Crystals of snow story
約束はクリスマスツリーの下で・・・
ももいろシリーズ・後日談
『絶対に行く。先生があわねぇって言っても、押し掛けて行ってやる!』
受話器越し、半分、脅迫紛いな羽生の言葉にまけて、僕が渋々うなずいたのは僕たち先生も走ると言う、師走に入ったばかりのころだった。
昔からの言い伝え通り、期末試験と冬休みの準備、学力診断書〈いわゆる通信簿ってやつ〉におわれ、気が付けばいつのまにやら21日の終業式となり、休みに入ったばかりの24日は朝からいつも通りに出勤し、雑事を片づけたりしていた。
フッと、時計を見ると、5時を過ぎ、日の短い外はすでに薄暗い。
ゆっくりと書類をスチールのロッカーにしまいながら、僕はずっと考えまいとしていた、羽生との再会というイベントに今から向かわなくちゃいけないんだと、今更ながら、ため息をついた。
あいつから離れてから、半年が過ぎている。たしかに、別れるときには、追いかけて行くといった羽生を待つ気持ちになっていた。
それほど、あの一年の間に、僕は羽生に惹かれていたのだ。
でも・・・
今では、あの、少し変わった田舎町での生活は夢のような気さえするんだ。
都会っ子で、いわゆる、良家の子息、子女ばかりが集まっている、ここ慶光学院には羽生のような生徒はいない。
いや、人望を集めているとか人気がある生徒はやはり、どこにでもいるのだが、いわゆる殿様気質とでも呼べるような奔放なあの性格は、あの町のみなが「ぼん」と慕っているからこそ、生まれたものなのだろう。
槇原高校には羽生が、右を向けば喜んで右を向く奴ばかりいたのだ。
ここ〈都会〉でそんなことをして見ろ、すぐに羽生くんは他生徒に教唆をしているだのなんだと、保護者からクレームがつくに違いない。
まじめで、優秀な生徒ばかりいるここで教鞭を執っていると、羽生のバンカラさやふてぶてしい態度が懐かしくなるから不思議な物だ。
だけど・・・・・・・逢うのはやはり少し、怖かった・・・・・・
向こうにいる間、僕はずっと、好きだと言ってはばからない羽生の気持ちを、麻疹のようなものだからといって受け取ってはやらなかった。教師と生徒、まして、羽生は男子生徒だ。
いくら、僕にとって教師が天職だと思っていないからといってもいけないことだってことくらい知っている。
それに、あの、情熱が怖かった。
いけないとわかっていても流されてしまいそうな、自分のふがいなさもだ。まして僕はあの町で育った羽生には珍しかったかもしれなが、都会に戻れば是と言って誰の目も惹かない平凡な男なのだから。
だから・・・・・最近では、正直僕はあの町をでることが出来て良かったのだとホッとしていた。
ぽっかりと、心の中に出来てしまった空洞はいつか埋めれるはずだと信じてもいたし。
羽生から電話が掛かってくる度に、何とも言えない甘酸っぱい切なさを感じることはあっても、僕は自分自身に言い聞かせた。
羽生にとって、僕は物珍しい相手だったから執着してるだけだと。
麻疹はすぐに治ってしまう。
そう・・・・逢わないでいれば、記憶の中の顔だって、いつの間にかほら・・・輪郭を無くしていくものさと。
なのに・・・・・今回強引に押し切られる形で、羽生と逢うことになってしまったんだ。
この冬を越えて、春にはこっちの大学を受験したいから、下見も兼ねているんだと言われれば、かつての担任として、むげにも断れないと言う建前まで羽生は突きつけてきのだから。
「あ〜あ、もう・・・・なんだかなぁ・・・」
パタンとロッカーの扉をきつく閉めて、コートをに袖を通すと、僕はもう一度ため息をついた。
今頃からどきどきしている、僕自身があまりにも情けなくて・・・・・・
駅に着いた僕は、定期券を自動改札にくぐらせて、いつもの列車に乗り込むと、中は普段よりもかなり込んでいた。
まるで、ちょっとこましな朝のラッシュ並ってかんじで、身体の自由が利かないほどだ。
羽生と待ち合わせている駅でほとんどの人が降りるから、あと15分はきっとこのままだろうなと、げんなりしていたら、5.6人くらい向こうに、何度か見たことのある、何とも形容しがたいほど綺麗な顔を見つけた。
ああ、櫻綾の鈴ちゃんか・・・・・
この子は、うちの学校と親交の熱い、名門櫻綾学院の生徒で、中世的な美貌故に男子生徒たちの間でもすごく人気のあるこなんだ。
櫻綾は男子校だから、いくら中性的で綺麗だからと言っても、紛れもない男子生徒なんだけど。
あれ・・・・・様子が変だな?
