Crystals of snow story
*煌めきの銀河へ*
(1)
「いったい、こいつは誰なんだ?」
果てしなく無数の星々が瞬く漆黒の宇宙の中を、滑るように地球(テラ)5に向かって静かに進む、愛機ソフィア号の簡易ベッドの中で、目を覚ましたばかりのブラッドが怪訝な声で小さく叫んだ。
「あなたが昨晩連れてきたのよ。ブラッド」
ブラッドの狭いベッドの横でゆったりと優雅に寝そべっている、美女レイラは彼の手を滑らかな舌先で優しく嘗めながら囁いた。
「俺が?」
二日酔いのせいで、ガンガンするこめかみを片手で揉みながら、ブラッドはその蒼く鋭い眼差しで、反対側に据え付けられた簡易ベッドに眠っている見知らぬ人物の姿を、じいっ〜と眺めてみた。
小型艇の照明は眠るためのスリープモードに切り替えられているために薄暗く、ぼんやりとした柔らかな照明が小柄な少年の安らかな寝顔に僅かな陰影をつけている。
少し長めの淡い色彩の金髪で(金髪と言うよりもむしろ銀髪に近いかも知れない)、やけに整った小綺麗な顔をした少年だが、幾ら宇宙規模の性革命(セックス・レボリューション)が進み、同性間の結婚も珍しく無くなってきているとは言え、ブラッドには男を自分のテリトリーに引き込む趣味はない。
昨夜はたしか・・・・
長く、やっかいな仕事をようやく終えて地球5へ戻る途中、エネルギー補給の為に辺境の惑星ミレーネに寄ったブラッドは、時間待ちの間レイラに船を任せて、ターミナル横のケバケバしい電飾で飾られた酒場にふらりと立ち寄った。
完璧主義のブラッドは仕事の間は一滴たりとも酒を飲まない主義なのだ。
単なる主義と言うよりもそれは彼の命を危険から守る手だてなのかも知れない。
彼の職業はボディーガード。驚くほど高額の報酬を頂く代わりに、少々、いやかなり、あぶない橋も渡る。
だが、いまだかってクライアントを一度たりとも失望させたことのない彼の名前は、広く辺境の星々にまで知れ渡っていた。
しかし、大抵の場合、秘密裏にことを運ぶ仕事のため、ブラッドの素顔を知るものは少ない。
ブラッドが観音開きの店の扉を押し開き、けたたましい音楽が鳴り響くなかを優雅に歩を進め、近頃滅多にお目にかかれなくなった見事な一枚板のカウンターに腰をかけると、一斉に酒場の女たちが色めきたった。
漆黒の髪に引き込まれそうなほどの蒼い双眸を持ち、引き締まった見事な躰に黒いランニング、その上にさりげなくシルバーシャークの銀色に光るジャケットを羽織り、ピッタリとしたエルモ竜の光沢のある黒革のパンツとお揃いのブーツを履いたブラッドの姿は、差詰めしなやかな野生の黒豹を思わせ、女達を惹き付ける。
「ミレーネ産のウイスキーをストレートで頼む」
ミレーネのことをよく知らないブラッドだが、この星の酒には案外馴染みがあった。
ウィスキーをウェイターに頼むと肩から羽織っているジャケットの内ポッケットから銀色のシガレットケースをとりだし、ベガ産のタバコを一本取り出した。
パンツのポケットからライターを出そうと腰を浮かしかけたブラッドの肩越しに、白い指先がすっとのびてきて、今や主流のレーザー光ではなく、赤々と炎の上がる旧式のライターがカチッと鳴った。
「どうも」
ブラッドは顔を火に寄せて、タバコに火を付けてから軽く礼をいった。
元の場所に身体を戻してから、側に立っている女を改めて眺めた。
ブラッドのタバコに火をつけたがる女はどこの星でも山ほど居たが、目の前いるのはいつもの酒場の女たちとはかなり趣がちがっている。
肌もあらわなほかの女たちと違って、目の前に立つ女はフードの付いたラベンダー色の丈の長いローブを上品にまとって立っていた。
女から目をもどしたブラッドは、ゆったりと手にしていたタバコを燻らして、ウェイターからウィスキーを受け取った。
「えらく、別嬪さんだが、ここで働くにはち いっと若すぎるんじゃないのか」
いささか、ぶっきらぼうに訊く。
「ちがうわ、わたし、ここのダンサーじゃないわよ」
しなやかにラベンダー色のローブをひるがえし、すんなりとブラッドの横に座り込むと彼女が応えた。
