Crystals of snow story

*ANGEL*

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「で、騒動ってなによ?女同士が鉢合わせでもしたのか?」

講義が終わると、さっそく興味津々の体で石渡が身を乗り出してきた。

「ばぁか、俺の事じゃなくてさ、弟が友達と・・・・っていうか、痴話げんかで揉めたんだ。
馬鹿だよなぁ・・・・なにもあそこまで、惚れなくてもいいだろうに」

遠に忘れていたはずの、汚点のような過去を思い出していた眞一は、少々投げやりな返事をする。

「ほーーーっ、研二くんもそんなお年頃か?そっかぁ、たしか中等部だよな、今?
俺達も歳くったよな、東森」

「急に老け込むようなこというなよ。でも、そう言えばお前がうちに遊びに来てた頃は、まだあいつ小学生だったよな」

レポートや資料をトントンと机を鳴らしながら整えて鞄へと仕舞い、眞一は石渡に聞き返した。

エスカレーターで幼稚舎から大学院まである一環教育のお坊ちゃん学校にいた二人だが、エスカレーターで進むことを希望せず外部の一流校への受験組だったこともあり、特に三年になった頃からは何人かそういった仲間が各家庭に集まって受験勉強をすることが少なくなかっのだ。

その頃はたしか・・・・・

「そうだぞ、研二くんは、そうそう、今のセルちゃんと同じだな。たしか6年生だったよ」

その頃、6学年下の研二が6年生だったことを思い出したところへ石渡が答えた。

そうか、セルはあの頃の研二達と同じ歳なのか・・・・と、眞一がその頃の研二達を思い出していると、石渡はさらに言葉を続けた。

「研二くんとほら、よく一緒にいたあの子、なんて名前だったっけ??
セルちゃんと張り合うぐらいの超美少年がいたよなぁ。ああいう子って今はどんな感じなんだろうな?」

「あ、ああ、鈴矢くんだろ?今もそりゃ超美少年のままだよ。あの頃より綺麗になってさ」

「ああ、そうそう鈴ちゃんだな。お前に家に来るなって言われると困るから、内緒にしてたんだが、ほらK大に行った竹山いるだろ?
あいつ、あの子に熱あげててさ。
おまえんちに行くたびに、鈴ちゃん来てないかなぁって、うるさかったんだぞ」

「へえ?あの堅物の竹山が?」

真面目が服を着てあるいているようなガリ勉タイプの竹山が、当時小学生の、それも男の子に熱を上げていたときかされて、世の中わからないものだなと眞一はおかしくなった。

「今も変わらぬ美少年かぁ。あの頃はいくらなんでも6つも下の小学生のそれもいくら可愛いからって男の子相手に好きも嫌いもないだろーって、竹山のことを馬鹿にして囃してたもんだよ」

教室を並んで出ながら、かかかっと豪快に笑う石渡に、眞一は複雑な思いで愛想笑いを返した。

6つも歳下の小学生・・・・・に、好きも嫌いもないか・・・

たった6つ下でもそんなに笑うのなら、12も歳下の小学生に、それこそ好きもなにもないと思うのがやっぱり普通なのだろう。

この後はバイトなんだと急いで校舎を後にした石渡と別れた眞一は、自動ドアの内側でヒンヤリとクーラーで冷やされた壁に背中をもたせかけると、ポケットから携帯を取り出した。

新着メールにざっと目を通したあと、誰にも返信をすることもなくそのまま閉じる。

講義の間マナーモードにしておいた携帯にはメールの着信が数件あったが、お目当ての物は着ていなかったからだ。

ここ数日セルからのメールが来ていない。

必ず毎日来るわけではないが、一日二日図書館で会えなかった時や数日休みが続く時などは、たいていセルのほうから「明日は図書館に来ますか?」などごくごく短い文章だが連絡が入っていて、都合のいい日時を眞一が返信し、特に何処へ行くというわけではなかったが、校内や学校の傍で待ち合わせることが当たり前のようになっていた。

元々、眞一のほうからは、待ち合わせの時間変更等の急用でもないかぎりメールも電話もしないようにしていた。

なにかブレーキをかけていないと、セルが12歳と言う年齢にもかかわらず、暴走しかねない自分が恐ろしいからだ。

しかし、セルに会ったのはこの間のカフェテリアが最後で、既に5日も経っている。

その間、校内でも図書館でもチラリともセルの姿を見ることがなかった。

それとなく、夏生に尋ねてもみたが図書館にもやはりここ数日はまったく来ていないらしい。

夏風邪だろうか?それとも、ヨーロッパ育ちのセルには日本の蒸し暑さが堪えて早い夏ばてを起こしているのではないかと、考えれば考えるほど良くない方向へと眞一の気持ちが向いていく。

