Crystals of snow story

**ももいろの木の葉 *

後編

〈桃の国〉333333HIT記念お祝い作品

学校から、15分ほど歩いた先に、ちんまりとした駅がある。

二時間ドラマでよく主人公たちが恋の逃避行先に降り立つような駅員が一人か二人しか居ないような小さな駅だが、その回りにはやはり、いくつかの店が並んでいて、正志が指定した喫茶店もその中の一件だった。


都会では考えられないが、なんの囲いもしていない、砂利の敷かれた線路の枕木を越えて、約束の喫茶店に文弥がつくと、店の横には見慣れたバイクが止まっていて、正志がさっきの言葉通り先に着いているのがわかった。

何となく、嫌な気分にのまま、文弥はバイクに引っ掛けてある、正志のヘルメットをこつんと小突いた。

俺の方が近いから先に待ってるだって?

お前の家からじゃこんなにすぐこれないじゃないか・・・・

さっきから燻っているなんだか得体の知れない腹立たしさに、文弥はつかつかと店の中に入っていった。

初めて入る店だが、こじんまりとした喫茶店だけに、正志の姿はすぐに見つかった。
バイクをどこに置いていたのか、まだ制服姿のままで、奥まったテーブル席に座っている。

カウンタ−の中にいる、まだ若そうなマスタ−に、コーヒーを注文してから、文弥は正志の前に腰を下ろした。

その一連の動作を、正志は頬杖をつきながらじっと上目遣いに眺めている。

「えらく早かったんだな?近くにいたのか?」

すでに、残り少なくなっている冷めたコ−ヒ−に視線を落としながら文弥がそう尋ねると、

「ああ、町立総合病院あんだろ?あっこにいた」

「病院・・・・?おまえ、どこか具合悪いのか?」

だから、体育の授業をさぼってるのか?

心配そうに顔をのぞき込んでみるが、つるりとした綺麗な肌は顔色もまったく悪くはなさそうだ。

「具合?」

「どこが悪いんだ?風邪とかじゃなさそうだけど・・・・・」

「具合なんかわるかねぇよ。病院に居たわけじゃねぇし」

「え・・・?だけど、今お前・・」

「病院の横に、看護婦の寮がついてんだよ。
いいぜ便利で、個室にバストイレつき、冷暖房完備だし、こんな田舎じゃラブホなんて、山越えしてインタ−まで行かなきゃなんねぇしさ」

悪びれもせず、そういった正志の顔を、不思議そうにのぞき込んでいた、文弥の表情が、言葉の意味を理解していくうちにどんどんと赤くなっていく。

「は・・・・羽生ぅ・・・・お、まえ」

わなわなと震える声を遮って、

「説教なら、聞きたくねぇかんな。
いくらセンセだからって、俺のプライベートに口出しすんなよな」

何でもないことのように正志は冷め切ったコーヒーを一気に飲み干した。

「口出しとはなんだ・・・・僕はお前のことを心配して!」

声をあらげながら、身体を大きく乗り出した文弥から、正志がフッと視線を外す。

「心配なんかしてねぇ、くせに・・・・」

「はにゅう・・・・?」

「俺のことなんか、ほっとけよ・・・・・センセだって女とよろしくやってるくせによ」

まだ少年らしさの残る、桜色の唇を小さく尖らせて、つんっっとそっぽを向いているふてくされた正志の顔をしげしげと眺めているうちに、よくやく文弥にもことの真相が分かってきた。

「なんだ・・・おまえそんなことで、週明けからこっち、様子がおかしかったのか?
堀田先生が困ってらしたぞ、お前がちゃんとしてくれないと、体育祭の練習が出来ないってな」

自分の情報はすべて羽生の携帯に町中から流れるんだったってことを改めて思い出して、プッと文弥は小さく吹き出した。

「ああ、そんなことで悪かったな。笑うなよ、ちくしょう!」

「彼女とは何でもないよ。振られたんだ、こっちに来るときに。
遠距離恋愛なんか、性に合わないんだってさ」

「別れた女がなんだってこんなとこまで、追っかけてくんだよ?」

じいいっと、疑いの眼差しが、文弥を見つめている。

「お前にこんな話をしていいのかどうかわからないんだが・・・・・
次の、職場の話を持ってきてくれたんだ。
別れたっていっても、結構さばさばした間柄でね、友人としてはつきあってるし、元々面倒見のいいやつだからさ」

「職場・・・・・って、何の話だよ?」

サッと、血の気の引いた正志の回りの空気が変わった。

「次の職場の話。槇原高校には今年度いっぱいの臨採で入ってるからね。年内には内定貰っておかないと春から路頭に迷っちまうだろ?
羽生・・・・お前、もしかして、僕が産休代替えの教師だってこと忘れてたのか?」

