*** Sweet baby sweet 3 ***

 

 

家に帰る電車の中で並んで座りながら、秋人は他愛ない話を僕にする。  

僕は時々相づちを打ちながら、電車の振動の度に肩や髪に触れる秋人の温もりを感じていた。  

 

「おう!渚。久しぶりだな。ん?うわぉ<その子が噂の千波ちゃんだな?流石、晄さんの娘だ!美人だな!うん、うん!」  

大声で声を掛けてきたのは、熊のような大男で名前は柏木貞夫。彼は秋人の悪友でもあり、僕の先輩でもある。  

この先輩は、一時期かなり真剣に僕の母さんに惚れてたらしい。

秋人曰く、『愛は障害が多いほど燃える』と宣ったらしいが、その愛の炎も僕の父さんを見て急速に消えたそうなのだ。

まあ、それも二年以上も前の高校生の時分の話で今はなんと、医学生をしている。

「こら、柏木。大声出したら、ちーちゃん起きるだろ」  

腕組みをしたまま、秋人が鋭く窘めた。

「すまん、すまん。ついな」  

大きな巨体でボリボリ頭を掻きながら謝る姿は、愛嬌があってなんだか憎めない。  

突然の大声に、もぞもぞと身体を動かす千波の背中をポンポンとあやしながら僕も話しかけた。

「柏木先輩もどこかに行かれてたんですか?」

「いやぁ〜!昨夜のコンパで飲み過ぎちまってな。むさ苦しい野郎どもと、さっきまでゴロ寝してたんだ」  

豪快にガハハ!と笑う。  

そう言えば着ている服もちょっとばかしくたびれているみたいだな。  

僕と先輩が話していると、やけに落ち着かなげに秋人が咳払いをした。

「おお!そーいえば秋人。お前、幾ら誘っても滅多に来ないコンパに来たと思ったら、英理子ちゃん連れて、とっとと居なくなっただろう!くそうぅ〜<なんでお前ばっかもてるんだ!なぁ渚。秋人に目を付けてる女子大生はわんさかいるから、ぐずぐずしてっと取られちまうぞ」  

コンパだって?  

女の子連れて居なくなった?  

体中を無数の虫が這い上がって来るような邪悪感に、ゾクリと身体を震わせた。

「レポート書いてたんじゃなかったんだ」  

震える声で秋人に訊き、斜め上にある秋人の横顔を睨み付けた。

「悪かったな。コンパなんて言うと、お前、不機嫌になるとおもってさ。まあ春になったらお前にも解るよ。俺にも付き合いってものがあるんだ」  

それじゃあまるで奥さんに浮気の言い訳をする、しけたサラリーマンのセリフじゃないか。  

まるっきり子供扱いののりで悪びれもせず、僕の頭をパフパフと叩く秋人の手を思いっきり叩いて、

「そうだね。どうせ僕は秋人の目から見たら、取るに足りないお子様だよ!

ああ、悪かったね<大事な付き合いとやらも解ってあげられなくて。大人の秋人の貴重な時間を僕と千波の為に割いて貰ったりしてさ。

後は僕一人で十分だから。もう二度と僕の前に顔を見せないで!

子供の僕になんかに構ってないで、秋人は女子大生と大人のお付き合いでもしればいいんだ<

「渚!!」   

千波を抱いておもむろに立ち上がった僕は、自分の降りる駅でもないのにプラットホームに降り立った。  

僕が今どんな顔をしているのか僕には解らないけど、きっととっても醜い顔をしているんだろうな。  

走り去る電車の窓になにやら揉めている二人の姿が見えたけど、もう僕にはどうでも良かった。

追いかけてきてくれないことが何より秋人の気持ちを雄弁に語っているじゃないか。  

僕の言った通りだって・・・  

酷いよ秋人・・・

秋人が好きにさせたくせに・・・やっとこれが恋なんだって思い始めたところなのに・・・

今になって“さよなら”なんて。  

「あーちゃん?」  

何時の間に目覚めたのか、可愛らしい声が僕を現実に引き戻す。  気づかぬうちに泣きべそをかいていた僕を千波は心配そうに愛くるしい瞳で覗き込み、小さな小さな両手で僕の頬に触れた。