何度か禁を破ってメールか電話をしてみようかと思いながら、直にひょっこり校舎の影からあの輝く金髪が現れて、「眞一さ〜ん!」と笑いながら駆け寄ってくるのではないかと思い直し、掌の中で何度か未練がましく携帯の開け閉めをする。

そのたびに、セルの作ってくれたスワロフスキーのストラップが揺れ、外の日差しを室内の壁にキラキラと踊らせていた。


☆★☆


赤や黒のランドセルを背って、沢山の子供達が大きな門の中に吸い込まれていく。

半年以上前、キーンと冷え込んだ冬の日に、眞一は同じ場所から、同じ眺めを見つめていた。

あの時も、同じ制服を着た上品な櫻綾の子供達に比べると、ここの小学校は着ている物の色彩もカラフルで元気がいいと思ったが、夏の軽装のほうがより一層明るい色目の洋服が目立ち、子供達の動きも輪をかけて身軽で元気だ。

セルを見かけなくなって一週間たった週明けの月曜日。

電話やメールで元気かと、結局確かめる事ができなかった眞一は、考え抜いたあげく子供達の登校時間にこの場所に来てみたのだ。

下校時間とは違い、30分も見ていれば、その日登校する全ての子供がこの門を通るはずだ。

今朝、セルがここを通らなければ、具合が悪いとしか考えられない。
そうしたら、禁をやぶって電話をかけるつもりだった。

ちょっとした風邪程度ならいくら長くても一週間もすれば普通に登校できるはずだ。

もし、今日セルの姿を見ることがなく、かけた電話にセルが出ないようなら、加勢助教授に直接聞けばいい。

最近ご子息を見かけませんが、具合でも悪いのですかと・・・・・

セルはキャンパスのアイドル的存在なのだから、そう訊いても不審がられはしないだろう。

元気に走ったり笑ったりしている子供達をみているうちに、どんどん時間は過ぎていき、眞一の胸は不安でずっしりと重くなってくる。

まさか、重病なんじゃないだろうな・・・・・・

入院してるとか・・・・・

それとも、まさか・・・・・交通事故???

そう考えたとき、ドキンっと鼓動が跳ね上がり。
嫌な汗がこめかみを伝った。

ポケットからハンカチを取り出して、じっとりと滲んだ汗をふき取る。

ふたたび視線を道路向こうへやると、コンビニの角からあの冬の日と同じように金の髪が輝くのが見えた。

こっちへ向かって歩いてくるセルは、ランドセルを背負った足取りも軽く健康的で、病気でもなく、事故とも無縁に見えた。

ほおおおおおおっと、大きく長い長い息を眞一は吐き出した。

体中から力が抜けたように、傍に止めてある、愛車のボンネットに手を置き身体をささえる。

よかった・・・・・無事で。

セルの横には、やはりあの日と同じ背の高い男の子とその子の妹らしきかわいらしい少女。

思わず、駐車場から道路を斜めに横切りながら足早にセルに向かって歩き出した眞一に、青い瞳が驚いたように見開かれ一瞬息を呑む。

安堵した眞一の笑顔に、もちろん花の咲くようなセルの笑顔が返ってくるのだと思っていた。

友達のことも忘れ「眞一さん!!」と、駆け寄って来てくれるのだろうと思っていた。

何日か夏風邪をひいてたんですと、照れくさそうに笑いながら。

「しってる人?」

数歩離れた場所に立つ眞一を見とがめた背の高い男子が、怪訝そうにセルに訊くのが聞こえる。

「いいんだ。寛人くん。いこ、遅れるよ」

サッと、眞一から視線を背けたセルは、寛人と呼んだ少年の腕を取って校門へと身を翻した。

そのままセルは後ろを振り向くこともなく門の中へと歩いていく。

あまりにもな、意外な展開に、呼び止めることさえ出来なかった。

何が起こったのかも眞一は理解が出来ない。

ただ、頭の奥深くで、昔、あの人から言われた最後の言葉が聞こえてきた。

・・・・あなたさ、最近ちょっと鬱陶しいのよねぇ・・・・

病気でも怪我でもないのに、姿を見せないのも連絡が来なかったのも、そういうことなのか・・・・・・?

最後の生徒が入り終わると、校門はきっちりと電子ロックまでかけて門が硬く閉じられた。

呆然とその場に立ちすくんでいた眞一の頭上に、数分後始業のチャイムが鳴り響いた。

その音にようやく我に返った眞一は、右手でゆっくりと痛み出した、こめかみを押さえた。

つづきを読む?