一杯抱きしめてくれた。  

何とか泣かずに堪えたものの、何も言えなくなった俺の頭上で光一朗は突然クスクス笑いだした。

「バカだな・・・・・・・正臣。それで3日も拗ねてたの?」

「わ、笑うなよ・・・俺メッチャ、ハートブレイクしたんだぜ」  

大好きな光一朗の背中をギュッと抱きしめた。  

光一朗の鼓動が聞こえる。ごめん。ちゃんと赤い血が流れてる。

「嬉しいよ・・・・」

「俺はちっとも嬉しくなんかねえよ」

憎まれ口を叩いた俺の口唇に光一朗の口唇がゆっくりと降りてくる。  

俺は迫り来る美貌に相変わらずドキマギしながら、静かに目を閉じた。  

口唇がふれ合いかけた、その瞬間、

「ウワァ!誰だよ!こんな時に!」  

俺の背中でスターウォーズのテーマがけたたましく鳴り響いた。  

咄嗟にホールドアップした光一朗も、驚いたまま右手に持っていた携帯を俺の前に差しだした。

光一朗以外から掛かるはずのない携帯が鳴ったということは。

あっ!  

慌てて受信ボタンを押す。

「もしもし。あっやっぱり!え?もう?もう、生まれたの?え?うん。うん解った。俺もそっち行くよ。姉貴は?そう、解った」

「病院、確か印南産婦人科だったね?」  

俺が説明するより早く、キャビネットの上に置いていた財布と車のキーを手早く手に取った光一朗は俺に確かめた。

「え?う、うん」

「どっちだって?」

「女の子だって、2900グラムなんだって。

俺にそんなこと言われても、おっきいのか小さいのか解るわけないのに、変なお袋」

肩を竦めて見せた俺に、

「僕もよくわからないが、普通ぐらいか、それよりも少し小さいぐらいなんじゃないかな。

正臣に似てるのかな。まあ、優美ちゃんも美人だから将来楽しみだね。行こうか」

「送ってくれるの?」

「岩城もどうせ病院にいるんだろう?おめでとうぐらい言わなきゃね」  

「あ、ああ、そうだね」

まだ、現実が掴みきれずに、なんだかぼーっとしている俺の手を引いて、光一朗は足早に玄関に向う。

狭い玄関で、並んで靴を履いていると、突然真剣な表情をした光一朗が俺に訊いた。

「正臣?」

「えっ?なに?」

「あれは結局、本気だったの?それとも冗談?」

「あれって?」

「土日でどこかに行こうって言ったろう?」

「え・・・?あ、あ、あれは・・・・・・」  

思わぬ突っ込みにボッと体中が燃え上がる。

あの時はただただ光一朗を引き留めたくて・・・・・だから、俺。

「まあ、いいけどね」  

光一朗はクスッと笑って、俺の顔を覗き込むと、

「今日の所はキス一つで誤魔化されてあげるよ」

「わっ!」   

茹で蛸状態の俺に不意打ちのディープキスをした。

 

 

好きだから、本当は光一朗だけを信じたい。

でも、好きだからこそ信じきれない。

俺の方が沢山好きだから、好きな分だけよけいに不安が募るんだ。

誰にでも向ける優しさなんかいらない。

いつも今みたいに抱きしめて、俺を安心させてよ・・・・・

光一朗が俺の恋人だって信じられるように。

俺が光一朗を二度と疑わずに済むように・・・・・

                                  〈END〉