Crystals of snow story

*ANGEL*

13

 

カチッと石を擦る音がして、薄闇の中に火が一瞬灯った後、赤く極小さな熾りがゆらりと揺れる。

隣で伏せっている女の白い肩は、まだ小刻みに震えながら上下しているのに、眞一は、虚しい気だるさをタバコで紛らわせていた。

今日コンパで知り合ったばかりの、この女の名前は誰だっただろうか・・・・・

知り合って、まだ数時間だというのに、眞一が激しく揺さぶると、甘い嬌声であえぎながら、何度も『あなたが好きなの』と繰り返した。

知り合ったばかりの男と寝る事への抗弁の一種なのか、それとも、男へのサービスのつもりなのか、単なる生理現象の処理をしようにも、女が『あなたが好きなの』と口走るたびに、眞一は沸き上がってくる嫌悪感に萎えそうになった。

どうせなら、『エッチが好きなの』と言えばいいのに、と、眞一はふぅーっと、細い煙を吐いた。

決して、隣に居る女を責めてるわけではないし、蔑んでいるわけでもない。

ちょっと前までは、自分だって、サービストークはお手の物だったはずなのに、こんな事の何がいったい楽しかったのか・・・・・・・

彼女の姿は、つい先日までの己を映している鏡に過ぎないのだから。

見た目が好みで、話が合えば、その日のうちにベッドへ直行する事など珍しくもなんともなかった。

その上、ベッドでの相性が良ければ、それなりに関係は続く。

万一相手が本気になりそうな気配を感じれば、体よく言葉を見繕って別れてきたのは自分自身ではないか。

それが、スマートでおしゃれな恋愛だと思っていたのに。

眞一は急に老け込んだような気さえした。

あの朝以来、心にぽっかりと空洞が空いてしまったように、正直誰にも興味が持てなくなっていた。

 

「ねぇ」

乱れた息を整え終わったのか、肩口にすり寄って甘えてくる女が鬱陶しい。

「ねぇ〜ってばぁ。次、いつ会える??あ、そうだ、携帯の交換まだだったよね?」

ベッドの脇に掘り出した、小さなピンク色のバックに手を伸ばすと、女はこれまたどぎついショッキングピンクの携帯を取り出した。

携帯より重いんじゃないかと思うほど、じゃらじゃらと沢山のストラップが揺れるのを横目に、眞一は銜えタバコのまま反対側に降り立ち、手早く脱ぎ捨ててあった衣類を身につけた。

女に背を向けたまま、ドアに向かう眞一に、女がさっきまでの甘えた声とは180度違う不機嫌な声を投げかけて来た。

「なんなの?乗り逃げぇ〜?あたし、そんな安っぽい女じゃないんだからねーーー!!ちょっとイケメンだからって、なによお!」

女の言葉に、眞一は胸ポケットから札入れを無言で取り出した。

「な、な、なによ、あたしは別に、お金なんか・・・・・」

ビックリしている女の方へ、万札を二枚ひらりと足下に落とすと、そのまま眞一は振り返ることなくドアを開けた。

女を抱いて金を渡したのは初めてだった。

相手もそんなつもりではもちろん無かったのだろうけれど。

恋愛はゲームだと思っていたし、それなりのポリシーも持っていたはずだった。

後ろ手にドアを閉めた眞一は、沸き上がってくるおのれ自身への嫌悪感にきつく眉をひそめ、

最低だな・・・・・・・・・・っと、眞一は自分自身に毒づいた。

 

☆★☆

 

 

木造家屋を揺るがすほどの勢いで、階段を駆け下りてくる足音がした。

「おっ!!兄貴、良いところにいた。金貸してくれ、金!!」

ひょいっと、台所に顔を覗かせた研二が、眞一を見つけるなり口を開く。

「なんで、俺がお前に貸さなきゃいけないんだ?」

休みの日のブランチとしては少々侘びしい感じのするチーズトーストを囓りながら、振り向くと、

「期末テストやばいんだって。鈴に昼飯奢るからって条件で、教えて貰う約束したもんだからさぁ、なぁ、ちょっと軍資金、なっ?」

顔の前で両手を合わせてぺこんと頭を下げている研二がいた。

「サッカーばっかりやってるからだろ・・・・・・しかたないな、ほら、俺も金欠だから五千円しか貸してやれないぞ」

この間の二万円がさすがに学生の身分にはきつかったが、ここの所遊びに行くでもない眞一は珍しく気前よく、研二にお札を渡してやった。

「おぉ・・・・・・兄貴、サンキュー♪さすがにマックじゃ格好つかないしさぁ、助かったよ」

勉強が出来なくて教えて貰うのに、格好もなにもないだろうと、口元まで出かけたが、好きな相手にはちょっとでもよく見られたいものなのだろうと、コーヒーで苦笑い事飲み込んだ。

ちょうど、その時を見計らうように、ピンポン、と、ごくごくノーマルな呼び鈴が鳴った。

「馬鹿みてぇに、はぇーーな、鈴の奴」

早いのが困るといった口調で一回時計を見てから玄関に向かう研二だが、顔にはちょっとでも早く来てくれて大変嬉しいですとデカデカと書いてあるのだから、思わず、もう一口含んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。

「おじゃましまぁ〜す」

相変わらず、可愛らしい声が玄関から聞こえてくる。

「どうした?鈴?」

続いて怪訝そうな研二の声が気になり、眞一も玄関へ続く開け放たれたままのドアに視線を遣った。

「あのね?すっごい、綺麗な子が居たんだ」

「綺麗な子??」

まだ、玄関ドアを開けたままなのか、湿気た温い空気がキッチンにまで流れ込んでくる。

「迷子なのかなって、思って、声をかけたんだけど・・・・・困った様子で首だけ振って、大通りの方へいっちゃったんだ。英語じゃ駄目だったのかなぁって、気になって」

鈴矢の言葉に、眞一の心拍数が跳ね上がる。

「英語で駄目って・・・・・外人?だったのか?」

「うん、孝太郎君ぐらいの背格好なんだけどね、少し僕たちよりは下だとおもう。金髪がキラキラしてて、天使みたいに綺麗な男の子」

「ふーっん」

っと、鈴矢以外の綺麗な子になど興味もない研二が、ま、いいじゃんかと応えている横を、眞一は血相を変えて飛び出していった。

 

 

 

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