Crystals of snow story

*煌めきの銀河へ*

(10)

 

 

いかなる時も警戒心を解かないブラッドは素早い身のこなしで壁の横にピタリとその身をつけて、

「誰だ」

と声を掛け、手にしていたタバコを揉み消した。

「ミルです。フィルさんの様子が気になって見に参りましたの」

ドア越しに、王女の涼やかな声が響いた。 ホルダーから右手を離さずにブラッドはドアを開き、本物かどうか鋭い眼差しで王女を見遣った。

特殊メイクの進んだ昨今、背丈や骨格さえ似ていればほとんど見分けが付かない程誰にでも似せる事が可能なのだ。

特に普段は匂いでその違いを敏感に嗅ぎ分けることの出来るレイラがまだ本物の王女にあって居ないのだから、ブラッドが過敏になるのは至極当然な事だった。

「どうぞ」

眼差しを和らげて、ブラッドはミル姫を部屋に招き入れ、再び重い扉を閉めた。

「あら?本で読んだことがありますわ。こちらが有名なテクノタイガーさんですのね?」 

怖じけることもなくレイラの前に歩み寄ったミル姫はレイラの頬に手をやり優しく撫でて、

「わたしがミルです。貴方のお名前は?」

「レイラと申します」

美女ふたりが並ぶシルエットは何かに残しておきたいほど美しい。

「フィルさんは?やはり具合が良くないのですか?」

レイラの頭を撫でながらミル王女は振り返った。

大股にへやを横切ったブラッドはフィルの眠る部屋に続く扉を僅かに開いて、

「あそこで眠っている。慣れない船旅で疲れが出たんだろう」

「まあ!彼がさっきの美少女だと言うのですか?」 

部屋を覗いた姫は黒瞳を大きく見開いて、驚きの声を上げた。 

ベッドの中には銀色に近いプラチナブロンドの巻き毛を扇状に広げ、その中に整ってはいるものの紛れもなく少年の顔をしたフィルがすやすやと眠っている。

「初めは俺も随分と驚いたよ」

もう少し眠らせてやりたくて、ブラッドはゆっくりドアを閉じた。

「お兄さまから、ミレーネ星の話を先ほど少し伺ったのですが、実際に見ないとなかなか信じられませんわね」

「俺には10年来のミレーネ星人の友人がいるんだが、ついこの間まで俺達と全く違う生態を持ってるなんて思いもしなかったよ」

「その方は今、女性?それとも男性かしら?」 

フワリとドレスの裾を拡げて、ミル王女は側にある椅子に腰を掛けた。

「初めてあったときから、紛れもなく男だった。まあ、フィルと同様、男にしておくには惜しいほどの美貌の持ち主ではあるがね」

ブラッドはソフィア号のメインスクリーンの中から、今にも飛び出してきそうな程激昂していた、麗しいロレンス伯爵の姿を思い出して、苦笑を漏らした。

アイツがなぜあれほどまでに、フィルとの結婚に固執するんだろう?

確かに成長すればフィルは紛れもなく、絶世の美女になるだろうが・・・

ロレンスなら別にフィルでなくても幾らでも言い寄ってくる美姫がいるだろうに・・・ 

ブラッドは一所に長く定住しないことも手伝って、余り女性には深入りしない質だった。 

地球5にも2〜3人、大人の付き合いと呼べる間柄の美女がいたが、それは地球5に限ったことではなく、地球3にもその他の星にも相手はいる。

彼女たちも彼を愛してはいるのだろうが、自分が彼の一番の恋人だとは思ってはいない。

女性関係に限らずクールなブラッドはほとんどの場合そういう付き合いしかしないからだ。

常に危険と隣り合わせて暮らしてきたブラッドは恋や結婚に無縁の生活をずっと続けていた。

「フィルは男性になりたいのですってね?」

「王子から聞かれたのかな?」

「ふふ。お兄さまも残念がって居られたわ。 『少年の姿のフィルも美しいけれど、女性化した姿は溜息が出るほどなのにね』とおしゃっていたのよ。普段はあまりそんなことおしゃらないかたなのに」

「確かにね。俺も他の男同様もったいない気はするが、人生を決めるのは常に本人だ。
人生は一度しかない。
たとえ自分が望まぬ道をどうしても選ばなければならないときが来たとしても、無理矢理選ばされるのではなく、後悔だけはせずに生きていって欲しいと俺は思う」

フィルの話の筈なのに、ブラッドはジッと細めた目でミル王女を見詰めたまま低い声で話した。

「何にも縛られずに、思いのままに生きられればきっと幸せでしょうね。
これは何もわたしだけの願いではないはず。
地位や名誉があればそれに縛られ、反対に貧しい暮らしをしていればきっと貧困が足かせになるのでしょう。
どんな立場の人間も皆、何かに縛られて生きて行くしかないのかも知れません。
わたしも、決して望んでセツ王子に嫁いでいくのでは無いけれど、自分の選んだ道を悔やみたくはありませんわ」

