I'm home

上宮 明

 

 

退屈って、こんなだったっけ?

時間の使い方を思い出せない。

あいつがいなくなってから、それまでどう過ごしていたか、自分が思い出せないなんて。

 

『ごめん・・・俺、やっぱり行きたいんだ』

『3年は・・・長いな』

『・・・・・・俺達・・・・・・』

 

もう、潮時なのかもしれないね。

 

こんな言葉を、まさかあいつの口から聞くなんて思ってなかった。

いつだって、俺の後を追いかけてくるような奴だったあいつから、まさか別れを告げられるとは。

いつの間に、そんな強さを身に付けたんだろう。

俺が冷たかったから?
かまってやれなかったから?

大学時代のバイト先で知り合ったとき、あいつはまだ17だった。

『夢があるんだけど、親が理解してくれなくて』

高校を辞めて、理解力ある祖父を頼って家を逃げ出してきたこと。

いつか、プロの写真家になりたいこと。

就職活動と言う現実がちらつき始めていた俺に、あいつは簡単に夢と言う言葉を口にした。

甘い・・・と思いながら惹かれていった自分。
冷たい、と思っていたはずなのに、なぜか俺に好意を寄せたあいつ。

俺達の付き合いは始まるべくして始まった。

けれども現実はやはり現実で。

俺が就職してから、あいつをかまう時間などなくなった。

毎日の残業。
付き合いと称しての飲み会。

同居同然で俺の家に転がり込んでいたあいつは、いつのまにか夢の決断をしていた。

それも、俺達にとって最も過酷な決断を。

付き合い始めが簡単なら、別れる時もあっさりとしていて。

落ち込む暇もなかった。
あいつを引きとめようとする気力もなかった。

ずっと抱いていた夢なら、追いかけていけばいい。

大人としての割り切った結論を出した。

はずなのに。

・・・どうして、こんなに退屈を持て余してしまうんだろう。

今更、あいつの表情やしぐさが脳裏に浮かんでは消える。

俺の疲れを癒そうと一生懸命笑っていたあいつの笑顔。
バイト代をはたいて買った一眼レフのカメラを構えて、構図を考えていたあいつの真剣な表情。

まいったな・・・それがもう、1年以上も前のことになるなんて。

1年経っても、まだ忘れることができない。

この部屋には、俺の生活には、俺が思う以上にあいつが入り込んでいた。
でも、もう、あいつはいない。

 

 

社会人生活も3年目になると、慢性的な身体の疲れにも慣れ、その分、一度眠ってしまえば誰にも妨げられない環境を求めるようになる。

この日の俺も残業に終われる日々で、家に帰ってきて眠りについたのが午前2時を回っていた。

・・・起きるまでに5時間は眠れる。

働かない頭で最後に思ったのはそんなことか。

 

「・・・モ、トモ」

───・・・うるさいな。

「トモ・・・・・・モってば」

何だよ、もう少し寝かせてくれよ。

昨日も遅かっ・・・・・・・・・

・・・!?!?・・・

がばっと起き上がった俺の枕元には、いるはずのないあいつが座っていた。

「な・・・明日実!?・・・お前・・・」

頭が回らない。

髪が伸びて、髭も生えてる。
着ているレザーのジャケットはヨレヨレで、俺が知っている小綺麗なあいつとは懸け離れていたが、それは紛れもなく明日実だった。

「ただいま」

まだ覚めやらない目を一生懸命しばたかせて明日実の存在を確認する。

「帰って来ちゃったんだ・・・よね、これが」

明日実は言いながらぽりぽりと頭を掻く。

「〜〜〜〜『これが』、じゃねーだろ!!」

俺は、信じられない現実に、早朝にもかかわらず思いっきり叫んだ。

「トモ、近所迷惑・・・」

「うるさい! お前・・・何やってんだよ・・・」

俺はぼさぼさの頭なんか気にも止めずに明日実に向かって叫ぶ。

「だから、帰って来ちゃった」

そう言って、この部屋の合鍵を見せる。

「捨てられなかったから・・・これ。・・・トモのこと、諦められなくて」

諦めるも何も・・・去っていったのはお前の方で。

「専門学校を途中で辞めて、自分であちこち廻っていたんだ。・・・安い長旅」

明日実は屈託なく微笑む。

「いい写真、いっぱい撮ったよ。真っ先に、トモに見てもらいたかった」

 

目の前にいるのは、本当にあいつなのか?

俺は、夢でも見ているんじゃないだろうか?

 

「トモ・・・幽霊を見るみたいな目で、見ないでよ」

あいつは苦笑いを浮かべながら俺を見つめる。

ダメだ・・・まだ実感が沸かない。

なんで。

なんで、ここに戻ってきたんだ。

どうして、俺のところに。

 

「!!」
「うわっ」

突然部屋に鳴り響いた目覚し時計。

7時のアラームが、動き出さなければいけないことを告げる。

「・・・トモ、またここにいても、いい?」

「え・・・」

「トモの事だから、真っ当に彼女とか見つけたのかもしれないけど」

明日実は覚悟を決めたような顔で俺を見つめる。

その目は、1年前に俺に別れを付きつけたときと同じ、決断の目。

「忙しくて、そんな暇ねーよ」

(諦められなかったんだ、お前のこと)

「じゃ、いてもかまわない?」

「勝手にしろよ」

(・・・いつまでも、好きなだけいればいい)

「・・・ありがとう」

あいつは、俺のそっけない態度に、思いっきり幸せそうな顔で微笑んだ。

 

「お前、俺が帰って来たらやっぱり幽霊でした、なんて言うの、無しだからな!」

「何、それ。トモ、前となんか違うよー」

くすくすと笑う明日実。

「うるさい! 髭剃って、俺の服着て待ってろ! 帰りは遅いけど、寝るんじゃないぞ!」

信じなれない、現実。

幸せは、突然降って沸いてきた。

乾いた朝に、風がそよぐ。

 

「ただいま、トモ。俺の居場所」

 

 

後になって、1年離れている間に、トモの愛情表現がわかったよ、と教

えてくれた。

END

 

お客様へ

この作品は、雪乃が上宮 明さまから頂いたショート作品です。こういうしなやかな作品を書けるのは数多いNET作家さんの中でも本当に希少だと思います。

透明感のある作風がお好きな方は、是非彼女のサイトに飛んでみてくださいね。

明ちゃんへ

ひゃぁ〜〈汗〉いつも貰ってばっかでゴメンよ〜!!

なんか、いつもそればっかり。。。突然のプレゼントをありがとう。有り難く頂戴致しました〈笑〉