Crystals of snow story
約束はクリスマスツリーの下で・・・
2001Christmas novel
研&鈴バージョン
☆h
『イヴにはきちんと外で待ち合わせをして出かけような』なんて、そんな珍しいせりふを研くんに言われていた僕は、24日の朝からなんだかずいぶんうきうきしていた。
ううん、朝からどころかそう言われた日からずっと、顔には出さなくても僕の心は弾んでたんだ。
待ち合わせの経緯はそうロマンチックなことではなくて、研くんが短期間のバイトをしてて昼間の時間が空いていないってことだけだったんだけど、それでも、僕はそわそわと早い時間から前の日に決めていた洋服に着替えて鏡をみたり、ママにこれでいいかと尋ねてみたり。
3時頃にはママに見つからないようにこっそり、シャワーを浴びたり・・・・・・・一人で、バカみたいに頬を染めながらパウダールームでほんの少しだけ、いつもより多めにお気入りの香油を胸や首筋に擦り込んでいった。
フランス製のこのオイルはほんのり自然な薔薇の香りがして僕は中学生のころからのお気に入りなんだ。
パヒュームやコロンは人工的な匂いがするし、アルコールっぽいきつい薫りがするから僕はあんまり好きじゃないし、きっと研くんも好きじゃないと思うから。
「鈴っていつもいい匂いがするな・・・・」
あったかくてホッとする腕の中にいるときに研くんにそう言って貰いたいから・・・・・・僕はほんのりと薔薇の香りを身に纏う。
僕はいつだって研くんのためだけに咲いていたい。
どうか、たくさんの花畑のなかから僕を選んでと・・・・・・☆
・・・あっ・・・・・
ほんの少し窮屈だけど、今から研くんに会いに行くんだから、仕方ないよねと、混雑した電車のなかでもほわほわと暖かかった気持ちが、瞬時に冷める。
せっかくのクリスマスイヴに研くんと待ち合わせてるって言うのに、どうして・・・・
悲しいけど、この薔薇の香りは、いらない蛾まで呼び寄せちゃうこともあるみたい・・・・
回りをぐるっとにらみつけてはみたけど、通勤ラッシュとイヴの夜のお出かけで普段よりずいぶんと込み合った車両の中では、僕のお尻のあたりでもぞもぞしている無骨な手が誰の物か見当もつかない。
恥ずかしさと悔しさで僕はキュッと唇を噛みしめた。
身体をよじって逃げようとするんだけど、下手に動くとさわってる相手の懐に飛び込んでしまいそうでゾッとしてむやみに動くことも出来なくて、耳のあたりまで恥ずかしさに上気してきているのが自分にもわかった。
そのとき、「乙羽くん?」
柔らかな声が僕の耳に届いた。
縋るようなおもいで声のした方に首を廻したとたん、先まで触れてきていた指先が名のこり惜しそうにスぅ−ともうひとなでするとどこかへ離れていった。感謝の気持ちで声の主を捜そうとしたんだけど、人垣をかき分けて僕の方にやってくる、20代半ばくらいのスーツ姿の人に僕は全く見覚えがなくて・・・・・・
「やぁ、こんばんわ」
癖のない優しげな顔立ちの男の人は、僕に向かってニッコリと笑った。
だれだったかな・・・・・・・
僕は記憶力は良い方だとおもうんだけど・・・・・・えっと・・・・・
背の高さは僕と同じくらいなんだけど、その人は僕の肘をぐいっと押しやりながら僕をドアと座席の隙間に、そう、毎朝通学電車で研くんがしてくれるような具合に僕を囲ってしまったんだ。きっと、さっき僕がされていたことから守ってくれるってことなんだろうけど。
でも、それは研くんがしてくれるから、安心なだけで、いくら見た目が感じが優しそうだからと言っても、見知らぬ人にされると不安がこみ上げてくる。
僕の顔にその不安が見て取れたのか、
「ああ、ごめん。かえって怖がらせちゃったかな?櫻綾高等部の乙羽鈴矢くんだよね?そうか、僕が知ってても君には僕がわからないか・・・・・・・」
男の人は、困ったように、はははっと笑った。
「あ・・・・あの?」
彼の様子からすると、やっぱり全く接点のない人ではないようなのだけど・・・・・パーティか何かで同席したことのある、乙羽グループの関係者だろうか?
