Crystals of snow story

**曼珠沙華**

後編

あなたの声が聴きたくて 番外



「ただいま。あれれ?未知さん、風邪引いちゃうよ」

食事も済ませ濡れたタオルを片手に大浴場から帰ってくると、未知さんが窓の横にある応接セットのようなもののイスに座ったまま、うたた寝をしていた。
旅館の白い浴衣を着た未知さんはどこか嵯峨野で見たコスモスに似て、男の保護欲を掻き立てるような儚さが漂い、普段よりなんだかずいぶんと色っぽい。

いくら、誘ってもイヤだと言ってうち風呂ですませてしまった未知さんだが、こんなしどけない浴衣姿にになると知ってたら、俺だって最初からさそわなかった。

第一、さっき浴場に入ってきた、脂ぎったおじさんたちに未知さんの裸なんかみせらないもんな。

良かった、未知さんが断ってくれて。

ホッと胸をなで下ろしていみたものの、旅館の醍醐味である露天風呂に入れないなんて可哀想だなとおもってしまう。

旅行に来て、折角、旅館に泊まったんだから、大きな風呂に入れて上げたい・・・・

うーーーん・・・・でもやっぱり、減るもんじゃないけど、見られたくないしなぁ・・・俺の中で、相反する気持ちが右に行ったり、左に行ったりしながら鬩ぎ合っている。

小さなタオルかけにタオルを広げて干しながら、確か部屋に露天風呂がついてる旅館って、前にテレビで見たことを思い出す。

今度旅館に泊まるときは奮発してそういう良い旅館を取らないといけないな・・・・・

そしたら、一緒に風呂にも入れるし。

二人で風呂入って、背中とか流してあげるよって言ったら、未知さんどうするかな。

ちょっと恥ずかしそうに湯煙の中で赤くなったりして・・・・

『二人きりなんだから、恥ずかしがらなくていいんだよ』何て俺が言って・・・・

はは・・・俺・・・何一人で盛り上がってるんだろ。
これじゃ俺がスケベ親父みたいだよな〜

ああ、もう、なんか、俺すっげぇ暑い・・・・・・

頭の中にいる湯船に浸かってほんのり赤くなってる未知さんも、目の前にいるしどけない未知さんも俺の劣情をこれでもかと刺激して、俺一人カッカッと顔が火照ってきていた。

パタパタと手扇で赤くなった頬の熱を冷ましながら、未知さんのあどけない寝顔をしばらく見つめていると、いつものことだけど、なんだかちょっと、情けなぁい気分になってくる。

