Crystals of snow story

*晴れた日には新しい靴を履いて*

 

「な、なんだよ!何が可笑しいんだよ!!!!」

目の前で綺麗な顔を苦しげに歪めて笑ってるのは、僕の義兄であり、僕のたぶん・・・・・恋人。

蝋人形館にスッと立っていたって誰も気づかないであろうほどの作り物めいた美貌の持ち主、浅野史郎。

「わ・・・わりぃ・・・クククッ・・アハハ・・」

ことの発端は、その史郎が不似合いなほど形相を崩してまで馬鹿笑いをしたこことで始まったんだ。

「あはは・・・おっかしぃ・・・と、とまんねぇ・・・プッ・・・ククク」

にやりと笑ったり、クスリとほくそ笑まれることは、しょっちゅうあるけど、こんなにあからさまに笑われたのは初めてだったし、第一、史郎が腹抱えて笑う姿なんか初めてみたんだから・・・・・・・

これが、僕を馬鹿にして笑ってるんじゃないなら、結構嬉しいことでもあるんだけけど。

笑ってる理由が理由だけに許せない。

「史郎の考えが、よぉくわかったよ!!!
見てろよ、後で後悔したって、許してやんないんだから!!」

そういって、僕はザワザワしてる学食をまだ食べかけの狐うどんを残したまま飛び出したんだ。

僕の胸の中は、嫉妬や、腹立ちでむかむかしてる。

史郎は、あの美貌だから性格はどうであれ、当然もてる。

それは僕も知ってるし、今でも昔みたいに僕の知らないところで女の人と遊んでるのかもしれないとも思ってる。
だって、中学生になったばかりの頃、すでに史郎は女子大生やOLのお姉さま方といわゆる、いけない、火遊びをしてたのを僕は間近でみてたんだもの・・・・・・・・

だけど、何も僕の目の前で、櫻綾の下級生にこれ見よがしな態度をとることないよね!!!
問題の下級生の名前は、柳葉茜ちゃんっていう、新入りの中ではアイドルみたいな子なんだ。

名前も女の子みたいだけど、見た目も・・・・・悔しいけど可愛い。

ともかく、なんでだかしんないけど、この子が最近やたらと史郎の回りをうろついてて、今だって僕が学食に入ってきたら史郎と仲良く並んで座ってるんだから、あったまくるよね。

そのくせ、僕が側にいったら、甘ったるい声で『史郎先輩、また後でね。おじゃましました〜』って行っちゃうんだよ?

だいたい、また後でって、それってなによ?

「また後で、ってなに?あの子とデートの約束でもしてるの?」

大好物の狐うどんを啜りながら、史郎にチクチクと聞いてものらりくらりとはぐらかされて腹の立った僕は思わず言ちゃったんだ。

「なんだよ。はぐらかしてばっかり!!!
じゃぁさ、僕が、可愛い子とデートしたって、史郎は平気なんだね?僕だって茜って子なんかよりずっと可愛い子とデートくらい出来るんだから!!」

そしたら、あの、馬鹿笑い・・・・・・・・

絶対、絶対見返してやるんだから!!!

