Crystals of snow story on parody

妖精マカーベの華麗な一日

 

さやさやと、緑に煙る森の梢がそよぐ。
心優しい三人の麗しい妖精たちの住む森にはいつもほんのりと甘やかな風がそよそよと吹きわたり、小川にさらさらと流れる清水は、冷たく澄んで、ほんのりと甘露の味がした。

その、清涼な美しい水を求めて、動物たちは朝夕水辺に戯れ、また小さな竪琴をつま弾きながら歌うスズーヤの、麗しい歌声に小鳥たちも集まって来るのだった。

三人は何百年もこの森で暮らしながら、各国の王侯貴族に呼ばれては、人々に幸せをもたらしていた。

しかし、そんな彼らにも、もちろん、ささやかな幸せが訪れることもある。

妖精界随一の美貌の持ち主と詠われているマカーベも例外では無かった。

ここ数ヶ月、ちょろちょろと森に現れては手にした桶に清水を汲みながら、こっそりとマカーベたちを盗み見ている、ドワーフが気になってしかたないのだ。

まだ、ドワーフとしては子供なのだろう、真っ黒な髪にピンと立った仔猫のような耳、長くしなやかな可愛らしいしっぽも髪や耳と同じ黒くて艶やかな毛で覆われている。
質素な麻の胴衣から覗く手足は細いながらもすべらかな筋肉が付いていて褐色に日焼けした肌はブロンズ色に輝いていた。

マカーベはいつしか、彼が、現れるのを心待ちにするようになり、気の強い野生のネコのような黒い瞳が何故かマカーベの心を捉えていたのだ。

ドワーフ少年は名前をマサミと言った。

今朝はいつもの時間になっても、マサミが水を汲みに現れなくて、マカーベはソワソワとさっきから何度も、小川の見える場所まで行ったり来たりを繰り返している。

昨日あんなことをしてしまったから、マサミは怒っているのだろうか・・・・

何百年も生きてきてはいるものの、物心がついたときからその輝くような美貌のおかげで、マカーベはしとねを共にする相手に不自由したことがなかった。

美女や美少年から引く手あまたなわりには、なぜかあまり色恋には熱心でないマカーベは、久々にわき起こった甘酸っぱい感情を、さて、どうした物かと持て余しているのだ。

まだ相手は子供だと言うのに、僕はなんと大人げないことをしてしまったんだろう。
警戒し怯えるように、いつも妖精たちと一定の距離を保とうとするドワーフから、ようやっと、名前を聞き出したのは良かったが、可愛いあの子が照れくさそうに伏せた睫毛が愛しくて、思わず胸の中に抱き締めてしまったのだ。

あまつさえ、あの子があっけにとられてるのをいいことに、口づけまでしてしまった・・・・・・・

真っ赤になって僕を突き飛ばしたあの子は怯えた仔猫のように逃げ出して・・・・・

ああ、僕はなんて、性急なことをしてしまったんだろう・・・・・・

こめかみに指を当てながら、考え込んでいると、

『どうしたの、マカーベ?』

マカーベの腕に、沈黙の妖精ミーチが心配そうに手を置いた。
ミーチは声を出すことが出来ないので、直接、マカーベの心に話しかけているのだ。
ミーチの心の声にマカーベも素直に心の内を晒す。

『それは、大変だね』

ミーチは言葉とは裏腹におかしそうにコロコロと笑った。
笑うときには何故か、声が出て、その声はミーチの思慮深い美しさを映しているように、少しハスキーで艶めいた何とも言えない声音をもっている。

ミーチの恋人である、実直な樫の木の精霊ケイジは、その声が聴きたくて、ミーチをいつも笑わそうとしているようだが、あいにく、きまじめな樹木の精霊は移り気な花の妖精たちや浮気な風の精霊たちとは違って、洒落たジョークを飛ばすことがとても苦手で、いつも見ているマカーベたちが可哀想になるほど上手く行かない。

