Crystals of snow story
*Omoi*
50000番記念リクエスト小説
わかってくれていると思っていた。 僕と同じ・・・・・とまではいかなくても、想いは通じているのだと・・・・・・・ 誰よりも大切だと。 残された時を僕はあなたと過ごすことを望んでいるのに。 僕が選んだ腕の中は、慎でも黒沢さんのものでもなく、まごうことなくあなたのものなのに。 想いはどうしてこうも、泉にただよう落ち葉のようにゆらゆらと居場所を失い漂うのだろう・・・・・・・・ ****************** 「どーした、蓮。浮かない顔して」 昼休みの終わりかけにばったりと廊下で会った青柳さんが大きな身体を前屈みに倒して僕の顔を真正面から覗き込んで訊いた。 少し顎の尖った精悍な顔。 成長期の男子なのだから、そんなことは至極当たり前のことで、慎も勇貴さんも皆、大人の階段を着実に上っていくのが分かる。 ついこの間までは大人びた体躯を持たなかった彼らも少年と青年の狭間にある危うさの残る身体から逞しい男性へと変貌していく。 たったひとり、例外の僕を除いて・・・・・・・・・ だからなのか、彼らとの違いが歴然としていくにしたがって、僕に対する加護が大げさなものになってきている。 「メシくったか?」 くしゃりと、大きな手が僕の髪を撫でた。 「ごめんなさい・・・・・・食欲なくて・・・」 いつものように心から僕を心配し、労る青柳さんの気持ちが痛くて、僕は小さく微笑んだ。 「・・・蓮、食欲なくてもなんか食わないと・・・まだ食堂に行けばなんかあるだろう。ほら、おいで」 「で、でも、今からじゃぁ、青柳さんまで午後の授業に遅れちゃうから・・・」 気にするなって、と笑いながら、青柳さんの腕が僕の背中にふわりと廻る。 僕たちを守ること、もうそれは彼らにとっては生まれついての約束事で、何にもまして優先されること、彼らはそのことになんら疑問をもちはしない。 青柳さんに僕に対する特別な感情はないのだ。 どうやら、彼らの過保護がここ数日間に及ぶ『不機嫌』の原因らしいのだけど・・・・・・・ 運悪く、僕たちが食堂に入りかけたら、ちょうど慎と勇貴さんがジュースのカップを片手に入り口から出てくるところだった。 にこやかに挨拶を交わす慎と青柳さんとは対照的に、眉根を寄せた勇貴さんの白い眼がしっかりと肩に廻された青柳さんの腕に注がれている。 僕は悲しくなって、視線を下に落とした。 「蓮?気分でも悪いのか?」 今度は慎が僕の顔を覗き込んだ。 僕は俯いたまま、ぶんぶんと首を横に振る。 「食欲ないから食べてないんだそうだ」 横から青柳さんが答えた。 「食べたくないのか?ん?」 前髪を掻き上げて、慎が僕のおでこにスッと額を押し当てた。 僕にとっても慎にとっても特別な意味合いなど何も持たない普通の仕草、現に横にいる青柳さんも廻りにいる生徒達もなんら、騒ぎ立てたりはしない。 それなのに、斜め前にいる勇貴さんのオーラがパァ〜っと赤く燃え上がるのを感じて、慌てた僕は慎から急いで顔を背けた。 「少し、熱いかもな。頬も少し赤いし」 すでに能力をほとんど失った慎は勇貴さんの変化にはまったく気がつかないのか、僕の頬をご丁重にも両手で包んだんだ。 ますます、目に見えない炎は勢いを増す。 「そうだな・・・・・・・・やっぱり食事はやめて、保健室に行くか?」 その時昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り始めた。 「ぼ、僕・・・・・一人でいけるから・・・慎達は教室に戻って。ほら、授業始まるよ」 「バカ言うな。でも、青鬼はもういいから授業に戻れよ、俺が連れてくから」 「そうか、じゃぁな、蓮。無理するなよ」 慎の言葉に青柳さんはもう一度僕の頭を撫で、急いで校舎の方に戻っていった。 「ほいじゃ、俺も教室に帰るわ」 青柳さんの姿が校舎の中に消えてしまうと、慎が僕の頬をぺちぺちと叩いた。 「え・・・?」 「犬も食わぬ何とやらに巻き込まれたくないんでね」 さっきの心配そうな表情は何処へ行ったのか、からかうようなウィンクをした慎は『くわばらくわばら』と呟きながら、行ってしまった。 