Crystals of snow story

*My teddy bear*

3

40000番記念リクエスト小説

予備校の帰り、言われたとおりに栗色に髪を染めてみたら、かえりつくなり、腹を抱えて笑われた。

「ひゃ、ひゃ、ひゃ!!ひぃーーーー!!正和ちゃん、マジで、く、く、熊みたい」

「晴海ったら、しつれいよ。似合ってるわよ、正クン・・・・ぷっ、っ。。」

叔母さんまでほっぺた引きつらせて笑うのは晴海以上に失礼なんじゃぁ・・・・・・・・・・・

「にあわへんか・・・・・・・やっぱり」

落胆してる、俺の横で、親子はまだぎゃーぎゃーと笑ってるんだから、ほんと始末が悪い。

「でも、どうしたの?正クン、急に?」

叔母さんがエプロンの端っこで滲んだ涙を拭きふき俺に尋ねた。

「僕が染めてって言ったんだよね、正和ちゃん」

ひとしきり笑い終えた晴海がソファにごろりと寝ころんで言った。

「なぁに?晴海ったらなんでそんなバカなこと言ったの〜」

仲がいいのはもちろんいいことだが、この二人は世間常識じゃはかりしれない変な親子で、

「晴海ったら、いくら光一朗さんに振られたからって、正和ちゃんの髪の色変えてどうする気よぉ?」

「うるさいなぁ、ママは!ふられた、ふられたっていつまでも言わないでよ!
ほら、ママ早くしないと『独眼龍正宗』始まるよ、渡辺謙すきなんでしょ」

ふくれっ面をした晴海の横で、

「え、ほんと?やぁん、もうこんな時間なの?謙さま〜、まてってねん」

と、まるでいくつなんだか・・・・女子校ののりだよなぁ・・・・これって・・・・・・・

傷心のまま二階に上がりかけた俺に、晴海が後ろから呼びかけた。

「正和ちゃん〜、服が悪いんだよきっと!明日僕が見立てて上げる〜」

「え?お買い物?ママもいく、いく!」

「だーめ。正和ちゃんと二人でいくの。ママといったらママの服買うのにつれまわされるもん」

「晴海のケチ」

「ママに似たんだも〜ん」

とんでもない服を買わされそうな予感がしたが、そんな不安以上に、晴海と二人で出かけられることが嬉しかった。

なんて俺は単純でバカなんだろうなと一人で突っ込みを入れてみても、自然と綻ぶ頬のゆるみはどうすることもできないんだから、我ながら、なさけないったらありゃしない・・・・・・

階段を上りきった俺の耳にまだなんだかんだとじゃれ合っている二人の声と聞き慣れた大河ドラマの主題歌が聞こえてきた。

*****************************

土曜日のショッピング街は昼間からカップルや女の子達でごった返していた。

僕は正和ちゃんを連れまわして、あっちこっち覗きながらお気に入りのお店で正和ちゃんに似合いそうな服をコーディネイトしていく。

光一朗さんが着ていそうな、大人っぽい色・・・・・・・・
ラックから下ろして、正和ちゃんの肩に当ててみる。

うん。結構似合うじゃない。

「これ、買いなよ。格好いいじゃない」

「なんや、これ?何で、シャツ一枚が12000円もすんねんな・・・」

正和ちゃんはプライスカードを見るたびに大仰に驚きの声を上げる。

「物が違うんだよ。良い服の似合う男にならなきゃ」

「しゃーないぁ・・・・・・俺、今月破産やわ・・・」

「つぎいこ、これに合う、パンツと靴も見よーよ」

正和ちゃんの腕を引っ張ってお店から出かけた僕は通りの向こうに女の子づれのクラスメートを発見し、慌てて正和ちゃんから手を離して飛び退いた。

「あれ?松野〜買い物?」

「うん。木ノ下君はデート?いいなぁ」

「松野は一人?珍しいな」

木ノ下君はそう言ってからハッと口を押さえた。しまったと顔に書いて・・・・・

学校で噂の走るのは早い。まして相手は『あの』真壁光一朗だったし。
つき合った途端全校生徒に知れ渡ったように、ふられた途端、別れたというわさも翌日にはみんなが知っていた。

