唇までの距離ディスタンス 〈一話〉
僕は今、恋愛中である。
たぶん・・・そうだと思うんだけど。
う・・・きっと・・そうだよね?
僕の彼女は同じ高校の同級生で名前は大下優梨子という。
優梨子のゆは優しいと書くのだが・・・
やさしい?!
いやはや・・これがなかなかの曲者で・・・
外見は僕の友人達曰く、文句無く可愛らしい・・・らしい。
染めているわけではないらしいが栗色のさらりとした、いい匂いのするセミロングの髪、クリクリとよく動く子鹿のような、これまた茶色い大きな目で、小柄ながらかなり・・というか、とっても、しっかりした女の子だ。
彼女は二年生に進級して同じクラスになった途端、学校中に随分彼女の信奉者が要るにも関わらず、これといって取り柄のない僕に、何故か猛烈にアタックしてきたんだ。
元々どういう訳か滅法押しに弱い僕は、特にこれまたこれといって好きな人がいる訳じゃなかったので、彼女に押し切られる形で僕たちの交際が始まってしまった。
「渚!なにぼんやりしてんのよ!早くしないと食堂一杯になっちゃうわよ!」
「あ、うん。解ってるよ」
4時間目の授業終了のチャイムと供に後ろから二番目、ぱかぽかと日が当たりそよそよと心地よい風が入り込んできて絶好の居眠り場所である窓際の僕の席までやって来た優梨子は、欠伸をかみ殺しながら、のんびりと教科書を机にしまっている僕を急かす。
・・・・・尻にひかれちゃって・・・・・
せっかちな程チャキチャキとした優梨子とマイペースでかなりおっとりとした僕の凸凹カップルをクラスの悪友達がくすくす笑いながらヤジを飛ばす。
まあ、いつものことだけど・・・・
恋人同士が楽しげに指を絡めてそぞろ歩くのではなく、しっかり者の母親が2つ3つのきかん坊の手を引くようにガッシと手首を鷲掴みにされた僕は、僕より15p以上も背の低い優梨子に引きずられるような形で、既に半数近い席が埋まっている食堂にたどりついた。
両側に大きく開かれた学食のドアにまるで吸い込まれるようにガヤガヤと入っていく沢山の生徒と供に僕たちが入っていこうとすると、目の前の人垣がサッと両端に割れて、向こう側から山崎先輩が4、5人の友人とともに現れた。
「よ!」
その言葉と同時に大きな手が僕の頭をぐしゃっと掻き混ぜ、周りの視線が一気に僕に集まる。
「先輩早いですね?もうご飯食べ終わったんですか?」
「ああ、物理の輪島先生学会に出てるとかで自習だったんだ。ちょっと狡して早めにね」
と悪戯っぽくウインク。
う〜ん!カッコイイ!
184pの先輩を僕はまぶしそうに目を細めて見上げてしまった。
僕だって172p有るんだから決してチビでは無いんだけれど・・。
気の置けない友人達とくつろいでいたせいなのか、普段はきっちりと制服を着こなしている人なのに、花紺のブレザーの金ボタンすべてと淡いブルーのカッターの第一ボタンを外し、無造作にネクタイを緩めた先輩の姿はなんだかフェロモンとでも呼べるような大人の色香を感じさせる。(たった一つ違い。それどころか厳密に言えば9月生の先輩と7月生まれの僕は僅か10ヶ月しか変わらないはずなんだけどな?)
僕なんかが同じ格好をしたとしたら、さえない童顔のだらしない不良。もしくは悪戯され掛けて逃げてきた子供みたいにしか見えないんだろうなきっと。
はうぅ・・・なんだか情けない・・・・・
「もう。渚!はやくしなよ<席なくなちゃうよ!」
邪魔にならぬようドアのはしによって先輩と立ち話を始めた僕に業を煮やした優梨子は、ツンケンと唇をとんがらせて僕の腕を早くいこうよと引っ張った。
生徒数の割に座席の数がかなり少ない食堂がうかうかしているうちに満員になることを懸念して、と言うよりもどうやら僕が山崎先輩と話していること自体が本当は気に入らないらしい。
優梨子は僕が山崎先輩と話していると、なぜか必ず機嫌が悪いんだ。
「ほら。早く行かないと彼女にまた怒られるぞ」
優梨子の不機嫌そうな顔をチラリと見た山崎先輩は、僕に視線を戻すと優しく笑って僕の背をドアの向こう側へ押した。
「はい。すみません」
照れながら、ペコッと頭を下げた僕は再び優梨子に引きずられるようにして人集りの出来ている食券の券売機に向かった。
山崎先輩は僕と同じ水泳部の一年先輩で、僕の憧れの人である。
男らしく、頭脳明晰で、優しい上に溜息が出るほどの美貌の持ち主なのだ。
水泳で鍛えられた逆三角形で厚い胸板に長い足。何処をとっても非など無いんだから、男女問わず沢山の生徒が先輩に憧れている。
うちの学校どころか、この辺りの女子校生で山崎秋人の名前を知らなければ、もぐりと言われるほどだと、先輩にあまり好意的でない優梨子でさえもが言うのだからその人気はいかんとも計りがたい。
所が僕はどういう訳かこの山崎先輩に凄く目をかけてもらっていて、弟のように可愛がられていた。
僕はいつの間にか自他供に認める山崎先輩の愛弟子ならぬ愛後輩(まなこうはい)なのである。
「なに、ぼーっとしてんのよ。ほんっと、渚ったらのろまなんだから。あたしもう食べ終わっちゃうよ!」
「優梨子ってさ、女の子のくせにもう少しゆっくり、上品に食べれないの?」
優梨子に急かされて、まだ半分以上残っている親子丼をせっせと食べながら優梨子の空っぽの丼鉢を恨めしそうに眺めた。
「なにいってんのよ?あたしが早いんじゃないでしょう?