鈴ちゃんがキッと睨むように回りを見回した後、悔しそうに紅い唇を噛みしめるのがはっきりと見える。
徐々に、首筋や耳のあたりまで乳白色の肌に赤みが差していって、鈍感な僕にもだいたいの予想はついた。
だけど、鈴ちゃんの回りにはしれっとした顔の男どもがいるだけで、どいつが犯人なのかさっぱりわからない。
たく・・・寂しい奴だな、まぁ、僕だって彼女いない歴は2年近くになるけど・・・・なにも、クリスマスイヴだって言うのに痴漢なんかしなくていいだろうに・・・・・
こういうときは、
「乙羽くん?」
いかにも知り合いっぽく、親しげに鈴ちゃんの名前を呼んでやった。
僕の声に、鈴ちゃんは縋るような眼差しを向けて、ほっと顔に現れていた険しい緊張を解いた。
そのまま、大きくて真っ黒に澄み切った綺麗な瞳が、声の主である、僕を捜しているようだ。
鈴ちゃんは無意識なんだろうけど、助けを求めてあえぐ姿は、何とも形容しがたい色香があって、男の子だからもちろんすっぴんで化粧っけが無いのが、最近のケバイ女子高生を見慣れてる清純さには食傷ぎみの男連中からしたら、清潔な色気って言うのがたまらないのかもしれないな。
こりゃ・・・・・・彼女のいない奴じゃなくても、ふらっとくるよな・・・あぶないわ、こんな子一人でこんな満員電車に乗せちゃ。
「やぁ、こんばんわ」
急いで側によって、何とか、回りから守ってやれないかと鈴ちゃんの肘をぐいっと押しやりながらドアと座席の隙間にうまく押し込めた。
囲ってしまった鈴ちゃんの身体からは、香水じゃないけど、すっごく鈴ちゃんらしい花の・・・・そう、これは・・・薔薇の薫り・・・・・・
常習犯じゃなくても、ふらっと触りたくなるの、わかるかも・・・・
痴漢の気持ちも分からなく無いなと思った、僕の気持ちが伝わったのか、鈴ちゃんは不安そうな眼差しで僕を値踏みするように見つめていた。
「ああ、ごめん。かえって怖がらせちゃったかな?櫻綾高等部の乙羽鈴矢くんだよね?そうか、僕が知ってても君には僕がわからないか・・・・・・・」
僕が困ったように、はははっと笑うと、
「あ・・・・あの?」
鈴ちゃんは、困ったように、言葉を詰まらせている。
自分に害を与える人間かそうでないのかを一生懸命考えているって感じだ。
「僕ね、慶光学院で理科の教師をしてる美山って言うんだ」
「慶光学院・・・・の先生ですか?」
身元が分かるように、自己紹介すると、鈴ちゃんの緊張が少しほぐれる。容姿は良い方が得なんだろうけど、ここまで綺麗だと、不都合もきっと色々あるんだろうな。
「君、時々、サッカー部の応援に来てるだろ。うちの学校の女子の間ではね、櫻綾サッカー部の浅野くん、東森くん、辻くんって言ったら、ちょっとしたアイドルなんだよ。
ああ、キャプテンの伊本君だったけ、彼も人気があるけどね。
彼らが来るたびに、女子たちきゃーきゃーうるさくってさ、おかげで僕まで名前覚えちゃったよ」
「へぇ・・・・そうなんですか?」
「でも、どうして僕の名前を?」
「いやね、女子たちが、櫻綾が来るたびにうるさいのには慣れてたんだけど、男子の一部にも櫻綾が来る度に色めき立つ連中が結構いてね。
共学なら、マネージャーにでも可愛い子がいるんだろうと思うところだけど、櫻綾はほら、男子校だろう?で、男子が可愛い、綺麗って、騒いでる『鈴ちゃん』が職員室の話題にのぼったことがあってね。だから、君が知らなくても慶光の教員で、櫻綾の理事長先生の名前と顔を知らなくても『乙羽鈴矢』くんを知らない教員はいないんだ」
笑いながら話す僕に、鈴ちゃんは意外そうに目を大きく見開いた。
「う・・・そ」
「嘘じゃないって。今度、試合についてきたら職員室に顔出すといいよ。三学期がたのしみだね」
本当だって、証明してあげるからと、笑って、僕たちはほとんどの乗客が降りる駅で一緒に降りた。
結局、この街の大半のカップルが待ち合わせ場所に指定したんじゃないかってくらい、たくさんの人が群れている、駅前広場の特設ツリーまで僕らは一緒に行くことになったんだ。
派手な電飾で飾られている作り物の樅の木はすごく目立つからきっと羽生も、迷いはしないと思うけど・・・・・・
田舎育ちの羽生がやはり心配ではある・・・・・・・
あの町の全住人を合わせたよりも、いまこの駅前広場にいる人間の方が多いかもしれない。
かわいらしく話しかけて来てくれている、鈴ちゃんに相づちを打ちながら、僕は何度も羽生がでて来るであろう、中央コンコースの出口に繰り返し目をやるんだけど、羽生らしき人影はまだ見えない。
「先生の待ち合わせしている人は地下鉄じゃなくてあっちから来られるんですか?」
「あ、うん。メールで駅の構内地図も添付したんだけど・・・・あいつ、迷わずにこれるのかな・・・・・」
不安を口に出すと、本当に羽生が迷っているような気がしてくるから不思議だ。
「大丈夫ですよ、このツリー大きいし、目立ちますから」