☆★☆


「今度の土曜日、僕とデートしてくれませんか?」

教室中に響き渡るような大きな声でそういった僕を、澄み切った綺麗な黒瞳が驚いたように見つめ返した。

大きな瞳の中に真剣な顔の僕が映っている。

「土曜日?って、10日のこと?」

「そ、そう。第二土曜日だけど都合悪い?」

最初の勢いこそよかったものの、だんだん声が小さくなる僕を面白がる風でもなく、ほんの少し小首を傾げて考えたあと、彼は花がほころぶようにふんわりと笑った。

「大丈夫、その日は予定ないから。孝太郎君とのデート、楽しみにしてるね」

教室中の視線を集めながらそう答えたのは、10人告れば10人玉砕する事で有名な学院中のあこがれの人、乙羽鈴矢。

そんな、鈴ちゃんのOKの返事に、一瞬教室内にざわめきのウェーブが走った。

僕がちらりと窓際に目をやると、いけ好かない史郎と来たら、教室中に吹き渡る、騒ぎなんかどこ吹く風と言わんばかりに、素知らぬ顔で校庭の方を見ていた。



土曜日の朝。快晴。

「これでよし、っと」

きゅっと、真新しいスニーカーの紐をキュッと結んで、僕は家を出た。

待ち合わせの時間より5分早く、駅前にある液晶ビジョンのまえにたどり着くと「おはよう」っと軽やかにかかる涼やかな声。

「わ!鈴ちゃん、早かったんだね?だいぶ待った?」

待たせちゃいけないって思って早めにきたのに・・・・・

「ううん。今さっき来たところ。じゃ、いこっか?」

鈴ちゃんは僕の背中に腕を回して、スッと人混みをかき分けて、僕を滑らかにエスコートしていく。

あ・・・・・あれ?おかしいなぁ・・・・僕が鈴ちゃんをエスコートするつもりだったんだけど・・・・・

頭の中でハテナマークを踊らせながら、横にいる鈴ちゃんを見てみると、なんだかいつもと雰囲気が違う。

シャープな白いシャツにぴったりしたブラックのパンツに同じ素材のジャケット、足下は少しヒールのあるショートブーツを履いてるせいで、普段は僕より5センチほど高いだけの身長差がなんだかずいぶんあるような感じ・・・・・

それより何より、なんだか、普段より格好良くないかい?

「かっこいいブーツだね?それにそれ履くとずいぶん背が高く見えるよね」

元々、ちびな僕に比べると鈴ちゃんは別段背が低い訳じゃないんだ。東森君がいつも横にいるから実際よりは低めに感じるけど、中学の時よりずいぶん伸びて今は170そこそこあるんじゃないかな?

「うん?そうだね、ヒールが少しついてるから。でもこれ履くの今日が初めてなんだよ。孝太郎君とのデートのために新しい靴をおろしてきたんだ」

またしても、ニッコリと笑った鈴ちゃんは、格好良くて綺麗で・・・・・

史郎を見返してやるために、茜ちゃんよりかわいい子で、史郎でも文句を付けられない、綺麗所って言ったら、鈴ちゃん以外に思いつかなかったから鈴ちゃんを誘ったんだけど・・・・鈴ちゃんって、こんなに格好良かったけ?

「え、映画のチケット、買ってくるから待ってて!」

テナントビルの最上階にある、映画館専用のエレベータが止まると、僕はここからがエスコートの見せ所とばかりに、チケット売場に足早に向かった。

ところが、クイっと肘を後ろにひかれて振り向くと、鈴ちゃんがにっこり笑って、なにやら、細長い紙片をひらひらさせている。

「東竹の株主優待券が家に余ってたから」

株主優待券・・・・・そういえば、金持ちの子息が多い櫻綾でも鈴ちゃんは群を抜く超おぼっちゃまでした・・・・

その後も一時が万事その調子で、普段史郎に冷たく扱われてる僕は鈴ちゃんをエスコートしようなんて当初の目的を忘れて、鈴ちゃんのナイトぷりになんだか、どきまぎしてしまうしまつ・・・・・・

だって、だって、もう5年のつき合いだけど、こんなに真側に鈴ちゃんの顔をじっと見たことなかったけど、本当にため息が出るほど綺麗なんだもん・・・・それも、史郎みたいに冷たい綺麗さじゃくて、可憐っていうか・・・・なんていうか・・・・・・

映画も見終わって、なんだかめっちゃ高そうなレストランで食事して〈鈴ちゃんったら、オーナーシェフが挨拶にくるんだもんな〜乙羽さまのおぼっちゃま、おひさしぶりでございますだって、かっこいいよね〉夜になったらラウンジになるって言う、眺めのいい場所に座って午後の紅茶を飲む頃には、僕はすっかり鈴ちゃんの魔法にかけられて、ぼーーーっとっなっちゃったんだ。