「あーちゃん?いちゃい?」  

片言で僕に問いかける。  

ごめんね、千波。僕のこと心配してくれるんだね。

「大丈夫だよ。お兄ちゃんはどっこも痛くなんか無いからね。ごめんね千波」  

柔らかな栗色の巻き毛に顔を埋めて、夕方のラッシュに混み始めたプラットホームのベンチに、僕はしっかりと千波を抱きしめたまま座り込んだ。  

嘘つきな僕・・・心が痛くて痛くて堪らないくせに。  

僕は腕の中にいる、ふわふわと柔らかい、甘やかな天使に慰められた。      

 

 

どうしよう<  

一人で千波を抱えながら、パニックに陥った僕は居間の中をうろうろと徘徊する。

「あーちゃん!あ〜ん!」  

いつも元気な千波が夜になってから酷く機嫌が悪い。こころなしか身体も熱ぽいみたいだ。

「あ〜ん!うぇ〜ん!」

「千波!どこ?どこか痛いのかい?」  

聞いたところで答えられるはずのない赤ん坊に訊きながら、僕はただおろおろしていた。

『こんな時に秋人が居てくれたら』  

情けなくも、さっき切った啖呵が悔やまれる。

電車の中での出来事を反芻して、ハッとあることを思いついた。  

“あ!そうだ!”

「千波。ちょっとだけ待ってて。いい子だから」  

あやしていた千波をベビーベッドにそっと下ろすと、

「あい・・」  

千波は健気にも泣きながら返事をしてくれた。  

何もない廊下で躓きそうになりながらも僕は電話を取り、ボタンを押していく。

『はい。柏木でございます』  

藁をも縋るおもいでかけた電話に、4回目のコールでお母さんらしき人が出てくれた。

「あ、あの。僕、高校の後輩で、み、水谷と言います。貞夫さんご在宅でしょうか?」  

息もつかずに一気に捲し立てた。  

お願い、先輩!家に居て!

『ちょっと、待っててね。貞!お友達から電話よ!水谷さんですって!』  

異様な声の僕に驚いたように、大声で先輩を呼んでくれる。  

電話越しに、どたどたと走ってくる足音が聞こえてきた。

『渚か?今日はすまんかったな。俺はどうも考えなしに物を言うのが欠点なんだ。堪忍してくれ』  

柏木先輩は恐縮しているのが目に浮かぶほど、申し訳なさそうに謝った。

「今はそんなことどうでも良いんです!千波が、千波がなんか変なんです!先輩。お願い見に来てくれませんか?」

「何だって?今日は土曜で夜診はないのか・・・解った。すぐ行く待ってろ」  

柏木先輩の力強い返事に少し安心した僕は、電話を切ると急いで千波の側に戻った。

「あ、あ〜ちゃん」  

涙と熱で潤んだ、大きな目で僕を見つけると千波は小さな手を僕に伸ばす。

「大丈夫か、千波」  

抱きあげた千波は、ほんの数分前よりもかなり熱い。

片手に抱きながら救急箱から体温計を取り出して千波の脇に挟み込む。

「はぁ・・・はぁ・・」  

乱れた息づかいがハッキリと聞き取れるほど、息もかなりあがってきている。  

柏木先輩早く来て!  

祈る僕に検温を知らせる電子音が聞こえた。

“39.2度”もある。

うわぁなんでこんなに高いんだよぉ!

僕はまた千波を抱えたままパニックを再発させた。  

 

それからきっと十五分も経っていないんだろうとは思う、柏木先輩の家はすぐ近くなんだから。

だけど、湯たんぽみたいに熱い千波を抱えながら途方に暮れていた僕には何時間も経ったように思えたんだ。

“ピンポン”

チャイムが鳴った。  

ああ。神様、仏様、柏木様!  

