Ai と Makoto の運命2002 Vol.3
(ひそかに年が変っているのは気付いても大目に見るようにっ)

 亜衣ちゃんに「オレを好きにしてみせる」宣言をしてからこっち、オレは学院の亜衣ちゃんフリークから壮絶なイジメを受け続けていた。靴箱や机の中にゴミぶちまけられるわ、教室に置いておいた教科書や体操服は切り刻まれるわ、自転車のタイヤは何遍やりかえてもパンクさせられるわで、なかなかうんざりさせらているんだ。しまいには校舎の近くを歩いていると空からいろんなものが降ってくる始末で。チョークやら黒板消しやら、脅迫めいたことが書いてあるノートやら、中身のない弁当箱やら、貰ってもあんま、うれしくないものばっかりね。仕方ないからオレは、傘さして校庭を歩いているってなもんよ。
 全校生徒の、いったい何割が亜衣ちゃんに惚れてんだ?まあそりゃ亜衣ちゃんはキレイなオトコだから、もてるのはしょうがないじゃん。だからそれで苛められるってのは、理解できなくもないっつうか。勿論納得はいかないんだけどさ。
 我慢がならないのは、関係ない生徒達まで、おもしろがってオレを苛めてくることと、・・・オレに味方してくれている親友の考太郎にまで塁が及ぶことだ。
 

 その日オレらは、次の授業が実験だっていうので化学室へと向かっていた。その前にオレの教科書が隠されてしまっていたので、探すのにちょっと手間取ってしまい、オレとコータローはクラスの他の奴らよかだいぶ遅れて移動していたんだ。
 「ごめんコータロ、オレのせいで遅くなっちゃって」
 小走りに渡り廊下を進みながらオレが言うと、考太郎はにこにこしながら首を振る。
 「大丈夫だって、そんなの気にしないで。急げば充分間に合うよ」
 それにオレが頷いて、笑い返そうとしたその時だ。

 かしゃ。

 なにかが頭のてっぺんに落ちて来て、壊れるような感じがした。そして頭の皮に冷たい感触が走る。
 誰かが、校舎の上の階から生卵を投げつけてきたのだ。
 オレは慌てて自分の頭に手を遣りながら考太郎の方に振りかえって、そしてかっとして目が眩むのを感じた。
 考太郎はしゃがんでいた。同じように生卵をぶつけられたらしい。頭にどろりと卵の中身がへばりついていて、白い殻の破片がところどころに見える。
 オレは校舎を見上げた。すると教室の2階の窓から、誰か知らない奴がこちらを見下ろしてにやにやしているのが目に入った。オレと視線が合うと、慌てたように教室に顔を引っ込める。
 「・・・コータロー。お前、ひとりで後始末できる?」
 オレの言葉に、考太郎は驚いたように顔を上げた。
 「え、まこと、どうす・・・」
 「オレはたった今、緊急の用事ができたしっ!わりーけどっ!」
 そして考太郎が応える前に、オレは駆け出していた。頭ん中真っ赤にして。

 それは、2年生の教室だったようだ。どこもすでに授業が始まっているようで、静まりかえった廊下にオレの足音だけが高く険しく響いてゆく。
 目星をつけた教室のドアを開けると、中の生徒が一斉にこちらを向くのを感じた。
 「君、なんだね。今は授業中だぞ」
 中年の、あんま知らない先生がそう言ってオレに厳しい視線を向けてくるのを思いきり無視して、オレは教室の中にずんずん入っていった。そして窓際に、口をあんぐりと開けてバカ面を晒しているさっきの奴を見つけると、素早く駆け寄る。
 「お前っ!!オレはお前を許さねえっ!!」
 オレはそいつのまん前に立って、そうまくしたてた。するとそいつは肩を竦めて、なんのこと、ととぼけて見せる。
 座ってるそいつの胸倉を掴むと、椅子から引き摺り下ろしてやった。なんでそんなことができたかは、今でも謎だ。だってオレ、ちびだしあんま力ないから。そんでもカッカきてるときってのは、思いがけない力が出るらしい。
 「オレはな、オレ自身が色々されんのは、別にへーとも思っちゃいねえんだよ。んなもん、臆病で卑怯な人間のクズのすることなんかに、いちいち構っていられるほどオレはヒマじゃねーんだ。だがな、オレの友達に手え出すんだったら、オレは絶対そいつを許さねえ。オレはそいつが骨の髄まで後悔して、オレの友達にワビを入れるまで絶対許さねえからなっ!、わかったかこの、ナマタマゴ野郎っ!」
 そいつの耳元でそう喚きながら、オレは片手で自分の頭にくっついているどろどろをすくって、驚いて声も出せないでいるそいつの顔に塗り付けてやった。
 「へ、ナマタマゴなんて、オレよかお前の方がよっぽど似合うじゃん。よかったなこれでお肌すべすべになるぜこの、チキン野郎」
 だいたいがここはおぼっちゃま学校だから、生徒も上品な奴が多いんだ。だからこちらがちょこっとキツメの態度に出ると、大概の奴はこんな風にびびってしまうんだよ。
 え、オレ?オレはまあ、家もアレだしさ、この学校じゃ最低ラインじゃねーの?最低ラインおぼっちゃま。だから口も悪いしガラも悪いってね。えへへ。
 気が済んだオレはそいつを離すと、呆然としている先生や周りの生徒ににったり笑いかけながら、どうも〜と言って教室を後にしたんだ。
 でもそれで終わりなんてことは、勿論なくて。オレは放課後担任の先生に、職員室に呼ばれてしまったんだよ。
 
