Crystals of snow story
純白の花衣
もう一度だけ、ささやいて第二部
( 2 )
鈴ちゃん
鈴ちゃんがおっきくなったらぜったい、ぜったい似合うよね
真っ白なドレス
花嫁さんのドレス
俺みんなに自慢して歩くんだ
世界中でいっちばん鈴ちゃんが綺麗だろって
☆★☆
ポカポカ陽気の昼休み、高等部の中庭の角、鈴はいつの間にか俺の肩に凭れて軽い寝息を立てていた。
こんなところで無防備に眠る事なんか滅多にない鈴の可愛い寝顔を、俺はさっきからずっと見つめている。
肩に掛かる僅かな重みさえ、愛しい。
綺麗になった・・・・・
いや、もともと綺麗なんだから綺麗になったってのは変だけど。
なんだか、この半年くらいで急に大人びて。
俺はちょっと前まで、これから先もずっと鈴は美少年のままだと思っていたけどそんなのは大きな間違いだと思い知らされた。
触れなば堕ちん風情のどこか危うい美少年の雰囲気から、少し近寄りがたい神秘的な美貌っていうのか・・・・
こうして、サラサラの髪が春風に揺れて、閉じられた瞳の長い睫毛がほっそりとしてきた頬に蒼い影を落としている寝顔なんか、なんだか、こう・・・・俺なんかが手を触れちゃいけなんじゃないかってくらいに繊細で綺麗で、そのくせ少し前まであった庇護欲を掻き立てたれるような弱々しさは感じられなくなった・・・・・
つまり、綺麗は綺麗でもずいぶん大人になってきたってことなんだろうな。
そう言えば、以前は上級生からや光輝みたいに後輩でも男っぽい奴からの手紙や告白ばっかりだったけど、最近は中等部のどっちかって言うと、可愛い系の子たちにも人気があるらしい。
確かに学年でも成績はTOPクラスで、物事を冷静にまとめることが出来る鈴は、本人の意思はともかく教師や生徒会に頼まれたりして、何かと表舞台で指揮を執ることがあった。
なんにしても、これだけの見た目だから、何をさせても華があるし。
そんなおりに付け、
『鈴先輩って、綺麗なだけじゃなくて、なんかカッコイイですよね〜』
なんて、小耳に挟むこともあって。
なんか、俺、胸中複雑・・・・・・
鈴を守れる力が欲しいと、ずっと、あの幼い日から思い続けてきたのに、俺が鈴を守れる力を付けてきたのと同時に、鈴もまた、自分を守る力を身につけてしまうなんて。
俺の上に流れた時間と同じ分だけ鈴の上にも時間が流れる。確かにそれはそうなんだけど・・・・・・・
かつて兄貴がいたずら小僧を軽々と追い払ったように、鈴の上に降りかかる火の粉を軽々と吹き飛ばせるようになりたいと願ってきたのに、俺と鈴の年齢差は広まりようもなくて、最近では、精神的なものの所為なのか、ふとした拍子に鈴の方が俺より年上に見えたりもする。
自分自身を守れる力を得る、それは鈴にとって喜ぶべき事のはずなのに、心の狭い俺はなんだか寂しいんだ・・・・・
守ってやりたかった。
いつかは鈴の憧れていた、あの日の兄貴のようになりたかった。
強くなんかなるな鈴。
カッコイイ鈴になんかなるなよ・・・
いつまでも、あの小さな鈴のままで俺の腕の中でだけ、微笑んでくれていたらいいのに。
うぅ〜・・・俺ってなんて、自分勝手な奴なんだ。
ふるふるっと頭を振って情けない考えを振り払い、もう一度鈴の寝顔を見つめる。
ほんと、最近とみに綺麗だな・・・鈴は・・・
ずっと、このまま眺めていたいけど、そうも行かない。ちらっと腕時計で時間を確かめた俺はゆっくりと鈴の肩を揺すった。
「鈴、すーず?」
「・・・・・・ぅん・・・・・・・」
