Crystals of snow story

*煌めきの銀河へ*

 

(2)

 

時は、地球歴24xx年。  

約300年程前に異星人との本格的なコンタクトが始まった後、急速に宇宙に進出した地球人は、すでに5っの植民星を持っていた。  

元々あった地球は今やネオ・テラと呼ばれ、自然環境保持のために徹底的管理され今や野生動物たちの楽園と化している。人々は5つの植民星に移住し、各星はテラの後にナンバーが付けられている。

一番新しく、20年前に植民化された地球5は最新のテクノロジーで管理され、宇宙のなかでも有数の近代的な大都会なのだ。

時がうつり、場所が変わっても、人類と呼ばれるものの本質は何も変わらない。  

小さな地球の中で僅かな領土を巡り繰り返し争われてきた人類の争いの場所が、広大な宇宙にすり替わっただけのことなのだから。  

漆黒の闇の中に、美しく煌めく果てしない銀河のなかで、醜い争いの絶えることは決してないのだ。      

昨夜のことをようやく思い出したブラッドだが、幾ら記憶を辿っても、なぜあの美少女ではなく、ここにこの華奢な少年が居るのかが、皆目見当がつかない。  

ジッと見据えていた簡易ベッドの中で、ごそごそと身体を動かすと、少年が目を覚まし、澄みきった空色の瞳で真っ直ぐブラッドを見詰め返した。

「おはよう、ブラッド!」  

少年はベッドに寝ころんだまま、細い身体を大きく仰け反るようにのばすと、ガバッと元気よく起きあがった。

「あ〜よく寝た。あとどのくらいで地球5に着くんだい?」  

壁にぴったりと手を着けて、サイドウィンドから見える無数の星々の煌めきが、飛ぶようにながれていくさまを、珍しそうに覗き込んだまま、少年はブラッドに尋ねた。

「どのくらいって・・おまえ、いったい誰なんだ?」  

怪訝に訊くブラッドの方を肩越しに振り返り、少年はニンマリ笑いながら、さらりと言ってのけた。

「俺?いやだな、ブラッド。フィルに決まってるだろ?」  

窓から離れた少年はソフィア号の両端に2つずつある簡易ベッドのはしごをゆっくりと降りながら、さも可笑しそうにくっくっ、と薄い肩を揺らして笑っている。

「フィルだって?」

まるで、狐にでも化かされたような気持ちでもう一度、床に降り立った少年をマジマジと見下ろした。  

そういわれれば、たしかに昨夜の少女に面差しはにてはいるけれど、髪の色や目の色、体つき、そのすべてから、女性独特の柔らかみが抜けたように違っている。

「昨夜は女装して俺を騙したってわけか?」

「ふふん。色っぽかっただろ俺?けっこういけるんだコレが!あんたのスケベ心をくすぐったろ?」   

ケロッとした顔で言ってのける。

「お前、もしかしてあのビールのグラスの中になにかいれたのか?」

夕べカウンターを滑らすようにして渡された、ビールのグラスを思い出す。

「あんた、なかなか薬が効かないから焦ったぜ!船に着いたら襲われるんじゃないかと冷や冷やしたよ」  

あいてによっては自分がどんなにやばいことしてるのかが、解っているのかいないのか、フィルは無邪気に笑う。

「小僧の女装も見抜けにない上に、お前みたいなガキに一服盛られるなんて、俺もやきがまわったな・・・・」  

あきれはてて、髪を掻き上げるブラッドに、優しくするりとしなやかな身を擦り寄せて、レイラが口を挟んだ。

「女装じゃないわ、ブラッド」  

それまでブラッドの陰に隠れていたレイラに気がつかなかったフィルは、飛び上がらんばかりに驚いて大声を上げた。

「うわー!そいつ、な、な、なんで喋れるんだ!」

「そいつって、レイラのことか?」

「あら!あなた、テクノ・タイガーを見るのは初めて?」  

レイラは目をまん丸にして突っ立っているフィルに上品に訊いた。

レイラは数少ないテクノタイガーのホワイト種だ。

タイガーと言っても機械で出来たアンドロイドの身体は表面を覆い尽くしている純白の毛皮に美しい縞模様があるだけで、その流線型の姿はむしろ豹やチーターに近い。  

ほとんどのテクノタイガーは人工の頭脳チップが頭に組み込まれ、機械としての性能はすぐれているが、レイラのように豊かな感情を持つ物は数少ない。  

レイラのように人間並みの感情をもてるテクノタイガーはたいていの場合、肉体が侵され、そのままでは生きていけない人間の脳が違法に移植されているか、誰かの脳をそのまま記憶ごと合法的に人工の頭脳チップにコピーされているかのどちらかなのだ。

「女装じゃないって、どうゆう意味なんだレイラ?」  

長いしっぽを、優雅に揺らめかせながらレイラはブラッドの手に頭を擦りつける。

「その子は、両性体(ユニセックス)なのよ、ブラッド。男と女、両方の匂いがするわ」  

フィルの方に鼻先を向けて、クンと空気の匂いを嗅ぎ取ると、続けて言った。

「自分の意志で完全ではないにしても、性を作ることが出来るんじゃないかしら?昨夜は女の、今は男の匂いが強くでているから」  

ブラッドは唯一絶大なる信頼を寄せるレイラの説明を聞いて、ただの変装ではなかったことになんとなくほっとした。

「便利なやつだな、お前って」  

フィルに向かって興味深げに訊いた。

「自分で男になったり女になったりできるのか?」

「ちょっと違うな。さっきそこのレイラってやつが言ったように、少し女ぽくなったり、男ぽくなったりはできるけど、決して完全って訳じゃないんだ」

「ふーん。それじゃおまえは男でも女でもないってわけか?」

「今はね」   

もともとそこが自分の席でもあるかのように、副操縦席に座ったフィルは、少年特有のほそっこい足を組んで、めんどくさそうにブラッドに応えた。

「今は、ってのはどうことなんだ?」

「俺は今16なんだけど、18の誕生日にどっちの完全体になるか、決めなきゃならないんだ」

 

やっと、フィルの正体が、少し判明です。次回をお楽しみに

 

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