★もう一度だけ、ささやいて★

                    

( 11 ) 

「僕が眞一さんが好きだからどうだって言うの?」

「ああ、知ってるさ!だからどうしろなんて言ってねぇだろ!お前が葉月さんの事に拘るから」

「そのことにずっと拘ってるのは研くんでしょ!確かにずっと昔から好きだけど、僕が愛してるのは眞一さんじゃない・・・・・僕が心から愛してるのは研くんだけなのに」

ほらな、愛してるんだろう・・・・・・・

え?ええぇ?い、いま、だ、だ?誰って言った?

「そんな顔しないでよ。僕は今思えばバカみたいだけど、研くんも僕のこと憎からず想ってくれてると信じてたんだから。
僕は自分の気持ちに気づいたこの2年近くの間ずっと研くんに意思表示してきたつもりだよ。
・・・・・・・こんな事になるんならもっと早く、研くんが葉月さんを好きになる前にちゃんと言葉にすればよかった」

鈴はもう一度悲しそうに笑って、夜風に黒絹の髪を揺らした。

「う、嘘だ。お前一度もそんなそぶりなんか」

「僕は『愛してる鈴矢』って言ってくれる研くんの言葉を眞一さんの言葉として聞いたことなんか一度も無かったよ。
確かにずっと眞一さんに憧れてはいたけど、ただ単に『鈴矢くん』て言われたときは眞一さんの顔が浮かんでも『愛してる』って耳元で囁かれるときは、幾らしっかり目を瞑っても研くんの顔しか浮かんでは来なかったんだ。
その時に僕は初めて自分の本当の気持ちに気が付いたんだよ。
そのうち微妙に研くんの声質が変わってきて、眞一さんの声とそっくりじゃなくなってきて・・・・・
いまではちゃんと電話の声も僕は聞き分けられるよ。
でもそんなことどうでもよかった。 
だって僕は研くんに『愛してる』って囁いて欲しかったんだから。
でも何度も別れ際に研くんが今日こそは口づけてくれるんじゃないかって、心待ちにしても研くんは僕に指一本触れてくれやしない。好かれている自信はあっても、愛されてる自信なんか僕には無かったし、僕は段々不安になってきてたんだ」

お前、何のことを言ってるんだよ・・・・・・?

俺のほうこそ、ずっと、ずっと、必死になって我慢してきたんじゃないか!

「もしかしたら研くんは僕のことなんか何とも想ってないんじゃないかって・・・僕のことがもし好きなら・・・抱きしめたりキスしたりしてくれるはずなのに・・・ほんのそばに布団を並べて眠っても研くんはさっさと先に眠ってしまうのは何故なんだろうって。
だからこの前の夜、思いきって僕は研くんの本当の気持ちが確かめたかったんだ。
研くんが心から『愛している』と言ってくれてるんじゃないのならそんな言葉はもう要らない。 
僕は毎日とっても嬉しかったけど・・それ以上に不安がどんどん募ってきて、苦しくて堪らなかった。
・・・・・・・苦しいはずだよね、僕の悪い予感的中してるんだもの」

「違う・・・・・・・ちがう鈴。
俺、お前がそんな風に思ってたなんて全然知らなかった。俺はお前がずっと兄貴を想ってるんだとばっかり・・」

信じられない鈴の告白に、俺の頭は真っ白になる。

「ただの憧れと恋は違うよ、研くん」

「今更そんなこと言われても俺には信じらんねぇよ鈴。
お前は今になって兄貴じゃなくてこの俺にずっと恋してたって言うのかよ?それじゃあ何で・・・何でお前のそばに今は光輝がいるんだ?」

「西島くん?ああ、そう言えば最近僕の側によくいるよね。それがどうかしたの?」

不思議そうに鈴が訊く。

「ど、どうかしたのって?俺の変わりなんだろう?光輝は」

「やめてよ。西島くんなんか僕はいらない! 
僕にとって研くんは誰よりも大切な人なんだから。研くんの変わりなんかこの世にいるわけ無いじゃない。
そんなこといちいち言葉にしなくても解ってくれてると思ってた」