「だってよ・・・・・・あんた、そんなこと今まで、なんも・・・」

言われてみればそうだった、だけど、そんなことは認められないとばかりに、

「俺が何とかしてやるよ。
ここに、来年からもずっと居られるようにするからさ。
ちょっと、まってろ」

慌てて、横に脱いであった制服の上着から携帯電話を取り出そうとした正志の腕を文弥は手を伸ばして制すると、ゆっくりと大きく首を振った。

「最初から決まってたことなんだ。
その心づもりで、最初から来てるんだしね」

お前との出会いは計算外だったけれど・・・・・・・

「こんな田舎にはもう居たくないってことかよ?」

「田舎とかそう言うんじゃ・・・」

「初めから一年って決まってたからって・・・・
あんたにとっては、それだけのことなのかよ?
俺、文弥センセのことが好きなんだぜ?わかってんだろう?それなのに、俺のことほったらかして、いっちまうって言うのかよ!」

あの日、あの雷の鳴ったあの日見せた、悔しそうで悲しそうな瞳が文弥をとらえて離さない。
あんたも、俺を捨ててどこかにいっちまうのかと・・・・・

大切にしていた、フウと同じように、俺の前から居なくなってしまうのかと・・・・

好きだって言葉は数え切れないほど言われた。

決してそれが、不誠実な物だと思っているわけでもない。

だが、文弥には正志の気持ちが今ひとつ掴めない。

正志の若さに、その言葉を信じて良いものなのかどうなのかが、いい年をした大人の自分が、その思いの中に入って行って良い物なのかどうなのかがわからないのだ。

いままで、いくら考えても答えはでなかった。

自分を特別扱いしない唯一の人間として、文弥に惹かれていることを、正志自身恋だと、勘違いしてるのかもしれない。

小さな頃大切にしていた、愛犬のフウのように、羽生の坊としてではなく、ただの正志と言う人間として、自分に接してくれる文弥が心地いいだけなのかもしれない。

だけど・・・・・

そうではなく、正志の想いが真実なのではないかと、信じたい、自分がどこかにいる。

だから・・・・

もしかしたら・・・・・

もしそうなら・・・・・

「お前が・・・来ればいい」

文弥の唇から、小さな呟きが零れた。

文弥が都会に帰ったあとも、正志の心が変わらずに自分にあるというのなら・・・・・・・・・

「来年お前は3年になる。その一年後、お前が来ればいいんだ。
どっちみち、ここから通える大学はないだろう?
良い大学なら腐るほどあっちにあるし、お前がその中の一校にうかってくるんだったら・・・・・・」

言葉を切って、冷たい水を文弥は一気にごくりと飲む。

「お前の気持ちを受け入れてやる」

文弥の口からでた、信じられない言葉に正志はしばらくぼんやりと文弥の顔をながめていた。

居なくなるのだと言われたその後すぐに、来いと言われて、瞬時に正志は文弥の言葉が理解できなかったのだ。

「お・・・お前にその気がないんなら、その・・・」

「うわぁ、ちょっと、待って!その気あるって!!!俺が大学に受かったらいいんだな?そしたら、文弥センセの所に行ってもいいんだな?」

「ああ・・・嘘は言わないよ」

そう言った文弥に、正志は輝くような笑みを返した。

この町をでて、絶対に追いかけていくからと・・・・・

☆★☆


晴れ渡った、蒼穹の秋空の下。
槇原高校の体育祭が盛大に行われた。

昔ながらの桟敷のひかれた観客席は高校の体育祭と言うよりも、村の祭りののりで、幼い子から、お年寄りまで重箱や振舞酒を抱えての観戦だ。

「ただ今より、2年生男子によります、棒体操が始まります。
選手の方々は入場門に集まって下さい」

アナウンスが流れると、文弥はポンと正志の肩を叩いた。

あれ以来、堀田先生が泣いて喜ぶほど正志はまじめに授業に取り組んで、今回の演技も難易度を一レベル上げたほどなのだ。

「頑張ってこいよ」

「ああ、行ってくる」

立ち上がって入場門のほうに行きかけた正志が、振り返りざまウインクをすると耳元で囁いた。

「ばかやろう、さっさといけって!」

ドンと背中を叩いた、文弥の頬が赤い。
走っていく、ジャージ姿の正志の背中越しに、笑いながらため息をつく。

「何が、惚れ直すんじゃないぞだ・・バカ」

カラリとした秋風に載って、リズミカルな競技用の音楽が鳴り出した。

グランドに視線をやると生徒たちが綺麗な円陣を組んでならび、その背後に立つ山々は若い彼らを応援するように鮮やかな朱色に彩られ、燃え立つようにそびえ立っていた。

END

と、言うわけで(どんな・・・)なんとか、良い感じになってきた2人ですが、お分かりのように、2人にはまもなく別れがやってきます。

最終話『ももいろの花びら』は素敵サイト様にて公開中。

まだの方は、桃の国さまへGo!!です♪