でも・・・・・それなら、櫻綾高等部のとは言わないだろうし・・・・・
「僕ね、慶光学院で理科の教師をしてる美山って言うんだ」
「慶光学院・・・・の先生ですか?」
慶光学院は櫻綾サッカー部と友好が深くて、僕も練習試合になんかは何度か応援に行ったりしたけど、顧問の先生とかなら顔ぐらいわかるし、マネージャーの綾ちゃんとは話したりもするけど・・・・・・一般の先生までは覚えてるはずもなくて。
「君、時々、サッカー部の応援に来てるだろ。うちの学校の女子の間ではね、櫻綾サッカー部の浅野くん、東森くん、辻くんって言ったら、ちょっとしたアイドルなんだよ。
ああ、キャプテンの伊本君だったけ、彼も人気があるけどね。
彼らが来るたびに、女子たちきゃーきゃーうるさくってさ、おかげで僕まで名前覚えちゃったよ」
「へぇ・・・・そうなんですか?」
確かに、サッカーの練習試合だって言うのに、毎回ギャラリーの8割は女子生徒だったよね・・・・・
「でも、どうして僕の名前を?」
「いやね、女子たちが、櫻綾が来るたびにうるさいのには慣れてたんだけど、男子の一部にも櫻綾が来る度に色めき立つ連中が結構いてね」
そこで言葉を切った美山先生はくすくすと笑った。
「共学なら、マネージャーにでも可愛い子がいるんだろうと思うところだけど、櫻綾はほら、男子校だろう?で、男子が可愛い、綺麗って、騒いでる『鈴ちゃん』が職員室の話題にのぼったことがあってね。だから、君が知らなくても慶光の教員で、櫻綾の理事長先生の名前と顔を知らなくても『乙羽鈴矢』くんを知らない教員はいないんだ」
「う・・・そ」
知らないところで、名前と顔を覚えられていることは結構あるんだけど、まさか、慶光学院の先生全員が僕のことを知ってるなんて・・・・・
「嘘じゃないって。今度、試合についてきたら職員室に顔出すといいよ」
美山先生は、三学期が楽しみだねって、もう一度笑った。待ち合わせ場所が同じだったこともあって、美山先生と僕は並んで歩きながら、駅前の広場に設置された大きなツリーに向かって歩いて行った。
色とりどりの電飾で飾られたツリーは離れた場所からでもキラキラしていてとっても綺麗だけど、待ち合わせでごった返している、ツリーの回りから、目的の人を捜すのは一苦労って感じ・・・・・・・
じっと、人混みの中に研くんを見つけようと目を凝らしている僕の横で、美山先生はツリーと中央コンコースから吐き出されてくる人の列を交互に目で追っている。
「先生の待ち合わせしている人は地下鉄じゃなくてあっちから来られるんですか?」
中央コンコースはたくさんのホームと繋がってるけど、もしかしたら、遠距離恋愛なのかもしれないね。
「あ、うん。メールで駅の構内地図も添付したんだけど・・・・あいつ、迷わずにこれるのかな・・・・・」
少し、心配そうに僕に答えた先生は、最後に独り言みたいにつぶやいた。
「大丈夫ですよ、このツリー大きいし、目立ちますから」
「そうだね・・・・これでわからないなら、あの馬鹿が悪いんだよな」
苦笑しながら、先生の心配そうな眼差しが、人影を捜す。
「おばかさん」が羨ましくなるような熱心さで。
きっと、来ますよ。先生・・・・・・・
「鈴〜!わりい、まったか?」
バタバタと運動靴が立てる音と一緒に、研くんが走ってきた。
キラキラと光る、輝きの中で、研くんの笑顔も輝いて見えた。
「ううん。さっき来たとこ」
すぐに心配してしまう研くんを安心させるために、首を振っている僕の横で、美山先生が親しげに研くんに声を掛けたんだ。
「あれ、乙羽くんの相手、東森くんだったんだね」
「美山先生じゃないっすか?何してるんです、こんなところで?」
「こんな所って、失礼だな・・・・僕だってイヴの待ち合わせくらいさせてくれよ」
なぁに?この二人、えらく親しそうですけど・・・・・・
「研くん、美山先生と知り合いなの?」
僕がそう尋ねると、研くんの方が今度は驚いた顔で、
「鈴こそなんで、美山先生のこと知ってるんだ?」
僕がさっきの電車の中でにことをかいつまんで話すと、研くんは驚いて、怒って、最後には先生の手を両手でがっしりと握りこんで、深々と頭を下げてお礼を言った。
「ありがとうございます!!!やっぱり、こいつを一人で電車になんか載せなきゃよかった・・・・先生がいてくれて助かりましたよ」
「あ、いやぁ・・・・そんなにお礼言われるようなことしてないって」
研くんに手を握られたまま、照れたように美山先生が僕にも笑いかけた。
その笑顔が、すっ・・・・っと消えて、先生の視線が僕の肩越しに通り抜けていく。
僕の視線も思わず、その眼差しにつられるように後ろを振り返った。
視線の先にはハンサムな男の子が5メートルほど離れたところで立っていたんだ。
色を抜いているのか電飾に透ける栗色の髪は肩まで届き、背は研くんとおなじくらいだろか・・・・
