〜七月七日浪漫〜 最終話

「−−−凄いな・・・」  

涼一に連れられて降り立った河原には、至る所で恋人達が愛を語り合っていた。

「名所の一つやからなぁ、ここは」

恋人たちのメッカだという鴨川の河原には、ただ寄り添っているだけでなく、キスをしているカップルも何組かいて、目をそらしそぞろ歩いてはいるものの、一年もの間思い続けた涼一が触れるほど近くにいるためか、やけに背中の辺りがむずむずと落ち着かない。

「僕たちは男同士やから、まさかここでキスするわけにもいかへんもんなぁ」  

涼一は目のやりどころに困っている俺を横目で見ながら、あっけらかんと言う。

「バ、バカ!!あ、当たり前だろう」  

男同士だろうが、何だろうが公衆の面前でキスなんか出来るわけないじゃないか!

「・・僕は別にかまへんねけどな」  

ズボンの外に出していた、俺のポロシャツの裾を、視線を落とし微かに頬を上気させた涼一がツンツンと引っ張りながらキュッと握った。  

突然の誘いに、俺の鼓動はバカみたいに跳ね上がる。

「ず、随分長く伸ばしてるんだな」  

一息大きく吐いてから、俺は話題の転換を試みた。

「ああ、これ?」  

二の腕の辺りにまで流れる黒髪を指先に取り、

「願かけてたんや。宗志さんが来ますようにて」  

ふんわりと笑う。

「願掛け?似合わなくは無いけど、今みたいに、あまり体の線の出ないパステルカラーのサマーセーターにGパン姿じゃ、女の子に間違われるだろう?」

「うん。ぺちゃぱいの大女にな」

「ぺちゃ・・?そりゃあそうだろうが、ファッションショーのモデルみたいだよ。

グラビアの娘はそんなに背が高くないけど、ショーモデルは涼一ぐらいの背格好で、たいてい胸は無いからな」

「宗志さん。胸大きいのんが好き?」

「はぁ?」

「ううん。何でもない」  

思いがけない質問に間の抜けた声を出した俺に肩を竦めてみせると、涼一は後ろ手に腕を組んで、小さく首を横に振った。

「なぁ?荷物持ってへんけど、今夜どこに泊まるん?」

「今夜?ああ、最終の新幹線で帰るから宿は取っていないんだ」

「え?帰るん?」

「せめて今日が金曜日だったらよかったんだけどな。明日どうしてもはずせない取材があるんだ」

「そうか・・ほな、ご飯でも食べに行く?それでお別れなんやろ?」  

足下の河原の砂利を鳴らして、クルリと涼一は俺に強張った背中を向けた。

「怒るなよ・・・・」

「怒ってなんかない。わざわざ来てくれたのに怒るわけないやん」  

腰を屈めた涼一は平たい石を一つ手に取り、夏の暑い日差しが翳りはじめ薄暗くなってきた川面に向かってヒュッと投げた。  

小石は川の表面を生き物のように三度跳ね、突然の水音に驚いた水鳥が、慌てて羽を広げて飛び立った。

「怒ってないんなら、こっちを向けよ」

「いやや」

「どうして?」

「しらん!!」   

頑なな態度で、もう一度小石を投げようとする涼一の手首を俺は掴んだ。

「何しにきたんや・・・」

「涼・・・?」

「別に来てくれんでもええて言うたはずや。

僕に変な期待抱かすぐらいやったら、来てくれんかてよかったんや!」

「来ない方が・・よかったのか?」  

涼一の言葉に戸惑いを隠せない俺に、

「違う!来てほしかったんや。ずっとずっと待ってた。

願迄かけて待ってたんや。必死で目ぇ凝らして橋の上で宗志さんを見つけたときは口から心臓が飛び出しそうやったわ。そやのに、宗志さんは僕を捜そうともせんと悠長に鴨川眺めてるんやもん。

