Crystals of snow story
*Furetai*
・・・・触れたい・・・・
声にしない小さな呟きに、俺の数歩前を歩いていた蓮は、スッと振り向き、漆黒の瞳で俺を見詰め返した。 たじろいで立ち止まった俺に、細い首をほんの少し左側に傾げて、うっすらと頬を紅色に染める。 蓮の黒瞳は何かを問いたげに俺を見詰めたあと、口を閉じたままの俺に向かって、長い睫が切なそうに影を落とし、蓮は再び前を向いて歩き始めた。 「蓮・・・・・・」 華奢な背中に今度はちゃんと声にして、呼びかけてみる。 「はい・・・・・」 今度は前を向いたまま蓮が小さな声で答えた。 その声音は、少し震え気味で、蓮が怯えていることを示唆している。 「いいんだよ」 「良くはないです」 「俺は構わない」 「うそ・・・・・」 後ろ姿しか見えてはいないのに、蓮が口唇を噛みしめているのがわかる。 紺色の制服に包まれた、小さな身体を抱きしめたい衝動に駆られ思わず伸ばしかけた手を俺はすんでの所で止め、その気配に振り向いた蓮が悲しそうに微笑んだ。 「嘘つきだ、勇貴さん・・・・・」 噛みしめられて色の増した紅色の唇が俺を責める。 愛しい蓮に触れることが出来なくなって、もう幾日たつだろうか。 触れたくて、触れたくて、堪らないのに・・・・・・俺は怖くて、蓮に指一本触れることが出来ない。 「僕が怖いんでしょう?」 小さな呟き。 「違うよ、蓮」 蓮が思ってるような事じゃない。 「僕が気味悪いのなら・・・・・・」 「違う!」 強く否定しても、蓮は悲しそうに俯いてしまった。
触れたい・・・ 蓮の白い頬に、柔らかな髪に・・・・ 紅い口唇に・・・・ 「蓮、触れてもいいか?」 何もかも見透かしてしまう蓮が怖くて、触れることの出来なかった蓮の頬に、恐る恐る俺は手を伸ばす。 「いや・・・・・・・」 蓮は俯いたまま足下の砂を、ジリッと鳴らして後ずさった。 「嫌だよ・・・・・・僕に怯える勇貴さんなんか見たくないもの・・・・・・ この間だって・・・僕を抱きしめた途端に逃げ出したくせに」 「あの時は」 あの時、怯えたのはむしろ蓮の方だ。 俺の腕の中で、俺の心の奥に渦巻く蓮への欲望に怯えた瞳を向けた蓮・・・・ 綺麗な蓮。 汚れを知らない蓮から、俺は逃げ出してしまったんだ。 あれ以来、俺は怖くて蓮に触れることが出来ないでいる。 「違う、蓮に怯えたんじゃない。蓮に嫌われたくなくて逃げ出したんだ」 滑らかな頬を愛おしむように包んだ。 「ほら、感じるだろう・・・・・・俺がどんな風に蓮を想っているか」 蓮の澄んだ瞳が大きく揺らめく。 「蓮が怖い訳じゃない・・・・・・俺の想いを悟って蓮を怯えさせてしまうのが怖かったんだ。 蓮に嫌われてしまうのが、怖かった・・・・・・」 「どうして?嫌ったりなんかしない」 俺の手に蓮のヒンヤリとした手が重なる。 「分かるんだろう?俺の気持ちが」 「うん・・・・分かるよ。こうして触れていればちゃんと分かる・・・」 蓮はゆっくりと睫毛を伏せて微笑んだ。 「愛してるって・・・・・・流れてくるよ。 誰よりも僕が好きだって・・・・・ 僕が欲しいって・・・・・」 伏せた睫毛の間だから、一筋の涙がツッーと桜色に染まった頬に流れ落ちた。 「蓮?」 「僕から逃げ出したのは僕にこの想いを伝えないためだったんだね?」 「恐がると思ったんだ。俺がこんな事考えてるなんて蓮が知ったら」 蓮に負けないくらい俺の頬も羞恥に染まる。 「どんなことを考えてるの?」 再び瞼を開いた蓮がクスッと笑った。 「ど、どんな事って・・・分かるんだろう?」 幾らなんでも口に出しては言えないよ。 「ううん。前にも言ったでしょう?僕に分かるのは波動のようなもの。具体的なことは分からないんだよ。 ねえ、どんな事?」 悪戯っぽく瞳を輝かした蓮を、腕の中に抱き込んだ。 「意地悪だな蓮は」 俺の口から苦笑が漏れた。 「意地悪なのは勇貴さんの方だ」 触れて欲しかったのに・・・・・・ 声にならない小さな呟きが聞こえるような気がした。 触れたかった。 蓮の白い頬に、柔らかな髪に・・・・ 紅い口唇に・・・・ そっと、くちづける・・・ 〈END〉 |