「じゃぁね、バイバイ」

気にしないでとにこやかに手を振ってしばらく歩いた僕がそっと後ろを振り向くと、悲しそうな顔の正和ちゃんが紙袋を二つ下げて10歩ばかり後ろからついてきていた。

悪いことをしたような後ろめたい気持ち・・・・・・・・
でも、でも・・・・・『あの』光一朗さんの次が野暮ったい正和ちゃんだと思われるのはどうしてもイヤだったんだ・・・・

そのことを正和ちゃんになんて言えばいいか分からなくて、自分のとった行動が恥ずかしくて、細い路地にくねくねと逃げ込んだ。

ところが逃げ込んだつもりが・・・・・・とんでもないところに入ってしまった、みたい・・・・・

真っ赤な髪や金色の髪をした少年達が5人、飛び込んできた僕を取り囲んでジロリと見下ろした。

表通りとは違う、よどんだ空気があたりに漂っている。

きびすを返そうとしても、回り込まれていて、もと来た方にも戻れやしない。

「と、通してください・・・・・・」

コ、コワイ・・・・・・・・

「可愛いねぇ、通してくださいだってよ」

下卑た笑いが路地にこだまする。

「まぁ、そんなに急がなくていいじゃん、ちょっと俺達とあそんでよ」

一歩後ろに下がった途端、後ろから羽交い締めにされてしまった。

「やっ!!放して!!」

からみつく腕の中でもがいたら、捕まえた奴が、いやらしい笑い声を上げた。

「うぶな美少女かと思ったのに、こいつ男だぜ」

「ひょー♪これで男かよ?上玉じゃん」

「マサのごちそうだな、ほら」

ヤジの飛ぶ中、突き飛ばされて、斜め前にいたマサとかいう奴の胸に倒れ込んだ。
そいつが持っているコーヒーの缶からはつーんとくる刺激臭が漂っている。

シンナーだ・・・・こ・・・怖いよぉ・・・・・・

「こっちこいよ」

冷たそうな薄い唇をゆがめてちょっと行っちゃった目の〈ラリッてる・・・〉男は僕の手首を取るとそのまま薄汚いビルの裏戸に向かって歩き出した。

ちょ、ちょ・・・・なんなの?やだぁ、いやだぁ〜なんで、こんなことになっちゃうんだよ〜

パニックを起こして、啜り泣き出しかけた僕の耳に、

「はるみぃ〜!!!!」

路地にこだまする靴音と共に僕の名を呼ぶ救世主の声が届いた。

「助けてぇ〜正和ちゃん!!!!!!」

僕は腕を取られたままの格好で囚われの姫君よろしく正和ちゃんを呼んだ。

勇者のごとく駆けつけてくれた正和ちゃんがバッタバッタと狼藉者をなぎ倒してくれたら、僕は涙を流しながら肩で息をしている正和ちゃんに抱きついて、感謝のキスをして上げるんだ!!

ほんとだよ〜!好きだって言って上げても良いから早く助けて。

こんなとこでこんなシンナー臭い奴に犯られちゃうくらいなら、僕正和ちゃんの恋人にでも何でもなってあげる。

強い正和ちゃんの前に悪漢は許してくれってひざまずくんだ、ざまぁ見ろ!
正和ちゃんは空手の有段者で強いんだぞ!!!!

                      ガバッ!!!

