**あなたの声が聴きたくて** 

 

 

深い海の底に沈んでいくような静寂。  

 

目を閉じてしまえば、世界は瞬時に全て消え失せ、一人ポツンと宇宙の彼方に投げ出されてしまう。    

耐え難い孤独感が僕を大蛇のように締め付けて、体中至る所で動悸が激しく打ち響き、浅く早く、呼吸をしなければならないほど息苦しくなる。  

毎夜、懲りもせずに同じ儀式をベッドの上でのたうち回りながら繰り返した後、孤独という恐怖に苛まれた僕は、眼(まなこ)を大きく見開くんだ。    

まばゆい光に、拡がる視界に、世界の存在を再び認識し、ホッと安堵の溜息を吐いた後、耐え難い睡魔が僕に覆い被さるその瞬間まで、僕は再び瞼を閉じはしない。      

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駅前から少し離れた場所に建つ深夜のコンビニ。

閑散とした店内の奥で、ガングロの女子高生が二人、業務用の大きな冷蔵庫のガラス越しに、アイスクリームを物色している。  

都会のビルの合間にあるほんの僅かな草むらでさえも秋の虫が風流に鳴きはじめたというのに、夏の日差しにボロボロになった汚い肌が申し訳程度に身体に巻いている布きれのような服から露出している。  

痛んでバサバサになった髪には幾筋かの白いメッシュ。    

ありゃあどう見ても、16、7の可愛い女の子じゃなくて、昔話に出てくる、人食いの山姥みたいだなと、レジの奥でブルーのシャツに白いストライプの入った制服を着て立っている松島啓士は、一人ククッと、ほくそ笑んだ。    

24時間営業のコンビニは深夜のバイト料が割り増しなので、啓士は大学から帰ると出来るだけ仮眠を取って、夜の9時から朝の7時まで、週に5日はこの場所に立っていた。 

接客業とは言え、コンビニの定員に話しかける客などほとんどいないし、人なつこそうな外見に似合わず、どちらかと言えば口べたな啓士には打ってつけのバイトなのだ。

「今日は来ないのかな・・・」   

暇つぶしにパラパラ捲っていた売り物の雑誌から目を上げて、啓士は戸口の向こうに、人待ち顔な視線を馳せた。  

時刻は既に11時50分を回っている。  

啓士の待ち人は何故か12時過ぎに来ることがないので、もう今夜は来ないかも知れない。

「来たからって、どうなるもんでもないんだけどな」  

雑誌をパタンと閉じて、自嘲気味に啓士が笑う。

一人で笑ってる啓士を怪訝そうに眺めながら、さっきの山姥2人組がアイスと漫画雑誌の入った籠をレジカウンターにトンと置いた。

「いらっしゃいませ」  

義務的に挨拶を済ますと、商品に付いているバーコードをスキャナで一つずつ丁重に拾う。

「九四五円です。有り難うございました」  

啓士が一方的にしゃべり、その間、女子高生はガムを噛みながら、魔女のような鍵型の黒い爪で、がま口型の財布から金を出し入れして、商品の入ったビニール袋をカウンター越しに受け取った。  

定員と客の間に会話らしいものは一切存在しない。別段この子達の態度が特別なんじゃなくて、深夜にコンビニを訪れる客なんて、大抵はそんなものだった。  

女子高生が出ていくのと入れ替わりに、全体的に透明な感じが漂うすっきりとしたシルエットの青年が入ってきた。  

そう、年齢はたぶん、23か4と言ったところだろうか。

「いらっしゃいませ!」  

啓士がパッと顔を綻ばせ彼に向かって元気よく笑顔で挨拶すると、彼はいつものように、少しはにかんだような笑顔でニコッと啓士に笑い掛けた。  

身長は啓士より少し低いだろうか、半袖の淡い翡翠色のシャツから、ほっそりとした乳白色の腕がスラリと伸びて、全体に少し華奢な感じがする。  

特に女顔というわけではないが、肌が昨今の若い女の子にはないほど、きめが細かく白いのと、すっきりと顔全体のバランスがととのっているので見る度に、あっ、やっぱりこの人って綺麗なんだと再認識させられる、そんな感じの青年だった。  

啓士がここに勤めだして半年ほど経つが、彼の買い物はほとんどいつもおなじだった。 

入り口の緑色の買い物かごを抜き取ると、その中にミネラルウォーターを2、3本入れ、青果の棚からフルーツを取り。最後に翌朝の朝食なのか、パンを二つ選ぶ。

「今日はいつもより遅かったんですね」  

バーコードを読みとりながら訊いた啓士に彼は、そうだね、と頷いた。  

間近でみるとほんとに綺麗だな・・・・  

好感の持てる柔らかな表情を消してしまえば、作り物の人形みたいに綺麗だ。  

啓士はそんなことを考えながら、ウキウキと彼の荷物を袋に詰める。できる限り丁寧に、ゆっくりと時間を掛けて。   

ドキドキと鼓動が高まっていき、頬が少しづつ赤くなっていく自分に、   

『俺・・・マジでヤバイかも・・・・  』

啓士が小さく呟くと、不思議そうな顔をした彼がカウンターに右手を載せて、なに?と首を傾げながら啓士にツイッと顔を寄せた。

「あ・・・い、いえ、なななんにもないです!あ、有り難うございました!」  

間近に寄った、彼の美貌に啓士の心臓は爆発寸前迄高鳴り。驚いて彼から飛び退いた顔と来たら、お風呂に浸かりすぎて逆上せたように朱に染まっている。  

一人でパニックを起こしている啓士に、彼はおかしそうにクスッと笑うと静かに店を出ていってしまった。  

どどど、どうしよう・・・

おかしな奴って思われたよなきっと・・・  

店の自動ドアが閉まると同時に、啓士はガックリと肩を落とした。  

バカみたい。なんで俺、19にもなってこんな小学生みたいな片思いに悩んでるんだろう。  

相手が女の子なら、事は簡単だったんだけどなぁ。旨くいくにしろ振られるにしろ、あたってみれば済むけど、相手は、あの男(ひと)だもんなぁ・・・  

店のガラス越しに、遠ざかっていく彼の後ろ姿を啓士は万感の想いを込めて、見えなくなるまで見詰めていた。