Blauer Mond present
Secret
Rhythm 4
上宮 明
「・・・インボーだよな」
「・・・日頃の行いのせいだね」
「・・・・・・オーボーだ」
「あー、もううるさい!決まったからにはやるしかないだろう!?」
俺はたまりかねて、うだうだと駄々をこねる蒼野を一喝した。
一瞬びっくりしたような目で俺を見て、ぽりぽりと頭を掻くと、そのまま枕に顔を埋める。
―――事の発端は、今日のホームルームに遡る。
「では、春期クラス委員を決めたいと思います」
議長兼・秋期クラス委員長は、教室をぐるりと見渡してから、
「立候補、または推薦はありませんか?」
と、発言を促した。
うちの学校は、2年生から3年生になるときも、基本的にクラスはそのまま持ち上がり。
そんなわけで、卒業式もまだやっていないこの時期から委員が選抜される。
文系・理系の選択はあるけれど、それ以外変わるところは特にないから、まぁ、気を使わなくて楽かもしれない。
蒼野との同クラス記録更新。
・・・それはいいとして。
委員の仕事は、いわば雑用。
週1回の定例会議、月1回の生徒会会議。
それ以外にも、先生の用事や学校行事などなど・・・いろいろな仕事をこなさなければいけない。
面倒で単調な仕事が延々半年も続くのだ。
それだからみんな他人に擦り付けようと、教室内は様々な名前が飛び交う。
俺は冗談半分で、
「蒼野、お前、委員長に立候補すれば?」
クク、と笑いながら、眠りこけている蒼野の頭を肘でつつく。(腐れ縁もいい加減すさまじいもので、なんと現在の席は前後している)
「あぁー? そんなの興味ないね」
モゴモゴと腕の中から声がする。
「俺はね、委員とか代表とか、そういうものとは縁遠い生活したいの。お前が一番わかってるだろ?」
あーあ、こりゃ、昨日も夜遊びしてたな。
眠そうな声・・・。
俺は、はいはいと適当に返事をして前に向き直ろうとした、その時。
「クラス委員は、蒼野俊成君が適任だと思います」
えっ?
俺は声がした方を振り向く。
発言したのは、昔、彼女が蒼野に夢中になって捨てられてしまったヤツだった。
それ以来、ずっと蒼野を敵視している人物。
蒼野が一部の男子からよく思われていないのは俺も知っている。
・・・蒼野も蒼野で、言い寄ってくる女(しかも、彼氏持ち限定、というところがまた何とも恐ろしい・・・)をいいように弄んでしまうから問題なんだ。
蒼野の名前が出てきたことで、女子が騒ぎ出す。
「えー、じゃぁ私、副委員に立候補しようかなぁ」
「私も、蒼野君とだったら委員になってもいいー!」
あーあ・・・。
収拾がつかなくなって混乱している教室内。それをまとめようとする委員長。
そして、自分のことを言われているのに眠ったままの蒼野。
事態を招いた発言者本人は、同じような『反・蒼野派』と事の成り行きを伺っている。
皮肉な笑みを浮かべて。
「で・・・では、多数決をとらせていただきます!」
委員長の声に、ようやく蒼野が顔を上げた。
額に袖口に付いているボタンの跡が赤く浮かんでいる。
「ん、何・・・何決めんの?」
蒼野が大きな欠伸をしながら伸びをするのと、委員長が蒼野に”確認”したのはほぼ同時だった。
「それとも蒼野君、『委員に立候補』しますか?」
「ふぁ〜・・・・・・何!?!?」
右手を大きく挙げたまま、一気に現実に引き戻される。
「蒼野、立候補するんだ、委員に。―――決まりだな」
間髪入れず、皮肉なクラスメートは嫌みな笑みを浮かべて蒼野を一瞥した。
蒼野はソイツの方を見て、一瞬、俺にも見せたことの無いような鋭い視線で睨み付けると、
「マジで、俺ッスか?」
委員長には、いつもの調子の良い蒼野に戻って訊ねた。
ほんの少し困惑している委員長に、蒼野は深い溜息を一つつくと、
「・・・・・・こいつもやるならやっていい」
そう言って蒼野は俺を指さした。
へ?
え!?
なにー!?
じ、冗談じゃない!!
な、なんで俺がこいつのイジメ(?)に巻き込まれなきゃいけないんだ!?
俺が驚きと怒りとその他諸々の感情で言葉も出ないでいるうちに、
「まぁ・・・立候補した(正確には違うけど)蒼野君が推薦するというなら・・・」
委員長は助け船どころか、早く収拾をつけたいこの会を終わらせようとあっさりと俺を見捨てた。
―――――・・・・・・。
「まったく、冗談じゃない!なんで俺がお前に付き合わなくちゃいけないんだよ・・・・・・委員なんて・・・・・・」
俺は、ベッドを占領している蒼野の頭をポカリと殴った。
痛てっ、と小さく叫んだあと、がばっと頭を上げて俺を見つめる。
「・・・だって、他のヤツとやったって面倒くさいことが増えるだけだ。気が合わないヤツとやってみろよ。俺ぁ、サボるね」
「・・・・・・オーボー」
「俺の真似するなよ」
クスリと笑ってベッドから跳ね起きる。
家にやってくるたび、俺のベッドは蒼野の定位置になる。
どっちの物なんだかよくわからないくらい蒼野は利用してくれるものだから、朝整えたシーツもぐしゃぐしゃになってしまう。
・・・まったく。
「やりたくない、って言えばよかっただろう」
ベッドに腰掛けた蒼野に振り返る。
「んー・・・でも、それでいつまでも決まらないのも面倒だろ?早く帰りたかったし♪」
「あっそ。今日の放課後のために半年を棒に振ったね・・・。・・・それに、これって、アイツらの思うままになったって事じゃないか」
何となく、俺は悔しかった。
あの時、蒼野が見せた鋭い視線。
あれは、明らかに『怒り』を込めた物だったはずなのに。
委員長を上手く論破して、断ることくらい容易かったはずなのに。
「何?お前、悔しいの?」
!
「べ、別に!・・・恨まれるようなことしてるお前が悪いんだしっ」
図星を指されて動揺したが、よく考えてみたら、そうだ。
元はといえば蒼野が・・・・・・。
こいつが悪いんじゃないか。
悔しがる必要なんて、ない。
「人気者は辛いわ」
涙を拭う素振りをした蒼野の頭を、俺はまたペシッと叩いた。
大げさに頭を押さえてうずくまる蒼野の髪が、俺の首筋にかかった。
「くすぐったい。・・・離れろよ」
あ、悪い悪い、と蒼野は顔を上げる。
そして、
「ま、がんばりましょうや。・・・よろしく、副委員長」
顔にかかる髪の間から、真っ直ぐな瞳が俺を見つめていた。
「よ・・・よろしくされたくない・・・・・・」
―――・・・・・・なんだ?
一瞬、不覚にも、蒼野の瞳に動揺してしまった。
あの鋭い瞳と、あまりにも違っていたから―――――。
「そんなこと言うなよー。決まったからにはやるしかないだろ?」
クスクスと笑いを漏らして俺の真似をした蒼野を、俺はなぜだか真っ直ぐ見返すことが出来なかった。
END
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