ところが、目の前で繰り広げられた光景に僕は目を疑った・・・・・・・・・

「すまない!!!見逃してくれないか」

僕はシンナー野郎に手首を握られたままで、目の前で大げさにひれ伏してるのは正和ちゃんの方だったんだ。

「なんだよ、おまぇ〜」

「でかい図体してるくせに、かっこわりぃ〜」

さほど強そうでもないひょろりとした4人に囲まれて、正和ちゃんはドカドカと足蹴にされていた。

「−−−−頼む、気が済んだら、晴海を放してやってくれ」

「たのむ・・・晴海を」

何度も何度も蹴られながら正和ちゃんは同じことばを繰り返した。

「ちぇっ!しらけちまった、行こうぜ」

反抗もせず、逃げることもせずにただ蹴られ続けている正和ちゃんに業を煮やしたのか、そいつらはペッ!と地面に唾を吐いて、いってしまった。

ぼろぼろになった正和ちゃんと、地面にへたり込んだ僕を薄汚く暗い路地に残して・・・・・・・・

「晴海・・・大丈夫か?」

「なんで・・・・・・・・何でやっつけなかったのさ!!あんな奴!正和ちゃんなら一発でやっつけられるじゃないか!!」

僕のせいで、ぼこぼこにされている正和ちゃんを黙って指をくわえて見ていた自分が悔しくて、僕は正和ちゃんをなじった。

「気ぃついてへんかったんか・・・・・・お前の手首にぎっとったやつ、ナイフもっとったんや」

正和ちゃんは苦笑いをこぼしたと同時に痛たったっと、切れた唇に顔をしかめて指を当てた。

「ナ・・・・ナイフ?」

今更ながら背筋がぞっと凍った。

「たぶん、ほかの奴もポケットにははいっとるやろ、腕力のない奴がいきがるには道具が必要やからな・・・・・・・晴海の身を守るには謝るのんが一番やとおもたんや」

「だから、ずっと殴られてたの?僕が危なかったから?」

「そうやな・・・確かに俺一人やったら相手がナイフもっとってもやっとったやろな。
でも晴海が刺されたら取りかえしつかへんし、俺が万一刺されて、そのまま晴海が連れてかれたら、それこそ、なにされるか分かったもんやないからな・・・・・・
ごめんやで、映画みたいに格好良う助けたれんで・・・」

暖かい眼差しが僕をじっと見つめ、深い愛情を僕に伝えた。

どんなに贔屓目で見ても、今の正和ちゃんは手負いの熊みたいに傷だらけでぼろぼろで・・・・・・・でも、格好良さは見た目なんかじゃないのかもしれない。

だってぼろぼろで、どろどろの正和ちゃんが今はすごく格好良くみえるんだもの。

赤い擦り傷や青い痣でにぎやかに彩られた正和ちゃんの顔が涙で霞んでマーブル模様に滲んだ。

「は、晴海・・・・?どっか痛いんか?なんかされたんか?」

ぎゅっと首根っこに抱きついてオイオイ泣き出した僕を正和ちゃんは困り果てたように優しく抱きしめてくれたんだ。

************************

「どないしたんや?ぼーっとして」

イスに座ったまま、首だけを空に向けたら、僕を見下ろしている良い男が一人。

短く刈られた黒い髪、精悍な男らしい顔だち、がっちりとした大きな身体。
いかにも企業戦士といった風体の正和ちゃんが僕の後ろに立っていた。

就職して6年目、今年になって本社勤務になり再び大阪から出てきた正和ちゃんは今、会社の寮住まいをしている。

長い間の遠距離恋愛はゆっくりと僕たちの愛を育てていってくれたような気が今ではしている。

初めてのキス。

初めての夜。

普通では考えられないほど長い時間を掛けて、僕たちはゆっくりといとこから恋人への階段を上っていったんだ、あの日からゆっくりゆっくりと・・・・・
12年もの歳月をかけて・・・

「僕のこと好き?」

そのままの体制で何気なく尋ねたら、大仰に眉を上げて見せて、

「なんや、晴海、熱でもあんのとちゃうんか?」

大きくかがんで僕のおでこに自分の額をくっつけながら小さな声で『すきやで』と囁いた。

ゆっくりと離れていく正和ちゃんの頬は心なしかうっすらと赤い。

「んじゃ・・・・行こうか・・・・今日こそ決まると良いね」

「なに言うてんねんな、晴海がいちゃもん付けるからちっともきまらへんねやろ・・・・」

ほんまに、俺と暮らすきあんのかいな・・・・とぶつぶつ言ってる正和ちゃんの腕に腕を絡めて、

「今日ね、僕、気分いいんだ。だから、いい部屋がみつかる気がするんだ♪」

「ほんまか?なんや、晴海がそういうんやったら、俺もそんな気になってきたわ」

喜色満面を浮かべる正和ちゃんは僕の宝物。

ずっとずっと傍にあった、僕の宝物。

これからもずっとずっと・・・・・・傍にいてくれる大切なMy teddy bear・・・・・

                                               END