Crystals of snow story
純白の花衣
もう一度だけ、ささやいて第二部
( 3 )
「ありがとうございました〜!」
練習試合が終わり、俺たちは対戦相手の慶光学院のメンバーと軽く談笑しながら帰り支度をしていた。
試合は2対1で櫻綾のまけ、誰が攻めるわけじゃないが今日の俺はかなり集中力を欠いていた。
鈴がいない、そのことがこんなにも俺に影響するなんて・・・・・
いや、鈴が来なかった事も確かに気にしてはいるけど、試合中まで俺の意識をかき乱したのは、試合直前に慶光のマネージャーをしてる綾ちゃんが言った言葉があまりにもショックだったからだ。
『え〜・・・・・乙羽くん今日は来てないの??じゃぁみんな残念がるわ。うちのクラスの女子にも乙羽くんのファン、最近すごく多いのよね〜。今日だってサッカーの試合なんか見る気もないのに乙羽くん目当てで結構来てるんだから』
まぁ、ほかにも浅野くんのファンとか東森くんのファンもいるんだけど・・・・と、あとに続く言葉はどこか遠いところで聞こえていた。
冷水を頭から被ったような、衝撃だった。
鈴は綺麗だ。
だから、女の子にもてるのも当然なのかもしれない。それでも俺は今まで何故かそう言うことを考えた事がなかった。
たしかに、いままでも女子に人気がなかったってわけじゃない。
受け取りはしなくともやっぱり鈴にチョコを渡そうとする子だって毎年いるのだし。ただ今の今まで、そんなことは俺の意識の範疇には入ってはいなかったんだ。ただ、そんなのをみても何とも思わなかった。
何しろ、どんな女の子が鈴の横に立ったって釣り合いなどとれた試しがない。どんな子より綺麗でどんな子より、守ってやりたくなるような風情が今までの鈴にはあったから・・・・・・
あくまでも鈴は愛する存在ではなく愛される対象。
守る存在ではなく守られる存在だと俺はどこかで思いこんでいた。だから俺が警戒していたのは兄貴のような、鈴を守れる確かな存在だけだったんだ。
なのに、俺は今こんなにも動揺している。
このところめっきり大人びてきた鈴の姿を思い浮かべた。
思い浮かべてみたら、さっきの綾ちゃんとのツーショットだってちっともおかしくはないことに気が付いたんだ。
線の細さや、見目の美しさは前にもまして綺麗だけど、今の鈴は後輩たちが口をそろえて言うような格好良さも兼ね備えて来ているからだ。
だから、鈴に彼女が出来たって何ら不思議はないんだと言うことに俺は気が付いてしまったんだ。
どうしたらいいんだろう・・・・・
鈴の求める相手が可愛い女の子に変わったら・・・・・
兄貴のようになりたいと俺はずっと願い続けてきた。
鈴が求める。強くて優しいナイトになりたいと。
でももう鈴にナイトなんていらないと言われたら?
俺みたいな男なんかより、可愛い女の子のほうがいいと望んだら?
その時俺はどうすればいいんだろう。
もしかしたらすでに鈴はもうそう思い始めているのかもしれない。
だから俺との関係をこれ以上進めようとはしないのか?キスまでなら男も女も関係ないけど身体を重ねるとなると、話は違う。同じ性を持つ俺なんかとは、キス以上の関係を持ちたくはないと鈴は思っているんじゃないだろうか・・・・・・
俺のことは嫌いじゃないんだろう、たぶん好きだと言ってくれるのも嘘ではないと信じてはいる。
だけど、これから先、鈴が女の子を選んで結婚とか考えるときに、俺との関係はマイナスでしかないと考えているとしたら・・・・・
そう考えると鈴の最近の変化や俺との間に流れる二年にも渡る、暗黙の不可侵条約も納得出来るような気がした。
「東森くん?どうかしたの?」
慶光学院からの帰り道、サッカー部の面々とぞろぞろと並んで、最寄りの駅まで歩いていると、少し遅れて歩いていた俺のところに前から孝太郎が小走りで駆け戻ってきて、俯きながら歩いていた俺の顔を覗き込んできた。
くりくりとした可愛らしい瞳が心配げな色でじっと俺を見上げてくる。
孝太郎はどうなんだろう?
浅野と・・・・・・なんだよな?
「なぁ、孝太郎・・・・・」
「ん?なぁに?」
「いや・・・・なんでもないんだ」
馬鹿だな俺も・・・・・孝太郎に、訊いたところで、答えは決まってる。
孝太郎の浅野に対する想いは強い。
浅野が望めば孝太郎はその望みをたとえ犠牲を払ってでも叶えることなど一目瞭然だし、中学の頃からそう言う関係だと浅野自身が匂わしていたじゃないか。
俺に対する鈴の気持ちなんて、孝太郎の想いとは比較にはならないんだから。
「やだな言いかけてやめないでよ。・・・・・・・・・あれ?」
苦笑いしながら俺にそう言った孝太郎が急に怪訝そうな声をあげた。
孝太郎の視線の先は目の前の国道。
今さっき行き過ぎた赤いアウディをまだ目で追っている。
「どうした、変な顔して。誰か知り合いでも乗ってたのか?」
孝太郎の表情が気になった俺は孝太郎の肩にポンと手を置いて尋ねた。
「う・・・ん。でも、見間違えかも・・・・・鈴ちゃんが乗ってたような気がしたんだけど・・・・・・」