Crystals of snow story

*Otozure*

常に僕にまとわりつく視線。  

いたわりや、愛情に満ちたものから、畏怖の念や時には哀れみを帯びたものまで、その視線は言葉以上の感情を僕に語りかけてくる。 

僕が僕である以前に、この村を司る龍神の神子であることが。また、それによってもたらされた尋常でない力が、彼らにとって、畏怖なのだろう。  

幼い頃から、そんなことにはもう、なれていたはずなのに、このごろ何故かそんな視線を感じるたびに心が騒ぎ落ち着かない・・・・・

神子である前にただの人でありたい・・・・

なぜ、僕はいまさら、そんなことを思ったりするのだろう・・・

僕自身でありたい・・・何のために?誰のために?    

あの人が来るから・・・・・・ ?・・・   

この夏、木々の青葉が山を覆い尽くした頃、漠然と僕の心にそんな想いが込み上げてきたのだ。  

その日以来、男性なのか女性なのかはたまた、老いた人なのか子供なのか、それすらもわからないまま、僕は、僕の運命に大きく関わるであろう誰かの気配に神経を尖らせていた。  

何故か分からない・・・・

誰なのかすら分からない・・・・

でも、その人にだけは、神子ではなく、普通の人間として見て貰いたい。  

それは夏の暑さが増す毎に僕を更に煽り立てていったのだ。     

************* 

キラキラと水晶の輝きにもみまごう泉の清水が火照った素肌にまとわりつく。  

僕と僕の双子の兄である慎はこの泉に棲むと言う龍神が愛でた双子だからか、ここにいれば僕はどんなときでも心の平穏を取り戻すことが出来る。 

龍神など、大昔の伝説だと分かり切っているのに、それでも僕はこの泉に惹かれて止まない。   

昔は慎も同じように泉に通ったものだが、二人の役割や外見がハッキリと形をなしはじめた頃から慎はあまりここには来なくなり、僕だけが今も一人泉に通う。  

まもなく・・・・そう、後5年もすれば慎は成人し、妻を娶り、僕は泉の奥に立つ離れに居を構えることになるのだ。  

今以上に世俗を離れ、神子としてただ、ひっそりと・・・・・・黄泉の国の使者が僕を迎えに来るその日まで。    

この夏が来るまで僕はその事になんら疑問など持ったことは無かったのに・・・・・  

誰もがまだ、次期の神子が僕達のうちのどちらか分からなかった幼い頃から、僕と慎、そして前代の【郷守の双子】の一人であるおじいさまには運命が分かっていた。  

慎が次代を次ぎ、僕は神子としての一生を生きるのだ。  

普通の人とは違うたぐいまれな予知能力と引き替えに、短い一生を送る・・・・・  

それが郷守の双子にかせられた運命(さだめ)なのだから。     

***************

ふわり、と、僕の廻りの水が揺れ、愛しい来訪者の訪れを告げる。

一拍の間をおいて、生い茂った夏の雑草を踏み分ける音とともに、

「蓮!」  

背後から少し機嫌の悪そうな声が僕を呼んだ。

「珍しいね?こんなに早く慎がここに来るなんて」  

もう一度泉の中に潜り込んでから顔を上げた僕は、泉の畔で両腕を腰に置き仁王立ちの形相で見下ろしている慎に笑い掛けた。

「・・・たく!幾ら夏だって、まだ日が昇りきっていないのに入水なんかして、また熱を出して寝込む気かよ?」

「大丈夫だよ。すぐに上がるから」

「ほら、早く上がってこい!」  

バスタオルを両手でバッと拡げた慎の元まで泳いでいった僕は仕方なく、岩に手を掛けて泉から上がった。

「バカだな・・・・すっかり冷えちまって・・・唇が紫色じゃねぇか」  

ぶつぶつと僕を叱責しながら、慎は僕の身体をタオル越しに抱きしめてゴシゴシと擦り暖めてくれる。  