会うてからかてそうや。こうやって、傍に居っても僕に触れようともキスしようともせえへんやんか。僕の心ん中宗志さんで一杯やのにあんまりや!」  

俺の胸を拳で叩く涼一の背中に腕を廻し、きつく抱きしめた。

「バカだな・・・俺の心の中も君で一杯なのに」

「嘘つき・・・」

「嘘じゃない。ずっとこうして君に触れたかった。本音を言えばキスもしたい。いや・・・それ以上のことも何度も考えたよ」

「ほんま?嘘やない?」

「本気だといったら、君が困るかな?」

「・・・僕・・胸ないで」

「無くてもいいよ」

「触っても柔らかないで、ぎすぎすしてるで」

「ははは、十分柔らかいよ」

「同じもん付いてるんやで」

「しかたないさ」

「解ってるやろけど・・・初めてやないんや・・・」

「解ってる。涼一には悪いが俺もバージンじゃない」

「うん。それは僕も解ってる」  

クスリと俺の耳元で涼一は笑った。

「笑ったな」

「だって宗志さんの年で経験無い人なんて、今どきおらへんやろ?」

「さあね?人のことはあんまり興味ないから。取り合えず何か食わないか?腹が減った」

「もう、ムードないなぁ」   

抱きしめていた腕を解いて、わざとらしくしかめっ面をしている涼一の背中に廻し、俺達は再び歩き始めた。

「美味しいもの食べられる所、近くにあるかな?」

「ん〜と。ホンマはの時季なんやけど、僕あんまり好きやないんや。蟹料理の美味しい店やったら、南座越えたとこにあるけど。宗志さん、蟹好き?」

「あいにく、俺は好き嫌いは無いんだ」

「ほんなら、決まりや。いこ」

涼一は軽快な足取りで河原からのぼる階段を上がっていく。

「涼一!」

「ん?」  

キョトンと振り返った涼一に、

「好きだよ」  

ずっと言いたかった言葉を唇にのせた。

「あ、あほ!そんなんはさっきみたいな、ええムードの時に言うもんや!」  

涼一の顔が見る見る朱に染まり、そのえも言えぬ可愛らしさに、また、新たな愛しさが込み上げる。        

**********************

俺の目の前に夢にまで見たサクランボ色の唇。  

艶やかな唇の窪みをゆっくりと舌先でなぞってから、激情を押さえていなければ傷つけてしまいそうなほど柔らかな唇に、優しく唇を合わせた。

「・・ん・・」  

時折、重なった唇の間から涼一の漏らす甘い吐息が、俺の押し殺していた情熱を極限まで煽り立てる。

「・・・まって・・・」  

唇を合わしたままベッドに倒れ込んだ俺の下で、涼一が俺を制した。

「どうした?」

「シャワー・・・浴びさして」

「・・・あ?ああ、そうだな」

「すぐやから。な?待ってて」  

するりと俺の下から抜け出した涼一は、足早にバスルームの扉へと消えていく。  

蟹料理を食べ終えた俺達は京都駅に戻り、今夜の最終の特急券を明日の始発に変えて、京都駅のすぐ側にあるホテルの部屋を取った。  

他愛もない話に花が咲いていたのは料理を食べていた間ぐらいのもので、手続きが進むに従って、俺も涼一もやたらと照れくさくなって、ホテルにチェックインした頃はほとんど顔が合わせられなくなっていた。  

情けない・・・まるで高校生の初体験みたいだな・・・思わず苦笑が漏れた。  

ベッドランプだけがうっすらと照らす部屋の中で、シャワールームから漏れ聞こえてくる飛沫の音にさえ、胸が高鳴るのだから我ながら可笑しくなる。

「お先・・・」  

バスルームから出てきた涼一は、女の子みたいに胸までクルリとバスタオルをまいて、俺の横を俯いたまま擦り抜けた。  

長い髪から立ち上る石鹸(シャボン)の香りが俺の鼻孔をくすぐった。  

無言のまま俺もエチケットだろうなとシャワーを浴び、既にシーツに潜り込んでいる涼一の横にタオルを巻いた腰を下ろした。  

俺の重みで、ベッドのスプリングが僅かに音を立てて軋む。

「入ってもいいか?」

「うん」  

ひんやりとしたシーツにスルッと潜り込むと、涼一の暖かい素肌に俺の肌が触れた。    

俺に向かって伸ばされる涼一の白い腕、重ねられる甘い唇。涼一がくねるように首を振る度に俺の下で艶めかしく乱れる艶やかな黒髪。  

胸があるとか無いとかよりも、俺は何時しか、男の子を抱いている違和感など感じなくなるほど、涼一の甘美な白い肌に溺れていった。    

****************

「涼一・・・大丈夫か?俺・・無茶したんじゃないか?」  

甘く激しい饗宴のあと、俺は心配になって腕の中で目を開けたままぼんやりとしている涼一に尋ねた。

「・・大丈夫や・・・ちょっとびっくりしたけど・・・宗志さん、すごいんやね」

「ご、ごめん・・・」  

俺だって驚いてるさ。初めてHをした、15、6の性少年じゃあるまいし、この年になってこんな・・・  落ち着いてくれば来るほど、冷や汗が出てきそうなぐらい恥ずかしい。