分かってたんだ・・・・・慎・・・・・・ 気まずい雰囲気が離れた所に立っている勇貴さんと僕の間に漂っている。 勇貴さんは3日前から僕と口を利いてくれない・・・・・・・・・ たまたま、また環ちゃんの付き添いで病院に来ていた勇貴さんが僕の診察に出くわした、それだけの事だったのに・・・・・・・ あの日、診察室から出てきた僕を勇貴さんはすごい眼で睨み付けた。 その瞬間、勇貴さんから発せられた切ない痛みが僕の胸をも深く傷つけた。 発せられたそれは、僕に対する不信感だったのだ。 それは今も同じ。今も勇貴さんから僕に向けられている。 胸が潰されそうだ・・・・・・・こんな力はいらない・・・・・・ 一番大切に想っている相手に信じて貰えていないことを知ってしまう能力なんていらない・・・・・・・ 「保健室、行くんだろ?」 三日ぶりに聴いた声は、いつになくつっけんどで、 「一人で行けますから・・・・・・」 涙が不意にわき上がってきて、瞼を慌てて瞬いた。 「俺に付き添われるのはいやなんだものな、蓮は」 投げやりにそう言うと、勇貴さんは手近な木の葉を乱暴に数枚引きちぎった。あからさまな怒りを込めて。 「イヤだなんて・・・・」 「俺、蓮の気持ちが・・・・・分からない」 「勇貴さん?」 「好きだって俺言ったよな?蓮も俺のこと好きだって言ってくれたよな? きつく眉を絞り、苦悶の表情で、 「しきたりだから?それとも病院だから許されるのか?下着しか身につけていない姿で青柳さんに抱きかかえられている蓮を観たとき、どんな気持ちだったと思う? ゆっくりと歩を進め、僕はおずおずと両手を差し出し、強張っている勇貴さんの身体をギュッと両手で抱きしめた。 棘に刺されるような鋭い痛みが、触れた身体に波及する。 「ごめんなさい・・・・・・」 僕がごく当たり前のように皆の庇護を甘受する事で、貴方がこんなにも傷ついているなんて・・・・・・・・・・・ 僕が変わらなければいけないんだね。今のままでは貴方に愛される価値などないのかもしれない。 「もっと、ちゃんとするから。みんなに心配してもらわなくても良いような僕になるから・・・・・だから、嫌わないで・・・・・」 もう、僕は庇護され、護られる神子のままではいけない・・・・・・ あなたと、ともにあるために。 「嫌いになれるくらいなら、苦しんだりしないさ」 少しすねたような口調で、 「誰にも渡さない・・・」 慎にも、三鬼たちにも、泉の龍神にも・・・・・・・ 力強く抱きしめられた。 「僕も・・・・あなたとともにありたい」 強張っていた勇貴さんのこころが柔らかく解けはじめて、抱きしめられた腕から暖かい想いが流れ込んでくる。 さっきまでざわめいていた中庭に、今は僕たちの鼓動だけが静かに響く。 校舎の向こうから、体育の授業で鳴らしたのであろうホイッスルが、別世界の笛の音のように微かに鳴っている。 二人だけの世界、勇貴さんの腕の中はとても心地よくて、このままずっと時間が止まってしまえばいいのに・・・・・・・ 「ねぇ、いけないことしましょうよ」 胸の中で、僕の願いがつい、こぼれ落ちてしまった。 「・・・い、いけない・・・こと!?!?」 勇貴さんの腕が途端に僕からバッと離れた。 きょとんと、見上げたら、どうしてだか、勇貴さんは真っ赤になっていた。 だいたい、勇貴さんたら、今の声どっから出したの? 「ええ、エスケープしましょうよ。僕ね、午後の授業に今更戻る気になれないんです。みつからないうちに早く行きましょう」 手を握って、裏門の方に歩き出した僕の後ろで、勇貴さんは笑いながら『なぁんだ・・・脅かさないでくれよな』と呟いた。 「なんだと思ったの?」 「あ、あ?なんでも・・・・蓮がそんなこと言うわけないんだよな・・」 独り言のあと、照れくさそうに、頭に手をやった勇貴さんの耳元に僕は唇を寄せて、 「僕の想いはもうずっと前に変わってるのに・・・・・・ 「え?ど、どういうこと?」 「うふふ、さあ。どういうことでしょうね」 にっこりと僕が笑うと、勇貴さんの顔はみるみるうちにまたしても真っ赤になった。
ゆらゆらと、時には寄り道もしながら。 ☆END☆ |