絶え間なく僕に注がれる、優しげな微笑み。

女の人より、ほんの少しだけ、低めの心地よいささやき。

時折僕に触れる柔らかな指先・・・・・・・

鼻孔を掠める甘い薫り・・・・

ポワンっとしながら、鈴ちゃんに見とれてると、

「孝太郎君って、ほんと、可愛いよね」

綺麗な指でコトリとカップをソーサーに戻して、鈴ちゃんが僕の耳元に囁いた。

さっきのレストランでもそうだけど、こういうとこって何でだか向かい合わせに座らずに四人掛けのテーブルでも横に座るから、鈴ちゃんとの距離はとても近いんだ。

「史郎君って、冷たいとこあるでしょ?イヤになったら時々僕とこうやってデートしようね。僕ならうんと優しくしてあげるよ・・・・・・」

悪魔の甘い囁きってきっとこんなのだと思った。

だって、僕、真っ赤になってコクンとうなずいちゃったんだもん。

「ほんと、可愛い・・・・食べちゃいたいな・・・ね?キス、してもいい?」

クスッと鈴ちゃんの笑い声が頬をかすめて、僕はぎゅっと目を閉じた。

柔らかな唇が触れるんだと思った瞬間。

「いい加減にしろ・・・・」

聞き慣れた不機嫌そうな低い声が僕の甘い白昼夢を覚まして、現実へと無理矢理引き戻されたんだ。

え?えええ????

「だって、いつまでたっても隠れたまま出てこないから、僕がもらっちゃってもいいのかなぁ〜っておもったんだもの」

僕の横で鈴ちゃんがまさしく鈴を鳴らすようにコロコロと笑う。

いつの間にか鈴ちゃんの横に立っている東森君が、あきれたような顔で、
「おまえ、やりすぎだって・・・・孝太郎が本気になったらどうすんだよ」と鈴ちゃんを窘めていた。


はき慣れない靴で足が痛いからとタクシーに乗って帰っちゃった鈴ちゃんたちと別れてからの帰り道、僕と史郎はだまったまま並んで歩いた。

僕の方はばつが悪くて、史郎をまともにみれないし、史郎はといえば、苦虫をかみつぶしたような顔であらぬ方向を向いている。

「ご・・・・めんなさい・・・」

僕の家のある駅をおりて、人通りの少ない道でふたりっきりになってから、やっと蚊の泣くような声で僕が謝ると、史郎の腕がぐいっと僕を引き寄せた。

「史郎?」

「これからは鈴矢とふたりっきりになるな。いいな?」

「う・・・・うん」

僕もちょっと、やばいと思ってますぅ・・・・・・

もうちょっとで、キスまで許しちゃうところだったと思い出して、カッーーーっと頬が熱くなった。

「あいつ、昔っから見た目ほど天使なわけじゃないんだが、だんだんたちが悪くなって来たな」

そ・・そうなの?

僕、鈴ちゃんのこと誤解してたのかな?だけど、史郎とちっさいときから気が合ってたんだから、鈴ちゃんって見た目より小悪魔だったのかも・・・・・・・

「もしかして・・・・鈴ちゃん、最初から知ってたのかな、史郎たちが見てるって」

「だろうな。研二に無理矢理引っ張られてつれて行かれた訳が何となく分かったよ。おまえ危なっかしすぎ・・・・・・」

僕を一睨みして、史郎がこつんと僕のおでこを叩いた。

へへ、僕って変なの。叩かれたのになんだかちょっと、嬉しかったり・・・・・

にしても、東森君って・・・・・・僕より苦労するかも・・・・

冷酷な悪魔を恋人に持つ僕よりも、見た目天使で小悪魔な鈴ちゃんを恋人に持つ東森君の方がきっと大変に違いないと、僕は横目でちらりと我が恋人を伺い見ながら自分を慰めた。

だって・・・・・この後、僕はちょっとばかし妬いてくれたことを喜んだのを後悔するほど、さんざん史郎に虐められて・・・・・・

え?どんな風にって?

やだな、もう・・・・・・そんなこと・・・・・ここじゃ、言えないよぉ・・・・・

〈END〉

 

このお話は「花衣」終了後の番外という設定です。鈴ちゃんかなり小悪魔ぶりを発揮〈笑〉

私のイメージの鈴はどっちかっていうとこういう鈴なんです。研の前ではすっごく可愛いけど、ほんとは少し得体の知れないところがあるの〈笑〉

さて、孝太郎はどうなったんでしょう。

慣れない靴履くと靴擦れしちゃうのにね〈笑〉

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