だいたい渚は何するのも遅すぎるのよ。あたしのこと女のくせにって言うんなら渚こそ男らしくてきぱきしなさいよね!ご飯食べてるときまでぼうっとしてるから悪いんじゃないの!」
僕が一言いえば倍どころか三倍にも四倍にもなってポンポンと返って来るんだからやんなちゃうよ・・・別に僕はぼうっとしてるつもりなんかないし、ご飯ってのはゆっくり食べた方が身体にいいってお母さんに言われなかった?
僕ってなんだか可哀想・・・
いっつも優梨子に怒られているよね・・・クスン。
周りのからかうような視線が僕たちに集まってるのに気づいた僕は急に恥ずかしくなって、
「もういいよ。わかったよ。大急ぎで食べちゃうから。優梨子はその間にジュースでも買ってきてよ」
六人がけのテーブルに隣り合わせた同級生達が肘で小突き合いながら、僕たちの会話に聞き耳を立てて笑っているのに、優梨子は全く動じない。
可愛らしい外見に似合わず肝が据わっているというのか、面の皮が厚いのか・・・
優梨子は人がどう思おうがほとんど気にしない性格らしい。
僕に交際を申し込んできたときも周りにどんなに人が居ようがお構いなしにドンドン迫ってきたんだから。
普通、告白する時って人気のないところに呼び出したりするもんだと僕は思うんだけどな?
ともかく気の小さい僕なんかには破天荒(はてんこう)な優梨子の考えてることなんて到底理解できやしない。
優梨子がちゃっかり僕からジュース代をせしめてジュースを買いに席を立ってすぐに、僕の背後から音もなくぬぅ〜と黒い大きな影が覆い被さってきた。
丼鉢から顔を上げると、水泳部部長、柏木先輩が遙頭上から僕を見下ろし、笑いを滲ませて声を掛けて来た。
「お前ってたいへんだなぁ。今からかかあ天下か?」
山崎先輩の悪友でもあるこの人も180pを悠に越す熊の様な大男なんだ。
「なんだか僕。ペットの気分ですよ」
会う人みんなに同じ事を言われて、思わず情けない声がでる。
「優梨ちゃんも口さえ開かなきゃ、可憐な花みたいなんだがな」
西側の壁際にずらりと並んだ自販機の方を眺めながら、俺を慰めるためにポンポンと肩を叩いてくれた。
確かに優梨子は見た目は可愛い・・・と僕も思う。
ほかのクラスや、ほかの学年でも目を付けてた奴も多いと聞いていたし、一年の時も僕の友人の田中なんかは廊下ですれ違っただけでもぎゃーぎゃー煩かったんだから。
自販機の前で数人の友達に囲まれて談笑している小柄ながらスタイルのいい優梨子を僕もチラリと見遣って、
「みんなは可愛い、可愛いって言いますけどね・・・
ハァ・・・柏木先輩はああいうのが好みなんですか?」
そびえ立つ柏木先輩に肩を落として尋ねた。
「ふふふ。さあねぇ。おっと、彼女が帰ってきたぞ。俺は退散退散」
満員電車なみに込み合っている食堂の中を先輩の巨漢が不思議なほどスルスルとかいくぐっていく。
「なんか用だったの?柏木先輩?」
「ううん。別に」
「はい。渚の好きな山葡萄のソーダ買ってきたよ」
優梨子は自分の分を左手に持ったまま、右手に持った紙コップを僕に差し出した。
「サンキュー」
取っ手のない紙コップを受け取るときに指先が僅かに触れ遭う。ただそれだけのことなのに優梨子は何故かサッと頬を染め長い睫を伏せる。
普段おきゃんな優梨子だけにそんな初々しい仕草が可愛いと言えば可愛いんだけどな。
僕は急に言葉を無くし紅く染めた頬に長い睫毛が影を落とす優梨子のアイドルぽい顔を眺めながら、紫色をした甘酸っぱいソーダをチューっと飲んだ。
おやおや、これのどこがJUNEなのって感じですよね〈笑〉渚にも一様彼女がいたんだけど・・・・はてさてどうなるんでしょう。。。
恥ずかしがりやさんもおられるでしょうが、BBSで是非とも感想をお聞かせ下さいね。。。お待ちしています。。。