Crystals of snow story
L o v e r s
恋人達の街角
約束の時間よりずいぶんと早く待ち合わせ場所についた僕は、目印のモニュメントの横で「恋人」を待っている。 クリスマスイブ、まして今年は日曜日。廻りは僕と同じように「恋人」を待つ人々であふれかえっていた。 ほぼ同時に待ち合わせ場所にきてそのまま立ち去る人。 もうずいぶん待っているのか寒そうに何度も時計を眺めてる人。 恋人の姿を見つけ、嬉しそうに走り寄る人。 遅れてきた恋人に何度も謝る人。 突然のキャンセルなのか、携帯電話に向かって怒っている人。 どの人にも、かけがえのない相手がいて、そこには色んなドラマがあり人生がある。 滅多にこうやって、街角での待ち合わせなどしたことのない僕らだが、たまには、いつ現れるのだろうと、心待ちにしながら相手を待つのも良いものだなと、正臣の現れるであろう方向に視線をやると、様々なデコレーションを施したウインドウを眺めながら歩いてくる彼がいた。 待ち合わせにはまだ時間がずいぶんあるので、僕がここにいるとは思っていないのか、時々立ち止まっては、硝子面におでこをひっつけるようにして店先のディズプレイを覗いている。 口にすれば、きっと怒りだすに決まっているが、そんな仕草はまだまだ子供っぽくて、とても可愛らしい。 からし色のダッフルコートに包まれた、少年らしいしなやかな肢体。ブルージーンズに包まれた、伸びやかな下肢。 少し長めの髪は最近ではかえって、人目を引く艶やかな黒髪。 その髪に包まれた卵形の顔は、とても魅力的で、僕を惹き付けてやまない。 僕に対峙すると即座に背けられてしまう黒瞳は、僕以外に向けられるとき、宝物を見つけた子供のように好奇心に満ち溢れ、きらきらと輝く。
左肩のあたりの聞き慣れた声に、僕が振り向くと、秘書室の才女、岩波慶子さんが立っていた。 女性ではかなり長身で正臣とさほど変わらない位置に普通ならくどくなりがちな花紫のベルベットのコートを上品に着こなして立っていた。 「奇遇だね、慶子さんも待ち合わせ?」 「ええ、そうなの。でも、ちょっと早かったかしら?まだ来ていないみたいねあの子」 パールローズの口紅で艶やかに塗り上げられた唇を綻ばせて、慶子さんは綺麗な笑顔で微笑んだ。 僕と同期入社の彼女に憧れている男子社員は昔から腐るほどいるが、なぜか浮いた噂一つなく、そう言った話に疎い僕でさえ、その彼女がこんな街頭でイブの待ち合わせをしていることに少なからず驚いていた。 「真壁くんのお相手もまだなの?でも以外だわ、貴方がこんなところで、ぼーっと人を待ってるだなんて」 拳に握った手を口元に当てて、可笑しそうにクスクスと慶子さんが笑う。 「ぼーっとは失礼だね。僕も今同じことを思っていたよ。慶子さんこそ何もこんな寒空の下で待ち合わせなくったって、黒塗りのリムジンで迎えに行きますって、候補者が腐るほどいるだろう?」 同じ事をお互いに考えていたのかと、短く吹き出して、僕の待ち人はあそこと、店先に置いてある大きなぬいぐるみのひげや耳を引っ張って遊んでいる正臣を指さした。 「あいにく、そう言う輩には興味がもてなくって」 と切り返した慶子さんはどれどれと僕の示した方へと顔を向けた。 しかし、さっきから正臣は何してるんだろう? 「え、どれ?・・・あの・・・こ?へぇ、ふううん」 慶子さんはもう一度正臣と僕を交互に見比べるとシュールに描かれた細い眉を片方上げて、 「ふふ、道理で女の子達が躍起になっても落とせない訳ね」 意味深にウインクすると僕の脇腹を肘でくぃっと押しやった。 「さぁね」 僕もふふっと微笑んだ。 「いいの〜?秘密握っちゃったわよ」 慶子さんは、冗談めかしてそう言ったが、僕は知っている、優秀な秘書は決して人の秘密を軽々しく口にしない。 そして彼女は我が社の秘書室で、もっとも優秀な秘書だと言われている。