翻ったローブの裏は少女の唇と同じ淡いローズ色をしている。
少女はブラッドのウィスキーにチラリと目をやり、
「ねえ、わたしには、地球産のビールをお願いね」
愛くるしいすみれ色の瞳をバーテンに向け てウィンクを送る。
「おい、子供が酒なんか飲むな」
つい、いつもなら他人には干渉しないはずのブラッドが言ってしまうほど、彼女はあどけない天使のような風貌をしていた。
少女はちょっと困ったように可愛らしく肩を竦めてみせると、樽から注がれてカウンターに置かれたばかりの冷えたビールのグラスの上に華奢な白い手を置いて、ブラッドの前までカウンターの上を滑らせた。
「解ったわ。じゃあ、これ、もったいないからあなたにあげる」
ラベンダー色のフードに包まれた肩先に僅かに触れる黄金色の髪をほんの少し揺らしながら、彼女は古代の宗教画に描かれた天使のように、ふんわりと微笑んだ。
「わたしはフィル、あなたは?」
「俺はブラッドだ。おい!この子になんでもいいノンアルコール、ノンドラッグのジュースをやってくれ」
ブラッドは、少女から受け取った冷たいビールを手に取り、一息に飲み干すと、グラスをカタンとカウンターに置いた。
「フィルっていったな。お前みたいな上品な子供は、こんな物騒なところでうろうろしてないで、それを飲んだらさっさとうちに帰って寝るんだな」
ブラッドは店の端の方でほとんど裸同然のダンサーに絡んでいる数人の酔客の方を顎で差し、ウィスキーをもう一杯頼みながら言った。
「ふふふ。ねえ、ブラッドはこの星に用があって来たんじゃないんでしょ?これからどこへいくの?」
ブラッドの忠告など耳に入らなかったかのように、耳の辺りの金色の巻き毛を一房指に絡めながらフィルが訊く。
「ああ・・俺か?俺はここにソフィア号の給油に寄っただけだ。俺はこれから真っ直ぐ地球5に帰る」
久しぶりの酒のせいか、やけに早く回ってくるな・・・
見知らぬ他人にこれからの予定など簡単に話すブラッドではないのだが・・・
「地球5?!ねぇ!!お願い。わたしも貴方の艇に乗せてってちょうだい!」
地球5ときいたとたんフィルの目の色が変わり、唐突にブラッドににじり寄った。
「冗談じゃない。なに馬鹿なことを言ってるんだ?」
「馬鹿なことじゃないわ!わたし本気なのよ ねえ・・おねがいよ・・・」
ブラッドの膝に可愛らしい白い手をのせ、長い睫毛の下からすみれ色の瞳が懇願するように見上げると、フィルの指がブラッドを弄ぶように太股のあたりを怪しく上下する。
「よせ!」
ブラッドはフィルの細い手首をぐいっと掴みあげた。
「ねえ。ブラッド。わたしを乗せてってくれる?そしたらここで出来ないことも、して・あ・げ・る・・・」
紅い花びらがひらくように唇をブラッドの顔に近づけて囁いた。
ぼんやりとしてくる意識のなかで紅い唇がやけに艶めかしくて、ブラッドはごくりと唾を飲み込んだ。
今回の仕事は長かったからな・・・
ブラッドは仕事のあいだ酒のほかに女にも手を出さない。
どうやらこの2つはブラッドの類い希なデータ処理能力を低下させるらしい。
酔いのせいか、それとも久々の下心のせいなのか、いつものブラッドならぜったいにあり得ないことなのだが、フィルの綺麗なすみれ色の瞳をじっと見つめて口を開いた。
「本気なんだな?」
「ええ、もちろんよ」
真剣な眼差しでフィルは答える。
「地球5に着くまでだぞ」
「ええ」
「そのあとはしらないからな」
「わかってるわ」
「はあー、なんでこうなるかな・・・ しかたねぇな、まあ、来るならついて来るんだな」
ブラッドは大きな溜息を一つ付くとカウンターに金を置き、おもむろに立ち上がると僅かにふらつきながら、大股に店を後にした。
そのすぐ後ろを長いローブに足をとられそうになりながらもフィルが追う。
えっと・・・氷川、好きなんですねぇ、こういう非日常的なお話。
いくつか、片鱗を覗かせている既存作品もありますのでお分かりかとも思いますが(笑)
ま、BL自体、ファンタジーですし(ってBLなのか、コレ)お嫌でない方はしばらくお付き合い下さいませ。