千波をベッドに下ろして玄関に走っていき、

「先輩、早く!」  

靴を脱ぐ時間もろくすっぽあたえぬほど先輩を急かして、引きずるように千波の元へ引っ張った。

「こりゃ、ひどい熱だな。一体何度あるんだ?」  

先輩はごっつい手を、汗が滲んだ千波のおでこに乗せて僕に訊いた。

「えっと、さっき39.2度でした」

「そうか・・」  

先輩は手際よく千波のベビードレスの前を開けて覗き込むと、すぐに僕の方を振り返って、

「渚、こりゃたぶん風疹だな」  

何故か耳の後ろや脇の下もこちょこちょと触りながら、

「うん。リンパ腺も腫れてるし間違いないと思う。見てみろ、体中発疹だらけだろ」  

先輩に言われてまじまじと千波を見てみると赤いのは熱のせいだけじゃなく、赤い小さな発疹が身体一杯に出来ていた。

「ホントだ・・・」

「渚、子供用のアイスノン有るか?それから薬局までひとっ走りして、熱さましの薬。早くしろ!」  

柏木先輩に怒鳴られて、僕は転がるように部屋を出ていった。    

 

 

「少し、熱冷ましが効いてきたみたいだな」 

あがっていた息が嘘みたいに安らかな寝息に変わって、千波はすやすやと眠り始めた。

「風疹は、まあ、三日麻疹って言うぐらいだから3〜4日もすりゃあ、すっきりするさ」 

居間でコーヒーの用意をしている僕の肩に手を置いて、もう大丈夫だと言ってくれた。

「本当に有り難うございました。先輩が来てくれなかったら、僕・・」  

感謝の言葉に詰まって、ピョコンと頭を下げる僕を先輩は愛おしげに見詰めて、

「渚の役に立てて嬉しいよ。何てったって渚も、千波ちゃんも、晄さんの一部だもんな」  

夢見るように遠くを見詰めて、柏木先輩は僕に言った。  

先輩、本気だったんだ。母さんのこと。  

学校に一番近い僕の家でよくクラブの仲間が集まってたとき、何かと母さんにまとわりついて用事を手伝っていた柏木先輩。  

小柄でボーイッシュな母さんは高校生といてもそんなに遜色は確かになかったけど、子供の僕としては、どうして柏木先輩がうんと年上の母さんなんかが良いのか皆目解らなかった。   

でも、きっと人を恋する気持ちはみんな同じ。

報われることがないと解っていても、狂おしく沸き上がってくる熱い想いは誰にも止められないんだね。  

「渚は晄さんによく似てるな」  

ボソッと呟くと、粗野な大男に不似合いなほど照れて、

「渚・・・その・・一回だけお前を抱きしめさせてもらえんか?」  

熊のような風貌の柏木先輩があまりにも可愛く思えた僕はニッコリと頷いた。

「いいですか、一回だけですからね。母さんの身代わりは」  

言い終わらないうちに、秋人よりさらに広くて大きい胸に抱きすくめられた。

「おまえ、甘くていい匂いがするんだな」  

僕の髪に頬をピッタリ寄せて先輩は言った。

「うんとね。母さんも僕と同じシャンプーなんだよ」  

と教えてあげた。  

僕を抱く先輩の腕に力が籠もり、伝えられない想いの切なさが、なんともやりきれなくて、僕も先輩の背中に腕を廻し、ギュッと抱きしめた。    

 

「柏木ぃ〜!」  

大男の柏木先輩が、疾風のごとく入ってきた秋人に突き飛ばされて居間を転がった。  

信じがたい光景に唖然とする僕の目の前で仁王立ちになっている秋人が、起きあがってきた柏木先輩に殴りかかろうと拳を振り上げた。

「やめて!秋人!」  

無我夢中で抱き留める僕を一睨みして、

「退いてろ。渚」  

聞いたこともないほど、低い声で歯噛みするように秋人は言った。

「いやだ!退かない!柏木先輩を殴る権利なんか秋人には無いじゃないか!それとも欲張りな秋人は飽きたおもちゃでも、他の人に取られるのは我慢ならないのかい?」

「渚?何を言ってるんだ?」

「僕の前に二度と顔を出すなと言ったろう!」

「本気でそんなことを俺に言ってるのか?」 

整いすぎるほど整った秋人の顔が苦しげに歪む。

「柏木先輩は僕が呼んだんだ。千波が熱を出して、情けないけど僕一人じゃどうしようもなくて・・どうしていいか解らなくて・・」 

さっきの不安が再び蘇ってきて、嗚咽が漏れ、後は言葉になんかならない・・・

「ちーちゃんが熱を?済まなかった。側にいてやれなくて」  

気抜けしたように秋人はポツリと呟いた。

「泣かないでくれ、渚」  

ゆっくり僕に近づき抱き寄せようとする秋人の腕を衝動的に振り払う。

「泣いてなんかいない!泣いたりなんかしない!僕のことを赤ん坊扱いしないでよ!」

「渚!」  

振り払った腕をきつく秋人に押さえられた。

「離してよ!秋人なんか、秋人なんか!コンパでもなんでも行ってりゃいいんだ!