「そうだね・・・・これでわからないなら、あの馬鹿が悪いんだよな」
まったく・・・・どこまで、僕を振り回す気だよ・・・・・
「鈴〜!わりい、まったか?」
先に鈴ちゃんの、相手が来たみたいだ。
やっぱりというか、何というか、相手は男の子だった。
走ってくる男の子に向けられた鈴ちゃんの顔は、一段と輝いて綺麗に見えた。
「ううん。さっき来たとこ」
ここについてから、結構経ってるって言うのに、健気だね・・・・・
果報者の彼氏をじっくりとみてみたら・・・・・
「あれ、乙羽くんの相手、東森くんだったんだね」
ああ、なんだ・・・・・そう言うことか。
だから、うちにまでわざわざ試合を見にきてるわけだ。
「慶光の・・・美山先生じゃないっすか?何してるんです、こんなところで?」
「こんな所って、失礼だな・・・・僕だってイヴの待ち合わせくらいさせてくれよ」
相変わらずハンサムな顔に驚きを浮かべて、僕をまじまじと見た東森くんに笑って見せた。彼とは教員室で何度か会ったこともあるし、話をしたこともあるから、覚えてくれていたんだろう。
「研くん、美山先生と知り合いなの?」
「鈴こそなんで、美山先生のこと知ってるんだ?」
鈴ちゃんは顔だけでなく頭もいいんだろう。
電車からの経緯を至極わかりやすくかいつまんで東森くんに説明した。
「ありがとうございます!!!やっぱり、こいつを一人で電車になんか載せなきゃよかった・・・・先生がいてくれて助かりましたよ」
東森くんが、がっしっと僕の両手を握りこんで、深々と頭をさげた。
うん。一人で載せるのはよしたほうがいいと、僕もつくづく思うよ。
「あ、いやぁ・・・・そんなにお礼言われるようなことしてないって」
熱心な感謝のされ方に照れくさくて、視線をさまよわせたら・・・・・・
羽生・・・・・・
どきんと胸が痛んだ。
電飾にきらめいて、金色に透ける栗色の髪は記憶そのままだけど・・・
背が伸びて、大人っぽくなったかな。
もともと斜に構えたところはあるやつだけど、やけに不機嫌そうじゃないか?
「羽生・・・・・迷わなかったか?」
「ガキじゃねぇんだから、迷ったりしねぇよ」
なんだよ・・・・・
おまえが会いたいって言って、無理矢理来たくせにその不機嫌な顔は。
言い返そうとしたところに、鈴ちゃんがぱっと目の前に割って入ってきて、甘える仕草で、東森くんの腕を取った。
「美山先生も待ち人が来たみたいだから、僕たちもそろそろ行こうよ、ね?」
そうだった・・・・・この二人のこと一瞬忘れてたよ。
もうちょっとで、大人げなく羽生に喰ってかかるところをみられるとこだった
「お?そ、そうだな。じゃぁまた、先生」
うれしはずかしってかんじで鈴ちゃんに催促されて照れ笑いを浮かべている東森くんに、僕もじゃぁねと挨拶を交わしたら鈴ちゃんに微笑み掛けられた羽生がまんざらでも無い風に会釈を返すのが見えた。
☆★☆
鈴ちゃんたちを見送ってから、なんだか、不機嫌なままの羽生を食事につれていき、脇に並ぶ恋人たちとは対照的に淡々と僕たちは羽生の進路とか槇原高校のみんなの話をしていた。
羽生のあまりにもな大人しさに、すこし、肩すかしを食らったっていうか・・・
まぁ。所詮、麻疹なんて、こんなもんか・・・・・・
産休教師の穴埋めが終わって、僕が離任してから半年。
あえない間に、羽生は僕を想像の中で理想の恋人化していたのだとしたら、今日煌びやかなツリーの下で待っていた僕はなんとも平凡に見えたことだろう。
あの町では、知らない人が居ないほど有名だった僕だけど、まあ平々凡々の僕が目立ったのはあくまでこの羽生が居たからだし。
都会じゃなんの変哲もない僕は雑踏の中に混じり込んでしまうほどなんら特徴なんか無い。
まして、僕の横にいたのは、あの、鈴ちゃんだ・・・・・・
僕はなんだか、ホッとしたような、そのくせ、なんとなくもの悲しいような気がしていた。
話も弾まないし、お酒を飲ませるわけにもいかず、結局、再会してから3時間ほどたったころ、僕はもう遅いからと羽生をホテルに送っていったんだ。
ところが、僕が結構苦労して、羽生のために取った部屋は何の間違いだかキャンセルになっていて、
「はい。間違いございません。美山様のお名前で、ご予約があった翌日にキャンセルをお受けしております。はぁ・・・・そう申されましても、あいにく本日はご存じのようにクリスマス・イブでございますので、お部屋は・・・・」
向かい合った、ホテルのフロントで、蝶ネクタイをした若いクロークがなんとかならないのかと詰め寄る僕にしきりに頭を下げている。
ほかのホテルを当たるっていっても、一月も前に予約したときでさえ、何十件と電話してようやく取ったんだぞ・・・・・
舌打ちしながら、カウンターを離れて振り向くと、羽生は素知らぬ顔で、ロビーのイスに深く腰を下ろしていた。
まるで、何もなかったみたいに・・・・・・・
おまえなぁ・・・・
今夜寝るところが無くて、困るのはおまえなんだぞ?!
