唇までの距離ディスタンス 〈最終話〉

 

「はな・・して・・・・・・・苦しい先輩」

「嫌だ」  

僕の髪に頬を押しつけてくぐもった声で続ける。

「初めて見たときから好きなんだ。

公私混同にならないように今度の大会が終わってから、ちゃんと口説くつもりだった。先輩後輩の枠を取り払えるまでお前への気持ちを顔に出さないようにずっと我慢してきたんだ。

お前は知らないだろうがお前が優梨ちゃんと付き合いだしたときも俺は正直かなり焦った。それでもあんなのはおままごとだと自分に言い聞かせてきたんだ」

「力を緩めて・・・息が・・息が出来ない・・」

「俺のこと・・好きか?」

「く・るしい・・」

「好きだと言ってくれ渚」

「す・・好きですよ。だから力を抜いて先輩」 

唐突に緩められた力にホッ〜と息を付いた。 

その付いた息ごと今度は唇をさらわれる。  

長い長い口づけが終わった後に、

「俺のものだからな。何処の誰にも、優梨ちゃんにも渚はやらない」  

僕を見詰める真剣な顔。  

ぼ〜とした頭に、先輩の言葉が少しずつ入り込んでくる。

僕は先輩のものなの・・・?

ええぇ?何時の間にそうなっちゃたの?

確かに先輩のこと好きは大好きだけど・・

ずっと僕の憧れの君だったけど・・・そ、そんなつもりじゃ・・・

「好きだ」  

そんな煙るような目で僕を見ないで先輩・・・

それでなくてもさっきからずっと胸がドキドキしてるのに、何も考えられなくなっちゃうよ。

「もう一度、キスしてもいいか?もう無茶はしないと誓うから」  

そんなこと僕に真面目な顔で聞かないでよぉ・・・  

壁に身体を預けたまま俯いてしまった僕の顎を持ち上げて、

「渚が嫌ならキス以上のことはしない。それでもだめか?」  

だからお願いそんなに切なくなるような瞳で僕を見詰めないでぇ・・・・・

「渚・・お前の口からキスしてもいいと言ってくれ」  

ヒェ〜!そ、そんなこと僕には言えるわけないでしょう・・・・・・いったい、何を考えてるんですか、先輩!!  

そんな僕の戸惑いなんかお構いなしに、頬に柔らかい先輩の巻き毛が触れ、耳朶に吐息が掛かるほど唇を寄せ甘く囁く。

「なぎさ・・お願いだ・・」  

や、やだ・・そんな色っぽい声で僕の名を呼ばないで。甘い吐息に心臓はバクバク言いっぱなしだし、膝頭は情けないほどガクガクと震えだしている。  

ああん。もう駄目!!!このままだとおかしくなっちゃうよ。

「キ、キスだけだよ!」  

ギュと瞼を閉じた。  

ああ、どうして僕はこんなにも押しに弱いんだろう。  

甘いキスが唇に降りてきて僕の混乱をさらに掻き乱す。  

ど、どうしよう・・・・・・・・・    

 

 

「どうする?お前が言い出しにくかったら優梨ちゃんには俺から話をしようか?」  

完璧に遅刻してしまった僕たちは、バスを降りた後も急ぐわけでもなくのんびりと学校への道を肩を並べて歩いていた。

ついさっきは登校する生徒や出勤する大人でにぎやかだったであろう通りも、ほんの少しの時間のずれで時折自転車に乗った人が僕らの傍らを行き過ぎるだけだ。

「幾らなんでも、それは駄目ですよ」  

言い出しにくいのは確かに言い出しにくいけど・・・いくらなんでもそんなのって優梨子に対して滅茶苦茶失礼だよね。

もし優梨子に新しいBFが出来てそいつが僕にそんなことを言いに来たとしたら、優梨子と付き合ってることに拭いきれない違和感を感じているこんな僕でもきっととても嫌な気持ちがするだろう。  

ハァ〜・・優梨子すんごく怒るんだろうなぁ・・・

ああ、滅茶苦茶気が重い・・・それに一体なんて切り出せばいいんだ?  