僕なんかに構ってないで、女の子とでもいちゃついてればいいだろう!

どうせ、どうせ僕なんか千波以下なんだから<

激しく詰る僕の口唇が狂おしいキスで無理矢理塞がれた。

「お前、本当にそんな風に思ってるのか?」 

やっと口唇を離して、荒い息に怒りを滲ませた秋人が訊いた。

「昨日だって・・帰ったじゃないか。僕と居るより女の子と居る方が楽しいんだろ?

コンパから一緒に抜け出した女の子を昨夜も抱いてきたんだろ?

僕が知らないとでも思ってたの?

この二年間の間に秋人が女の子と何度もしてることぐらい、黙ってたけどちゃんと知ってるんだから!

それなのに、どうしてまた僕にキスしたりするんだよ!僕は秋人のおもちゃじゃないんだ!僕にだってちゃんと感情があるんだよ<

「俺が生身の男だって事が解ってないのは渚の方だ」  

噛みしめた歯の間から唸るように続ける。

「俺がこの二年間どんな思いでいたかお前にはちっとも解ってやしない。俺にはお前が俺をどう思ってるのかすらわからない。  

いくら、好きだと言っても、何度口唇を重ねても、お前からは何も返ってはこない。  

お前のおもちゃにされてるのはいつも俺の方だ、まるででかいぬいぐるみみたいにお前の側に寄り添うことだけ許された人形。

お前は何度も俺の胸にすり寄ってくる、無邪気に何の疑いもなく、そしていとも簡単に寂しいから泊まって行けと俺に言う。  

俺はお前みたいに清廉潔白な奴じゃない。

なんど夢の中でお前を抱いたか教えてやろうか?

お前を見る度にどれほど俺の物にしたいと思ったかお前には解らないさ。  

力でねじ伏せてしまうのはいとも簡単だけど、お前に嫌われるのが怖かったんだ」  

端正な顔に辛さが見え隠れする。

「秋人・・・」  

今言ったことは本当なの?信じても良いの?

「俺のことが嫌になったか渚?」  

僕を見る秋人の瞳が切なく揺れる。

「ごめん・・・秋人ごめん。僕、愛して貰えてないと思ってた」

「ばか。お前以外の誰も愛してなんかいやしない。いつも愛されてないと思い知らされるのは俺の方だ」

「で、でも最近は千波ばっかり秋人は可愛がるじゃないか」

「ちーちゃんと張り合ってどうする」

「だって・・・」

「ちーちゃんは渚の一部だろ?」  

あれ?さっき同じようなことを柏木先輩も言ってたっけ。

「僕は秋人が大好きなんだ。僕も・・・ほんとは・・・」  

きつく、きつく、秋人の首にしがみついて声にならないほど小さな声で呟いた。

「ゴホン!」  

ああ、忘れてた!柏木先輩いたんだ!  

ニマニマしながら両手を胸の前で組んですぐ横に立っている先輩から、羞恥に縮こまっている僕を庇うように後ろに隠した秋人は、

「気の利かん奴だな!さっさと出ていけ」  

冷たく言い放った。

「ハイハイ。じゃな渚!明日の昼ごろにでも千波ちゃんの様子見に来るからな」  

笑いながら出ていく時に秋人の肩をポンと叩いて、

「がんばれよ!」  

とエールを送った。

「ば、ばかやろう!」  

いつもは何を言われても柳に風と受け流す秋人が、見る見る真っ赤になっていくのがなんだか可笑しい。

「忙しい奴だな、泣いてたかと思ったら、今度は笑ってんのか?」

「だって、秋人。可愛い」

「バカ」  

微笑みながら、そっと僕を抱き寄せてくれる。

「うん。バカみたいだね。僕たち」  

秋人の胸に額を強く押しつけた。    

 

 