「あやまらんといて。僕・・嬉しいねん。宗志さん、今までの相手はみんなちゃんとした女の人やろう?僕、満足してもらわれへんのやないかて恐かったんや」

「心配いらないよ。十二分に満足しているさ」  

俺の胸に載せられたおでこに、強く唇を押し当てた。

「一つだけ聞いてもええ?」 

「なに?」

「片思いの人。もうええのん?僕の事その人より好き?」

「え?いないよ。そんな人」

「お願いや・・・・ホンマのこと教えて欲しい」

「ほんとも何も・・・俺が好きなのは涼一だけだ」

「その言葉信じられたらええんやけどな。あいにく僕は疑い深うなってるんや。去年短冊に書いてたんは誰のことか教えてほしいんや」

「短冊?・・・・・もしかして七夕の?」

「そうや。片思いやて、決してかなわへん恋やていうてたやろ?その人、人妻なんか?」  

縋るように見詰める瞳が愛しい。あまりにも愛しい瞳を見詰めているうちに、ついムラムラと悪戯心が沸き上がってきた。

「教えて欲しい?」

「うん」

「どうしても?」

「うん。知りたいんや」

「その人は人妻なんかじゃないよ。俺より随分年下でね」

「年下?未成年なん?」

「ああ。そのくせ生意気で、大人ぶってる。まあ、そこが好きなんだけど」

「・・へえ・・・」  

拗ねたようにツンと顎を逸らした。

「とっても綺麗な子でね。俺は正直その子以上に綺麗な子は未だかって見たことがないな。額に入れて飾って置きたいぐらいだ」

「その娘、東京におるん?」

「いや、違う。だから逢いたくてもなかなか逢えないんだ」

「今でも好きなん?逢いたいん?」

「ああ、逢いたいよ。好きだからね」

「もう、ええわ。聞きとうない!」

「どうして?聞きたいと言ったのは涼一だろ?」

「・・僕より、その子の方が今も好き?」  

シーツの端をギュッと握りしめ、震える声で恐る恐る尋ねた。

「同じだけ好きだよ。だってね。その子はここに居るんだから」  

ほんのり涙で潤み始めた睫毛の先に、優しいキスをして、俺はニッコリと微笑み掛けた。

「・・・僕?」

「そう。去年俺は君に片思いをしてたんだ。こうやって叶うことなんか絶対にないと思っていたよ」

「もう!いけずやな宗志さん・・・大好きや」  

泣き笑いの顔をした涼一が、ギュウと暖かい素肌を押しつけてしがみついた。

「や・・やばいな・・・」

「どうしたん?」

「また、抱きたくなってきた・・・」

「ふふ。僕はかまへんけど」

「くそぅ。笑うなよ!俺は明日仕事があるんだぞ」

「ご愁傷様やなぁ」  

クスクスと楽しそうに笑う涼一を押さえつけて、『愛している』と囁きながら俺は涼一の笑みを含んだ柔らかな唇をしっかりと塞いだ。      

********************

「夏休みになったら、すぐにこれるか?」

「無茶言うたらあかんわ。僕、受験生やねんで」

「ああ、そうか・・・」  

そう言えば、来年受験なんだ。  

無理を言うわけににもいかず、溜息を付いた俺に、

「冗談や。16日の終業式済んだら、参考書持参で行くわ。宗志さんが仕事行ってる間にちゃんと勉強しとく。

帰ってきたら出来へんなるやろ?」  

長い睫の間から、昨夜の余韻を漂わす潤んだ瞳が、俺を惑わすように見上げた。

「ばかやろう」  

笑いながら、つんと額を小付いた。

「来るときは新幹線に乗る前に必ず携帯に連絡入れてくれ、なるべく東京駅まで迎えに行くから」

「うん」  

涼一は素直に小さく頷いた。  

七時一四分発の東京行き始発。  

朝早い時間にも関わらず、到着と同時に多くの乗客が次々と乗り込んでいく。  

遠距離恋愛カップルが別れを惜しむ終電のことをシンデレラエクスプレスと言うそうだが、始発でも俺達と同じように何組かのカップルが別れを惜しんでいた。  

発車のベルが構内に鳴り響き、恋人達も束の間の逢瀬に別れを告げる。

「じゃあ涼一。待ってるから」

「絶対に行くから。宗志さん、浮気したらあかんよ」

「涼一こそ」  

去年と全く同じように無機質なドアが俺達を冷たく遮った。  

ガラス越しに立つ涼一が、動き出した列車に向かって『愛している』と紅い唇を動かしたのがハッキリと見て取れた。

『俺もだよ』と、俺も声に出さずに呟いた。    

愛を確かめ合った後の別れは、身を切られるほどに辛いけれど、次ぎに会える喜びもまたより深いものになる。  

七夕に始まり七夕に実を結んだこの恋は、これから先も永遠に続く。  

遙か銀河の彼方、ミルキーウェイの果てしない流れのように。                

〈終わり〉

最後までお付き合いくださってありがとうございました。。。

途中、ハッピーエンドになるんでしょうか?と言ったお問い合わせをいくつもいただいたのですが、いかがでしたでしょうか〈笑〉

馴れない関西弁で読むのに疲れた方もおられたかな?また、機会があれば関西弁キャラを出してみたいですね。。。

 

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