epilogue
「舞ちゃんいつまで真っ赤な顔してぼーっ、してんねや?」
店を出た後もなんだか雲の上を歩いているみたいだ。
「だって昼間見た映画なんかより、ずっとドラマチックだったんだもん」
自分の事じゃないのに、まだ胸がどきどきしている。
「なんや,映画見に行ってたんか?」
「うん。映画見てご飯食べて、今の店に行ったんだ」
「まるでデートやな」
声に棘が混じる。
「楽しかったよ。なんだか岩本さんに取られちゃうのが惜しいくらい」
「舞ちゃんて、綺麗な人が好きなんやな」
尊さんは、つまらなそうに小石を蹴った。
「なにそれ?誰でも、綺麗な人がいいんじゃないの?」
綺麗な人が嫌いな人なんか居るのかな?
「他にもいろいろ有るやろ。カッコイイとか、可愛いとか、おもろいとか」
そうやってムキになる尊さんは結構可愛い。
「尊さんみたいに?」
「俺は綺麗って柄やないもんな。どうあがいたかて、智也さんにはなられへん」
「どんな人かも知らないくせに」
「日野さんに頼んで写真やビデオ見せてもろたんや。どんな人やったんか知りたかったから」
「そう」
僕は未だに智也さんの写ってるビデオが見られない。写真と違ってあまりにもリアルな映像とそこに残されている僕の名前を呼ぶ智也さんの声が、僕を悲しみに引き戻すから。
「また、そんな悲しそうな顔する。可愛い顔が台無しやで」
「僕こそわかんないや。どうして僕なの?男の子が好きって言うなら、普通は大矢さんみたいに綺麗な人がいいんじゃないの?」
「俺は別に男が好きなんやないで。大矢さんのことも確かに綺麗なぁ、お人形さんみたいな顔してはるなあって思うだけや。俺は舞ちゃんがええんや。初めて会うた時からやたらと舞ちゃんのことが気になってしょうがないんや」
「変なの」
真剣な顔でそんな事を言う尊さんが照れくさくて、笑って誤魔化した。
「せやけど、今日は嬉しかったな。戸塚さんやのうて、俺に電話してきてくれて」
本当に嬉しそうに僕に笑いかけた。
大矢さん達の秘密を知っていたのがたまたま尊さんだったこともあるけど、全くためらわずに尊さんの部屋に電話をかけたのを認めるのもなんだかしゃくに障る。尊さんしか思い浮かべなかったなんて言ったら、調子に乗って、きっとどんどんエスカレートするに決まってるもん。
「僕、今日、手帳持ってきてないんだ」
「なんやて?」
言葉の意味が判らないとでも言うように笑顔を浮かべたまま首を傾げた。
「手帳がないから、尊さんの部屋にしか掛けられなかったんだ」
不意に笑顔が消えた尊さんに、僕は勝ち誇ったようにニッと笑って見せた。
「くそっ!舞ちゃん、俺のことからかってるやろ」
僕はペロッと舌を出して、身を翻すように小走りに走り出した。
「僕、尊さんのこと嫌いじゃないよ!」
少し離れたところに止まってから言った。
「なんて?」
尊さんが訊き返す。
「何でもない!」
四つ角を曲がると〈ムーン・ライト荘〉が見えてきた。僕の気持ちがこれからどうなるのか僕自身にも解らないけど。ほんの一歩、前に進めたのかもしれない。
我が家に向かう僕と尊さんの頭上には大きなお月様が出ていて、蒼い光で街を照らしていた。
玄関に入ってお休みと言った僕の耳元をかすめるように尊さんは一言だけ囁いてさっさと二階に上がっていった。
「バリ島」
と、その一言だけ。
ああ、僕は今夜もまた眠れそうにない。
〈end〉