Crystals of snow story
*煌めきの銀河へ*
(9)
「お、俺は・・・」
真っ赤になって俯いてしまったフィルの変わりにブラッドが応えた。
「フィルの星の人は皆18歳になるまでちゃんとした性別が無いんだ。
今夜はカイル王子の希望で女性化しているが普段は一様男なんですよ。なあ、フィル」ブラッドの言葉にフィルは何も言わずにコックリと頷いた。
「まあ?性別がないってどうゆうことですの?後でゆっくりわたくしに貴方のことを話して下さいね?
お兄さま、食事の後この方達とご一緒させていただいても構わないかしら?」「それはいい。私も同席させて貰おう」
ブラッドは横に並んだ王子と王女を見比べていた。確かにカイル王子も整った顔立ちをしているが、異母兄弟というのはこんなにも似ないものなのだろうか?
似ていないようでも何処かしら似たところがあるのが兄弟なのだが、美しいという言葉しかこの二人に共通するところは見あたらない。
唯一二人に共通して言えることは、家柄や美貌を鼻に掛けない美徳が備わっている事ぐらいだろうか。
いや、いや。これはなかなか並の人間には持てない貴重な美徳では有るが・・・
「ブラッド。俺、先に部屋にもどってもいいかな?」まだディナーの半分も過ぎていない頃、音楽や周りのさざめきにかき消されそうな程小さな声でフィルが言った。
「どうした?気分でも悪いのか?」「ううん。着慣れない物を着てるから、あんまり食べられないんだ」
ブラッドの言葉を否定してはいるものの、心なしか顔色がすぐれない。
「ずっと気を張ってばかりだから、疲れたんだろう。おいで、部屋まで付いていってやるから」
膝に置いていたナプキンをテーブルに置いて、素早く立ち上がったブラッドはフィルの肘を取った。
「いいよ。ブラッドはちゃんと食事をしなよ。俺一人で部屋に戻れるから」
フィルの断りの言葉など、全く意に介さずにブラッドは周りの席にいる人々に、連れの気分がすぐれませんのでと、退席の謝辞を済ませ、フィルの細い腰を抱いて中のざわめきが嘘のように森閑とした広い廊下に出た。
「ほんとに一人で戻れたのに」「気にするな。俺もあんな席は苦手だ。テーブル作法に気を取られて旨い物もまずくなる」
フィルを見詰めるブラッドの蒼い瞳が優しく笑った。
ホッと息を吐いたフィルは、身体の力を抜いてブラッドの胸に巻き毛に縁取られた小さな頭を預けた。
「辛いのか?」
「ううん。ブラッドといるとホッとする」
幾ら粋がっていても、フィルは所詮世間知らずの子供に過ぎない。
ロレンスとの間に何があったのかブラッドは根ほり葉ほり聞く気はなかったが、この数日でフィルの生活は思いがけない変貌を遂げたに違いない。
「フィル。この仕事を済ましたら。地球3に連れてってやるよ。
そこに俺の友人のソフィアがいる。
彼女なら俺が次の依頼で出かけている間。
ちゃんとお前を預かってくれるだろう。
済まなかったな。ここに来る前にそうすれば良かった」「ブラッド・・・なにいってんだよ。こんな窮屈なのさえ脱いじゃえば、俺は平気だってば。
俺が滅茶苦茶ブラッドに迷惑掛けてんだから、俺に謝ったりなんかしないでよ」「その話は後にしょう。ともかく少し休むんだ」
部屋に戻るとすぐにブラッドは艇の整備に港に行って来ると言い置いて出ていってしまった。
一人になったフィルは、ドレスを脱いでベッドに置くと、シャワーを浴びに浴室に向かった。
女性化していたフィルの身体が湯に打たれている間に徐々に変化を遂げる。