つまり、それだけミーチが声を出して笑うのは希有なことで、

「笑い事じゃないんだよ、ミーチ」

普段は沈着冷静なマカーベも滅多に笑わないミーチに笑われ、困った様子で苦笑いを浮かべた。

そうこうしていると、森の奥から戻ってきたスズーヤが、ちょんちょんとマカーベの肩をつついた。

スズーヤの朝の散歩は毎日の日課で、リンデンの大木の下で毎朝、剣の稽古をしている、ケーンと言う、人間の剣士に会いに出かけているのだ。

「お帰りスズーヤ、ケーンは元気だったかい」

「うん。でも、ケーンったら、僕から誘わないと相変わらずおはようのキスもしてくれないんだよ。やになっちゃうよね・・・・」

「もうずいぶんおはようのキスはしたから、ケーンはそろそろ、スズーヤにおやすみのキスしたいんじゃないのかな?」

「まさか、そんなこと僕が聞いたら、ケーンはひっくり返っちゃうよ。いったい、僕のことをどうしたいんだか・・・」

可愛い声で、スズーヤはぶちぶちと不満を口にしてる。

「それだけ、スズーヤが好きなんだよ、わかっておあげ」

肩ほどにしか満たないスズーヤの小柄な身体をそっと抱き寄せてマカーベは慰めた。
自分の色恋には疎いマカーベだが、人の恋路にはそこそこ明るいらしい。

「それはそうなんだけど・・・
あっ!!それよりさ、マカーベ、いつも小川に来てるドワーフの子があっちの木いちごの茂みで桶持ったままウロウロしてるの。
なんかこっちに来にくいことでもあったのかな?僕じゃ駄目みたいだったからマカーベ行って上げてよ」

「え?木イチゴの茂みにマサミがいるって?」

驚いたマカーベは慌てて、木イチゴの茂みのある方角に身体を向けた。

『マサミも気にしてるんだね、行って上げたら?マカーベ?』

「早く行ってあげてよ、可哀想じゃない」

二人に後押しされて、マカーベは吸い寄せられるように深い森の奥に入っていった。

しばらく歩くと、西の方角から甘酸っぱい木イチゴの匂いが漂ってくる。
深い森の頭上からはそこそこにキラキラと木漏れ日が差し込んで、桶を片手に持ったまま、苺を摘んで、口に運ぶマサミの姿を浮かび上がらせていた。

「マサミ」

マカーベが優しく声を掛けると、マサミは驚いたうさぎがするようにぴょこんと耳を立てた。

「マカーベ・・・様」

真っ黒な瞳が驚きに見開いて、じっとマカーベを見つめ返した。

「様はいらないよ、マカーベでいい・・・・昨日は済まなかったね、驚かせてしまった」

マカーベの言葉に、サッと頬を染めたマサミはバラ色に色づいた頬に睫毛の影を落とす。

棘のある、木イチゴの木を器用によけながら、マカーベはマサミのそばに歩いて行く。
俯いたままのマサミの頬はほんのりと赤く、しなやかなしっぽは緊張の所為か左右にゆらゆらと揺れて時折くるりと円を描いた。

「どうしてこんな所にいるの?水を汲みにきたんだろう?」

「だ・・・って、あ、あんたが昨日あんなことしたから!」

きっと睨み上げたマサミの顔は赤く上気していて目元が潤み、唇は木イチゴを食べたせいか真っ赤に濡れている。

「あんなことって・・・」

マカーベはそっと、マサミの背中を抱き寄せて、詠うように囁いた。
誰だって、こんな可愛い顔で睨まれたら、さっきまでの反省など、虹の彼方に飛んでいってしまうと言うものだ。

「あ、あんたが・・俺に・・・・」

「僕がマサミに?」

「き・・キスなんて、したから・・・・」

「そう?僕は覚えてないな」

「し、したじゃねぇか!!」

「うーーん。思い出せないね、一度してみたら、思い出すかな」

狡くて、嘘つきな唇はクスクスと笑いを含みながら、甘酸っぱい果実を啄むようにマサミの唇を絡め取った。

ゆっくりと、合わさった柔らかな唇はほんのりと甘い木イチゴの味。

妖精の森に住む、マカーベの華麗な一日は今やっと始まったようだ。

〈THE END〉