Blauer Mond present
Secret Rhythm2
上宮 明
たとえば。
親友と呼べるヤツが、とんでもなく同性にやっかまれる存在だとしたらどうするだろう。
それが明らかにひがみをこめられたものだとしたら。
「・・・だから、そんなんじゃないって言ってるでしょう」
「じゃあ、どんななんだよ!お前が浩子と寝たのは、あいつが白状してバレてんだよ!」
昼休みの男子トイレ。
俺の親友・蒼野俊成は、”いつものように”尋問にあっていた。
「白状したって?・・・なにを。『あたしが蒼野君を誘ったの、悪いのは蒼野君じゃないわ』って?」
蒼野は皮肉っぽく笑う。
怒りを逆撫でされたその人物・・・・・・蒼野に彼女を寝取られてしまった先輩は、とっさに蒼野の胸ぐらをつかみにかかる。
「おやおや、暴力に訴えると言うことは、図星でしたか。それはお気の毒なことで」
決して引かない蒼野と、全くの図星を指されてしまったその先輩は、もはや返す言葉もなく蒼野を掴んでいた腕を離した。
「浩子先輩の方から誘ったのは事実ですよ。もっとも・・・だからといって俺が彼女と付き合うなんてことは、どう考えたってありませんけどね」
「・・・・・・で、結局殴られたわけ?」
昼休み終了間際、教室に戻ってきた蒼野の唇は端が切れ、それを拭ったと思われるYシャツの袖は鮮血に染まっていた。
教室のみんなは目が点になり、女子達はキャーキャー言ってる。
俺は慌てて蒼野のそばに駆け寄ると、保健室へと促した。
「そう。俺、現実をありのままに言っただけなのに」
・・・それが一番良くない状況に、どうしてそういうことをするんだろうか。
俺は呆れた溜息を吐きながら、傷口に消毒液を含ませたガーゼを当てる。(保健室の先生が見あたらなかった)
痛てて・・・と、眉間にしわを寄せる蒼野の頭を押さえて、半ば強引に絆創膏を貼り終えて、さて、教室へ戻ろう、ときびすを返した時に蒼野に腕を掴まれた。
「5限、このままサボろう」
「・・・何言ってんの」
「ダメ?」
「だめ」
「ケーチ」
蒼野はペロッと舌を出して肩をすくめる。
俺はそんな蒼野を、なんだかんだ言いつつもほほえましく眺める。
蒼野―――――蒼野俊成とは中学からの腐れ縁で、高校も同じなら、クラスだって常に一緒という切っても切り離せない間柄。
気がつけば俺達は親友同士。
そんな蒼野は、男目から見てもそこそこかっこいいヤツだと思う。
背も高く、顔もいい。成績もよくて華がある。
当然、女は蒼野に注目するわけで。
蒼野も蒼野で、実にクールに人間関係をこなすものだから、彼氏がいようといまいと、自分にモーションを掛ける軽い女には容赦しない。
やることはやって、付き合う気はない(だいたい、この手の女は、やることやられたあとに勘違いして舞い上がってしまうのだが)という態度に、やっかむ男は当然大勢いた。
そんなヤツと親友している俺はといえば、ごくごく普通の高校2年生。
蒼野の親友、ということで、いろんな意味で一目置かれてはいるけれど、それ以外なんの変哲もない健全たる青少年。
「よくあんなヤツと親友でいられるな」
皮肉めいたことをクラスメートによく言われるけれど、なんのことはない、なぜだか蒼野は俺の前では、クールとはほど遠い、実に頼りない人間になってしまうんだ。
「あ・・・チャイム」
5限の開始を告げるチャイムが保健室に鳴り響く。
保健室がある場所は教室から離れていて人通りも少ないため、仰々しいほどの余韻を残してチャイムは引いていく。
「これはやっぱり、サボるしかないだろう」
小さく笑って、座っていたソファーに腰を反らせる蒼野。
「まったく・・・」
と、言いつつも俺も引きずられるようにとなりに座る。(本当は、次の授業・世界史は苦手なのだ)
グラウンドからホイッスルの音が遠く聞こえる。
俺はあえて蒼野に何も聞かなかった。
蒼野も今まで、一度だって「不祥事」について、俺に話したことはない。
蒼野がどんなに悪く言われても、少なくとも俺には大切な友達だから。
「ふー」
わざとらしい溜息をついて、蒼野が腰を深く落とした。
そのまま俺を見上げると、
「膝枕」
「え?」
「いいだろ?」
「・・・なんで」
「眠いなー」
「あっちにベッドあるでしょ」
俺が指を指した方には白いカーテンが2枚並んでいて、その向こうにやはり白いシーツのベッドが二脚あった。
「・・・つれないのね」
くすん、と、わざとらしい泣き真似をする蒼野。
けれども半ば強引に膝を占拠すると、そのまま頭を俺の膝上にのせた。
蒼野の髪がさらり、と音を立てて俺の膝の上に零れる。
「もう少し・・・」
「んー?」
俺が声を出すと、目を閉じている蒼野が気怠そうに答える。
「もう少し、節操があればね」
「お前だけは苦しめないよ」
「・・・俺に言う台詞じゃないだろ」
・・・苦笑い。
まったく・・・。
蒼野には危機感というものがないのだろうか。
ほとんど毎日昼休みは呼び出され、あれだけ同性の敵を作って、それでも平然としていられる。
そのうち、友達が俺だけになってしまったらどうするんだ。
自らを追い込むようなことをしなくてもいいのに。
「なぁ・・・こないだ言ってた『好きな人』には申し訳ないと思わないわけ?」
「好きな人? いる、なんて言ってないだろう。『さあね』と言っただけで」
そう言って蒼野は笑い、俺の膝を揺らす。
「・・・でも、」
ふと、笑いを止めて言葉を区切ると、
「いずれにしろ、お前のことは苦しめないよ」
いつになく真剣な眼差しを俺に向ける。
「お前といるときは、昔からお前が知っている俺だろう?」
「・・・まあ・・・ね」
蒼野の本心はわからない。
クールなのか、馬鹿にしているのか、それとも本当は誰よりも真剣なのか。
一番近くにいる(と思う)俺でもわからない心。
膝の上で寝息を立てる、安らかな寝顔の君よ。
その心は、どこにある―――――?
END