ドキッとするほど、艶めいた声。鈴の黒絹の髪が俺の胸の上でサラリと音を立てる。
「おいおい、勘弁してくれよ・・・・・・・・」
情けない声で小さく呟き、もう一度、起こす。
「鈴。いつまでも寝てッと、襲うぞ!」
「え??」
今度は、びっくりしたのかパチリと目を開いた。
「どっした?珍しいな、お前がこんなとこで、うたた寝なんてさ」
「あ、寝ちゃったんだ?ご、ごめん・・・」
預けていた身体を慌てて立て直す鈴の顔は当惑気味に赤らんで、何とも扇情的って言うか・・・・・
「早くしないと、遅れるぞ。ほら」
さっきの艶めいた声もまだ耳の奥に残ってる俺は、ここが学校の中庭だって事も忘れて、抱きしめちまいそうで、素早く立ち上がって鈴に手を差し伸べた。
「うん」
俺の手に鈴の手が重なる。眠っていた所為かいつもより、ほんわりと手のひらの体温が高い。
それだけで、俺はまたドキドキする。
さっきまで、ずっと見つめていた鈴の顔がまともに見れない。
いや、鈴の顔が見れないんじゃなくて、困惑している俺の顔を見られたくないんだ・・・・
「そうだ、あのさ、今度の日曜日だけど、研くん慶光と練習試合だったよね?」
そっぽを向いている俺のドキドキに構わず、立ち上がって歩き始めると鈴が俺に話しかけた。
「ああ、またやるんだ。この間負けたのが悔しかったのか雪辱戦を申し込んできたからな」
「最近、慶光との練習試合多いよね。今七勝三敗だったっけ?」
「そう。だから、悔しがってやがんの。向こうのグランドでやるんだけど、鈴、見に来てくれるんだろ?午前中の試合だから、帰りにどっかメシでも食いにいこうぜ」
「僕、今度の日曜はちょと用事があっていけないんだ。ごめんね」
「へ?お前、これないの?」
鈴が、こくりと頷いた。
今はもう、マネージャーじゃない鈴だけど、試合は必ず見に来てくれていた。だから、俺は身勝手にもすくなからず軽いショックを受けていた。
「そ、そっか・・・・お前にだって都合あるよな。で、用事ってなに?どこいくんだ?」
「うん。ちょっとね・・・」
ちょっとってなんだよ。
珍しく、歯切れの悪い返事を、うふっと笑顔でごまかすように軽くながされて、つい、問いつめる言葉が口から出そうになる。
鈴の行動をすべて把握していたいなんて焼き餅焼きの亭主みたいで、なんか、俺みっともない。俺に部活があるように鈴にだってしたいことやしなければいけないことも確かに存在するはずだし。
ただ、こんな風に「ちょっとね」なんて言葉でかわされたことなんか今までなかった。だから・・・・・
「試合頑張ってね。次はちゃんと見に行くから」
訊くに聴けず黙り込んだ俺に、もう一度にっこりと、鈴が微笑み掛ける。
最近、鈴がよく見せる余裕の笑顔。
「ああ」
俺は、また、その笑顔を直視できずに、顔を逸らしてしまった。
余裕な鈴と、余裕のない俺・・・・・・・
時折交わすキスだって、いつも余裕をなくしてしまうのは俺の方。
いつも先に鈴が唇を外し、ここまでねと、やんわり俺の胸を押し、俺の腕から逃げてしまう。
俺の、不埒な欲望を見透かされて、嫌悪されてるような気さえしてそれ以上どうしたらいいのか分からずに俺はいつも悶々とする。
鈴は俺たちの関係をどうしようと思っているんだろう・・・・・
『憧れと恋は違うよ研くん』
二年前にそう言ったのは鈴なのに。
あの頃から俺たちの関係はちっとも進まない。
それどころか神々しいばかりに大人っぽく綺麗になって行く鈴。
今にも、背中に羽が生えてどっかに飛んでいっちまいそうだ。