夏時雨、しと、しと
Crystals of snowさま、15万Hitsお祝い
「さっち、何してる!遅れるぞ!」
「は〜い、すぐ行くよ〜」
『さっち』こと、聡也(さとや)の朝は相変わらずこんな風に始まる。
「置いてくぞっ!」
「たっくん、待ってよ〜」
いつまでたっても、寝起きの悪いさっちを迎えに行くのは、『たっくん』と呼ばれている俺、隆嗣(たかつぐ)だ。
俺たちは同じ中学の3年生…14歳。
隣同士に住む、生まれたときからの仲良しだ。
けれど、今や『仲良し』だと思っているのはさっちだけ。
俺の中ではもうすでに、さっちは『幼なじみ』でもなんでもない。
自覚してしまったさっちへの恋心はもう、どうしようもなくて、俺は日々、悶々と過ごしてるって訳だ。
そして今夜も恒例の、2人っきりの勉強会。
俺の机に椅子を並べて片寄せあって座ってる。
俺たちは、部屋も二階のお向かい同士。
この春からは窓から出入りしていて、お互いのプライバシーなんてもうあったもんじゃない。
もちろん、それは俺が望んで作り上げた環境なんだけど…。
「ねえ…たっくん…」
シャーペンをクルクル回しながら、さっちが小さいため息をつく。
「どした?」
ここのところ、さっちは何をやっても上の空だ。
それは学校でも、俺の部屋でも同じことで…。
もうすぐ夏休み。その前には進路票を提出しなきゃなんないってのに…。
「毎朝、駅前で見かける人たち…ってわかる?」
窓の外をぼんやり眺めながら、呟くようにさっちは言った。
俺の心臓は、ドキン…と派手な音を立てる。
「ね?わかる?」
クルッと振り向いたさっちに、俺は自分の心臓の音が聞こえてしまったんじゃないかと大いに焦る。
んなもん、わかるに決まってんじゃねーかっ。
だいたい俺は、お前が自覚するより先に、お前の視線に気がついていたんだからなっ!
でも、俺の口から出てくるのは…。
「さ、さぁ…?どんなヤツ…?」
な〜んて大嘘だ…。
「ん…。明日、教えるから…」
そう言ってさっちはそれっきり黙りこんじまった…。
翌朝、いつものように俺とさっちは駅前を通る。
見たくもないけどいつもの2人連れが目に入った。
「…たっくん…」
この距離じゃ聞こえやしないだろうに、さっちは小さな声で俺を呼び、俺の制服の裾を引っ張る。
「なんだよ…」
「あの人たち…」
わかってるって…。
「ん?どれ」
俺は、わざと視線を彷徨わせる。
「あの、櫻稜の制服の人…」
さっちが可愛い指でちょいと指したのは、やっぱりあの2人連れだ。
名門私立の高等部の制服が、イヤになるほどよく似合う男前…。
そして、彼の隣には、同じ制服の、それこそ少女のような美少年。
もちろん、俺もさっちも、彼らの名を知らない。
知っているのは制服が教えてくれる名門校の名前…それだけ…。
「たっくん…僕、あの人の名前が知りたいんだ…」
いきなり繰り出された、さっちのせっぱ詰まった声が、俺を現実に引き戻した。
「な、名前って…なんでだよ。どうしてそんなの知りたいんだよ」
そう言うと、さっちは困ったような顔で俺を見上げてきた。
「…どうしても…」
消え入りそうに呟かれて、俺は言葉をなくした。
それから学校までの道のり、いや、学校へ着いてからも、さっちは全然口をきこうとしない。
思い詰めたように顔を伏せ、暗い目をしたままで…。
ついに耐えられなくなった俺は、さっちの機嫌をとるように言ってしまった。
「わかったよ、さっち。俺が調べてやるから」
「ホントっ?ホントにっ?!!」
途端にキラキラ輝いた、さっちの目の光が痛い…。
本気で調べると、あいつの名前はすぐにわかった。
体格と、健康的な日焼け具合から運動部だろうと踏んで、そっちの方から調べたんだ。
やっぱりあいつは有名人だった。
櫻稜学院の東森研二。サッカー部のエースだ。
次の日、日曜日の夕方。
いつものように夕飯前の勉強を、俺の部屋で始めたさっちと俺。
俺の報告に目を輝かせていたさっちだったが、やがてまた、ふと俯いた。
「ね…。あの人たちって、恋人同士かな…?」
そんなの見りゃわかるだろ。
一目瞭然ってヤツだ。
でも、俺は…。
「こ、恋人同士って…あいつら男同士だぜ」
つい、いらないことを言ってしまう…。
さっちは顔をあげて俺を見る。
その目は、すごく、すごく悲しそうで…。
俺の胸がギュッと締め付けられる。
「男同士…って…。やっぱり変…?」
変なことあるもんかっ!だって…だって、俺…。
「ふ、ふつーじゃねぇよな」
だーーーーーーーっ!何て事言うんだっ、俺のバカっ!