 心配する考太郎に部活に行くように促して、オレはひとり職員室に向かった。別に恐くはなかったさ。停学とかは覚悟してたし。退学なんてのは、ちょっと親泣いちゃうかもしんないなって思ったけど、でもそれでもオレはなんも間違っちゃいないんだから。ちゃんと事情を説明すればきっと、父さんも母さんもわかってくれるはずだ。ま、多少お説教とかゲンコツとか、あるかもしんないけどさ。
 そんなことを思いながら、職員室の扉を開ける。そして中に入っていこうとして、オレはそのままフリーズしてしまった。
 ・・・亜衣ちゃんだ・・・
 亜衣ちゃんが、職員室の中ほどで、先生のひとりとなにか話をしていた。そして入り口に突っ立っているオレに気がつくと、無感動な視線を投げかけてくる。

 オレは、自分が「好きにしてみせる」宣言をして以来、亜衣ちゃんとはずっと会っていなかった。顔を合わせる機会がなかったのも勿論だが、色々なイジメに凹まないでいるのに本当は精一杯で、正直亜衣ちゃんに付き纏うような気持ちの余裕がなかったのだ。
 っていうか、・・・そうかオレ、イジメ・・・やっぱ堪えてたんだ?なんか、・・・そんな風に思ったの初めてだけど、・・・辛かったんだ?
 オレは泣きそうになるのを、下腹にぐっと力を入れて我慢した。だって好きなオトコに、かっちょわりーとこ見せたくない。多分酷いしかめっつらになってんだろうけど、それでも泣くよかましじゃん。そう思いながら、職員室に入って行く。
 オレの担任は、オレを見つけると立ち上がってこちらに歩み寄って来た。
 「花輪君、君いったいなんてことをしてくれたんだね」
 厳しい声でそう言いながら、先生はオレの肩を掴むなりどっかに連れていこうとする。
 「あ、・・・の先生、どこにいくんですか」
 オレが尋ねると、先生は苦い顔をした。
 「どこにって、とぼけるんじゃないぞ。君がひどいことをした2年生のところに、謝罪にいくんじゃないか」
 え。オレは思わず足を止める。
 
 「オレ、謝りません」
 オレがそう言った途端、先生が眉を吊り上げてオレにくってかかってきた。
 「なにを言っているんだ君は!だいたい君は一体何をしたのか、自分でわかっているのか?授業をサボっただけでは飽き足らず、他の教室に乱入して授業を妨害した挙句に、上級生のひとりを酷く侮辱したそうじゃないか。こんなこと、私は担任を任されるようになって以来初めての椿事、いや、多分この学校が始まって以来の不祥事だよ!」
 オレは取り合えず俯いたが、内心はすごく感心していた。このくらいのことが、学校始まって以来の不祥事だなんて。ホントこの学校ってお上品なんだ。そりゃあやっぱ、オレが最低ラインなわけよ。
 するとオレが言われたことに堪えてしょぼんとしてると思ったのか、先生は少し声を和らげてこうつけたしてきた。
 「とにかく、向こうの先生には私からも充分謝っておいたし。その上級生も、君が頭を下げるのなら、なにもなかったことにしていいと言っているそうだ。君は自分のしたことを反省して、ちゃんと謝罪すべきだよ」
 
 「いやです!」
 オレは顔をあげるなり言った。そしてそのまま、まくしたてる。
 「オレ、たしかに授業をサボりました。そんで余所の教室を騒がせました。そのことについては悪かったって思います。先生に頭下げさせたのも悪かったって思います。そのことは謝ります。ごめんなさい。向こうの先生にも、クラスの他のひとにも謝りたいです。
 でも、・・・あいつにはオレは謝らない。オレがあいつにしたこと、間違ってないです」
 先生の顔が、怒りで白くなる。
 「大概にしなさい。君は自分のしたことの意味がわかっているのか」
 「わかってます」
 オレと先生は睨み合ったまま動かなくなった。

