Crystals of snow story

結城澪の華麗な日常

「あっさだよ〜ポン・ポコ・ポン。おっきろよ〜ポン・ポコ・ポン」

すっぽりと頭まで、フェザーの上掛けを被って丸まっている人型の真横で、愛くるしい子だぬきが腹鼓を打ちながら起床時間を告げている。

おもちゃのような、目覚まし時計を掛けているこの男は時計に似合わぬ男らしい腕をにゅーーーと布団から伸ばしたかと思ったら、腹立たしげに子だぬきの頭上をパシンと叩いて、賑やかなアラームを止めた。

ほんのつかの間、布団の中でごそごそしたものの、思い切ったように勢いを付けて、ぬぼっと、亀が甲羅から首を出すように頭を覗かせた。

覗いたのは、くしゃくしゃになった栗色の髪に囲まれ、今目覚めたばかりだとういうのに、腹が立つほど、綺麗な貌だった。

「ったく・・・・・毎朝うるせぇんだよ、このタァコ。お前が南のおみやげじゃ無かったら、とっくにぶち壊してるぞ、こら」

やにわに起きあがり、今さっき止めた狸型の目覚まし時計に、ぶつぶつと、朝から文句を言っているこの男の名前は、結城澪。

狸の目覚まし時計を使ってはいるが、当年とって27歳のれっきとした大人である。

どうやら、彼に不似合いなこの可愛らしく子供っぽい目覚まし時計は、彼の恋人である、永遠の美少年、南里雅之がどこからか買ってきたおみやげらしい。
狸といえば、きっと、焼き物で有名な信楽あたりの土産なのだろう。

澪は南里大学医薬学部で、今年にも助教授に昇任されるのではないかと囁かれている結構切れ者の男で、彼のチームは国内外でも最近注目株の新薬開発界のルーキーなのだ。

すこぶる明晰な頭脳のほかに、彼は天性の美貌の持ち主で、氷の彫像のごときクールビューティな整った顔立ちに、不似合いなバンカラな言葉使い、その上、自分はゲイであると職場でも公言しているせいか、何かと目立つ男でも有る。



しかし、そんな彼にも、平凡な日常は存在するわけで・・・・・・・・・

ふわぁああ〜と大きくあくびをしながら、ベッドの上で伸びをすると、澪は一糸纏わぬ姿でスタスタとバスルームに向かう。

どうやら、この男、日頃からパジャマは着ない主義らしい。

案外、雅之の目を盗んで引っかける美少年にたちには『寝るときになに着てるのかって?そりゃ、もちろん、エゴイストさ』なんて、往年の大女優もどきのくさいセリフを吐いてるのかもしれないが・・・・

日課である朝のシャワーを浴び終えて、バスローブを身につけると、澪は迷わずにコーヒーメーカーのスイッチを入れる。

コーヒーが沸く間に、数鉢有る観葉植物に水をやり、リビングに置いてある熱帯魚に餌をやる。

手慣れた一連の作業は朝の忙しい時間の中、一切の無駄が無くスムーズに行われる。

この男、どうやら見掛けによらず案外几帳面な性格らしい。

一通りの作業が終わると、ベッドルームに戻り、ウォークインクローゼットから、コットンシャツとジーンズを取りだして、手早く身支度を整えた。

クローゼットには数着スーツも掛かっているが、どうやら滅多にそういうものは身につけないようだ。

バスローブを洗濯物の籠にほりこんで、コーヒをカップに注ぐと、さっき取り込んだ朝刊と一緒にテーブルに腰を下ろした。

これから新聞を読むのかと思いきや、チラリと確かめるように時計を見上げると、おもむろにそばに置いてある電話を掴み短縮ボタンを押す。

ちょうど時間となりましたと言わんばかりの満足げな表情で、子機を耳に当てたのだ。

受話器から聞こえてくるコール音を、数えながら、澪の口元が徐々に綻んで来るのが分かる。

・・・かちゃ・・・

「・・・・はぁい・・」

受話器を取る音とともに、いかにも寝起きっぽい、くぐもった声が応えた。

「おはよう、ハニー。お目覚めはいかが?」

「・ぅん・・・・・・・・れ・い?」

「目、覚めたか?」

ニマニマと目尻を下げて、受話器に話している澪は凄味のある美形だけに端から見てるといささか不気味で有る。

「うん・・・おはよ」

「おはよう。ちゃんと起きたか?俺が切ったからってまたベッドに潜り込んじゃだめだぞ」

「あはは・・・大丈夫だよ〜、いつも、起こしてくれてありがとうね、澪・・・」

「ああ、じゃ、あとでな」

「うん、あとでね」

カチッと回線を切ると、何事も無かったような顔で、澪は新聞を広げた。

澪の恋人の雅之は週の半分はこのマンションで過ごし、残りは実家に帰って過ごす、いわゆる半同棲を何年も続けているのだが、いつの頃からか実家に帰っている雅之にモーニングコールを掛けるのが澪の日課になっているのだ。

もちろん、雅之の家には住み込みのお手伝いさんもいるし、雅之だってちゃんと目覚まし時計で起きることも出来るのだが・・・・

どうやら、寝起きの雅之は澪から見ると、異様に色ぽいらしく、ほかの誰かに見せたくないらしい・・・・・・

そう思うなら、半同棲なんてややこしいことをせずに、一緒に暮らせばいいのだが・・・・・・

ま、当の本人たちがいいのなら、誰にも文句は言えない。

「さてと・・・そろそろ、行くとするかな」

パサッと新聞を閉じると、澪は腰を上げた。

いつも通りの澪の日常である。

華麗なって・・・・すみません、嘘ついてました(笑)