『ガタンッ』
大きな音を立てて、さっちが立ち上がった。
「さ、さっち…」
大きな黒い瞳から、ポロッと一つ、零れ落ちる物があった…。
「ご、めん…。たっくん…。僕、もう来ないっ」
「待てよっ」
さっちはいきなり窓を開けて飛び出した。
やばっ!
雨だっ、屋根が濡れてるっ!
「危ないっ!さっち!」
言うより早く、俺の身体は飛び出していたんだけれど、さっちの方はそれより先に足をすべらせていた。
「わぁっ!!」
「さっち!」
………間一髪…。
俺はさっちの身体を右手で抱え、左手で両家の間に植わってる大きな桜の木にしがみついていた…。
「…さっち…大丈夫か…?」
びっくりしたのか、さっちは言葉もないようだ。
「よっと…」
俺はさっちの身体をしっかりと抱え直し、慎重に体勢を戻す。
さっちは俺にされるがままになっている。
「濡れちまったな…」
俺はうつむいたままのさっちを、もう一度俺の部屋に連れ戻した。
タオルを出して頭を拭いてやると、その小さな肩が震えだした。
「う…うぇっ……」
頼むから…そんな切ない声で泣かないでくれよ…。
「さっち…ごめん…」
俺はそう言って、ギュッとさっちを抱きしめた。
「た…たっくん…僕のこと…キライにな…った…」
切れ切れに吐かれた言葉に、俺は愕然とした。
俺は、さっちが俺に愛想を尽かしたんだと思いこんでいたから…。
「ちょっと待てよっ、何で俺がお前のことキライになるんだよっ!」
「だって…!僕、男の人なんか…好きになって…」
嗚咽に紛れて流れてくるのは、さっちのあいつに対する恋心。
それはそれで胸に堪えるけれど、ともかく今は…。
「バカッ!そんなことでキライになるもんかっ」
だって、さっち…、俺はお前のことが好きなんだぞ…。
それが言えれば、苦労はないけれど…。
「たっくん…」
泣き濡れた瞳で見上げてきたさっちは、それはもう、凶悪なくらい可愛くて…。
「さっち…。人を好きになるのに、男も女もないだろーが」
「…ホントに…?ホントにそう思う…?」
ああ、もう…。俺の気持ちを正直に伝えれば、これ以上説得力のある言葉はないのに…。
どんなに言葉を尽くしても、一番大切な事を隠したままじゃ、結局嘘になっちまうと俺は感じて、ただ一度だけ、真剣に頷いた。
「たっくん…たっくんっ」
俺にしがみついて、さっちは今度こそ、盛大に泣き出した。
窓の外は夏時雨。
俺も、この空やさっちのように泣いてしまいたいけれど。
でも、今だけでも、この腕の中のさっちを大切に、大切に抱きしめていたい。
さっち…。俺の大事なさっち…。
いつか、この気持ちが伝えられる日が来ますように…。
あの雨の日、俺はこんな気持ちでいたんだぞって、笑って話せる日が来ますように…。
END
いただいてしまいましたv「たっくんとさっち」第二弾ですvv>第一弾「桜雪、ちら、ほら」
ももさん、いつもありがとうvv
この二人のこれからの展開にワクワクですv次は20万?〈笑〉
素材提供