未知さんって・・・俺みたいなこと考えないんだろうなぁ・・・・・
普段だって、未知さんから誘ってくれることなんかないし・・・・・

欲望とか肉欲とかと無縁の世界に住んでる未知さんは毎晩俺の胸元に寄り添って幸せそうに微笑む。

そんな未知さんを見てると、今夜こそはと決心してても、なんだか俺だけがあさましい獣みたいな気がしてきて、おいそれと手が出せなくなるんだよなぁ・・・・

だから、俺たちがそーゆーことするのって、ほんと、月に数えるほどしかなくて。

雑誌とかで読む、飽きの来た熟年夫婦の回数より少ないんじゃないかってくらいだもんな。


はぁ・・・・・・もしかしたら、今夜もこのまま寝ちゃうのかな・・・未知さん・・・・・

しかたないよな・・・・未知さん、なれない旅行で新幹線の中とか旅館のチェックインとかでもずっと緊張してたし、疲れてるんだよ、うん。

きちんと整えられている夜具を恨めしげに眺めながら、俺は未知さんを寝かしつけるために、そっと抱き上げた。

抱き上げた湯上がりの身体は、優しいくらいに暖かい。

当の未知さんは唐突に抱き上げられて驚いたのだろう、ぱっちりと目を開け抱き上げたのが俺だと分かると夢の続きのように、ふんわりと笑った。

その笑顔で俺の熱はまた一気に昇り詰める。

か、可愛すぎるよ、未知さん・・・・・たのむからこれ以上無意識に煽らないでよ・・・・

「つかれただろう?お布団掛けてあげるから、このまま眠ってもいいよ」

そっと、ふとんの上に下ろして、掛布で未知さんの身体を包んだ。

お、俺は、ビールでも飲むとするかな・・・

そのまま未知さんの側にいるのが辛くてさっき未知さんが座っていたイスの方に歩いて行きかけると、何かが俺の浴衣の裾を引く。

首だけを捻って振り返ると、こてんと横になったままの未知さんが浴衣の端をギュッと握って俺をぼんやりと見つめていた。

「どうしたの?」

俺の問いに、数回瞬きをしたあと、未知さんはゆっくり二本の腕を俺の方に差し伸べた。

小さな子供が母親に両腕を差し伸べる無邪気さで・・・・

浴衣から覗く白い腕に誘われて俺はへたりと未知さんの横に跪いてしまう。

「い、一緒にいてほしいの?」

唇の動きが読みとりやすいように、顔を側に寄せると、ふわっと漂ってきた、いつもとは違うシャンプーの薫りに、俺のちっぽけな理性なんかどこかに吹き飛んでしまった。

「未知さん・・・好きだ」

好きだ・・・・・好きだ、好きだ・・・・

何度も囁きながら、暖かい身体を思いっきり抱きしめた。

ああ、俺・・・・俺・・・・

もう、とっくに体中が爆発しそうになってる俺の耳に未知さんの甘やかな吐息が届く・・・・

すーすーすー

え?!

い、いま・・・・スースーーって聞こえたような・・・・・

ガバッと腕立て伏せをする要領で胸から上を持ち上げながら、俺の鼻先数センチの至近距離で見たものは、天使の寝顔とでも形容したくなる幸せそうな未知さんの寝顔。

う・・・うそだよなぁ・・・・・こんなのないよぉ、未知さん・・・・

心の中で泣きながらも、眠ることに神経質な未知さんが、知らない場所でも俺と一緒なら、幸せそうに眠ってくれることがなんだかちょっぴり嬉しかった。

俺、まだ10代だし、未知さんだってまだ若いのに・・・・・俺たちあと10年もしたら、老後の夫婦みたいに縁側でお茶でも啜ってるのかもしんないな・・・・・

ちょっと、残念な気もするけど、それもまた悪くはないなと苦笑が漏れた。

どんな形でもいい・・・・

ずっと一緒にいられるなら。

興奮さめやらぬ、俺の身体が勝手にいたずらをしないように自制しながら、もう一度未知さんの側に滑らすように身体を横たえて、すやすやと眠る未知さんの髪や頬を撫でながら俺も瞼を閉じて眠りについた。


夢の中では、昼間見た真っ赤な彼岸花が揺れている。

「これはね、曼珠沙華って言うんだよ。花言葉は悲しき思い出」

夢の中の未知さんは女性で言うところのアルトな声で俺に話かけながらその曼珠沙華を一生懸命摘んでいく。

「未知さん駄目だよ、彼岸花には毒があるんだから」

俺が慌てて止めにいっても、夢だからなかなか未知さんの手を止めることが出来ない。

もどかしさに歯がみしながら、摘んじゃ駄目だと何度も叫ぶ。

「駄目だよ、啓士。全部摘みとってしまわなきゃ。だってそうだろう?僕たちに悲しい思い出なんかいらないよね?啓士と僕は悲しい思い出なんて作らないよね?」

そのためには、全部摘み取ってしまわないとと言いながら、泣きそうな顔をして、未知さんは曼珠沙華を摘み続ける。

そんな未知さんの姿が切なくて愛しくて、堪らなくなったその時、やっと、俺の手が花を摘む未知さんの腕を捉えた。

「悲しい思いなんかさせないから、大丈夫だから。だから、もう摘んじゃ駄目だ」

俺がそう言って未知さんを抱きしめると、手のひらから零れ落ちた真っ赤な曼珠沙華は赤い炎が揺らぐように天に高く立ち上っていった。

「ほら、もう、悲しい思い出なんて消えてなくなっただろう?」

俺の問いに、涙で潤んだひたむきな瞳を向けると未知さんは細い腕を廻して俺の首にしがみつく。

「ずっと離さないで啓士。僕の側にいて・・・・ずっとずっと、愛してるから・・・」

夢の中で未知さんは俺がずっと訊きたかった言葉を、なんどもなんども囁いてくれたんだ。

 

翌朝、今日は大原に行く予定なのに、俺たちはすっかり寝坊して、ホテルの朝食を取り損ねるところだった。

あまりにも幸せな時間は、ともかく矢のように過ぎていくものだから・・・・

〈終わり〉

 

20万ヒットの企画時では皆勤賞だった、裏も今回は併せてupです。

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大画面の未知さんは企画部屋からどうぞ(~o~)