 どんな処分を食らってもいい。オレ、絶対謝らない。オレは胸の中で繰り返していた。
 これは・・・オレは自分のためじゃない。考太郎が二度と巻き添えを食わないようにするためだ。あいつはオレのこと友達だって思ってくれてるから、オレが酷い目に合っても見捨てないで傍に居続けてくれる。その考太郎が、オレのせいで二度とこんな目に遭わずにすむよう、オレはここで絶対譲るわけにはいかないんだ。
 すると脇の方から、涼し気な声が聞こえてきた。
 「先生、こいつは悪かねーよ」
 驚いてそちらに振り返ると、なんと亜衣ちゃんが笑いを含んだ顔でオレらの傍に立っていたんだ。
 亜衣ちゃんはそのままオレの方へ歩み寄ると、呆然となっているオレの頭をぽんと叩く。
 「このぴよすけが締め上げた2年生って、教室の窓からこいつに向かってナマタマゴ投げつけたらしいよ。部活の後輩にそのナマタマゴと同じクラスのがいるんで、オレたまたま聞いたんだけど」
 さらさらとそう言いながら、亜衣ちゃんはオレの頭をぽんぽんとはたいている。
 これ、・・・オレ、夢みたい。
 亜衣ちゃんが、オレの傍にいる。そして、オレの頭をぽんぽんしてる。
 そしてオレを庇って・・・先生に意見してる。

 亜衣ちゃんが取り成してくれたおかげで、オレはそのまま放免になった。もっとも授業をさぼったのと他の教室の授業を邪魔したことに対しては、反省文を書くようにいわれたのだけれど。
 どうやら亜衣ちゃんは先生達にとても信頼を置かれているらしい。亜衣ちゃんがああ言っただけで、先生はその言葉になんの疑いを持つこともなく、オレを釈放してくれたのだから。まあ、そうだよな。入学式に、生徒総代で挨拶するくらいなんだから。賢いんだ。そんで先生たちにもすごく可愛がられているんだろうきっと。
 亜衣ちゃんはそのままオレと連れ立って職員室を出た。そしてふいっと横を向くと、そのまま廊下を歩いてゆこうとする。
 「あ、・・・の、待って」
 オレが呼び止めると、亜衣ちゃんは振り向いた。キレイな顔は、少しだけ笑ってる。
 ・・・ちぇ。オレは胸がばくばくしだすのを感じる。
 好きなんだ、オレ、亜衣ちゃんが、・・・こんなに好きなんだよ、くそっ。
 「さっきは、ありがとう」
 オレが言うと、亜衣ちゃんはオレを見下しながら、それでも優しい声でこう尋ねてきた。
 「お前、ぴよすけ、なんで自分でちゃんと説明しなかったんだ。言ったらいいだろう。イジメに遭っていることも、相談すればいいのに」
 オレは驚いて声が出なかった。亜衣ちゃん、オレがイジメに遭ってること、なんで知ってるんだ?

 「なんでオレのこと知ってるんだ?って面だな。・・ふ、お前ホント目立つんだよ。オレの周りにはお節介な奴が多いから、こっちが望まなくても、お前のことは色々と耳に入って来る」
 亜衣ちゃんは首筋をだるそうに掻きながら、言葉を続ける。
 「お前、『カミカゼ』って呼ばれてんの、知ってる?命知らずの1年生って評判だぜ。そんでオレのせいでお前が苛められてるからって、だから、・・・あいつオレに、―」
 言葉が、そこで途絶えた。そして亜衣ちゃんは一瞬だけ、すごく哀しそうに笑ってみせる。
 オレは心臓を吐き出しそうになった。

 亜衣ちゃんはくるりと踵を返すと、後手に手を振りながら歩いて行く。
 その後姿に、オレは胸のなかで問い掛けた。
 あいつって、誰?亜衣ちゃんにそんな顔をさせる、あいつって、誰なんだよ。
 ばくばくの心臓は、今は不吉な鳴り方に変っている。

 オレはその時、重大な決心をしていたんだ。
 オレは、亜衣ちゃんのこと知らなさ過ぎる。亜衣ちゃんのこと、・・・亜衣ちゃんが言った「あいつ」のこと、・・・
 だからオレは、今日バスケを辞める。
 そして亜衣ちゃんのいる軽音楽部に入るんだっ!!
 音痴でもいいっ。とにかくオレは、亜衣ちゃんに会いたい、亜衣ちゃんと同じ空間にいたい、一緒の時間を過ごしたいっ!!
  

 それから後は、オレに対するイジメってのがぱたっとなくなった。どうやらお坊ちゃんたちは、オレの本質を理解してくれたようなんだ。キれるとなにしでかすかわかんない、ケモノ、なんだってね。あはは。 
 そんでオレは、軽音楽部ってのに入ったんだけどさ。そこがまた、・・・色々あって。
 そのハナシは、またの機会にするけどね。

 

 

うふふ。第三段いただいちゃいました〜

まだまだ続きはあるってことですよね〜

うわぁ、楽しみですvv

次はいつかなぁ〜わくわく、さんぽちゃんまってるねv