蜂蜜色の髪がプラチナブロンドに、紫の瞳がアイスブルーに、小さな手のひらにすっぽり収まりそうな少女らしい胸の膨らみが少年特有の薄い胸板に、僅かな茂みに隠された未完成な女性器は男性化すると閉じてしまい、幼児のような男性器が形作られる。
ミレーネ人は元々18、9になると自然に性別が変化するが、それを良しとしない政府がホルモン剤の投与によって比率をコントロールしているのだ。しかし、それ以外にも性別を決める術が実は一つ残されている。
15歳頃を過ぎると未完成ではあるが、性器が形作られる。故に持とうとすれば性交渉を持つことが出来るのだ。
男性化、あるいは女性化したまま数回性交渉を持つことで、体の中のホルモンバランスが片方により、徐々に反対の性を保つことが困難になる。
つまりフィルの様に男性になりたければ、女性と数回交渉を持てば良いのだ。しかし許可無く規定の性を違えたものには厳しい処罰が与えられるので、規定の性に早く変化する以外にこの方法を用いるものはほとんどいない。
「あら、疲れたのね。可愛い顔をして眠っているわ」ブラッドと供にソフィア号の点検を終えたレイラが部屋に入るなり、足音をたてないしなやかな足取りで、ローブ姿のまま長椅子に丸まって眠っているフィルをそっと覗き込んだ。
「おい!フィル!こんな所で寝るな。風邪ひいちまうぞ」フィルの肩に手を載せたブラッドが少々乱暴に揺する。
「う〜ん。眠いよ。母様」
「ほら、ブラッド母さん。坊やはおねむですって。ベッドに運んでおあげなさいな」
レイラはその薄いピンク色の鼻先に皺を寄せて他人には決して見せることのない笑顔を浮かべた。
「ほんとに世話の焼けるガキだな」
苦笑を浮かべたブラッドは、軽々とフィルを抱き上げて、隣の部屋に運ぶと、優しくベッドに降ろし、肩までフワリと布団を掛けてやった。
「さて、どうしたものかな」
自室に戻り大層な肘掛け椅子に腰を下ろしたブラッドは脇に鎮座するレイラの額に手を乗せて呟いた。
「どんな感じなの?危険を伴いそうならあの子を連れてはいけないわよ」
「今日俺が聞いた話では、婚儀そのものを阻止しようという動きがあるだけで、ミル姫に危害を加える心配はないはずなんだが・・」
「はず?」
「そこだ。ミル姫に危険がないなら、かなり大きな軍隊を持つこの星が、流れ者のボディーガードに過ぎないこの俺に、わざわざ大金を支払う必要など無いと思わないか?」
「かなり財政は悪化していると言っていたわね。
確かにたった5日間の護衛に五万ギルなんてかなりの高額ですものね」レイラは黄金を思わせる聡明な瞳をブラッドに向けた。
「あの話のほかにきっと何か有るんだろう。五万ギルに見合うだけの危険が伴う何かが」
ブラッドは、腰に手をやり数々の危険から身を守ってくれたショットレーザーガンのホルダーを無意識のうちに軽く撫でた。
「貴方がいない間にこの星のホストコンピュータにアクセスしてみたんだけど。
ミル姫はこの話が決まる前に、隣の太陽系にあるイリーガ星の富豪と婚約寸前まで話が進んでいたらしいわ。
イリーガ星と言えば、太古の昔から民主国家の星でしょ?
どうやらその富豪は、この国を財政的に支援する変わりにミル姫の持つ王族と言う肩書きが欲しかったみたいね」レイラの話を聞きながら、銀のシガレットケースをしばらく指先で弄んでいたブラッドは、火のついていないタバコをくわえて、
「ますます迷宮入りだな・・・
何故ミル姫はバルに嫁に行くなどと言い出したんだ?
バルのセツ王子と恋仲だって言うなら話しも解るが所詮政略結婚だというなら、イリーガに嫁に行き支援を受け、カイル王子にバルの姫君の一人を嫁に貰った方がよっぽど国のためになるだろうに」
思案に暮れるブラッドの部屋の荘厳な扉がコツコツと叩かれた。