鏡に映したようにそっくりなのに、僕はなされるままに、柳眉を寄せた慎の綺麗な顔にぼんやりと見とれた。  

僕には無い、芯の強そうな男らしい美しさが最近の慎にはにじみ出てきているからだ。

「ほら、俺が隠して置いてやるから、さっさと服きろよ」

「どうして?隠さなくても、誰もいないじゃない?」

「誰かみてるかもしんねぇだろうが!」

「そう?別に見られても僕は困らないけど?」  

僕の言葉に慎が意外なほど赤面する。

「いいから、さっさと着ろって!」  

またしても怒鳴られて、僕はきちんと畳んで岩の上に載せておいた服を身につけた。  

岩の上はちょうど朝日が射し込んでいて、ほっこりと暖められていた洋服は冷え切った裸身にとても心地よかった。

「やっと、色が戻ってきたな」  

眉を顰めていた慎の指が僕の唇に触れ、ホッと息をついた。

「だから、大丈夫だっていったじゃない」  

笑った僕に、慎は真剣な顔で思いもしないことを言った。

「蓮、ここで泳ぐのはもうやめろ」

「どうして?」

「何か有ったらどうする?」

「何かって?なんのこと?」  

何度か瞬いて見返した慎の顔は明らかな狼狽の色を浮かべて口ごもってしまった。

 ・・・・危険・・・・の二文字が慎の深層から流れてきて、僕に狼狽の意味を告げる。

「どうして・・・・・ここが危険なの?」  

他の人なら、考えを読みとってしまう僕に畏れを抱くところだけれど、慎は慈しみを込めて僕を腕の中に抱き寄せた。

「どうしてもだ。俺のためだと思ってくれ、蓮。俺のためにもうここでは泳ぐな。一人の時はなおさらだ、分かったな?」

「う・・・・うん」  

真剣な想いが流れてくる。

僕を守り抜こうとする強い意志が・・・・慎の奥深くから僕の中へと・・・

「お前に何かあったら、俺は生きていけない・・・分かってるだろう?」  

くぐもった慎の声が僅かに震えている。  

愛しい半身。  

僕にも分かっている、残される者が一番辛いのだ。  

僕にとって慎がいない世界など考えられないように、慎にとっても僕はかけがえのない半身・・・・なのだから・・・・・・

「ねぇ、慎。何かが・・・・変わるかもしれない」

「何だって?!」  

瞠目した慎に聞き返されて、僕は自分の発した言葉に驚き両手で口を押さえた。

「わ、分からない・・・・でも、誰かが来るんだよ・・・誰なのか、どんな人なのか分からないけど、もうすぐここに・・・・・泉に来るんだよ、慎」

「お前の運命を変える相手がか?」

慎が僕の瞳をじっと見つめて聞き返した。瞳の中にもう一人の僕を映して。

「分からない・・・霞が掛かってるみたいに判然としないけど、僕にとってなにか、とても重要な人が、もうじきここに来るんだ・・・・」  

複雑な表情で、僕をしばらく見つめていた慎は少し寂しそうな微笑を浮かべると、

「お前にとって重要な人か・・・・いい奴だといいな・・・蓮」  

ポンと肩を一つたたいて、僕を母屋の方向へと促した。  

幼い頃から幾度となく、二人で手を繋いで歩いた小径。  

木の葉のざわめきや小鳥の囀りに耳を傾けながら歩いた小径。  

近い将来、僕の横に立つのは慎ではない誰かのような気がして、僕はもう一度、きらめく泉をゆっくりと振り返った。  

 あなたは誰・・・・・・・・

END

本編の一年前、蓮と勇貴が初めて出会う、初夏のお話です。

33333のゲッターのあずさ様から「蓮」をと言うリクエストを

お受けして、細かい設定がなかったので、双子だけの話を

書かせていただきました(^^;)こんなのでも良かったのでしょ

うか・・・・