辛そうに綺麗な顔を歪めた鈴が堪らないほど愛おしくて、俺は鈴のか細い肩を力一杯引き寄せた。

心の片隅で、お前って、酷い奴・・・・・と光輝にちょっとばかり同情しながら。

「わかんねぇよ・・・ちゃんと言葉にしなきゃわかんねぇよ鈴・・・俺は・・ずっとお前が・・・好きだったんだ」

長年言えずに秘めていた想いを、胸の奥底から俺は吐き出した。

「いいんだ・・もう。無理しないで・・」

「ちがう・・・・ずっと、無理をしてきたんだ、俺。本当は、ずっと、鈴に・・・・キスしたかった」

小さく首を横に振り、切なげに柳眉を寄せる鈴の可憐な顔に俺はそっと唇を寄せた。

焦がれて止まなかった鈴の紅い唇が目の前に迫り唇が触れ合う瞬間、鈴はほんのり甘い吐息と供に俺の名前を掠れた声で囁いた。

 

 

「ちょっとヤバイな」

さっき鈴がうずくまっていたツツジの根本に座り込んで俺はポツリと言った。

俺の腕の中には愛して止まない鈴がすっぽりと収まっている。

「うん」

さほどやばそうでもない声音で鈴は相づちを打ったが、俺は正直いって体の中心がじんじん疼いちまって相当ヤバイ。

もう一度キスでもしちまった日にはここが自分の家の庭先だなんて事がスコンと頭から抜けてとことん最後までいっちまいそうだ。

それでなくても膝の上に座っている鈴の腿が時折軽く触れて、声を上げそうになってんだから。

「お、送ってくよ鈴」

ツツジの幹に手を掛けて立ち上がろうとすると、俺の腕に額を寄せた鈴が今にも消えそうな声で何か呟いた。

「なに?」

「僕・・・帰りたくない」

やっと聞き取れるほどの声で俯いたままの鈴は、もう一度囁いた。

ドキン!と心臓が大きな音をたてて跳ね上がる。

俺は鈴の艶めかしい襟足を目の当たりにして、ごくりと唾を飲み込んだ。

まさか・・・・幻聴だよな?おい・・・・・

「一緒にいたいんだ」

黙ったままの俺に追い打ちを掛けるように、鈴が首を擡げて潤んだ瞳を俺に向けた。

俺は強張った笑顔を無理矢理顔に張り付けて、引きつった声で訊いてみた。

「お前、自分が何言ってるかわかっていってんのか?」

「わかってるよ」

俺とは対照的に余裕の笑みが鈴の口元に浮かぶ。

わ、わかってるって・・い、いいのか・・鈴?ホントに?

もう、俺の頭ん中じゃぁ、ピンク色の★がうるさいくらいにチカチカ点滅してやがる。

で、でも、なんでお前はそんなに冷静なんだ?俺なんか、俺なんか、頭はカッカッしてるし身体はずきずき疼くし。もう訳わかんねぇくらい混乱してるってぇのに。

「す・・・・鈴・・・お、俺・・・」

情けないほど、上擦った声が荒い息と一緒に俺の口から唸り出された。

「わかってる。ちゃんと帰るから・・そんなに困ったような顔しないでよ」
な、なんだぁ〜?