意志の強そうな眼差しが男性的だけど、まだどこか華奢で少年ぽさが抜けないアンバランス感が印象的な魅力を持っていた。
斜に構えた格好で立ちながら、肩に担ぐようにボストンバックを引っ掛けている彼は、見下すような眼差しで、僕たちを・・・・ううん、美山先生を見つめていた。
「羽生・・・・・迷わなかったか?」
先生が優しい声で尋ねても、彼のすねたような表情は変わらない。
「ガキじゃねぇんだから、迷ったりしねぇよ」彼の目が僕をじっと睨め上げてから、まだ握られたままの先生の手へと戻っていった。
ああ、そうか・・・・・・
僕はあわてて、研くんの横に走り寄って、腕に腕を絡める。
「美山先生も待ち人が来たみたいだから、僕たちもそろそろ行こうよ、ね?」
彼にも聞こえるように甘い声で、いかにも仲のいい恋人同士のように肩に頭を押しつけた。
「お?そ、そうだな。じゃぁまた、先生」
彼の剣呑な表情に気がついていない研くんは、僕の普段はしないような行動に戸惑ったように照れ笑いをしながら、先生に挨拶をしている。
僕も先生にお礼を言うと、彼にもにこっと微笑んだ。
折角遠いところから逢いに来てるんだもの、喧嘩なんかしないでねって、心の中で呟きながら・・・・・・
そんな僕の気持ちが通じたのか、仏頂面のまま軽く僕に向かって会釈するさまが、なんだかいたずらっ子のようで可愛いかった。☆
食事を終えて、小さなケーキを買った僕らは、折角外で待ち合わせたというのに、結局は夜遊びをすることもなく、研くんのうちへと帰ってきたんだ。
僕の家は毎年クリスマスパーティが催されることもあって、たいていクリスマスは研くんの家でふたりっきりで過ごしてきたんだけど・・・・・
帰り道、何となくいつもより僕たちの歩調が早い。
今夜は研くんちに泊まることになっていたから、二人とも言葉にはしなかったけど、早く二人だけになりたくて。
あの日以来、何度か肌を重ねてはいても、一晩一緒にいられるなんて滅多に無いことだから。
照明を落とした部屋の中。
小さなころから何度も二人で迎えた、クリスマスと同じように、ふたりっきりで、小さなケーキに蝋燭を立てて、ポンと派手な音を上げながら、スパークリングワインの栓が天井に向かって発射する。
「メリークリスマス」
信仰心なんてかけらも無いのに、お互いに言葉を掛け合う。
いつもと、同じ光景が、小さな部屋の中で繰り返される。
ほんの少し、違っているのは僕たちの様子だけ。
これでもかってくらい、暖かく暖められた部屋の中で、寄り添うようにくるまる柔らかな毛布。一枚の毛布にくるまりながら、僕たちは一本のフォークでケーキを食べ、一つのグラスでワインを飲み、甘い溶けるような、キスを何度も交わした。
「なぁ。どこ、さわられたんだ」
すっと、指先が僕のシャツ越し、背中のくぼみをなぞって降りていく。
さっきから何度も交わされた、熱いキスで、ぽってりと火照ってしまった唇から、小さな声が零れる。
「んっ・・・・なにが?」
「痴漢だよ。触られたんだろ?」
「お尻・・・・ちょっとだけだよ?」
「ここ?」
「あ・・・やだ・・」
あのときはあんなにも邪悪感を感じた場所なのに、今は甘い疼きが身体を走る。研くんの顔がむっとなって、
「まさか、そんな声出して無いよな?」
もう、当たり前でしょう・・・・・バカ・・・
上目使いに睨み上げると、研くんの顔が綻んだ。
「よかったよ、美山先生がいてくれて。俺の鈴だもんな、ここもここも・・・・ぜんぶ・・・・」
毛布の中で研くんの手が、さわさわと、動き出す。
ゆっくりとリズムをもって・・・・・焦らすようにゆっくりと。
「け・・ん、くん・・・・」
甘ったるい声が喉の奥からこぼれる。
触れて欲しい、もっと・・・
言葉にするのは恥ずかしいから、僕はただ、研くんの名前を呼んで、肩にすがりついた。
「いい匂いがするな鈴・・・・」
少しずつ現れる僕の胸元にキスを落とす研くんの声も、ほんの少し掠れてる。
「抱いてもいいか?俺・・・・もう、限界・・・・」
ゆっくりと僕の身体を布団の上に倒しながら、研くんは切なそうに顔を歪めて、僕を見つめおろした。
「うん。・・・・僕も・・・もう、つらいよ・・」
一つになりたくて・・・・・・
研くんに抱かれたくて・・・・・
あさましい、欲求が身体の奥底からこみ上げてくる。だけど、僕はもう、迷わない。
僕は君だけの鈴矢だから・・・・・・
この気持ちを隠したりなんかしない・・・・・
もう一度僕たちは、もつれ合うように深くて激しい口づけを重ねた。
天井にはケーキを買うときに引いたくじについていた、おもちゃみたいな宿り木がうっとりと霞む視界の中で揺れているのが見えた。
今夜はクリスマスイヴ。
しんしんと冷え込みだいした夜空には音もなく白い天使たちが舞い降りてきていた。☆END☆
過去クリスマス企画時に載せたお話です。
やっとNOVEL欄に並べられます(笑)しかし・・・この後すぐ今年の企画話、違うキャスティングにするべきだったかも(謎)