王女はほんの少しの悲しみを美しい黒瞳に浮かべて、柔らかく微笑んだ。

「俺には王女を止める権利も何もない。
フィルの言うように、今時国のために好きでもない相手と結婚するなんて確かに可笑しいとは思うがね。
ただ、俺達の仕事はあなたを無事バルに送り届けること、それだけだ。
そのために教えて欲しい。俺の聞いたこと以外に何があるんだ?」

テーブルを挟んで椅子に座っていたブラッドはテーブルの上に片肘を付いて、グイッと身体を乗り出した。

「なにを、お知りになりたいのかしら?」

王女の口調が少し強張った。

「まず、何故王子にバルから姫を貰わずに、あなたがいくのか。
次ぎに何故軍隊を持つこの星が多額の謝礼まで用意して、俺みたいな流れ者をわざわざ雇わねばならないのか。教えて欲しい」

「本当のことは誰にもわかりせん。その事実を知ることが、わたしもお兄さまも恐ろしいのです」

今にも消えそうな声で、王女は応えた。

「わたしは星の経済が悪化していることを知って、イリーガからの結婚の申し出を受けようと思っていました。
あなたがおっしゃるように、バルには4人の姫君がおられるので、隣国との和平には支障が無いはずだったのです。
特にバルの第二王女のセレナ姫は以前から兄と面識があって、今回の話にも乗り気だと聞いておりましたから」

「まあ、誰が考えても図式とすればそれが一番妥当な線だからな」

「それで、ほぼ話がまとまり掛けていたのです。
でも、イリーガから不穏な動きが漏れてきました。
あくまでも噂ですが、お兄さまは現国王の息子ではないと」

「え?」

「王はハッキリと否定なさいましたが、イリーガのもの達にそそのかされた、貴族の一部が兄の素性を疑いだしたのです」

「亡妃には愛人がいたと?」

「解りません。王と前妃も当然の事ながら政略結婚でした。
それでも燃えるような想いはないにしても二人の夫婦仲は良かったと聞いています。
前妃がなくなられたときも王はとても嘆き悲しまれました。
わたしの母を愛するのとはまた違った形で王は前妃と兄を心から愛されていたのでしょう」

「疑いがなければ、ちゃんと科学的な根拠を裏付ければ済むんじゃないのか」

「いいえ。正直なところ、兄自身半信半疑なのです。
王と王妃の婚礼後、月を満たさずに兄は生まれたそうです。
兄の記憶では、兄が5才頃起きた最後のバルとの星間戦争の頃、そぼ降る雨の中秘密裏に城から后に連れ出され、一人の軍人に会ったと聞いています。
まもなく后が一通の手紙を受け取り、半月近く床に伏せたとき、兄はあの時の逞しい軍人が亡くなったのだなと悟ったと言います。
兄は忘れられないと、冷たい霧雨の中で人目を忍ぶようにしてあった、美しい顔立ちの軍服を着た逞しい青年将校に苦しくなるほど強く抱きしめられたときの暖かさを」

「その青年将校が王子の父だと?」

「真実は后も将校も亡くなったいま、藪の中に埋もれています。
わたしも兄もむやみに藪を突っついて蛇が出てくるのが恐いのです」

「どうして王子はそんな話を姫にするんだ?
王子を亡き者にしようとするものは必然的に姫を次の世継ぎに添えるつもりだろう?
ある意味姫と王子は今両極に立っていることになるんだからな」

姫はブラッドの問いに、困ったようにホウッと息を付いた。

「お兄さまの気持ちは知りませんが・・・・・・・・
わたしはお慕いしているのです・・・・・・・・
初めはいけないことだと制してきました。
でも初めて噂を聞いたとき、真実であって欲しいと願ってしまった愚かなわたしがいたのです。
或晩、そっと兄の部屋に忍んでいった時に、兄にわたしの気持ちをうち明け、真実を話して欲しいと言いました。
その時に兄はその話をしてくれたのです。
もし、もしも兄が王の御子では無かったとしても、そのことが公になる前に、秘密裏の内に、わたしとの婚礼の手はずを整えれば、兄が次国王になることになんら変わりがないのですから。
でも兄は父を悲しませることは出来ないと言いました。
王族の肩書きなどいつでも捨てると、でも誰よりも愛してくれた父に今更自分は他の男の子かも知れないと告げることは出来ないと、だから、わたしの気持ちも受け入れる訳にはいかないときっぱりとした口調で言われました。
愚かなわたしの独りよがりな思いなど、突きはなされて当然ですわね。
兄の毅然とした態度がわたしにバル行きを決心させたのです」

 

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