僕は今まで振った経験も振られた経験も皆無なんだから。  

山崎先輩と付き合うことにしたから、優梨子と別れたいって言うのかな・・・

でもマジで僕ってこれからは先輩と付き合うの?

男同士なのに???変だよね??

それに何となく先輩の勢いに押されてこんな展開になっちゃったけど別に僕は優梨子が嫌いになった訳じゃないんだよな・・・・・・・・・  

複雑な思いを胸にチラリと横に並んで歩く先輩の顔を盗み見ると、僕の気持ちを見透かすような、きつい眼差しに出会ってしまった。

「まさか、優梨ちゃんと別れたくないなんて考えてるんじゃないよな。渚」  

表情とは裏腹なほど柔らかい口調で僕に訊く。

「どうしても?どうしてもすぐに別れなきゃ・・だめ?」  

恐る恐る聞き返す。

「駄目だ」  

そんなに恐い顔しないでよぉ・・・・・それでなくても整いすぎた顔っておっかないんだから。 

はぁあ・・

一難去ってまた一難ってこんな事を言うんだろうなきっと。

なんだかこれじゃあ、出口のない袋小路に迷い込んじゃったみたいだよ。クスン・・・

「少し急ごうか。何とか3時限目に間に合いそうだ」   

物思いに耽る僕を残して、腕時計を眺めた先輩の足が早まる。

「ま、待ってよ先輩!」

「秋人だ」

「へ?」

「ア・キ・ト」

僕に背を向けたまま繰り返す。

「先輩?」

「恋人同士に先輩も後輩もない。俺はお前の秋人で、お前は・・俺の渚だ」  

僕の方を振り向かぬまま先輩は続ける。  

制服のカッターから僅かに覗く襟足がスッと朱に染まり振り向かぬ訳を鈍感な僕に伝える。  

容姿端麗、頭脳明晰、完全無欠、沈着冷静、幾らでも褒め称える四字熟語が当てはまる先輩・・・・・・・もとい秋人が僕にだけ見せる子供っぽい可愛らしさに愛しさが込み上げる。  

ん?んん?

これって父さんの時と同じじゃないか?

ぼ、ぼくって何処までファザコンなんだろう。  

ま、いいか。

貧相な頭でこれ以上難しく考えるのは止めよう。  

ともかく先輩は僕にまた笑い掛けてくれるんだから。  

僕って単純なんです。はい。

「秋人!待ってよ!」  

正門は既に閉じられているので、体育館脇の狭い通用門へと消えていく秋人の後ろ姿に声を掛けた。   

ウェーブの掛かった髪を僅かに揺らし肩越しに振り返った秋人は、僕の胸がキュウンと苦しくなるような最高の笑顔を浮かべていた。               

 

                                           〈終わり〉

と言うわけで、これは既にupしている「Sweet baby sweet」に繋がるわけです。既に読んで頂いているお客様ももしよろしければ、もう一度サッと「Sweet」に目を通してしただければ、ああ、そう言うことかぁって思って下さる部分が何カ所かあると思います。

伏線が少し混じっていますし、プロット状態としては、真澄パパのお話なんかもあるので、またいつか折を見て書いてみたいですね。。。

ここで暴露〈笑〉実はこれの大元は若かりし真澄さんと晄さんのJUNEでないお話が根本にあるのです。

海辺の町に住むボーイッシュな高校生の晄と友人の別荘に遊びに来ていたハイソな大学生の真澄さん、二人が出会い一夏の恋に落ちて、小さな入り江で結ばれて出来た子どもが渚なんですね。。。ってもろ少女趣味なお話ですが・・・・

余談でしたねぇ〈笑〉

それでは甘ベタの長いお話にお付き合い下さったお客様、本当にありがとうございました多謝<(_ _)>