「あっぁ、だめ・・・」  

思いもしなかった快感に、つい身体を捩る僕に何度もキスをくり返しながら、鮮やかな手つきで秋人は僕の衣服を剥ぎ取っていく。

「あ、ん・・・あ、まって!」

「いやだ・・・もう待てない」  

最後の一枚まで容赦なく剥ぎ取ると、素早く秋人も服を脱いで、二人の素肌が重なる。

「渚。愛している」

「・・ぼ、僕も」  

秋人の熱ぽい欲望を感じて、僕はゾクリと身体を震わせた。

「震えてるのか、渚?俺が恐いのか?」  

秋人が労るように優しく僕に問いかける。  

なぜなんだろう。

ちゃんと覚悟は出来てるはずなのに、がたがたと震えて歯の根まで合わない。

「だ、大丈夫。こ、恐くなんかないよ」  

指先を握りしめてギュッと力を込めた。

「だめだよ渚。優しくするから、俺に任せて力を抜いて」

「う、うん」  

分かってる。分かってはいるんだけど、顔だけがやけに熱くて震えが止まらない。

「あぁ・・・俺の渚・・・・」  

僕の身体を優しく解きほぐすように愛撫していた秋人の手が、ハタと止まった。

「秋人?」  

探るように秋人を見ると、やけに深刻な顔で僕の身体をしげしげと見詰めている。

「秋人?どうしたの?」  

おずおずと小さな声で訊いてみた。

「渚!」  

がらりと冷静な声に戻って、僕から身体を引き離すなり、訝しげに問いただした。

「ちーちゃん!なんの病気だって?」

「え?・・・?ああ、千波?風疹だって先輩言ってたけど・・・」  

もう、秋人、いきなり身体を離すから、よけいに寒いじゃないか。

足下にあった羽毛布団を引っ張り上げて、ごそごそと中に潜り込んだ。  

おもむろに立ち上がった秋人は、戸口の方に歩いていくとドアの横にある部屋の照明のスイッチをパチンと入れて、僕を振り返ると深い深い溜息を吐いた。

秋人の突然の行動に、頭が旨く回らない。

「ねえ?一体どうしたっていうの?」

「どうしたのって・・・・お前。自分で分かんないのか?」

あきれかえった秋人が、情けなさそうな口調で僕に訊く。

「自分の身体。よおく見てごらん」  

ん?  

起きあがって、そっと布団を剥いで見るとそこには秋人のつけた印の他に確かに見覚えのある物が・・・

「あぁ〜?」  

秋人は全裸のまま、額に手を当て、叫ぶ僕をじっと見ている。

「お前、さっきからガタガタ震えてたの、きっとそれのせいだよ」  

僕の身体には千波と同じ、赤い無数の点、点、点・・・  

秋人は、茫然としている僕を後目に、あ!と言う間にさっき脱いだばかりの服を俊敏な動作で身につけて、引き出しから僕のパジャマを見つけだし、布団の乱れを直した。

「自分で着れるか?それとも着せてやろうか?」

「じ、自分で着れるよ」  

そっと、肩にかけられたパジャマに手を通そうと、上体をベッドの上に起こすだけでも、左右に身体がゆらゆらと揺れる僕を、秋人が途方に暮れたように見詰める。

「待ってろ。いま氷枕作ってきてやるから」

「・・・ご免なさい・・・」  

軽快に階段を駆け下りていく秋人の、忍び笑いが微かに階下から聞こえた。  

恥ずかしいやら、おかしいやら、しんどいやらで、何とかパジャマを着終えた僕は、ガバッと頭まで布団を被った。  

情けない・・これじゃあ、ムードもなんにもあったもんじゃないや・・・    

 

「どうだ?少しは楽になってきたか?ちーちゃんもよく寝てるから、渚も安心して眠るといい」  

ベッドの端に浅く腰掛けて、汗ばんだ僕の前髪を優しく掻き上げながら、秋人は僕に微笑み掛けてくれる。

「ごめんね。僕・・」

「いいんだ。渚の気持ちが分かっただけで十分だよ。楽しみは後に取っておくさ」

秋人はゆるく笑って、額にひとつキスをしてくれた。      

高熱にうなされながら、夢と現(うつつ)の狭間をぼんやりと彷徨い始める意識の中で、僕は何度も『愛している』と囁く秋人の優しい声を、確かに聞いたんだ。  

                   

                  *END*