腹立たしげに足音も高く近づいていくと、少しきつい眼差しが俺を睨め上げてくる。
そのまま、ズィッと立ち上がった、羽生は僕の腕を痛いほど引っ張るとぐいぐいと、ホテルの奥へと入っていく。
「は、羽生!聞こえてたんだろう?なんかの間違いで、このホテルに部屋がとれてないんだ。仕方ないから、今夜は、俺のうちに・・・・・」
急な来客に驚くだろうけど、お袋のことだ、嫌な顔はしないだろう。
ポケットから携帯を取り出して、電話を掛けようとするのだが、引きずられるようにエレベーターに乗せられて、あっという間に、1021とナンバーのついた、紛れもない客室に放り込まれた。
携帯を手に持ったまま、呆然と入り口で部屋の中を眺めていると、後ろでカチャリとドアが閉まりオートロックの掛かった音が鳴る。
「なんで・・・・・?」
ツキンっと、胸が痛んだ。
ゆったりとした部屋は、真ん中にダブルベッドの置かれた、都市型の部屋としてはかなり広い部屋だった。
窓の外には、見事な夜景が広がっている。
「俺が、わざわざ逢いに来るってのに、シングルの部屋なんかとったのは嫌がらせかなんかか?」
背後から不機嫌な声とコート越しの腕が、僕の身体にゆるりと巻き付く。
「お、お、おまえが、キャンセルしたのか?」
懐かしい、羽生の腕のぬくもりに、めまいがしそうだ。
「部屋を取ったって、センセが言ったから、まさかとは思ったけど確かめるために電話を入れたら、案の定、シングルだった・・・・どういう意味だよ?」
「ど・・・・どういう意味って・・・・」
「俺の気持ちが離れてても変わらないって証明できたら、受け入れてやるっていったのは文弥センセだぜ?」
どきどきと耳の奥で鳴る鼓動が激しくて、羽生の言葉が聞き取れない。
「それとも、こっちに戻ってきたら、俺みたいな田舎もんなんか嫌になったのか?新しい生徒があんな奴ばっかりじゃ、俺なんか田舎くさくって相手にできねぇよな」
自嘲じみた微かな笑い声が僕の耳朶を掠めていく。
羽生が・・・・自分を下卑るなんて・・・・・・
王様気質で、誰よりもプライドの高い、羽生が?
「何言ってるんだよ。おまえこそ、待ってたのが、鈴ちゃんみたいな綺麗なこならいいと思ってたんじゃないのか?」
「俺は!!俺は・・・・・センセにずっと・・・逢いたかった」
胸の奥底から絞り出すように、羽生はそう言うと、ぐるりと僕の身体の向きを変えて、
「センセは?俺に逢いたくなかったのかよ?」
いつもは高慢で気の強そうな顔に、不安の色を濃く掃いて、羽生は僕の顔をじっと見つめた。
不安そうな羽生の顔は、前にも一度見たことがある。
僕が町を離れる日、桃の木並木の下で電車が走り去るのを、羽生は今と同じ表情でずっと見送っていたんだ。
忘れないでくれと・・・・・・・
絶対に、先生の所に行くからと・・・・・・・・
「逢いたかったよ・・・・正志」
僕が初めて、羽生を名前で呼ぶと、羽生は今にも泣き出しそうなほど切なそうな顔で、僕の身体をきつく抱きしめたんだ。*** THE END ***
もも
づみ