「けい!!!」 そのまま僕たちがしばらく談笑していると、大きな声と共に大きな瞳をした可愛い女の子が突然目の前に現れた。 正臣と同じ年くらいかもう少し上か、まっ白いコートに、ふわふわのピンク色をしたマフラーを首に巻いた砂糖菓子のような雰囲気の女の子だ。 驚いた僕とは対照的に慶子さんは婉然と微笑んで、 「2分15秒の遅刻よ、真奈」 「ごめんなさぁい、地下鉄の改札がものすごくこんでたの〜」 甘えるように慶子さんの腕に腕を絡ませた少女はキッと僕を睨み上げ、 「だぁれ?あなた。慶が美人だからって声掛けても無駄なんだから!!」 宣戦布告とばかりにきつい口調で言い放った。 「バカねぇ、真奈。真壁くんは会社の同僚、ナンパなんかじゃないわよ」 「えぇ、きゃぁ、どうしよう慶!・・・・ご、ごめんなさい・・・」 真っ赤になって何度も謝る彼女を、バカねぇと愛しそうに見つめている慶子さんを僕も『どおりでね』と軽くぃっと押しやった。 まさに、人生は色々、何処にもドラマありだ。 それじゃぁねと、慶子さん達が行ってしまっても、正臣はまだショーウインドウのあたりをウロウロして、待ち合わせの場所である、モニュメントのあたりを観ようとはしない。時間までまだ5分以上あるけど、僕はゆっくりと正臣の方に歩いていく事にした。
今度は靴屋の店先に置いてあるスニーカーをしゃがんで観ていた正臣の後ろに立って声を掛けた。 「う、うわぁ!!!!」 飛び上がるように立ち上がって僕を見るなり叫んだ。 なにも、そんなに、驚かなくてもいいだろうに・・・・・・・・・ 「こ、こんなとこで、な、なにやってんだよ!」 こんなところとは心外だな。待ち合わせの相手に、何をやってると訊かれても困るんだけど。 「で、正臣こそなにしてるんだい?」 「お、俺は・・・今、・・・・・・そうだ、靴でも買おっかなぁって」 目の前の靴をひっつかんで、レジの方にくるりと向きを変えた。 「ちょっとまって」 店の中に入ろうとする正臣の肘を掴む。 「靴、買いに来たの?僕との待ち合わせに来たんじゃないの?」 「時、時間まだあるだろ」 「あと、5分ね。普通は待ち合わせ場所を見てみるとかしないかい?もう来てるかなとか思わないわけ?」 正臣の姿が現れてからすでに10分以上が経過してるけど、一度も僕が来てるかどうか、正臣は確かめようとはしなかったんだ。 「・・・・・・・・・」 さっきまでの楽しそうな表情が消えて、逸らされた顔を見ると、いつも感じる寂寥感が僕の胸に広がる。 何処まで手に入れることが出来ているのだろう。 この先、何処まで手に入れることが出来るのだろうか。 もしさっき、現れたのが真奈ちゃんじゃなくて、正臣だとしたら・・・・・あんな風にしっかりと僕のことを自分の物だと誇示してくれるだろうか。 あんな風に情熱的に恋人が反応してくれたなら、どんなに嬉しいだろう。 「待ってるのイヤなんだ・・・・・」 正臣が吐き出すように言った。 「光一朗がいないと不安なんだ、俺。 いつまでたっても、僕を信じ切ってくれない、恋人が恨めしい。 「バカだな・・・・・正臣は」 掴んでいた肘を引き寄せて、腕の中にしっかりと抱き込んだ。 「こ、光一朗!!ひ、人が見てる!!」 確かに道行く人たちが好奇心に満ちた眼差しを僕たちに向けている。 「かまわないよ」 人の眼などどうでも良い、正臣は僕のものなのだから。 「かまわなくないって!!!!!」 「しかたないな、もう少し人気のないところに移動してからにするよ」 暴れる正臣に、そう告げて包容を解き、「バカ野郎!」と喚いた生意気な唇をかすめ取ると、正臣はまた真っ赤になって固まってしまった。
その恋人達を祝福するようにクリスマスソングを奏でながらイブの夜は少しずつ更けていく。 街角の恋人達にメリークリスマス。 〈END〉 クリスマスプレゼント希望者のみにお送りした作品です。 ホワイトデー企画でここにでてくる「慶・真奈」の百合さんカップルを書いたので(^^;)緊急upする事になりました。。。 それから、クリスマス時にここで終わるのもなぁ・・・・と言うことで急きょ書いたのが次回のnextです。よかったら読み進んでくださいませv |