Crystals of snow story

*My teddy bear*

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40000番記念リクエスト小説

日曜日の遅い朝、なんとなくいつもより、僕は早めに家をでた。

いつもの公園についた僕は、なんとなく、いつも待ち合わせる、大きな噴水の廻りをゆっくりと廻ってみることにした。

空の高い、さわやかな秋の風を胸一杯に吸い込んで、後ろ手に腕を組んで、CMソングを口ずさみながら・・・・・・・

いつもはしない、めずらしい行動。

――― そうしたら、奇跡が起きた。

噴水の廻りに配置された、色とりどりの派手な色が付いた小さな樽型のイス。

そこに、彼が座っていたんだ。

どれだけ月日が流れても、決して色あせない、僕の記憶の中の美しい彼。
栗色の髪、作り物めいた綺麗な横顔、琥珀色の瞳。

12年もの長い歳月は彼の頬から少年らしい丸みを取り去ってはいたけれど、彼の美しさはさらに増し、薄手のセーターにコットンパンツというラフな服装にも関わらず、オーラのように大人の色香すら漂わせ・・・・・・・・・

その姿は、僕に過ぎ去った、甘くて苦い胸の痛みをズクリと蘇らせた。

僕の初恋・・・・・・・・永遠の憧れ・・・・・・

僕の視線に気づいたのか、彼がゆっくりとこっちを向いた。

怪訝そうな表情から、驚きの表情へ、そして・・・・・・・大好きだった琥珀色の瞳が優しく和んだ瞬間に薄く形のいい唇が綻んだ。

「松・・・野君?」

「お久しぶりです・・・・・・真壁先輩・・・先輩はもうへんですね、光一朗さん・・」

いろんな思い出が胸一杯にわき上がってきて、言葉に詰まり、僕はぺこんと頭を下げた。

「久しぶりだね?君はあんまり変わらないね」

あなたも・・・・・・変わったけど、変わらない・・・・
優しい瞳は昔と同じ。
やさしさが何よりも残酷なことだと僕に教えてくれた人。

「やだなぁ・・・・相変わらずチビだって言いたいんでしょう」

「あはは、そんなんじゃないよ」

「こんなところでなにをしてるんですか?」

「連れがね・・・・あそこで並んでるんだ」

光一朗さんの視線の先にはこの公園名物のソフトクリームの出店があって、北海道直送の生乳を扱っている。
この店には雑誌でも取り上げられるほど、休みの日には長蛇の列が出来るんだ。
今日もやはり14.5人の列がテントの外にまで伸びている。

さっきから見つめていたのは長い列だったんだ。僕にあそこのソフトは美味しいらしいね?と光一朗さんは尋ねながら、頬に柔らかな笑みをたたえて視線の先を列に戻した。

「すごく美味しいですよ。でも、駄目じゃないですか、彼女に買いに行かせちゃ・・・」

笑いながら答えた、僕の言葉が途中で途切れた・・・・・・なに?あれ・・・

列の真ん中あたりで、不機嫌そうに立っている少年と横にいる光一朗さんを僕は何度も見比べてしまった。
夢でも見てるんだろうか、僕は・・・・・・・
だいたいこんなところで偶然にも光一朗さんに会えることからして変なんだから、昔のままの速水さんがいたとしても、夢ならつじつまがあう・・・・・

そんな僕の表情に気づいたのか、光一朗さんは少年を愛しそうに見つめながら、

「まさか、紳司じゃないよ、似てるけどね」

ふんわりと微笑んだ。

「そんな・・・・・・・光一朗さん」

もし夢でないとしたら、それはいけないことです。

昔の、辛さが脳裏にはっきりと蘇る。

「ごめん・・・・・松野君には悪いことをしたと今でも思ってるよ」

「え?」

「大丈夫だから、正臣は紳司の身代わりなんかじゃないから」

驚いて見つめ返した僕を、光一朗さんの瞳が捉えた。

綺麗な綺麗な、澄み切った琥珀色の瞳。

ああ、僕が心配する必要なんかなんにもないのかもしれない・・・・・・・・
迷いのない瞳は何よりも雄弁に僕に応えてくれたのだから。

「おーい!光一朗〜!!!買えた〜!」

両手にソフトを掲げた少年が、テントの脇から光一朗さんを呼んだ。

「おや、買えたみたいだ。それじゃぁ、逢えて嬉しかったよ。松野君」

少年に軽く手を挙げて、光一朗さんは小さな樽型のイスから腰を上げた。

「ええ、僕も・・・・・・・今日逢えてよかった・・・・・じゃぁ」

また・・・と言いかけて言葉を飲んだ。

次がないことはお互いによおく知っている。
奇跡がもう一度、起こらない限り、二度と会うことはないんだろう。

「さよなら」

「さようなら、光一朗さん・・・・・・・・・」

光一朗さんが座っていたイスに、なんだか膝の力が抜けてぺたんと座り込んだ僕は少年と肩を並べて去っていく背の高い後ろ姿をぼんやりと眺めていた。

懐かしい日々が、うららかな小春日和の光の中に浮かんでは消える。
ざわめく級友達の声、モスグリーンの制服。
叶わなかった、甘酸っぱい初恋・・・・・・・・

その時、僕の肩を大きくてあったかい手がポンと優しく叩いた。

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