Crystals of snow story

通り雨・あまやどりの二人

澪&雅之[おまけ]

 

「ひゃ〜、すごい雨・・・・お姉さんの言うとおりに傘持ってきたら良かったなぁ」

駅前の本屋まで、ちょっとだけだからと出かけて来た帰りなのだか、夏の定番夕立に遭って雅之は咄嗟に小さなマンションの一階部分にあるガレージに飛び込んだ。

「良かった、本は無事・・・あ・・濡れちゃう」

胸に抱え込んだ本屋の袋をガサガサと覗き込み中身を確認していると、濡れた前髪から垂れた雫が紙袋の上にポツっと落ちた。

「先に拭かないとね」

ポケットから取りだした、ハンカチで、濡れた身体を拭っていくと、あっという間に小さな布はじっとりと濡れてしまった。

その時ガレージの奥から、乾いた靴音が響いてきた。

「あれ?もしかしたら、あんた、南ちゃん?」

「え?」

突然声を掛けられて、雅之が振り返ると、去年の秋、3中の文化祭で出会った、澪と言う名の少年だった。

実は、あれから何度か雅之はこの少年を見掛けたり声を掛けられたりしていたのだが、たいていの場合、和巳が一緒だったために言葉を交わすことが出来なかったのだ。

「やっぱり、南ちゃんだ。あまやどり?」

「うん。本屋の帰りなんだけど、急に降られちゃって」

口訊いちゃいけない言っただろって和巳怒るかな・・・
そう思いながらも、雅之は澪と話が出来たことがなんだか嬉しかった。

「ちょっと待ってな」

ニコリと笑った澪はくるりと踵を返すと、元来た方に戻っていった。
暗いガレージの奥にはどうやらエレベータと階段があるらしい。

2.3分で戻ってきた澪は真っ白なタオルを雅之に手渡した。

「え?良いの、これ借りても?」

「ああ、そのままじゃ風邪ひくだろ?俺んち入って、シャワーでも浴びるのが一番良いんだろうけど、そうなるとあんた、ヤバイし」

ヤバイのは俺かと笑う澪に『ヤバイ』の意味が分からないのか小首を傾げながらありがとうと呟いて、雅之はタオルで身体を拭いた。
シャツはまだじめじめしているが、毛足の長いタオルのおかげで身体や髪は乾いていく。

「止んできたな」

ガレージからビルの谷間に顔を覗かせた澪がパッ弾けたように振り返って雅之を手招きした。

「こっち、来てみなよ、南ちゃん!」

「なぁに?・・・わぁ・・・・・すごい」

澪の指さす方向に七色の虹が光っていた。

「俺と南ちゃんの間に掛かる愛の橋だな」

澪は、そう言いながらそっと雅之の身体を引き寄せたのだが、驚いた雅之は真っ赤になって咄嗟にタオルを澪に押しつけ深々と頭を下げた。

「あ、ありがとう。助かりました!」

「はは、あいかわらずだな、南ちゃんは。まぁ、今日は口訊いてくれただけで良しとするか」

話をする以外になにをするつもりなのかさっぱりわからない雅之だがなんだか澪にそんなことを言われると、まだ恋を知らない真っ白な胸がうっすらと色づいてドキドキする。

「じゃぁ、またな。気を付けて帰れよ。また会おうぜ」

さっき、ガレージ降りてきたのはちょうど出かける所だったのだろう、澪は雅之に向かってチュッと投げキッスをすると軽い足取りで表通りに出ていってしまった。


本格的にこの二人が再会するのは雨宿りから半年後の春。
澪が南里大学付属高等学校に入学してくる春のことである。

そして、それから後、徐々に話をする以外の行動を雅之に手ほどきしていったのは言うまでもない。

〈END〉

時間軸的には「藁しべ」の翌年になりますね。

少しずつ距離が縮まって、澪は翌年、雅之の学校に入ってくるのですv