か、帰えっちまうのかよ?ちっともそれじゃあ解ってねぇだろ〜

こんな俺を置いて帰って、燃え上がちまったもんを俺にどうしろっていうんだよ・・・・グスッ。。

俺の混乱をよそに、鈴はすんなり立ち上がって、ズボンについた枯れ葉を優雅に払いのけ始めた。

ついさっきとろけるような口づけを何度も交わした筈なのに、あまりにもしゃんとした鈴の姿にさっきの告白すら俺一人の妄想のようで、なんだか狐に摘まれてるような気分だ。 

目の前にある鈴の中心にチラリと目を向けても興奮した形跡なんか微塵も感じられない。 

女と違い男の場合は顕著に現れる筈なんだけどな・・・・普通はさぁ、今の俺みたいに顕著によ・・・

それとも何か?俗物の俺と違い、清純な鈴の『愛してる』ってのは、所詮キス止まりの『愛してる』なのかもしんねぇな。

結局「一緒にいたい」って・・・・・・ただ単にもう少し一緒にいたいって言いたかったわけだ。

は、ははは・・・・・・はぁ・・・・・

ちょっと寂しい・・いや・・ちょっとじゃねぇか・・・
有らぬ期待をしちまったせいで、本音を言えばかなり寂しい気もするが・・・そこまで贅沢は言えねぇよな・・・

「送っててくれる?」

鈴はがっくしとうなだれて座り込んだままの俺に、可愛らしく小首を傾げて見せた。

「お、おう、当たり前だ。こんな時間にお前一人で帰せるわけねぇだろうが」

作り笑いの向こう側に落胆を隠した俺は、差し出された鈴の白い手を握りしめて渋々立ち上がった。

でも滑らかな鈴の指が俺の指に絡められると、それだけで情けないほど胸がきゅんと鳴る。

「ふふ。手を繋いだのなんて何年ぶりだろうね?」

無邪気に笑う鈴が可愛い。

この笑顔を失いたくはない・・・・兄貴にも、光輝にも・・・・・誰にも渡さない。

あ〜あ、しゃぁねえや、そう一気には行かないさ。

「手?そうだなぁ小学校の3年ぐらいまでは確かつないでたんじゃねぇのかな」

繋がれた指にぎゅうっと力を込めた。二度と放さないために。

 

 

幼い頃手を繋いで歩いた同じ道を、今またしっかりと手を繋ぎながら鈴と歩いた。

俺は二度とこの手を放しはしない。

昔、高くて先の見えなかった塀や生い茂った生け垣も今は俺の目線より低く、何処までも見渡せる。

大切な鈴を守りきることが出来なかった小さな俺も、今ならきっとどんなことをしても鈴を守ってみせる。

兄貴は家族や自分以上に大切な人など恐くてもてないと言ったけど、俺は鈴さえ俺を見詰め続けていてくれるなら、何も恐くなんか無い。

愛してるよ、鈴。何度だって言ってやる。

何てったって鈴は、俺の永遠の美少年なんだから。

 

■□■

 

「お疲れさまぁ!」

茜色や薄紫に染まる空の下、ピィーと高く遠くまで響く銀色のホイッスルが練習時間の終わりを告げる。

俺達3年は桐生学院との引退試合を明日に控えて猛烈に練習に励んでいた。

くたくたの千切れ掛けた雑巾の様にへなへなとグランドに崩れ折れた俺の横に、みんなにとびっきり冷たいお絞りを配り終えた鈴が小走りでやってきた。

「ハイ。研くん」

最高の笑顔と供に鈴がお絞りを拡げて俺に差し出す。

「サンキュー。ああ。気持ちいいや」

大の字に寝っころがって、埃まみれの顔の上にヒンヤリと冷たいお絞りを載せた。

「とうとう、明日で終わりだね」

俺の横にしゃがみ込んだ鈴が、汗でべったりと俺の額に張り付いた髪を指先でお絞りの外へ払いのけてくれる。

「ああ。そうだなぁ」

白いお絞りで見えない鈴に返事を返した。

「あのさ、明日試合に勝ったら、研くん僕の家に泊まりにおいでよ」

「あん?」

俺の顔のすぐ横で、鈴が落ち着かなげに立ち上がる気配がする。

「この間の誕生日・・僕・・・研くんに何もあげられなかったから。
試合に勝ったらご褒美あげるよ。
お金で買えない大事なものを・・・
研くんが欲しければだけど・・・」

恥ずかしそうに話す言葉の語尾は消えそうなほど小さな声になった。

「・・・・・ほ、欲しい!!!」

お絞りをはね除けてガバッと起きあがった俺の耳元に、鈴は染めた頬よりさらに紅い唇を寄せて、

「がんばってね」

と優しく囁いた。

俺はそれ以上もう何も言えずに、夕日に染まる鈴の可憐な姿を見詰めたまま、何度も何度も頷いていた。

  〈終わり〉

うふふ、いかがでしたでしょうか?

長い間お付き合いくださいまして、本当にありがとうございましたv