Crystals of snow story

*My teddy bear*

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40000番記念リクエスト小説

「うわぁ〜ん!!!!!悔しい!!!腹立つ!!!!」

ノックもせずに部屋に飛び込んでくるなり、小さな身体が俺の胸に飛び込んできた。

一歩外に出ると、可愛くて、頭が良くて、気だてがいいと評判の松野家の一人息子『晴海』はうちに帰ってくると結構暴君である。
特にいとこで居候の俺は晴海のはけ口の標的にされ、良しにつけ悪しきにつけその犠牲になっているのだ。

しかし・・・・・・晴海に惚れてる俺はその受難にいつも甘んじている、第一いくらいとこでも、よっぽどのことが起きなければ、可愛い晴海が俺の胸に飛び込んできてくれるはずなんかないんだから・・・・これはむしろ幸運と呼ぶべきで。
さっきから俺の胸は不謹慎にもドキドキしっぱなしなんだから。

「ど、どうしたんや?晴海?光一朗さんと喧嘩でもしたんか?」

俺は、ずっと片思いをしてきたこのいとこが、ほんの数ヶ月ほど前にこれまた片思いの相手、真壁光一朗とか言う男にしとくにはもったいないほど綺麗な顔をした奴とつきあい始めたのを、これまた残酷にも当の晴海から訊かされて知っていたんだ。

「け、喧嘩なんて、もんじゃないよ〜」

晴海は俺の腕の中でえくえくと嗚咽を漏らしながら泣きじゃくっている。

泣きじゃくる晴海から事の顛末を訊いてみると、光一朗って奴はとんでもない奴で、晴海以外に好きな相手がいたのに晴海の申し出を受けて、結局そいつとはうまくいかなかったのにも関わらず、今日晴海に「君のことは好きだけど、君の望む『好き』にはなれない」とかなんとか言ったらしい。

「それでもいいなら今までどおり会ってもいいなんて、まじめな顔で言うんだよ!!!一体、何考えてるのさ!!」

そんなこと・・・俺に言われたって・・・・・

「あーん!光一朗の、バカ、バカ!!!!」

あ、いてて、晴海。俺は正和なんだけど・・・・

「僕のファースト・キッスもロスト・バージンも全部あげようとおもてったのにぃ!!悔しい〜!!」

キキキキキッス?!ロ、ロ、ロ・・・・・・はるみぃ〜

「ねぇ、正和ちゃん、僕ってそんなに魅力ない?」

それまで、俺の胸を拳で叩いていた晴海が唐突にハート型の愛らしい顔を上に上げた。
黒目がちの瞳は涙に潤んで、眉根を苦しげに寄せて・・・・・・

「なに、あほなこと・・・・・」

魅力がないだなんて、毎日同じ屋根の下に暮らしてる俺なんか自制するのに精一杯なのに・・・・

「なんだよ〜正和ちゃんまで、僕のこと『あほ』っていうんだぁ〜」

またもや、わーんと俺の胸にしがみついた。

「い、いや、違う。『あほ』って、いうんわやなぁ、関西では『かわいい』いうことなんや」

「うそつきぃ〜」

「ほ、ほんまやて」

縋り付いてくる晴海が愛しくて、小さな両肩の傍で俺の両手が何度も閉じたり開いたりを繰り返す。
力一杯抱きしめたくて・・・・・・・でも、出来なくて・・・・・

「晴海が一番や。いちばん、かわいい」

「ほんと?」

濡れた睫毛を瞬かせ、子供のころと同じようにぐすんと鼻を啜る。そんな仕草さえ愛しい。

「ほんまや、俺が晴海のこと好きなん知ってるやろ?」

「・・・・僕も正和ちゃん好きだよ」

晴海はいつもの困ったような笑顔を俺に向けた。
俺が好きだと告白した半年前から、晴海はいつも同じ顔で同じ答えを俺に返す。
分かってるくせに、晴海の『好き』が俺の望む『好き』とは違うって事・・・・・・
俺には半年も晴海は同じことをしてるじゃないか・・・・・・・
同じことを『光一朗』とやらに言われて、こんなにも泣きじゃくるくせに。

「わかってる、わかってる」

でも、その『好き』すらなくなるのが怖くて、俺は晴海の前で物わかりの言い『いとこ』のふりを続けるしかないんだ。

*********************

正和ちゃんは、大阪のおばさん、つまり母さんの姉さんの息子。

すでに祖父母のいない女兄弟は仲がよく、僕に取っての田舎は、庶民の町、大阪で、盆と正月はもちろんのこと、長い休みともなれば、正和ちゃんの家に泊まり込んでいた。

兄弟のない僕にとって、3つ年上の正和ちゃんや、5つ年上の八重ねえちゃんは本当の兄弟みたいで、大好きだったんだ。

その、正和ちゃんが、突然今年になってからこっちの大学を受験すると言って、上京してきて、そのまま僕んちにいることになった。
晴れて大学生って、事じゃなく、地元の大学には合格していたのに・・・・・・
どうしてもこっちの大学に入りたいからと、おじさんと大喧嘩して、こっちの予備校に今はうちから通っている。

僕の傍にいたいから・・・・・・・・・・・・・

そういわれたわけじゃないけど、正和ちゃんの「好き」が『好き』なら、きっとそういうことだよね?

『俺・・・・晴海が好きなんや・・・・晴海は俺のこと嫌いか?』

あの日、どうしてわざわざせっかく受かった地元の大学を蹴ってまで浪人なんかするのさと詰め寄った僕に、大きな身体を窮屈そうに丸めた正和ちゃんは恥ずかしそうに俯いた。

嫌いなんかじゃない・・・・・・・・

僕だって、正和ちゃんは大好き・・・・・・・
だって、正和ちゃんの腕の中はこんなにも暖かくて、僕は今までに何度、この腕の中に潜り込んだか・・・・・

だけど、僕の『好き』は正和ちゃんの望む『好き』なんかじゃないんだ・・・・・・・・

「僕のことが好きなら、僕に好きになって欲しいなら、正和ちゃん光一朗さんになってよ!!!!」

その時、情けないふられ方をした僕が、ぐるぐる巻きの思考の中で口走った言葉がこれだった。

「へ・・・げっっ!!!!晴海なに言うねん」

「だって、僕、正和ちゃんのことは好きだけど、恋人は格好良くないとイヤだもん!!」

「か・・・・・・・俺、かっこわるいか?・・・・ようはないやろけど・・・」

正和ちゃんはふっ、と自分のごっつい身体を見回してからため息をつくと、しょんぼりとうなだれた。

「顔まで光一朗さんになるのは無理だってわかってるよ。
それに作りは僕のいとこなんだからそんなに悪くないはずでしょ!!!
その真っ黒くて太い髪がだいたいやぼったいんだよ!
光一朗さんなんかさらさらで栗色だもん」

「そ、そんなこというたかて・・・・・」

「それにその服も野暮ったい!正和ちゃん背だけは高いんだから、もっとおしゃれしてよ!光一朗さんなんか・・・・・
あ、でもジャージ着ててもカッコイイんだったぁ・・・・
ふえぇ〜ん!、正和ちゃんのジャージ姿、僕むさ苦しくて嫌い!!!」

「晴海・・・・・むちゃいいなやジャージ姿がカッコイイ奴なんかそうそうおるわけないやろ・・・・ほんまにもう・・・・・・」

困り切った正和ちゃんは、熊みたいに大きな手で、頭をぼりぼりと掻いた。

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