かわいい恋人
後編
恋人シリーズ・澪&雅之
「ほう・・・・・」 ノックもなしに開いた扉の先から、低く不機嫌な声がした。 とたん、にこやかに僕の前に座って話をしていた、南里さんの肩がびくりと大きく震える。 どうやら、声の主とは知り合いのようだ。 「れ。澪・・・・・・ど、ど、どうして、こ、ここに・・?」 「危ない!」 案の定、ガタガタっと折り畳みのパイプイスを鳴らしながら、たちああがると、南里さんはバランスを崩したのか、ぐらりと体勢を崩してしまい、僕はとっさに手を伸ばして抱き留めた。 瞬間、来訪者の背中越し、掠めた視界に正臣の姿をとらえた僕は、驚いて腕の中にいる南里さんと、ドアの所にいる3人を交互に見比べてしまった。 「わ・・・!す、すみません・・・・真壁さん!もう大丈夫ですから!」 「ほんとに?」 僕がゆっくりと、腕を放すと、南里さんは真っ赤になった顔でコクコクと頷くと、ドアの方へと走っていった。 今の南里さんの態度を見るにつけ、今朝、大橋先生の言っていた、噂の話がなんだか、とても納得いった。 この調子で、真っ赤に頬を染めて僕の病室から走って出ていくのをナースの誰かがみたとしたなら、あらぬ想像もかき立てられると言うものだろう。 十二分に大人なはずだが、南里さんにはそう言った、どこか危うい幼さが残っている。 「正臣?学校はもう終わったのかい?」 そんな風に勘ぐったのか、すでに少し懐疑的な瞳の正臣を僕は手招きした。 申し訳ないが、南里さんのことは、扉の所に立っている、長身の医師に任せよう。 必死になって状況説明をしようと躍起になっている南里さんを見つめる顔はとても不機嫌そうだけど、じっと見下ろす琥珀の瞳からは深い愛情が察せられる。 「あれ・・・・?もしかして・・・・ルル?」 渋々、僕の側にやってきた、正臣の腕の中にはピンク色のバスケット。 僕が、時折ルルを車に載せるときに使ってる代物だ。 「ああ・・・・・あんたがいないとすっごく寂しがるんだ」 籠に視線を落としながらそう言う正臣は相変わらず、凄く魅力的で、『あんたがいないと、すっごく寂しいんだ』と、言われたようなとても都合のいい錯覚に陥る。 「そう・・・・・迷惑掛けてしまったね」 僕の声に気がついたのか、さっきから、籠の中では、ミャ−、ミャ−と、ルルが歓喜の声を上げている。 「おいで、ルル。悪かったね。ほったらかしにしされて、さみしかったろ」 ルルを胸に抱きながら、かけた言葉はそのまま正臣への言葉になる。 「もう、一人になんかしないからね。ずっと・・・・・一緒だ」 ルルを抱きながら、もう片方の腕で、僕は正臣の腰をベッドに腰掛けさせるように抱き寄せた。 「良いム−ドのところ申し訳ありませんが」 「え?」 「わっ!」 それから、どのくらい時間がたっただろう。 たぶん、2.30分は経っているんだろうが、僕にはほんの数分にかんじられた。 声のしたほうに、顔を向けると、かわいらしい顔をした、白衣の学生がにっこりと微笑んでいた。 胸には『児玉』のネームプレートが見て取れた。 「びっくりした・・・・・児玉さん、なに?」 聞き返した、正臣に、 「悪いけど、再会をすませたら、いったん、ルルちゃんを置きに帰ってくれる?もうじき夕方の回診の時間が始まるはずだからさ、さすがに見つかるとやばいでしょ? そう言われて見れば、彼らの姿は当たり前だがいつの間にか忽然と消えていた。 「いびる・・・・?」 サッと顔色を無くした、正臣に、 「あ、心配いらないよ。いつものことだから。ほら、ああ見えても澪先生って結構優しいしね。それに、南里さんのこととなると、凄く、かわいくなっちゃうんだから」 「かわいいって、ガラかよ・・・・・・」 吐き捨てた、正臣に、児玉君はカラカラと笑った。 「恋人の前では、誰もがかわいくなるんだよ。くだらない妬き餅を妬いたり妬かせたりね・・・・・」 ねぇ、正臣そうだろう。 僕は二人に聞こえるようにルルにそう言いながら、笑いかけた。 END |