恋人シリーズ
***想い出の恋人***
[1]
「あーーーーー。さっぱりわかんねぇ!!!・・・・・・・?」 問題集の答案欄をシャーペンの先で突っつきながら俺がぼやくと、大抵類さんのしなやかな手がピシャリと俺の頭を叩いてくるのに、何故か今日はなじんだその衝撃が来ない。 何となく気になって、後ろを振り返ったら、斜め後ろに置いてあるイスに腰掛けたまま類さんはぼんやり窓の方を見ていた。 だけどさ、窓の方を見たって、カーテンがしっかり閉まってて、外が見えるわけじゃなし、要するに、類さんはぼんやりしてるってわけで・・・・・・ 光一朗の横顔は高い鼻梁が綺麗なラインを描いていてそりゃ、カッコイイのだけど、こうやってまじまじと眺めるとやっぱり類さんも負けず劣らず綺麗だなって思う。 線が細いって言うか、いわゆる女顔って言うのかな?触ると柔らかそうな優しいライン。 だけど、いったい何でこんなにぼんやりしてんだろうな? 「類さん?類さんってば!!」 いつもとは反対に俺が手に持っていた、シャーペンの軸で軽くコンコンっと類さんの頭を叩いた。 「え・・・・?あ、問題5.6解けたのかい?」 「違うって。わかんねぇって言ってんのに、類さんがぼーっとしてんじゃんか」 「ああ、ごめんごめん。で、どこがわからないって?」 苦笑いを浮かべた類さんは、スクッとイスから立ち上がって、俺の横に来ると熱心に問題の解き方を指導し始めた。 いつもなら「だから、さっき、こうしてから解くんだよっていっただろ?」とか言いながらぺちんと叩いたりするのに、今夜はなんだか調子が狂うほど優しく丁寧に教えてくれたんだ。 「なぁ、なんかあった?」 いつものように勉強の時間が終わり、部屋で母さんが持ってきてくれた、ジュースを飲みながら、俺は類さんに訊いた。 だって、なんかさっきから俺の顔ばっかりちらちら見ては、目が合うと顔をそらすんだぜ? 気になってしょうがない。 「いや・・・・・正臣くん、あのさ・・・・・・」 また、俺の顔をじっと見たかと思ったら、視線を不自然に泳がして、言いかけた言葉を飲み込んでしまう。 「ああ!もう、気味悪いな!言いたいことあれば言ってくれよ!」 喉にサカナの骨が引っかかってるみたいでイライラする。 「いやさ・・・・・・正臣くんにお兄さんなんかいないよね?」 思い切って一気に言ったぞってかんじで言い切った類さんは、手に持っていたグラスの中身を一気に半分ほどゴクゴクと飲んだ。 俺に兄貴ぃ? なにいってんだ?この人は・・・・・ 「なにいってんの?俺には姉さんしかいないの知ってんでしょ?」 「そ、そうだよね。はは・・・・ははは」 類さんの不自然な笑い顔に不審をいだいたものの、その時の俺には類さんの言った言葉のもつ、深〜い、訳なんか全くわかってはいなかったんだ。 「なんだよ。気味の悪い笑い方〜、それより類さん今度の日曜暇?俺さ、参考書買いに行きたいんだけどつきあってくれない?」 俺がそう言うと、類さんは一瞬、固まったような表情で俺を見たんだ。 「それ・・・・・どういう意味?」 「どういう意味ってどういう意味?」 訳の分かんない質問をされて、俺はオウム替えしに言葉を返した。 「休みの日だろ?光一朗氏とは会わないの?」 なんだかやけに、難しい顔をしたまま、類さんは俺に言った。 この、光一朗氏って言うのは、つまり・・・俺の・・・まぁ、なんてのか・・・彼氏ってやつで。 「たまにはそんな日もあるよ。なんだかここのと仕事が忙しいんだってさ」 「そう・・・・仕事ね・・・・」 またしても、類さんは何かを考え込むように窓の方に視線を遣った。 『悪いね、正臣。来週はたぶん大丈夫だと思うから』 いつもの時間を大幅に過ぎた深夜近くになって、やっと電話を掛けてきた光一朗が俺にまた謝った。 光一朗は新しく北海道に出来る、巨大リゾートの開発の何かに関わってるらしくて、国内にはいるらしいんだけど、もう三週間ほど会っていなかった。 これは俺たちにとってはものすごく会っていないうちに入るし、来週は大丈夫って保証だってないんだ。 だって、ほら、たぶんって・・・いってるし。 東京に帰ってきてもまたすぐに北海道にとんぼ返りしてるみたいで、光一朗の愛猫のルルもしばらく実家に預けてるらしい・・・・ ところが、何故か途中で手を止めてくるりと踵を返したんだ。 そう、なにも知らなければ、夢でも観ているんじゃないかと俺は思ったと思う。 だけど俺は彼が誰なのか知っている。 俺によく似たその人は紛れもなく、あのセピア色に色あせた写真の人。 光一朗の初恋。 想い出の人・・・・・・ |